追儺





「まだまだ寒いですよね〜。雪とか日陰に残ってるし・・・・・・」
 簀子で手に息を吹きかけながら、が庭木の根元に残る雪を見る。
「そうだね〜、一応は春だけど。暖かく感じるのはまだ先かな〜」
 の風除けの如く隣に立つ景時。

「春・・・節分っていつですか?二月の三日は?じゃなかった。如月の三日」
「へ?節分?節入りはもう元日過ぎすぐだったけど・・・如月の三日なら明日かな?」
「あ゛・・・また暦を勘違いしちゃった・・・・・・」
 が項垂れた。
 どうしても太陽暦から抜け出せないは、単純に日付で捉えて失敗ばかりしている。

「過ぎちゃってました・・・豆まき。鬼は外って厄払いする日」
「ああ!それだったら、年末に宮中で盛大に行なわれたよ。“追儺”の事だよね?」
 軽く手を打ち鳴らして納得の景時。
 が時々したがるイベントなるものは、こちらの世界でも似たものがあったりするのだ。
 よって、情報を頭の中で比較して合わせるのが得意になってきた。

「景時さんもしたの?その・・・ついな?」
 初めての言葉に自信がないのか、の首が傾く。
「追儺はしてないよ。あれは宮中行事だからさ、将臣君はしたんじゃない?鎌倉ではね、“鬼遣”って言ってた」
「おにやらい?やらい〜?」
 の首が、反対に傾く。
「そう。鬼って言っても、結局は除災招福の意味でさ。とはいえ、目に見えるものじゃないと祓った気がしなかった
んだろうね。どこかで鬼遣って変わっちゃったんだろうな」
 景時なりの解釈を述べる。
 大陸から伝わる行事が歴史の途中で変わってしまうのは、よくある事だからだ。

「私がいた所ではね、二月の三日に豆まきをして、自分の年の数の豆を食べたの。小さい時は、パパが鬼の役をして
くれたりとか。でね、鬼を外へって気分だけして。それから皆で豆を食べたら無病息災って教わったんですよ」
「ふ〜ん。じゃ、明日しようか。取りあえずは、豆の用意かな〜?」
 軽く片目を瞑る景時。
「で、でも・・・実質外しちゃってるし・・・・・・」
 確かに、もう冬ではない。考えてみれば、相当季節を外しているのだ。
「え〜〜〜!オレさ、ちゃんの世界の事は全部知りたいんだよね。それに、二回出来て楽しくない?」
 指を二本立てて見せ、に訴えかける。

「景時さんったら。・・・二回って、景時さんは二回目?」
「一応軽く九郎の所で鬼遣はしたから、今度のを入れれば二回目。あれ?オレだけだね」
 目を合わせると笑い出す景時と

「私ってば、一回損?」
「そんな事ないよ〜。来年からは家でもしよう。なんとなくそういう行事をさ、戦の時って忘れちゃってて。そのままで
今日に至っていたというか・・・・・・陰陽師失格じゃない?オレ・・・・・・」
 厄払いなどの行事は、陰陽寮が主体で宮中では行なわれているのだ。
 陰陽師たる景時が、自分の家で行事を忘れているというのは本末転倒である。
 陰陽師の本領発揮ともいえる、厄払いの行事なのだから。

「忙しかったからですよ。戦が終わっても、事後の騒動ったら・・・・・・」
 戦が終わった年の春先は、景時が帰って来ない日の方が多かったくらいだ。
 西へ東へ飛び回り、婚儀も遅れに遅れた。
「・・・そうだったね。オレ、よく持ち堪えたよ。ちゃんが待っててくれたからだよなぁ」
 へ手を伸ばし、その背にそっと腕を回した。

「えっとね・・・待ってたっていうか・・・いただけっていうか・・・・・・本当はついて行きたかったのにぃ」
 も景時の背に腕を回し、軽くその背の着物を掴む。
「だ〜め。来なくて正解。昼も夜も無くて・・・・・・夢でも会えなかったんだから・・・さ」
 当時を思い出してか、景時が溜息を吐きつつ心情を吐露した。


「よし!ここはひとつ、景気よく豆まき!今年はいっぱい二人で出かけようね。順番が逆で申し訳ないけど」
 結局のところ、との逢瀬をする暇が無かった事を気にしていたのは景時の方。
「お出かけは・・・いいです。お家でのんびりしましょう?」
「ええっ?!そんな・・・オレと出かけたく無くなっちゃった?」
 景時の眉がハの字になる。かなり情けない顔だ。
「違いますよ。景時さんが居るからいいの、出かけなくても。お豆は台所で聞いてきますね?」
 くるりと景時に背を向けてが簀子を小走りに駆けていった。


「あ〜〜〜あ。悪い事しちゃったなぁ・・・・・・気にしちゃったかな?」
 ようやく年を越えて落ち着いてきた。
 景時に休みが与えられるようになったのも、つい最近からである。
 景時の体調を気遣って出かけないと言ったとしか思えなかった。





「朔〜、豆ある?大豆〜〜〜」
 小さな足音を立てながら、が台所へと降り立った。
「・・・大豆はあるけれど、何に使うの?」
「豆まき!」
 の返事に、少しだけ朔が仰け反った。

「・・・蒔いても芽は出ないわよ?」
「違うの。え〜っと・・・鬼遣?私の世界では節分っていって、豆まきして豆を食べたんだよ。だから!」
 朔に手渡された篭を手に持ち、大豆の具合を確認する

「これって・・・食べられる?炒ればいいよね」
「食べても大丈夫だけれど・・・・・・の世界でもするのね?鬼遣」
 同じ行事があると、朔も嬉しいのだ。
 知らない事より、知っている事が共有出来る喜びといった種類の嬉しさは別物である。
「うん。自分の年の数だけ豆を食べると無病息災なんだって、菫おばあちゃんも言ってた。だからね、豆を食べるの」
 軽く朔が瞬きをした。

「・・・。その・・・年齢の数なのだけれど。多いと大変よね?」
「うん。そうだね」
 にとっては高々二十粒弱。さして問題はない。
「兄上はたくさん・・・だわね?」
「え〜?そんなに多くないよね?だって、景時さんって・・・・・・そういえば、いくつ?」
 朔が絶句した。

「私、水場にお野菜を置きっぱなしだったわ!、また後でね」
 そそくさと朔は外へと出て行ってしまった。

「・・・変な朔。景時さん、ぴっちぴちだもん。豆くらい食べても平気だよ?二十個ちょっとくらい」
 大豆の入った篭を簀子へ置き、枡を探した。







 翌日、洗濯を済ませた景時とが豆まきの準備をする。
「枡からね〜、お外に向かって『鬼は外〜』で、お家の中に向かって『福は内〜』って。お掃除大変だから、お家へは
小さくしましょうね?」
「御意〜!じゃ、はじめますか」
 時期を外してしまったので、小さく二人で豆まきを行なった景時と
 最後に年の数の豆を食べる事になった。

「えっと、私は十九個!」
 枡から手のひらに年の数だけ取り分ける
「じゃあオレは・・・年が明けたし二十九かな」
「え゛!」
 豆を数える景時を思いっきり凝視する

「・・・だよ?元日でひとつ増えたから。ちゃんの言う誕生日?あれだと二十八だけど・・・・・・」
 の驚きぶりに、豆の数をどちらにすべきかと最後の一粒をに見せる。
「どっちがいいかな?やっぱり、誕生日で数えた方がイイ?」
 さりげなく一粒を枡へと戻してみる景時。
 しかし、が驚いたのは豆の数ではない。
 数は数でも───

「・・・私、今まで景時さんの年知らなかった・・・・・・そんなに年上だったんだ」
「ええっ?!オレっていくつに見られてたの?」
 豆を零してしまいそうなの手をそっと包みながら、景時も驚きを隠せない。
「だって・・・弁慶さんにも呼び捨てにされてたし・・・・・・え〜〜〜?!」
 の瞳は、これ以上無理というくらいに大きく見開かれている。
「・・・弁慶はオレより年下。別に呼び捨てにされるのは抵抗ないし。そっか・・・・・・オレ、年寄りすぎ?」
 は首を千切れんばかりに左右へ振る。
「ち、違うの!えっと、勝手に若いって思ってて。九郎さんの一個か二個上くらいかな〜って。別に本当の年は問題じゃ
なくて。だから・・・え〜っと・・・そう!年寄りなんて思ってないですよ?ちょこっと驚きましたけど」
 必死に言い訳をするが可愛い。
 けれど、景時の年齢に驚愕したのは間違いない。
「・・・ごめんね。なんだか大切な事を話さないうちに婚儀までしちゃってさ。そうだよね、ちゃんって、朔より若い
んだもんな〜」
 景時の前髪がへなへなと萎れた。
「違うの!違うの!景時さんも豆、食べよう?二人で長生きすればいいんだよ。えっとね、出来れば二十八個で。だって、
私の世界のイベントの豆まきだから、数は誕生日で数えましょう?」
 が手を開いて豆を食べ始めると、景時も釣られて同じように黙々と豆を食べた。



「あのね・・・その・・いつも景時さんって大人だなって思ってたの。早く追いつかなきゃって」
「あ゛〜〜、そっか。本当にオジサンとは思ってなかったってコトかな?」
 軽くの頭へ手のひらをのせる景時。
 少し寂しそうな笑顔を見てしまい、の胸が痛む。
「オジサンとは思ってないもん。ただ、やっぱり大人だったんだなぁ〜って。逆に安心しました」
「へ?」
 にっこりと微笑んでが景時に寄りかかった。
「あのね・・・朔も皆もとってもしっかりさんでしょ?私だけコドモっぽくて気にしてたの。だから」
「え〜っと?」
 が子供だと思った事は一度も無い。むしろ、いつも心配で見ていたのだ。
 女性を戦場へ向かわせる事は避けたかった。けれど、龍神の神子ともなれば話は別。
 崇め奉るとは聞こえがいいが、戦の大儀、勝利の象徴となり得る存在だった
 しかも、封印の力を持っていた。
 残念ながら出陣するしかないに対して出来る事は、前に立って怪我を出来るだけ防ぐくらいだった。

「あのね、私一度も景時さんをお兄ちゃんみたいって思った事ないんですよ?知ってました?」
 楽しそうに笑うが眩しい。
「それは・・・頼りなくて?」
 いつも朔に小言をもらっている身としては、年上にみられなくても仕方が無い。
 そもそも、初めてこの庭で会った時にも、後から来た朔にの前で小言を頂戴したのだ。

「違いますってば〜。私ね、初めて会った時から景時さん、格好いいなって。ここでね、もう好きになってたんです」
 景時とが座っている所は、あの日、景時の洗濯が終わるのをが待っていた場所。
「・・・・・・オレも。可愛い子がいたから引き止めたんだ。知ってた?」
「知らなかった!景時さんって、誰にでも同じなんだもん」
「そう?いつもちゃんを見てたと思うんだけどな〜」
 今だからこそ明かせる。今だから言いたかった。

「ん〜?それ、ヘン。私も景時さんばっかり見てたもの。・・・二人で見てたら目が合うハズですよ?」
「合わないよ。だって・・・見てる事は知られたくないから。誰かと話をしている時に、横からこっそりとか・・・さ」
 言ってて恥ずかしいが、当時は気持ちを知られるのは怖かった。
 それに、伝えるつもりもなかったへの想い───

「・・・よかった。私が!先に!告白したからですよね。危ない、危ない」
 ふにゃりと景時の膝に寝転がる
「あのね、今までとっても焦ってたの。早く大人になって、景時さんに追いつかなきゃって。でも・・・ゆっくりにします。
ゆっくり追いつくから・・・ぴちぴちの奥さんでイイな〜って言われるように頑張りますね?」
 景時の手がの髪へ伸びる。
「・・・ぴちぴち?」
「うん!景時さんもぴちぴちだから。年は関係ないの。ずっとこのまま仲良しがいいな〜って」
 景時の手を取って、翳してみたり遊ぶ
「ぴちぴちぃ〜。魚が跳ねてる音みたいだね?・・・あれはビチビチかな?」
「ぴちぴちです!こう、元気に頑張るぞって感じ!」
 手を合わせて大きさを比べている
 景時が指に力を入れると、自然と手を握り合う。

「暦を作ろうか。二人の・・・さ。なんといっても、陰陽師の本職だしね」
「えっ?カレンダー職人さんなの?商売?市で売ってるの?」
 そんな内職をしていたのかと、が景時の深夜の内職姿を思い浮かべる。
「・・・やだなぁ〜。そうじゃないよ。天文を書き付けたものを作るんだ。それじゃなくて、ちゃんの世界の行事と、
こっちの行事を書いて・・・日付をあわせておけば忘れないでしょ?もちろん、誕生日もさ」
「わ!それ楽しそう〜〜〜」
 が起き上がって景時に抱きついた。

「オレの春風さん」
「えへへ。春ですもんね!今年は楽しい事、たくさん考えよう?皆を呼んだり。二人でお出かけしたり!」
「だね〜!」





 遙かなる異世界に、春風が吹き抜けたある日───






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数え年だったとしても、景時くんと望美ちゃんの年齢差は二桁。さて?(笑) 一周年記念は、振り出しに戻る☆     (2006.02.03サイト掲載)




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