春の使者 「・・・ミニキャベツ?」 「きゃべつ・・・って何かな?ミニは小さいって意味だよね?」 本日は景時と外出をした。 もとはといえば朔が二人をデートさせようと用事を言いつけた。 「知り合いが蕗の薹を下さるというのだけれど・・・少し遠いの。私は他に用事があって 行けないし。どうしようかしら?」 まずは自分が行けない理由をさり気なく告げる朔。 「朔。私が用事の方を手伝うよ。だから、蕗の薹をもらいに行ってくれば?」 「そうもいかないの。けれど、蕗の薹は誰かが代わりに行ってくれると助かるわ」 続いての選択肢を奪う。 さらに─── 「蕗の薹が庭にあるからご自由にと仰って下さって。人手も欲しいのよね」 本日は休みで家にいる兄・景時の動向など熟知している。 簀子辺りでウロウロしているのだろう。 折角二人で洗濯出来る様に仕向けたのに、その時に誘いそこなったらしい。 が家事をするのを邪魔したくないという気遣いからだ。 源平の合戦の決着がついた今では、婚儀こそまだだが梶原家で一緒に暮らしている。 いきなり異世界に来てしまってもあれだけ前向きだった彼女の事。 当然のごとく不慣れな家事を覚えようと日々奮戦中。 朔としても休んで欲しいところである。 すれ違ってばかりの二人だが、ようやく景時も休みがとれた。 それなのにはといえば、今日の献立の心配ばかり。 確かにの料理はまだまだ下手である。 火加減が簡単に調節できるような道具がないこちらの世界では、がいうような微調整は不可能だ。 それなのに、その無理なことをしようとしてしまう親友は、台所で暮らしそうな勢い。 そんな二人がどうにも歯痒くて仕方がない。 どうにかできないかと考えていた時に昨日の文を思い出した。 『春の使者が顔を出しました。ご都合のよろしい時にいくらでもどうぞ』 朔が世話になった庵主からだ。 大原までは気軽に出かけられる距離ではないので、昨年までは景時の休みの時に連れて行ってもらっていた。 が、今年に限っては事情が変わったために、景時と行くわけにはいかない。 なんと言っても、あの景時がを心憎からず思っているのを知って協力したのだから。 親友が景時を好きなのだと朔に打ち明けてくれて勢いづき、今に至っている。 幸いにもここ数日は穏やかな日が続いており、戦の後に続けている怨霊退治もひと段落。 まさに絶好のデート日和だというのに─── プチッ・・・・・・・・・・・・ 朔の堪忍袋が切れた。 「それにしても、朔、ど〜して怒っちゃったんでしょうね?」 「ど、どうしてだろうね〜?驚いたよね〜〜〜」 にあわせて気づかぬフリを決め込んだが、突然朔が大声を上げた理由を薄々わかっている。 あれは、にというより、景時に対して焦れての事だ。 「う〜ん。そんなに食べたかったのかな?これ」 「か、かもね〜。毎年こちらへ伺っているから」 またも理由をどうにか誤魔化す。 (まあ・・・許婚殿に対して贈り物もしなければ、出かける誘いもしないんじゃねぇ・・・・・・) 気が利かないを通り越し、婚儀の前に振られかねない。 「いつも、どうやって食べてますか?」 「へ?煮物・・・なのかなぁ?これだけっていうのは食べてないよなぁ?」 確かに毎年カゴいっぱいにいただくが、それがどうなったかは記憶にない。 煮物の脇にちょこんとあった・・・かもしれない程度だ。 なんとも妙な遣り取りをしている二人の側へ、庵主がやってきた。 「お久しぶりにございます、梶原のご当主殿」 「あ。お久しぶりです。今年もお邪魔しております」 景時の脇で、も頭を下げた。 「ご当主は花嫁を迎えられたとか」 「いっ、いや、その・・・まだ・・・まだですけど、すぐっていうか・・・・・・」 適当に話しをあわせればいいものを、景時はこのような場合の挨拶を準備していなかったらしい。 軍奉行の威厳はどこへやら、途端にいつも通りの景時に戻ってしまった。 「白龍の・・・神子様ですね?」 「違います!です。もうすぐ梶原になります」 の方が堂々としたもので、喜びいっぱいで挨拶をしている。 「まあ・・・おほほ。おめでとうございます。蕗の薹は採れましたか?」 「はい!こんなに採れたんですけど、どうやって食べるのかな〜って、考えていたところなんです」 景時から聞き出した料理だけでは、とても消費できはしない。 他になにかあるはずだし、朔がこちらで世話になっていたというならば、こちらでの料理に違いない。 期待に満ちた視線を庵主へ向ければ、さすが心得たものですぐに答えをくれた。 「これは味噌と合えたりしていただきます。この苦味が美味しいのですよ」 「苦いんですか〜。お味噌とあわせて・・・そうか〜。スティック野菜につけるお味噌みたいなのかなぁ」 ひとつを摘まみ上げ、目の前でくるくると回して眺める。 何かを思いついたのか、再び蕗の薹を採り出した。 「ご当主殿」 「はい」 景時は立ち上がると、庵主と並び立つ。 自然との背中を眺める位置になった。 「蕗の薹は・・・まだまだ寒い時期に土を持ち上げて顔を出しますでしょう?恋待蕾とも呼ばれてまして。 朔様は、貴方に気づいて欲しかったのだと思いますよ。お相手がこんなに近くにいらっしゃるのだから」 「・・・そう・・・ですよね。確かに遠慮があったのかもしれない。本当はまだ信じられなくて。彼女が オレといる事を選んでくれたのが。鎌倉での事が、京へ戻ったら夢のようで」 白い息を吐き出し、青空を見上げる景時。 庵主には何があったかはわからない。 ただ、戦が終わり平和になりつつある世の平定に一役買ったのだけは知っている。 「ご自身の気持ちに素直に行動されるのも良いのではと思いますよ」 「ええ。そうする事にします。考える時間がもったいないですよね。ありがとうございました」 カゴをもったごと抱き上げ、頭を下げると馬を繋いであるところまで走り抜ける。 「景時さん?!ご挨拶してな・・・・・・」 「した。したんだ。だから、デートしよう。これをさっさと家において。こんなにたくさん二人でいられるの、 次はいつかわかんないよ〜」 仕事は次から次へと溢れるばかり。 休みの保証などありはしない。 馬に乗る前に軽く口づけると、思い切りを抱き締める。 「一番大切だから・・・信じて?もうすぐ嫁さんって紹介できるの、本当に待ち遠しいんだ」 「えへへ。私も・・・。だって、今って居候みたいで、なんとなく変ですよね?」 景時の妻でもないのに景時の家で世話になっているのだ。 「それは違うよ。一緒に住んでいる方が、たくさん一緒にいられるでしょ。そう考えて一緒のままでって お願いしたのに。オレときたら、忙しいのを言い訳にしてた。時はどんどん過ぎてしまうのにね。 もう遠慮しないって決めたから!」 今一度の温もりを確認すると、二人で家路を目指す。 朔にカゴを渡すと、景時からの手を取る。 「デートしてくるから。蕗の薹はさ、適当に料理しておいて?今日はオレ休みだから、ちゃんとず〜っと いたいんだ。協力してくれるよね?」 景時にしては珍しく、問いかけではなく断定に近い口調。 朔が真意に気づいてくれたのだと満面の笑みを二人に返す。 「先ほど譲殿にお願いしてありますから。これを他にどうしたら美味しくいただけるか考えておりましたの」 「そっか〜!譲くんに聞けばよかった。どんなお料理になるか楽しみですね!」 が景時を見上げる。 「そうだね〜。でも!オレは今からデートに行く方が楽しみ。とりあえずさ、どこかでのんびりしようよ」 「はい!朔、行ってくるね」 が手を振ると、朔も手を振り返す。 「ええ。気をつけて」 はじめこそ手を繋いでいた二人。 途中から景時はを抱えあげてしまった。 恥ずかしいのかが必死に抵抗しているが、まんまと馬へのせあげられている。 「さすが庵主様だわ。あの兄上をどう説得したのかしら・・・・・・」 カゴいっぱいの蕗の薹の香りが、春を告げている。 「兄上、しっかりなさって下さいね。はとてもいい娘ですわよ?」 景時の身を案じてばかりいる。 景時の事を一番に考えてくれる─── 春が待ち遠しいのは、誰もが同じ。 春の意味が違えども。 「ちゃん!」 「何ですか」 「呼びたかっただけ〜」 「何だかいつもと逆みたい」 景時の名前を呼び、そのまま背中に飛びつくのはなりの甘え方。 ところが、今日は逆に景時に名前を呼ばれて頬ずりされてしまう。 「うん。ずっとしてみたかったから。我慢しないようにしようって」 「・・・そうなんですか?」 が首を傾げる。 「そ〜なんですね〜。すっごくこうしたかったんだ。甘えすぎ?」 「そんなことないです。嬉しい・・・かも・・・・・・」 声は小さいが、はいいと言ってくれた。 「よかった。ちゃんが早く嫁さんになってくれないかなぁ・・・って思ってたんだ」 「私も・・・・・・」 「ホントに?嬉しいな〜〜〜。こういう気分でデートって最高!」 隣にいるのは、何より大切にしたかった人。 その人と過ごす時間が持てる幸せに、もっと早く気づくべきだった。 「景時・・・さん?」 「なあに?オレね〜、さっき気づいちゃった。君の方がもうすぐ梶原だって言ってくれてさ。 堂々と紹介できなくてごめんね?まだオレの妻ではないよなぁとか考えたら、迷っちゃって。 許婚ですって言えばよかったんだよね〜。次からはそうするから」 近くて遠くて、どう距離をとればいいのか迷いがあった。 必要のない悩みを自ら作り出していただけとも気づかず─── 彼女はオレを受け入れてくれたからここに居てくれる。 そして、堂々とオレの隣に立つことをいう事が出来る。 情けないのはオレの方。 「今日はちゃんに甘える日に決定!」 「や〜です!私も甘えたいもん。二人で甘えるのは、イチャイチャっていうんです」 恥ずかしくても、ここだけは引けないとがした主張。 「じゃ、もう一度ね。二人でイチャイチャしようの日に決定!」 「はい」 手を繋いで、話しながら歩き出す。 待ち遠しさは、幸せのシルシ─── |
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蕗の薹はてんぷらにすると美味しいらしいです。氷輪はてんぷらしないな〜。 (2008.02.03サイト掲載)