春が近づくと 今頃になると思い出す。 これからは、いつも君が隣にいてくれるんだと安堵した日の事を─── 「うっ・・・ゆるし・・・・・・」 あまりの悪夢に意識が一気に浮上する。 景時の武器は銃だから、手が血まみれになることはないというのに。 何故かその温度を手に感じ、また、胸が苦しくて目蓋を開くと、瞳に映るモノは─── 「ちゃ・・・っ!」 慌てて空いていた左手で自らの口を塞ぐ。 景時の胸の上で眠っているのは。 右手が温かいと感じたのは、が景時の右手に手を重ねているから。 「くっ・・・・・・」 理由が分かればそれはそれで、彼の人の、あまりに安らかな寝顔と寝息に口元が緩んでしまう。 (そうか。オレ、休みだっけ・・・・・・それで・・・ね) 昨日、景時は九郎から休みをもらえた。 久々の休日だから、朝は常よりゆっくりするとに伝えて就寝し、今に至る。 見たところは既に着替えを済ませているのだから、寝ている景時を起こしに来たのだろう。 起こしにきたのに眠ってしまっている妻の姿に、悪夢の所為で沈んだ気分がいとも簡単に浮上する。 まずは掴まれている右手を上手く抜き取り、両手の自由を確保した。 (オレの寝顔なんて・・・ねぇ?) は眺めていたいらしい景時の寝顔。 どのような表情であろうとも、大した顔ではないと朔には言われたが。 (どういったもんかな?) にだけ特別よく映るらしい。それはそれで歓迎すべきことではある。 両手が使えるのを最大利用し、上手くを衾へと引き入れる事に成功した。 「それでは。ただいまから二度寝をしたいと思いま〜す。・・・朔が気づいてくれるだろうし」 他に誰もいない寝所で、妻へ向けての宣言と、妹への希望を述べてみる。 証人がいないのは困ったことだが、景時とが二人でいるのを邪魔するほど野暮な人間は 梶原邸に存在しない。 が愛用して焚き染めている梅香の香りに包まれ、再び眠りについた。 口元に気配を感じ目蓋を開けば、がしっかりと景時を眺めている視線にぶつかる。 「え〜っと・・・起きてた?」 「寝ちゃったけど、起きてました。・・・こんな風に眠った記憶はないんですケド」 景時に触れているうちに、安心して眠っている表情が可愛くて、ついその胸の上に乗りかかり、 肩に触れたり、手に触れたりと、悪戯をした覚えはある。 ところが、景時の腕枕で眠っていたため、一瞬すべては夢で、寝坊かと自信を失いかけた。 慌てて自らを見れば着替え済み。 景時の仕業である証拠ともいえる。 起こしてくれればよかったのにと、少しばかり恨みがましい返事になってしまった。 「あ、あはは・・・何だか夢見が悪くて、飛び起きたら君が眠っていて安心したというか」 「やだ!私が重くてですよね?ごめんなさい。だって、景時さんがあんまり楽しそうに眠っている から、話しかけたいの我慢してて・・・つい・・・・・・」 何かを話したそうに微笑んでいるのだが、零した言葉をはっきりと聞き取れなかった。 表情があまりに楽しそうで、何の夢か知りたいと思っているうちにという、出来心というヤツだ。 「う〜ん。そうなんだよね。こう胸が苦しくて、手が温かくて。夢なのに、温かいと思ってる自分に 驚きでさ〜」 一番苦しい時に景時を甘やかさないで、逃げずに共に生きる道を示してくれた。 鎌倉では別行動になってしまったが、気持ちの上で手は繋いだままでいられた。 その大切な手を取り、指先へと口づける。 「オレの・・・奥さんの手〜。嬉しいなぁ・・・・・・楽しそう?楽しそうって・・・・・・」 「そ〜です。へにょって感じで笑って・・・楽しそうでしたよ?」 胸が重くて苦しくなった事が原因で悪夢というのは、でなくとも想像がつく。 では、その前の楽しそうな方は? 「何だろ・・・昨夜は久しぶりに発明を書き付けて、深夜に君の隣に潜り込んで〜」 休みといわれると夜更ししたくなる。 先に就寝していたが温かく、嬉しい気持ちになったまでは意識があった。 「ん〜〜〜。君がイイ匂いで・・・ああ、そうか。節分草だ。デートしたでしょ?あの時は何も花を 贈れなかったから。ちょっとね!またデートしたいなぁとか」 「お花、綺麗だったからいいんですよ?それに、咲いているのが短いって・・・・・・」 景時に両手を包むように握られてしまっているため、身動きができない。 「そ〜だ!怖い夢見たから、もう少しこうしててくれる?」 「ちょこっとだけですからね?」 本人の了解を得たので、手を離し、心置きなくを抱きしめる。 「ちょっことの、ちょこっとに増やしてくれる?そうしたら、いっぱい〜〜〜」 ここは景時の計算。 を逃がさないよう先に抱きしめる体勢に持ち込んだのだから、願い事は言ったもの勝ち。 「ちょこっとがふたつでいっぱいなんて、初めて聞きましたよ?朔が呼びに来ちゃうんだから」 景時を起こすだけに、ここまで時間がかかるのは異常である。 朔がを探しに来るとすれば、まずはこの場所からだろう。 この状態で来られると、色々と言い訳できなくなってしまう。 「ん〜〜〜、大丈夫。オレの性格知ってるから。お休みは出来るだけ二人にしてって頼んであるし。 それにさ、昨夜はオレが眠るの遅くなっちゃって、君とこうしてる時間が足りなかったし。だから 魘されちゃったのかもしれない。うん、きっとそうだ。だから、もう少しこうしていれば平気」 「変な理由だけど・・・それで怖い夢を忘れられるなら・・・いいです」 は片手を景時の背に回す。 「ありがとう・・・・・・」 「そんなに怖い夢を見ちゃったんですか?私の所為?・・・まさか・・・・・・」 目を閉じそうな景時を少しだけ揺すり、その瞳を覗き込む。 「違うよ。君が消えちゃうとか、居なくなっちゃうとかじゃないんだ。・・・君に出会えなかった 夢だから・・・もっと怖かった・・・・・・」 と出会い、共に暮らしているはずなのに、すべてを無に返され暗殺を続けていた夢。 あの決戦の前に見ていた最悪の夢だ。 「ちょっことのいっぱいで、たくさんこうしていましょうね。今日はね、お天気良さそうですよ。 だから、落ち着いたら・・・午後からお散歩デートしましょ」 疲れていると悪い夢を見たりする。 景時に必要なのは休養であり、がいるという事実の確認なのだろう。 確かに朔ならば、呼びに来ても気配の違いで気づいてくれそうだ。 (景時さんをぎゅ〜ってするのが今一番大切な事だもの・・・・・・) 途中からは景時の策略であるのだが、は景時を信じすぎているがゆえに騙される。 朔が心配しているのは、最近ではもっぱらそちらの方だが、これまたはわかっていない。 「じゃあさ、じゃあさ、キスしてもいい?」 「・・・へ?えっ!?」 返事をしないうちに、軽く額へ景時の唇が寄せられる。 「か〜わいい。鼻もね」 ちょんと軽く鼻先に触れられ、これでは子供扱いだ。 少しだけ景時と距離を感じ、唇を尖らせると、 「ん?ど〜したの?ちゃん」 「どうもしません」 「そ?じゃあね、返事が無いのは承諾って事で」 いつの間にか景時越しに天井が見える姿勢になっていた。 「あれれ?景時さん?」 「うん。キスしていいんだよね?だから。いただきま〜す」 何がどういただきますなのか、理解した頃には景時に美味しくいただかれていた。 「・・・怒っちゃった?」 「そうじゃないですけど・・・何となく・・・・・・朝だし、明るいし・・・・・・」 着替えたはずの着物は頭上に広がっている。 髪を結んでいた紐もどこかへ行ってしまった。 「問題なし。昨夜の予定が今になったって事で!オレね、もう大丈夫。起きられるよ?こうして 二人でいられたから。ね?オレの妻のちゃん。あ〜、いい。オレの妻。誰か聞いてって感じ」 「もう!みんな知ってるからいいんです。起きましょう?デートしたいもん」 景時に背を向けて座り込み、着物を着込む姿を眺めるのは何とも見ごたえがある。 見ていないフリをして盗み見するのはお手の物。 いつまで経っても恥ずかしいと言われてしまうのだから、あまり無理強いはすべきではない。 頭では理解しているが、結果は常ににとって相当無理な事を頼んでばかりになってしまう。 その分、余計なところでまでが気遣いせずにすむよう、多少のコツは心得ていた。 (で〜もさぁ、仕方ないよなぁ・・・だって、ちゃんがいるんだから) 景時の妻として隣にいる。 幻や夢ではないのだから、それこそ我慢など出来はしない。 肘枕で眺めつつ、褥の下へ隠していた物へと手を伸ばした。 「髪紐はここ〜〜〜」 を振り向かせたくて隠しておいた髪紐を、手のひらに絡めて振ってみせる。 「やだ、そんなとこに・・・返して下さい」 「いいけど、探したご褒美ちょ〜だい」 さすがにも呆れたらしい。 思い切り首が項垂れた。 「そういうのは、隠していたっていうんです」 「違うよ〜。こっちに置いておいたが正解!これ、可愛いし、君に似合うよね」 が自分で紐を編んで作ったものだ。 紐ひとつで、これでもかという程にの髪型が変わる。 髪を下ろしているだけが一番好きだが、なりにこの世界で工夫しているのかと思うと、それも また嬉しい。 ついじっくり眺めてから、そっとの手のひらへとのせた。 「・・・どうしたんですか?」 「ん〜、離れたくない。オレの着替え、手伝って?」 しっかりとを横抱きにして胡坐で座り、着替えるつもりがあるのかあやしい。 けれど、髪紐は返してくれたので素直に受け取り、朝と同じく軽く一つに結ぶ。 「じゃ、支度しましょう?逃げないですから、とりあえず・・・ね?」 景時の手首付近に触れ、放すように促がす。 「うぅ。放してもいいけど、離れると寒い〜〜〜」 「着替えれば寒くないんです!着替えましょう?それに、今朝はお味噌汁がとっても上手に出来たか ら、食べて欲しくて呼びに来たのにぃ。・・・もう冷めちゃいました」 景時が腕を緩めると、は素早く立ち上がり景時の両手を引っ張る。 景時を立たせると、すぐに着替えを用意し待ち受けており、一連の動作が手馴れていた。 (言ったら・・・いや。言わない方がいいね) 言葉がなくても通じる喜び。 そこに夫婦として過ごした時間を感じる。 けれど、それをに告げれば、瞬時に赤面し逃げてしまうだろう。 大人しくされるがままに着付けられる事にした。 「できました!ご飯、ご飯。温めてきま・・・・・・」 「ダメ。一緒に行く〜」 走り出しそうなの手首を掴み引き止める。 「な、な、な、そんなんじゃ、冷たいままのご飯にな・・・・・・」 部屋から出られず、このまま景時に捕まるわけにもいかず、うろたえていると、 「兄上!・・・いい加減にを解放して。せっかくの朝餉が冷めてしまいました。ちなみに、昼餉 の支度も整いました」 戸は開けずとも、しっかり朔の声が簀子から響いてくる。 「さ、朔ぅ。景時さんのお味噌汁は・・・・・・」 「それはもちろんが作ったものよ。兄上の分だけ残っているものを、温めているところなの」 「よかったぁ〜。さ、景時さん。ご飯にしましょ?」 「そ〜しよう!美味しいご飯を食べないとね〜」 今度こそと景時の手を引くと、ようやく景時がに引かれるままに歩き出した。 「こういうことか〜。な〜るホド」 味噌汁の具はいつもと変わらないが、調理法が違う。 焼いた油揚げが入っており、それが香ばしさとなっていた。 「譲くんのアイデアなんですけど、具が小さくてカリカリっていうのもいいかなって。ためしに今朝 してみたんです。それにね、お味噌も何種類か考えて混ぜ合わせたんですよ」 景時が真っ先に飲んでくれたのが嬉しくて、がせっせと話しかける。 「美味しいよ。いいね〜、これ。次はちゃんと出来たての味噌汁をいただくから」 「はい!また作りますからね」 もようやく自分の膳に手をつける。 「・・・ところで、兄上。今日はお出かけになりませんの?折角のお休みですのに、ゴロゴロと寝て ばかりというのは・・・・・・」 「出かけるよ、ちゃんとデートに。行くところも決めてあるんだ。今朝はね、遅く起きるつもりで いたんだけど、予定より遅くなっちゃっただけ。ちょっとね〜〜〜」 どうして遅いかは言えない事情がある。 がみるみる赤くなってしまったため、景時は別の話題を持ち出した。 「そう、そう。またね、ちゃんにお役目をって内裏の人が煩くてさ〜。新春の賭弓で譲君が大活躍 したから、源氏ばかりがでしゃばって〜みたいになっちゃって。実際、たいして鍛錬をしていない内裏 の名前ばかりの将や舎人相手じゃ、困っちゃう結果だったんだけど」 負けた方は罰として酒を飲まされる。 譲は酒が飲めないため、それこそ死に物狂いで的を射続けた。飲まずに済むように。 一応は鍛錬の成果披露という形が整えられていたが、その実、朝廷対鎌倉的な含みもあり、主だった 貴族たちは源氏の鼻をへし折る好機と期待をしていた。 それが惨敗に終ると、手のひらを返したように祈念祭へ源氏の神子に出席してもらうべきだと言い出 した。 「祈念祭っていう、その年の豊穣を神様にお願いする儀式があるんだって。それにちゃんが出ると、 とってもいいんじゃないかって。源氏は強いから縁起がいいとか、よくわかんない理由で」 おかずをひょいと摘まんで咀嚼する。 「源氏?私?」 「そ。源氏の神子様。つまり、ちゃん」 続いて漬物をひょいと口の中へ放り込む。 「えっと、私は弓の大会に出ていないですよ?応援に行っただけで」 「うん。それ。源氏の神子が応援したから勝てたって」 「そんな!譲くんが全部的に当てたのは、毎日、毎日、サボらずに練習していたからで!」 が思い切り首を振る。が応援しただけで勝てるものではない。 すべて譲の、源氏の武士たちの鍛錬の賜物で、実力だ。 「言い訳したいんだよ。自分は頑張っていたって。でね、九郎と弁慶がしっかり断わってくれていたし、 帝も将臣君も了承してくれてたんだけど、一部の貴族さんが、オレが内裏へお使いで行く度にちゃん はどうしてるかって尋ねるからさ〜」 今までの景時ならば、複雑な思いもしていたし、不安も増した事だろう。 ところが─── 「・・・・・・景時さん?」 としても、また景時を不安にさせたかと案じたのだが、景時の口元は笑んでいる。 どうした事かとわからず、つい首を傾げた。 「それがさ〜、聞いてよ。“神子様はいかがお過ごしですか?”とか、すれ違い様に言うんだよ。オレね、 “毎日ご飯を作りながら、オレの帰りを待ってますよ”って言ったんだよね〜」 箸を置くと、お茶を一口含む。 「内裏で広まっちゃった。噂が五割増しで追加されてて、笑っちゃうんだけどね」 「兄上・・・・・・」 景時のあまりに締まりのない顔に呆れつつも、が真っ赤になって手団扇で誤魔化しているのが微笑 ましく、つい朔も口元が緩んでしまう。 小言はナシと決め、噂について尋ねる事にした。 「その、五割り増しの辺りを伺っても?」 「あ、それね。五割って言っても、オレが言っていない事が広まっただけで、別に噂は正しいよ?着物も ちゃんの手縫いのものだし、デートもしてるし、手も繋いで歩くし、お風呂も一緒だし。デタラメじゃ ないからね。ご飯〜ってのしか言わないのに、どこからそんなに色々増えたのかは謎なんだけど。あ、お 弁当の件なら、愛のお弁当って話を将臣君にしてね、それは“愛妻弁当”って言うんだって教わった。いい 言葉だよね、愛妻弁当。そうなんだよね、オレが言いたかった愛はこの愛かと・・・・・・」 朔にはわかった。 噂の犯人は、将臣だ。 そこまで梶原邸の内情を知り、内裏内で密かに広められるのは一人だけ。 共犯には弁慶が挙げられる。 噂を広めるべき時機や選択が的確すぎる。 「か、景時さん。そんな、お弁当の話なんて・・・・・・」 「したよ?だって、遠出の時とか持たせてくれるでしょ?あれが嬉しくてって。ダメだった?」 ここまで来ると、何も知らないが気の毒だ。 景時は内裏で囁かれる噂を操作する計略を図ったのだろう。 一見、に正直に打ち明けているようで、隠し事をしないという主張も含まれている。 よくもここまで連携がいいものだと、感心せざる得ない朔。 (兄上も、弁慶殿も、将臣殿も。・・・本当に困った人たちですこと) 食べ終えた膳の前でお辞儀をし、朔が立ち上がる。 「急ぎの用事を思い出しましたの。お先に失礼しますわ」 と景時にお茶を注ぎ、そのままさっさと部屋を退出していった。 「景時さん。噂、いつ頃から?」 「う〜んと・・・いつだっけかなぁ。なぁ〜んか用事で内裏へ通っていた頃だから、十日前ぐらい?君がオレ を待ってる発言をしたのは。将臣君の方は、それより前だよ。だって、九郎のお使いで大社へ行った後の 事だから。その報告のために内裏へ行った時。敦盛君も聞いてたから、間違いないと思う」 景時が言ったのは、仕事の報告という意味だったのだが、はお弁当発言を敦盛も聞いていたと思った ようだ。 またも見る見る頬が染まり、恥ずかしそうに俯いている。 「そ、それで・・・そのぅ・・・噂の方は・・・・・・」 「それは・・・あ!夢ってそれだ。下働きも雇えないで、君に料理をさせているのかって言われて。どう思わ れてもかまいませんが、オレだけのためにっていうのは、それだけで最高の贈り物ですって言い返したんだ。 その時のアイツの顔ときたら!オレの妻を強調しまくったしね〜」 誰が何を言おうと関係ない。 景時の妻はであり、は景時の傍にいると言ってくれているのだ。 他の人の許しなどいらない。 さして働きもせず、人に当てこすりを言うだけの貴族に何を言われようとも、景時が気にする必要はない。 それが丁度休みの前日の出来事。 (君が教えてくれたこと。・・・君の想いとオレの想いは重なっているから) 朔がいなくなったのをいい事に、が膝上で結んでいる手に触れる。 「家に帰って君が迎えてくれるだけで嬉しいんだ。その気持ちをそのまま言っただけ〜。嘘は吐いてないよ?」 「そ・・・ですけど、その・・・何だか京の町の人、みんなが知ってそう・・・・・・」 は冗談のつもりで言ったのだろうが、景時の狙いはそこにある。 龍神の神子は、望んで景時の傍にいるという事。 自ら景時を出迎えたり、料理をしたりと、町人の細君と変わらぬ気遣いを見せている事。 すべては、この京で暮らすと決めた事実に繋がっている。 「君が言ったんだよ?妻で〜すって言って歩きたいって言ったら、みんな知ってるって」 「みんなって、八葉や守護邸の人とか、知ってる人たちって意味で、知らない人まで全員って意味じゃないで す。そんな、町中全部みたいなのとは違います」 固く結んでいた手がゆるめられ、景時が重ねていた手は、自然との手を握りこんだ。 「ごめ〜んね?羽衣伝説の羽衣みたいなもんだから。おまじないっていうか。オレはわかっていても、周りは 君がいつか天へ帰ると思っている。だったら、君が帰らない理由があればいい。オレの妻っていうね!ほら、 噂も悪くない。それでは、節分草を探しに行こうか。デートしようね〜」 すいとが髪紐を結んでいる部分へ簪を挿し入れると、が気づいてすぐにそれを手に取る。 節分草の白い小さな花が集まっている細工の簪。 とっておきの記念に渡したいからと、景時が頼んで作らせておいたものだ。 にもすぐにその意味がわかった。 「わぁ・・・これ、節分草ですね?ありがとうございます」 「いいえ〜。それがあれば花を摘まずに済むし、オレとしても君に春を届けられて嬉しいから。行こうか」 「はい!」 今年も春を探しに二人で手を繋いで歩く。 午後の穏やかな日差しの中に、少しだけ春を感じながら─── |
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不安を克服できた大人景時くん。成長の軌跡の記念の節分草です。しっかりプレゼントを用意して確信犯(笑) (2009.02.03サイト掲載)