小さな月の宴





「景時さん!今日は・・・いつも通りに帰ってくるよね?」

 別段変わりのない朝、突然の妻の言葉に出かけようとしていた景時は振り返る。
「・・・・・・何かあったっけ?」
 顎に手を当てて考え込む景時。
「ちっ、違うの!そうじゃなくて・・・その・・・・・・早く帰ってきて欲しいなぁ〜って」
 俯き加減でなんとも嬉しいことを告げるを抱き締めようと手を伸ばした瞬間、
「兄上!さっさとお出かけにならないと遅れましてよ?」
 無情にも外から朔が玄関へと入って来た。

「・・・・・・朔。どこから来たの?」
 家の中からならともかく、外から戻って来たのだ。
 朝からどこへ行ったというのだろうかと景時が訊ねる。
「あら。私も務めがございますの。知り合いのお寺にお邪魔しておりました」
 景時の方を向かずにさっさと部屋へ上がってしまった。

 と景時が目を見合わせ、首を傾げる。
「・・・・・・なんでしょうね?」
「・・・・・・なんだろうね?」
 お互い思ったことが同じだったのがまた可笑しくて、顔を近づけると軽く唇を合わせた。

「じゃ、行ってくるね!頑張って早く帰るからね〜〜〜」
「いってらっしゃい!」
 いつも通りで十分なのだが、景時には“早く帰る”という方向へ脳内変換されたらしい。
 後姿を見送りながら、が笑う。
「もぉ・・・どうしていつも都合良く変換しちゃうのかなぁ・・・・・・」
 それでも、早く帰ってきてくれるのかと思うとも急がねばならない。

「白龍〜〜、出かけるよ。早めに出かけて、早く帰ろう〜」
 が部屋の方へ向いて声を上げると、白龍がふわふわとの許へやって来た。
「ね、今日は神子が言っていたのをするんだよね?」
 の手を掴んで、嬉しそうに見上げる白龍。
「そうだよ〜、だから!今日はお天気がいいといいね」
「大丈夫。私がいるよ。私が神子の願いを叶えるから!」
 が白龍を抱き上げた。
「う〜ん。私だけのためにっていうのはちょっと・・・でも、今日は特別だからね」
「うん!早く行こう」
「だ〜め!譲くんと朔もいないと大変だもの」
 白龍と手を繋ぐと、朔と譲を呼びに行く。

「朔〜〜、譲く〜ん、行くよ〜〜〜」
 先程戻ったばかりの朔が顔を出した。
「大丈夫よ、。私が朝、聞いてきたから。場所はわかってるの」
「えっ?!それで朝からわざわざ?ごめん、朔」
 朔が出かけた理由が自分の所為だとわかり、項垂れる
「そうではないの。がより良いものが欲しいって言ってたから・・・・・・それに。久しぶりに
庵主様とお話出来たし」
「・・・う、うん。それなら・・・いい・・・けど。・・・・・・ありがと、朔!」
 朔に飛びつく
「いいのよ。さ、行きましょう。譲殿・・・まだなのかしら?」
 三人手を繋いで譲を探すと、庭でしっかり篭の用意をしていた。

「あ、お待たせしちゃって。俺の準備はいいですよ?」
 篭を背負う譲。
「・・・・・・譲くん、そんなに取れないし、とっても無駄になっちゃわない?」
 白龍が入りそうな大きさの篭にが頬に手を当てて考える。
「そんな事は無いですよ!どういう状態かもわからないし。ほら、大は小を兼ねるっていうじゃ
ないですか。そんな事より、行きましょう」
 どこへ出かけるかといえば・・・・・・栗拾いだった。





「こんな近くにあるなんて・・・・・・・・・・・・」
 京邸から南へ徒歩三十分程度の、とある寺の裏手の丘。
「ええ。庵主様がこちらの栗が大きくて美味しいって。私もどこかで見たと思っていたのだけど
思い出せなかったから」
 地面に毬栗が落ちている。ここが海ならばウニといったところだろう。
「神子、これを拾うの?」
「ダメだ、白龍。毬で怪我をするから。こうして・・・・・・ほら、中が栗だろう?」
 小刀で毬を割り、中の栗の実を出して見せる譲。
「わ〜〜、栗になった!」
 ひとり大はしゃぎの白龍。
「もぉ〜、白龍ったら。真剣に栗を集めないと、モンブラン作れないんだからね〜〜〜」
 心の中では、栗羊羹も考えている
「さ、頑張って拾いましょう。早く帰って美味しいお菓子を作らないと間に合わないわ」
「そ〜だった!頑張ろうね」
 と白龍が集めて、譲が毬を開き、朔が栗の良し悪しを判別した。



「・・・・・・大きいけど、虫が入ってたりして大変ですね」
 ここへ着いた時には、ものの三十分で終わるかと思ったのだ。
「う〜ん。でも・・・皆で食べたいもん。大丈夫だよ、薩摩芋の方はもう下準備してあるし」
 そろそろ一時間になろうとしている。
「そうね・・・もう少しだけ拾えば予定通りではないかしら」
 朔が篭の重さを確認する。

「神子・・・私が集めるよ!」
 白龍が手を広げると辺りが光に包まれ、毬栗の山が出来た。
「・・・・・・えっと・・・これってズルしちゃった感じ?」
 が白龍の頭を撫でる。
「先輩、今日だけは特別・・・でしょ?」
 譲がさっさと山から毬栗を取っては割り始める。
「そう、そう。お昼に間に合うと嬉しいでしょう?」
 朔も小刀を取り出した。
「・・・・・・だね!頑張っちゃお」
 これ以上はない位に栗を篭へ入れて、早々と帰宅した。



「え〜っと、後は。譲くん、モンブラン頼んでいい?朔は薩摩芋の方ね!」
 がテキパキと分担の支持をする。
「白龍はこれで栗を潰してね〜」
 昼とおやつの準備に取り掛かる。
 どうしても、今日八葉の仲間に届けたいのだ。
 四人でおしゃべりしながらも手を進め、どうにか予定通りに準備が出来た。



「や〜っぱりお昼になっちゃったね。えっと・・・将臣くんの方は・・・・・・」
 将臣と敦盛は内裏で九郎たちは守護邸。方向が違うのである。
「先輩、兄さんには午後には守護邸にいるように文を出してありますから」
 重箱にどう詰めようか考えていたが嬉しいそうに手を叩いた。
「わ〜、ありがとう、譲くん。じゃ・・・皆で食べたり出来ちゃうかな〜」
 早く食べたくて白龍はの手元を覗いている。
「こら!少しだけだよ?」
 栗を摘まんで白龍の口へ入れると、今度は別のものを見つめる白龍。
「もぉ!早く行かないと白龍が我慢できなさそ〜だよ」
「ほんと。早く詰めてしまいましょう」
 少し多めに完成したものをつめて手に持つと、守護邸へと向かった。





「こんにちは・・・・・・あの・・・忙しいですか?」
 九郎の部屋まで誰に止められる事も無く通されてしまったたち。
?!何かあったのか?」
 がここへくる事は殆ど無く、ましてや先月の観月の宴の事もある。
 九郎の顔が青ざめた。
「えっと・・・・・・何もないけど・・・用事があるっていうか・・・・・・・・・・・・」
 九郎の前に積まれた文を見て、用件が言い出せなくなってしまった
 そこへ将臣と敦盛がやって来た。
「よっ!入るぜ〜って、何だぁ?に朔に白龍まで。何かの集まりだったのか?譲」
 譲にこちらへ来るようには言われたが、理由は知らなかった将臣。
「・・・・・・集まりの予定はありませんけど、どうりで。鼻が利く人がいると思いました」
 弁慶が庭へ視線を移す。すると簀子で転がっている人物がいる。
「よかった〜、ヒノエくんも来てたんだ。今日は先生がこっちで稽古つける日だよね?」
 リズヴァーンは九郎に頼まれて時々源氏の兵士たちに剣の稽古をつけている。
 今日はその日に当たっていた。
「ああ・・・・・・先生なら先ほどまで・・・・・・」
 庭にいるのが視界の端に入っていたが、今はもう居なかった。
「え゛!やだ、先生ったら。屋根かな〜」
 
 が簀子から大声で叫ぶ。
「リズ先生〜!せんせ〜!降りてきてくださ〜〜〜い!ですぅ〜〜〜」
 すると、突然リズヴァーンが簀子に現れた。
「神子・・・どうした、大声で」
「こんにちは。えっと・・・そのぉ・・・・・・」
 またも用件が言い出せないでいると、の声を聞きつけた景時が九郎の部屋へ走ってきた。



ちゃんっ?!ど〜して、九郎の部屋からちゃんの声がするのっ?」
 勢いつけて戸を開けて景時が最初に見たものはだった。
 慌てて駆け寄り抱き締める。
「もぉ〜、どうしたの?こんなむさ苦しい所へ・・・そんなにオレの事待てなかったの?じゃあ、もう
帰っちゃおうかな〜〜〜」
 九郎が景時の頭を目掛けて文箱の蓋を投げつけた。
 しかも『むさくるしい』まで言われている。

「あいてっ!何だよ、九郎〜〜〜。ちゃんに当たったら危ないでしょ〜」
 蓋ぐらいでは効果が無く、は解放されなかった。
「あのっ、そのっ、今日はね、十三夜なの・・・・・・」
 景時を見上げてが告げる。
「十三夜って・・・・・・ああ!」
 十五夜をみたならば、十三夜もみないと片見月になってしまう。
「そっか、それでね!まだ月は出てないけどさ、帰ろうか」
 このまま家に帰られては目的が達せられない
「やっ、その、だから・・・ご飯をね、皆にも作ってきたの。だから・・・休憩しませんか?」
 ようやく景時とが仲間を見れば、さっさと食べ始めていた。

「ひどっ!オレが一番でしょ〜、ちゃんの手料理なんだから!」
 景時が栗の炊き込みご飯のおにぎりに手を伸ばす。
「そう言いますけれど、まだまだ時間がかかりそうだったので、お先に頂いてましたよ」
 弁慶が今度はサツマ芋の炊き込みご飯のおにぎりを手に取っていた。
「だよな〜。久しぶりだっていうのに、随分と見せ付けてくれるじゃん?」
 いつ起きたのだろうか、ヒノエもしっかり食べていた。

「そんなつもりじゃな・・・・・・」
「は〜い、ヒノエ君。オレの奥さんをからかわないでね〜。ちゃんはココがいいね」
 景時が隣にいるを自分の膝へのせた。

「それにしても・・・突然だったな」
 九郎が芋の煮物をつまむ。
「こういうんならいいんじゃねえの?そういやばあさんがよくしてたよな〜」
 将臣は二つ目のおにぎりを食べ終えた。
「・・・・・・兄さんは食べ物目当てだっただろ」
 白龍の面倒を見つつ譲が将臣の為におかずを小皿へ取り分けた。
「雅やかな方だったのですね、お二人のお祖母様は」
 敦盛もしっかりと次の食べ物に手を伸ばした。
「そぉ〜なの!だからね、今日はお月見したいなぁ〜って」
 の一言で、周囲は静まり返った。



「・・・そうですね、景時は今日は早めに帰られたらいいと思いますよ」
「あ、ああ。それがいい・・・・・・」
 弁慶と九郎は早々と容認した。
 とくに九郎には前回の引け目がある。
 不得手で景時に頼んでしまい、の楽しみを奪うところだったのだ。
「いいね、景時は。可愛い奥さんと月見かい?」
 ヒノエがごろりと横になる。
「だぁ〜よね〜!オレって幸せ者だよね〜。可愛い奥さんとお月見ぃ〜〜〜イテッ!」
 でれでれに惚気始めた兄の足を、こっそり朔が抓った。
「月は・・・・・・見ていると落ち着きますから」
 敦盛が静かに言うと、黙ってリズヴァーンが頷いた。

「えっと、譲くんと白龍がみんなにおやつを作ったから。モンブランっていう栗のお菓子。
のんびりお月様見てると、心の海が凪ぐ感じがして。あれが好きなんだぁ・・・・・・」
 が目蓋を閉じた。




「先生。今日はこちらへお泊り下さい。ここで月見をしましょう」
 九郎がリズヴァーンを誘う。
「おや?僕はお邪魔ですね。それでは・・・・・・ヒノエはどこで月を見る予定ですか?」
 弁慶がヒノエへ視線を移す。
「勘弁してくれよ。野郎と月見なんざ趣味じゃないね」
 手で払う仕種をされてしまった。
「んじゃ、こっち来いよ。俺たちもしようぜ?な!敦盛の笛付きなんて豪華だぜ〜」
 将臣が弁慶を手招きする。
「ありがとうございます。それではお邪魔させていただきますね」
「朔もこっち来るか?」
 将臣が朔を誘う。
「いえ、私は今夜は庵主様に呼ばれていて・・・・・・」
「へぇ〜?朔ちゃんは寺でお月見か・・・・・・いいね」
 ヒノエが興味を示した。
「ヒノエ。まさか尼寺に侵入するつもりではないでしょうね?」
「さあね。どこへ行こうと俺の自由だろ?それじゃ、お先」
 ヒノエがさっさと姿を消した。

「・・・白龍は俺と月見しような」
「うん!おやつたくさん食べよう」
 白龍は譲がまた何か作るのではと、期待の目を向ける。
「譲と白龍もこっちに来い。そうだな〜、珍しい唐菓子があるから。な?」
 将臣が白龍を手招きすれば、菓子に釣られて白龍は将臣の膝へと移動した。

「・・・ちょっと待って?だぁ〜れも家には来てくれないの?」
 が首を傾げる。
 
 誰がどう考えても邪魔にしかならないのだ。
 に頼まれても、これだけは譲れない面々。
「いや、その・・・元々中宮様が今晩は敦盛の笛をって言っててな〜。出来れば話し相手も
欲しいと言ってたんだ。だから・・・わりぃ!」
 将臣が先に言ったもの勝ちといわんばかりに言い訳を並べ立てる。

「そう・・・なんだ。でも・・・弁慶さんや譲くんは家でも・・・・・・」
「すいません、さん。僕は・・・ね?」
 弁慶が口元に人差し指を立てる。情報収集が趣味で仕事な事は知っている
「先輩。俺も向こうで台所仕事を手伝わないと・・・・・・兄さんの仕切りじゃ心配で」
 さりげなく逃げの体勢の譲。

「・・・・・・そっか。先生と九郎さんも水入らずが良さそうだし。朔も約束があるんじゃ仕方ない
よね。白龍は?一緒にお月見しない?」
 白龍が考え込む。
「えっと・・・神子の願い?」
 将臣が白龍の口を手で塞ぐ。
「白龍はこっちがいいよな〜。譲が美味いもの、たくさん作るぞ〜。どうだ?それに、のは
お願いじゃなくて、白龍がどうしたいかを聞いてるだけだ。そうだよな?」
 も白龍に強制はしたくない。

「・・・うん。じゃ・・・モンブラン皆で分けて下さいね。お邪魔しました」
 が帰ろうとすると、景時に腕を掴まれる。
ちゃん、忘れ物」
「えっ?!だって・・・入れ物は後で取りに来ますよ?」
 モンブランが入っている入れ物は持ち帰れない。
 忘れ物など無いはずとが辺りを見回す。 

「いや、いや、いや〜。大有りでしょ。これ、忘れてない?」
 景時が指差す方向へ視線を向ける。しかし、そこには景時の顔しかなく───
「・・・顔?景時さんの顔を忘れるわけないですよ?」
 景時が立ち上がり、を抱き締めた。
「そうじゃなくて。オ・レ!オレの事忘れて帰っちゃダメでしょ。それに、一人では歩いちゃダメって
約束も忘れちゃダメだな〜〜〜」
 の額へキスする景時。
「と、いうわけで。まだ日も暮れていませんが本日は仕事おしまいって事で。後よろしくね〜」
 ひらひらと片手を振り、空いてる手をと繋いで景時は九郎の執務室を後にした。



「いつもながら・・・・・・あいつらに巻き込まれないようにするのは大変だ。さてと。んじゃ、本当に
こっちで月見しようぜ。待ってるからな」
 将臣は敦盛と共に内裏へ戻った。
「そうですね。俺も兄さんの方で何か料理を作らないといけないし。お邪魔しました」
 譲も白龍と手を繋いで将臣たちの後を追う。

 いつ戻ったのか、ヒノエが姿を見せる。
「じゃ、朔ちゃんは俺が送るよ。向こうへ行くついでもあるし」
「ヒノエ殿?!お帰りになられたのでは・・・・・・」
 朔が目を瞬かせる。
「酷いな。俺じゃ嫌なのかい?景時と姫君の邪魔にならないようにしたつもりなんだけど、気に入ら
なかった?」
 景時との仲を協力してくれるのに文句があるわけがない。
「いいえ。ヒノエ殿のおかげで、うまく二人でお月見をさせてあげられそう。よかった・・・・・・」
 朔が微笑む。
「じゃ、俺にもご褒美くれるよね?可愛い女の子と歩くのは楽しいからね」
「ヒノエ殿ったら。それでは、お願いしようかしら」
「そうこなくっちゃね!じゃ、またな。九郎、リズ先生。・・・弁慶も」
 朔とヒノエも九郎の執務室から消えた。

「・・・・・・やられましたね。まったくヒノエときたら。僕も早く仕事を終わらせて内裏にお邪魔したい
ですし。九郎ももう少し空気を読んでくださいね?今回は偶然上手く事が運びましたけど」
 さっさと文をまとめ始める弁慶。仕事を急ぎ分だけに絞るようだ。
「あ、ああ・・・・・・すまない・・・・・・」
 九郎が項垂れる。どうにも色恋沙汰は苦手で、景時の想いに気づかないのだ。
 が仲間で月見をしたくとも、景時が内裏で貴族たち相手に辛抱している事を考えれば二人に
なりたいのだろうと考えるのが普通だ。
 その時はいつもそう考えているのだが、実際二人になれるようにするとなると九郎は言葉が出て
来なかった。
「また景時に嫌な思いをさせるところだったな・・・・・・」
「嫌というより・・・今回は、出来れば二人がいいとは考えていたでしょうね。さ、九郎も早く仕事を
片付けて下さいね。君が遅いと、僕にも迷惑になりますから」
 さり気なく棘のある発言をして、九郎を急かす弁慶。
「・・・わかった。先生、夕刻までには仕事を終えますので」
 リズヴァーンをあまり待たせるのも失礼かと、九郎が声をかけると、
「・・・・・・また夕刻に来る」
 短く言い残してリズヴァーンも姿を消す。
「さ、九郎。こちらの書簡をお願いしますね」
 小さくはない文の山に、九郎が小さく溜め息を吐いた。
「・・・・・・やはり俺の分が多くないか?」
「さあ?景時の仕事はちゃんと除けてありますし。気のせいでしょう」
 弁慶の口元は微かに笑っていた。





「先に皆に言っておけばよかった・・・・・・。皆だって忙しいのにぃ・・・・・・」
 は仲間と月見をするつもりだったらしく、項垂れていた。
「う〜ん、元々予定があったんじゃ仕方なかったかな。秋はさ、小さな宴とか多いしね」
 各貴族の邸で毎夜の如く宴が開かれている。
 九郎が自分の都合で断っているからいいが、個人的に景時も招きがないわけではない。
「景時さんも予定あったの?」
 すっかりしょげてしまったが景時を見上げる。
「ないよ〜。ない、ない!早く帰るって今朝言ったよね。・・・・・・オレだけじゃ寂しい?」
「うんと・・・夜には二人でって思ってたから・・・・・・ただ、月がなくてもおやつの時間には皆で
集まっておしゃべりしてと思ってたんだけど。よく考えたら、仕事場でそんなの無理でしたよね」
 自分の考えの浅さに、益々の首が下を向いた。
「う〜ん。次は何があるかな〜。月見とかじゃなくても、家で宴っポイ事しようか。先に招待状を
書いてさ。そういうのはどうかな?」
 景時としてはギリギリ許容範囲の提案。
 あまりを外へは連れ出したくないのだ。
 だったら家へ仲間を集めればいい。
「そうですよね!そうだ〜。家ですれば・・・いいの?」
「もちろん!料理とか大変なのはちゃんになっちゃうけどさ。食べて欲しいんでしょ?」
 の料理は独り占めしたいのが本音だが、ここは景時が引くしかない。
「はい!」
「オレが皆に招待状書いて配るしさ。二人で何か考えよっか」
「えへへ。最初から景時さんに相談すればよかった。でも・・・今日は景時さんを驚かせたかった
から・・・・・・」
 ようやくが笑ってくれた。密かに胸を撫で下ろす景時。
「ん、驚いた。ちゃんの声は、どこにいても聞き分けられるよ」
 真っ赤になる
「そ、そういえば・・・・・・景時さん、すっごい勢いで九郎さんのお部屋に飛び込んできた・・・・・・」
「でしょ〜〜!オレってば優秀じゃない?驚いてたのは格好悪かったかもだけど」
「そんなことない!すっごい嬉しかったです」
 何よりも先に見つけてもらえたのだ。繋いだ手に力を入れる
「じゃ、このままデートして。お月見は夜でいいかな?」
「ほんとに?!」
 まだまだ外は明るい。
 景時のお休みの日以外は、二人で出かけたりも出来ないのだ。
「ホント!どこがいいかな〜〜〜」
 鼻歌を歌い出す景時。と町中を歩くのは嫌いではない。
 普段ならの姿を見せたくはないが、自分と歩く時は別。
 隣にいる事を見せて歩きたい気持ちが勝るという、複雑なオトコゴコロの持ち主。
「景色がいいところ!」
「そっか〜、少し大変だけど清水へ行こうか。町が見渡せるしね」
 のんびり、のんびりと歩き始める。

「えへへ。こういうの楽しいですよね。歩くのが目的って」
「そ〜?オレはちゃんと二人なら何でもいいよ〜〜〜」
 勢いをつけて手を繋いでいる方の腕を振り出す景時。
「・・・・・・私も。景時さんと一緒なら楽しくて嬉しい!」
 途中、知り合いに会えば挨拶をし、呼ばれれば手を振りながら清水を目指す。



 ただ二人で歩くだけの時間が持てる喜び。
 月はまだ微かに青空にその姿を現しているだけだった。






Copyright © 2005- 〜Heavenly Blue〜 氷輪  All rights reserved.


十三夜に間に合わなかった!2005.10.15でしたよ(泣) 栗だってそう簡単に料理には使えません。     (2005.10.16サイト掲載)




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