deep royal blue





 あの日、初めて君と会ったのは、よりにもよって庭で洗濯をしていた時で。
 あの時も頼朝様の命で、源氏の仲間であった木曽の残党の処理を任されて。
 かつて語らいあった仲間を殺してきたばかり。
 消えるわけのない罪の意識を手を洗うが如く流せたらと、隠れて洗濯をしていた。

 青空を見ていたら家族の笑顔のためなんだと思えてきた。
 自分に対する言い訳。
 後ろ暗さを吹き飛ばすように、わざと鼻歌を歌いながら洗濯をしていた。
 そこで運命の出会いをするとは夢にも思っていなくて───



「景時さん!どうしたんですか?手が止まってますよ」
「あ、ああ。ごめん、ごめん。えっとね、ここでちゃんに会った時の事を思い出してた」
 今ではオレの妻としてこの世界に残ってくれた愛しい人。
 オレの人生で初めて諦めたくないと思ったって、知ってるのかな?
 たぶん、君なら気づいちゃってるんだろうな。

「あの時は・・・景時さんはもうお洗濯済んでましたよ?鼻歌で干してました〜。私たちは
まだ終わってないですもん。急がなきゃですよ」
「御意〜〜〜!虹を見たらデートするんだもんね。早く水撒きしたいな〜」
 洗濯する姿を見つかって以来、何度となく手伝ってくれた。
 いわく、洗濯後の水を撒くとキラキラするのが好きらしい。
 ただ水を撒いても良さそうなものなんだよ・・・な・・・・・・あれ?

「ね、ちゃん」
「何ですか?あとはこれだけですよね〜」
 せっせと洗濯物を洗いながら、オレは今の考えを確認せずにはいられない。

「・・・虹って、普通に水撒きしても見られるよね?」
「・・・・・・そうですよ。水だもん」
 さも当然という返事だが、ちゃんの顔が耳まで赤くなった。


 本当に君はオレにはもったいないような素直で正直な人なんだなと。
 その赤くなってしまった少し熱を持つ耳に口づけた。


「ひゃっ!か、か、か、景時さん?!突然・・・・・・」
「いや〜、別に疑ってたわけじゃないんだけどさ。オレとした事がようやく気づいたって
感じかな〜。うん。ほ〜んと、運命の出会いってあるんだね」
 再びの耳に口づけると、今度はから景時の頬へと返された。
「私、ちゃんと言いましたよ?最初から・・・初めて会った時からって」
「そうなんだけど・・・オレの洗濯してるトコってのはねぇ・・・・・・」
 肩を寄せ合いながら、互いに最後の一枚の洗濯物を洗い出した。



 マイナスイオンとか新しい語彙を教わったために基本的な事が抜け落ちていた景時。
 洗濯の水を撒くと綺麗だから手伝わせて欲しいというの申し出に嘘はなかった。
 事実、景時が誘えばいつでも手伝ってくれたのだ。
 最後に水を撒くと、水飛沫に光があたり虹が出る。
 今までは罪を洗い流した水と感じていたのに、といるとキレイな水だと感じられた。
 が、何も洗濯した水でなくても同じ効果があるのだ。
 景時と洗濯をする理由はない。
 理由は別にあったのだと、たった今気づいてしまった。



「洗濯・・・いつも手伝ってくれたよね?」
「だって・・・景時さんと一緒にいられるから。皆にナイショだから、二人だけで」
 なりに景時に近づきたくてしくれていたのだろう。
「そっか。実はオレも。・・・わざわざ洗濯物を増やしてたって言ったら怒る?」
 洗濯物がない時は、洗濯が必要になるようにしたものだ。
 少しでも長く二人でいるには量が多ければいい。
「ええっ?!・・・・・・おかしいと思ってたんですよね。朔がしたはずなのに多いなって」
 それこそ今明かされる景時の秘密に、が笑い出す。
「あははっ。ホントに気づいてなかったとは思わなかったよ〜〜〜」
「だって。わざわざ汚すなんて思わないですよ?」
 手元で洗濯物を絞り上げ、他の洗濯済みの山へと重ねた。
「まあ・・・ねぇ?朔にはバレてたと思うけど、オレも・・・ちゃんと話したかったから」
 盥を両手で持ち上げ、洗濯した水を庭へと撒き散らす。



「わ・・・・・・やっぱりキレイですよね〜〜〜」
「うん」
 時間にして僅か数秒の事と思われるが、目に残る残像の時間は実際よりも長く感じられる。



「景時さん」
「なあに〜〜〜?」
「・・・これからはわざとお洗濯物増やしちゃダメですからね?」
 の指が景時の鼻先に触れた。


(冷たい・・・・・・)


 の両手首を掴み、その手を自らの頬へと押し付ける景時。
「冷たくなっちゃって。ごめんね〜?まだまだ寒いのに。今はわざと増やしたりしてないよ。
どちらかといえば、簡単に済みそうなのだけ選り分けてる」
「は?」
 景時の頬の温度を分けられて、やや温まったの手が景時の両頬を挟み込む。

「それって、それって、おサボリって事ですか〜?!」
「・・・ま!それに近いかな?」
「景時さんっ!!!」
 が怒り出す前に、その場でを抱きしめた。



「だってさ〜、せっかく可愛い奥さんと過ごす休日だよ?そりゃあ洗濯は好きだけど、ちゃんと
二人でまったりしている方が好きなんだからさ〜。ズルは当たり前?」
 頬を膨らませてしまったの額へ数度唇を落とす。


「・・・・・・もう隠し事はないですか?してないですよね?あったら今のうちですよ?」
 まさに尋問だ。
 景時が甘い空気を演出しようとしているのに、それを弾き返す


「え〜〜っと。ちょこっとある・・・かなぁ?」
「今すぐ言って下さい!もぉ〜〜〜、秘密はないって言ったじゃないですかぁ!!!」
 景時を叩きたいのだが、腕ごと抱きしめられているので叶わない。
 せめてもと飛び跳ねながらの抗議をする。



「オレね、ちゃんだけなんだよね。本当に・・・ちゃんと一緒にいたくて。どうしようかと
思ってたんだ。だから・・・他はいらないんだ。二人でいるためなら、ズルでも嘘でも何でもアリ」
 景時の腕が緩み、の存在を確かめるようにその背を、髪を撫でる。
 ついも言葉が過ぎたと景時を抱きしめ返し、その背を撫でた。



「と、いうわけで。朔、後は頼んでもいいかな?」
 景時が簀子で立っている妹へと顔を向ける。
 の肩が僅かに揺れ、景時の脇から顔を出せば親友が立っていた。

「・・・景時さん!騙しましたね〜?!」
「いや、いや、いや。時間は大切に。うん。デートしようよ!たくさん話したい事があるんだ」
 素早くの手を握り締め、庭から外へと小走りに駆け出して行く。
 二人の後姿を朔が溜息まじりに見送った。

・・・・・・だから兄上でいいのかって聞いたのに・・・・・・」
 勝浦でに確認したものだ。景時でいいのかと。
 景時は今まで我ままらしい事は言わなかったし、どこか気負って自己犠牲なところがあった。
 その景時が手にした唯一の我ままがなのだ。
 が異世界へ帰りたいだろうと初めこそ気遣っていたが───

にだけどこまでも甘えてしまって・・・仕方のない兄上だわ」
 景時とが干さずに行ってしまった洗濯の続きするべく庭へと降り立った。





「景時さん、どこへ行くの?」
「どこがいいかな〜。朔に押し付けてきちゃったから、しばらくしないと帰れないかなっ!」
 そう怒ってはいないだろうが、事前に言えと小言はくらいそうだ。
「もぉ〜!お洗濯物、干さないで出てきちゃったじゃないですかぁ〜」
「まあ・・・なんとかなるでしょう!あのさ、春を見つけにいこうか?」
 景時は今の季節に咲く花の場所を思い出したのだ。
 行き先は北野天満宮。
「春・・・ですか?」
「そ!春の花〜ってね。少し寄り道をしてから行こうね」
 まるきり手ぶらで出て来てしまったのだ。
 途中で食べ物と飲み物を調達し再び歩く。
 程なく目指す北の天満宮に着いた。


「わかった!梅ですね?ここって梅が有名なんですよね?」
「梅もなんだけどね〜、今日は地面の方に用事。向こうだったかな〜」
 もうすぐ梅の花が咲きそうな一帯を抜け、庭園がある方へと足を踏み入れる。
 景時の探し物は節分草だ。
「あった!よかったよ、時期が短いからさ」
 景時が指差す先には白い花がある。
 が近くまで駆け寄りしゃがみ込んだ。

「可愛い〜。白いお花ですね・・・名前は?」
 植物に詳しくない
 見たこともない小さな白い花に目を輝かせる。

「節分草って言うんだけどさ、別名は春の花っていわれてるんだよね。だから春を探しに」
 景時もの隣にしゃがみ込み、その小さな白い花を眺める。
 小さくてもしっかりと大地に根ざしているその姿こそが春の使いに相応しい。

「ふ〜〜〜ん。初めて見ました」
 指先で花弁に触れる
「・・・採らないの?」
「咲いている時期が短いんですよね?可哀想だし、見られたからそれでいいです」
 ひざを抱えて眺める
 を眺めている景時。
 不可思議な時間が過ぎる。



「・・・景時さん。こっちの、にょ〜んってなってるのは蕾?」
「かな?まだまだ後に咲くのかもね」
 花がついていなければただの草と間違えてしまいそうだ。
「すごいですね〜。こんな可愛い花を頑張って咲かせるんだ〜〜〜」
 まだ丸くなっている蕾に触れ、その花が咲く時に思いを馳せているのだろう。
 がふわりと微笑む。


(うわ・・・・・・得したかも)


 の笑顔が大好きな景時。
 中でも、この何かに対する慈しみの笑みに弱い。
 楽しい時に声を出して笑っているのも好きなのだが、どこか大人びたやわらかな笑みに
惹きこまれてしまう。


ちゃん!今日は天気もいいしさ、向こうでお菓子を食べながら話をしようか?」
 真っ青な空を二人で見上げると、辺りの風景が心なしか真冬の時期より輝いて見える。
「青いですね・・・お洗濯日和。あの日も・・・空が青くて・・・夏はもっと青くて・・・・・・」
 夏の空には負けてしまうが、空気が澄みわたる空は見た目よりも青く感じられる。
「そうだね・・・夏になったら・・・・・・花火をまた見せてあげる」
「うふふ。楽しみにしてますね」



 天が花紺青の色になる頃、空に花を咲かよう。
 君の笑顔を盗み見するために。
 勝浦で君の想いを知った時に、オレは手放したくないと初めて願ったのだから───






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誕生色の本によると2/3はこの色らしいです。キーワードは「はにかみ」と「直観力」。よしっ!(笑) 壁紙の花が節分草ですv     (2007.02.03サイト掲載)




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