月明かりの誘惑





「観月の宴?」
「そう、観月の宴だ。詩歌管弦の遊びを夜通し行うアレだ。俺は歌を詠めん!」
 九郎が面白くなさそうに腕組みをしたまま顔を背けた。
「で、でもさぁ。弁慶がいるでしょ?」
 宥める仕種をしながら、景時は参謀の存在を口にする。
「・・・・・・弁慶は、一緒に行っても当てにはならん!!!」
 九郎は一昨年に兄、頼朝の名代として後白河院主催の観月の宴に出席した。
 もちろん弁慶も一緒だったが、気づけば弁慶は九郎の隣から姿を消していた。
 弁慶にとって、宴は趣味と実益を兼ねた情報収集の場でしかない。

「・・・順番までに歌が詠めなくて。近くにいた女房殿が手助けをしてくれなかったら、
俺は大勢の前で恥をかいていたんだぞ!」
 余程腹が立ったのか、冷や汗をかいたのか、たった今の出来事の様に語り続ける九郎。
 弁慶はそ知らぬ顔で、話には加わらない。

「で、でもさぁ〜。そうだ!譲くんとかはどう?熊野の帰りにさ、譲くんがさらさら〜っと
歌を詠み上げたよね」
 景時には出席したくない事情があるのだ。
 必至に代わりになにりそうな者の名を考えながら九郎に告げる。
「・・・・・・譲をこちらの事情に巻き込むわけにはいかない。それに、将臣の弟だ。今回は
宮廷側になるだろう?敦盛だってそうだ」
 言われてみれば、その通り。かくなる上は、誰を犠牲にするかと頭を働かせる景時。

「ヒノエは熊野の別当として招かれている。・・・無駄だぞ」
 リズヴァーンに頼む訳にもいかず、景時も唸りながら腕を組んだ。

「待ってよ〜。オレはそういう公式の場は嫌いなんだって!それに・・・約束があるし」
 とりあえず両手を合わせて嘆願してみる景時。
「約束?そんなもの、こちらが優先に決まっている」
 先程とは逆の方向へ九郎の首の向きが変わった。

(はぁ〜〜〜。参ったなぁ・・・・・・歌もだけど。楽も舞も今様もとなれば・・・・・・)
 東国でこそ、中々の教養、知識人として名が通っている景時だが、京の宮中ともなれば、格が違う。
 その上、出席したが最後、景時個人の失敗や恥では済まなくなる。
「参っちゃったな〜。オレが本番にとことん弱いの知ってるくせにさ〜〜〜」
「弱ければ克服しろ!とりあえず、そちらの約束は反故にしてもらってくるんだな」
 出席は決定事項とばかりに、九郎は景時に背を向けた。


「・・・景時。諦める事です。そうそう、敦盛君が笛を吹くそうですし、君も笛を合わせては
どうですか?将臣君は帝の後見人だから、彼の代わりは譲君がするんでしょうね」
 弁慶も、今回ばかりは九郎の決定を変えさせる気が無いらしく、景時がすべき事を口にする。
 招かれた側とはいえ、源氏側で何もしないわけにもいかないといった具合だ。
「・・・・・・とりあえず、今日の仕事は終わったから帰るよ」
 がっくりと肩を下げて、景時が京都守護邸を後にした。





「・・・・・・ただいま」
 あまりに静かな主の帰宅に、その声を聞きつける者は誰もいなかった。
「・・・・・・ちゃんに、何て言えばいいんだよ」

 遡る事、三日前。の世界では『お月見』なる行事があるという話になったのだ。
「ススキを飾って、まんまるのお団子を食べながらお月見するんですよ。菫おばあちゃんが
風流な人で、十三夜もしたの。栗羊羹食べたな〜。両方するのがツウなんだって」
 将臣と譲の祖母は、をとても大切にしていた。何かとよく家へ招いたのだ。
「白龍とススキとりに行って来てもいいですか?十五夜しましょう!」
 十五夜である、八月十五日の仲秋の名月を共に観る約束をしてしまっていた。

(乞巧奠の時は、参内しなかったしなぁ・・・・・・)
 七夕は、の世界の七夕を家でしたのだ。
 今回の月見もそのつもりだった景時。
 玄関で靴を脱ぎながらボンヤリしていると、背中を軽く叩かれた。

「景時さん?お帰りなさ〜い。ごめんなさい、気づかなくて・・・・・・」
 膝をついて景時の様子を窺うを抱き締める景時。
「ごめ〜んね。ちょっと考え事してたら、ただいま言い忘れたかも。ただいまっ!」
「・・・・・・お帰りなさい。心配事?」
 いかにも無理に笑っている景時の表情に、の眉間に皺が寄った。

「いや・・・そのぅ・・・・・・うん。とりあえず、夕餉が先かな」
 家へ上がり、の肩を抱いて歩き出す景時。
「・・・・・・すぐに食べられるように支度しますね」
 その手から逃れるように、小走りに簀子を台所へ向かって行ってしまった。

「・・・・・・。はぁ〜〜〜。怒らせちゃったかな」
 先に着替えようと思い直し、足の向きを自室へと変えた。



 夕餉と湯浴みを済ませた景時は、部屋の前の階でまだ満ち足りない月を眺める。
「はぁ〜〜〜。どぉ〜すんだよ・・・・・・何て言えばいいんだか」
 項垂れて今度は庭を見ていると、衣を手にしたが簀子を歩いて来るのが見えた。
「見つかっちゃった」
 衣を景時にかけるのかと思ったら、その衣はが被って、そのまま景時の背に張り付いた。
「温かい?・・・それとも、まだちょっと暑い?」
 風呂上りには丁度いい気温だが、長く外にいたため体は冷えかけていた。
「うん。温かい・・・・・・」
「それなら、よかったです」
 首に回されたの手に触れる景時。
「あのさ・・・・・・お月見の事なんだけど・・・・・・・・・・・・」
 続きが言えずに言葉を飲み込んでしまった。
「・・・いいですよ、無理しなくて。お仕事忙しい?」
 の表情は見えないが、怒っているのでもなく、残念がっているわけでもなさそうな様子に、
景時の方がガックリきた。
「・・・・・・そ。九郎がね、オレも観月の宴に出ろって。歌って踊って朝まで騒ぐだけなのにさ。
疲れるだけだよね」
 そんなもののためにとの約束を破らなければならないのだ。
 景時の心中は、かなり穏やかではない。
「・・・・・・きっと、一番最初は月が綺麗だなぁ〜って始めたんですよ。途中で大騒ぎに変わっちゃった
とか。ほら、月って見てると寂しくなっちゃいません?・・・寂しいっていうのと、ちょっと違うかな。こう・・・
魅せられる、引き込まれる感じ。怖くてはしゃいじゃったのかな」
 に言われると、そんな気がしてくる。
「・・・そうかも・・・ね。オレも怖いなぁ・・・・・・。ちゃんを盗られちゃいそうだし」
 景時の背中でが笑った。
「月にですか?変なのぉ。・・・・・・景時さんも歌って踊って騒ぐの?踊るのみたこと無いですよね〜。
私もみたいなぁ」
 今度は景時が笑い出す。
「いくらなんでも、それは無理だよ。オレは、そうだなぁ・・・・・・返歌と笛くらい?」
「笛?!景時さんって、楽器出来たの?」
 景時の背中に張り付いていたが、景時の隣へ移動してきた。
「う〜ん。敦盛君のようには上手くないよ。嗜むくらい」
「ね!ね!私も行きたい、その宴!それで〜〜〜、景時さんの笛で舞うの。どかな?」
 途端に景時の顔色が青褪めた。
「そ、その・・・姿をみせちゃうんだよ、舞うって」
「そぉ〜ですねっ。舞を見てもらうんだから」
 景時の肩に寄りかかっているため、景時の動揺に気づいていない

(・・・・・・ちゃんを見せたくないんだって)

「景時さんの笛、お初だぁ〜。歌は前に書をもらったことあるし。そういうのは得意っポイもん。
楽器も出来ちゃうなんて、すごぉ〜い。スゴイ、スゴイ、スゴイよ〜!」
 どのようなものを思い浮かべているのか、は楽しそうに独り言になり始めていた。

「・・・・・・じゃあさ、明日にでも九郎に聞いてみるね」
「朔と白龍もですよ?お月見だもん、皆でがいいですよ」
「・・・御意ぃ・・・・・・・・・・・・」
 気づかれぬよう、心の中で溜め息を吐いていた。





がか?それは・・・うん。そうだな、いいかもしれない。将臣に使いを!席を増やして
もらわなくてはならないし、そういう事ならば先生も出席下さるかもしれない」
 昨日とは打って変って、急に宴への出席に積極的になった九郎。
 後では弁慶が笑っている。
「・・・リズ先生がいてくれたら、安心だけどさ。問題はそこだけじゃないんだよねぇ」
 最大の問題は、に興味を持っている貴族の面々。

「景時。そちらの心配は無用かと思いますけどね?」
 景時の心配の理由を知っている弁慶。
「・・・どうしてそう思うわけ?」
 恨みっぽい視線を弁慶へ向ける景時。
 弁慶までの出席を勧めるからだ。
「それがさんだからですよ。寧ろ、景時と離れたくなくてとか・・・そう考える事は出来ないもの
ですかねぇ?」
 それきり九郎の執務室を出て行ってしまった。





 数日後、しっかりと宴の当日になってしまった。
 いよいよ逃げられないと諦めた景時は、常より早く帰宅する。
「ただいま・・・・・・」
 静かに帰宅したものの、景時の帰宅を心待ちにしていたが出迎える。
「お帰りなさいっ。早く、早く!景時さんは支度しなきゃなんだよ」
 今日ばかりは、直垂を着なくてはならない。
「・・・ちゃんは、支度まだなの?」
 景時の支度もだが、にも支度があるはずと、いつも通りのの全身を眺めてから疑問を口にした。
「えっ?私の支度は無いですよ。だって、このまんまでって、将臣くんのお使いの人が・・・・・・」
「将臣くんの?!」
 宴に正式な着衣ではないなど、聞いた事が無い。
「・・・・・・それ、本当に将臣君のお使いの人〜?」
 景時の心配ももっともなので、元気にが答える。
「はい!時々家へ将臣くんを呼びに来る人でしたもん」
「・・・・・・そうなの」
 それにしても、このままでとは、に恥をかかせる気かと疑ってしまう。
「もぉ〜〜〜!景時さんの支度しなきゃなんですってばぁ」
 背中を押されて部屋へ押し込められると、によって直垂を着せられてしまった。


「じゃあ・・・・・・九郎のとこへ行こうか。皆で行くらしいから」
「えっと・・・私たちは別なんです。お迎えが来るって・・・・・・」
 またも予想外の出来事に、景時の口は開きっぱなしになった。
ちゃん別なのっ?!そんなの駄目だよ!!!」
「えっとぉ・・・私と朔と白龍が一緒です。先生とヒノエくんの部下の人が護衛してくれるって」
 
 景時だけに知らされていない何かがある───

「駄目っ。ちゃんはオレといつも一緒じゃなきゃ!」
 きつくを抱き締める景時。
「うん。席はね、景時さんと同じトコだからいつも一緒ですよ?」
「そうじゃなくて・・・・・・」

「兄上、、入りますよ?」 
 入室の前に声をかけてから朔が景時との部屋へ入る。
「・・・朔は知ってるのかい?」
「何のことです?兄上は、そろそろお出かけにならないと九郎殿がお怒りになりますよ?」
 を守る事に関しては知略を働かせる妹である。
 危険な事はないと思うが、自分だけ仲間はずれのようで納得いかない景時。
「そのぅ・・・色々」
 の前なので、どうにも言葉が選べずに曖昧になってしまった。
「そうですわね・・・・・・兄上にとって良き事を色々・・・でよろしいかしら。早く行って下さいな」
 とうとう、急かされて、追い出されるように家を出る羽目になった景時。
 考え事をしていたため、次に意識が戻ったときはもう、宴の席だった。





「え〜っと、九郎?オレたちはどうしてここにいるんだろうね?」
 帝の御前の特等席である。
「・・・将臣の配慮らしいぞ。いつでも返歌が詠めるよう、準備しておけ!」
 九郎にとっては、何はさておき歌らしい。
「ところで・・・ちゃんたちは、いつ来るんだろうね?」
 九郎が景時を見た。
「お前・・・置いて来たのか?!」
「はあ?!」
 九郎は知らないのかと、景時が後を振り返れば、弁慶はもう席に座ってはいなかった。
「・・・・・・オレたちとは別で来るはずなんだけどな」
 九郎を安心させるためにもそう呟いてみた。
 
 形ばかりの朝廷になりつつあるが、それでも帝といえば国の最高権力者だ。
 源平の戦の和議を知って戻ってきたような貴族も列席している。
 心配は尽きないが、離れていいような席ではなかった。

 舞台脇の楽隊が楽を奏で始める。
 宴は始まってしまったのだ。景時は九郎の隣で控えるしかなかった。

「今日はよく集まってくれたな!今回の月見は、いわばお疲れさん会のようなものだ。
戦は終わったが、ずっと事後処理に忙しかったからな。帝も、あまり堅苦しくないようと考えて
おられるから。楽しくやろうぜ?」
 将臣の型破りな挨拶で、いよいよ動けなくなった九郎と景時。
 少し離れた隣の席をみれば、見知った顔がいくつか確認出来る。
 どうやら、そこがヒノエたちの席らしいが、ヒノエはいない。
 
 お決まりの酒が回され、人も移動し、場が華やいできた頃に弁慶が戻ってきた。
「弁慶!ちゃんが・・・ちゃんが来ていない・・・・・・」
 小声で密やかに尋ねる景時。
「おや。僕はあちらでお見かけしましたけれどね。そうそう、景時は笛の準備をした方がいいですよ。
そろそろ帝からお声がかかるでしょうし。敦盛君はもう、向こうで控えていましたよ」
 何でもない事のように、景時を見ることなく弁慶が答えた。
 弁慶の視線は、中央に用意された舞台へ向けられている。
「・・・何か・・・あるの?」
「・・・さあ?ただ、源氏にも雅ごとに通じた人間がいる事を示さないといけませんしね」
 弁慶が九郎の顔を覗き込むと、九郎が首まで赤くして顔を背けた。



「それじゃあ、この辺りで本日のメインイベントだ!龍神の神子が舞ってくれるそうだ。楽は、
敦盛と景時が笛、ヒノエが琵琶。頼んだぞ」
 突然、将臣が声高らかに宣言すると、視線が舞台に集中する。
 朔に手を引かれたが、真っ白な衣装で舞台中央へ座った。

「景時。あなたはあちらで笛ですよ?」
 弁慶に背中を押されて、よろよろと舞台の脇へ歩を進める景時。
 敦盛とヒノエはもう準備が整っていた。
「シケタ面してるね〜。宴なんだからさ、こう晴れやかに頼むよ」
 ヒノエに言われずとも、頭では理解している。
 が、眼前の舞台にいるのは、紛れも無く本人だ。
「・・・どういう事なんだよ、これは」
 押さえているものの、怒りが溢れ出そうになる景時。
「ま、ここでは大人しく笛を吹くんだね」
 ヒノエと敦盛が頷き合い、ざわめく周囲の声を払い除けるかのように音を響かせる。
 景時も音を合わせるしかなかった。

 舞台の上では、音に合わせてが舞う。
 軽やかに翻る袖から月の光が零れ、衣通姫と呼ばれてもおかしくない風情だ。
 舞台の中央で舞い続けるを、誰もが静かに見つめていた。



 曲が終わり、が舞台の中央に再び座る。
 自然に拍手が起き、貴族たちが舞台へ近づこうとした瞬間、将臣が大きく手を打ち鳴らした。
「オラ、オラ!勝手に近づくなよ。龍神の神子は、帝の言葉を賜るように」
 舞台脇に、しっかりとリズヴァーンと譲が陣取った。
 伝説の鬼と、大臣の弟の登場に居並ぶ貴族たちは引き下がる。
「見事な舞であったよ、神子。褒美を取らせよう、何が望みだ?」
 今まで顔を伏せていたが、しっかりと正面に座している帝を見つめる。
「景時さんと、お月見の約束をしていたんです。だから・・・今からでも出来たら嬉しいな」
 相手が帝であろうとも、態度を変えることなくはっきりと願いを口にする
 これには、周囲がざわめく。帝の宴を否定していると、とれなくもない。
「それは、すまない事をしたね。ただ、もう少しこちらで楽しんでいかれてはどうかな?そう、
あの月がもう少し小さくなる頃まで」
 まだ日が落ちたばかりで、月は昇りきっていない。
 背後を振り返ったも、月の位置を確認して頷いた。
「はい。そうさせてもらいますね」
 そのまま立ち上がり、舞台脇へ歩む

「景時さん!もう少し楽しんだら、お家でお月見しましょうね!」
 舞台から飛び降りる。しっかりと景時が受け止めた。
「・・・・・・心配させないでよ〜〜〜」
 額に汗する景時の首にしっかりと抱きつく。抱えられたまま、
「だぁ〜ってぇ。綺麗な女房さんたちがたくさんいるもの。しっかり私の旦那様って宣伝しておかないと、
盗られるよって・・・・・・」
 こそりと事の真相を告げる。
「誰が言ったの?そんな事」
 席に戻り、と並んで座る景時。
「・・・・・・将臣くん」
 がチラリと後に居る弁慶へ視線を移しながらも、景時にしがみつく。
「え〜っと?話が見えないんだけど・・・・・・」
 に抱きつかれて嬉しくない訳が無いが、此度の事について何も知らされていない景時。
「・・・・・・お迎えに来ますって来たの、将臣くんもなの。景時さんはモテモテだろうなって。お月見の
約束も知ってて・・・・・・おやつを食べに来た時に、ススキをどこかで見なかったか聞いたから。
それで、景時さんを見張れて、お月見もするいいアイデアがあるって・・・・・・」
 それきり耳まで赤くして、景時の胸に顔を隠してしまった。
「弁慶と将臣くんが仕組んでくれたってワケね・・・・・・。源氏の九郎の顔も立つしね〜、オレの心配も
無くなって?ちゃんとの約束まで果たせちゃうってコトね」
 が頷く。
「・・・舞台から飛び降りたのも?」
 またが頷く。

「それは、僕がさんに言ったんですよ。恥かしくても、皆さんの前で景時に抱きつけば、いい虫除けに
なるでしょうってね」
 弁慶も、を利用しようとか、興味を持っている貴族の存在には気づいていた。
 ただ、具体的に行動を起こされるまでには至っていなかったので放置しておいたのだ。
 戦乱が治まったばかりなのに、余分な争いの種を蒔かないようにとの配慮だ。だが───

(朔殿に頼まれては、断れませんしね)
 梶原邸に侵入したともなれば話は別だ。世間に知らしめねばならない。
「九郎。何を放心しているのですか?歌の準備もしないと。お題は龍神の神子に準えてですよ?」
「う、うるさい!わかっている。お前たち、俺にまで内緒で事を進めなくても・・・・・・」
 景時はともかく、九郎まで知らされていなかったのだ。
「九郎は表情に出やすいですからね?もう少し冷静でいられるようになったらですね」
 弁慶が下を向いて笑った。

「それじゃ、九郎にはとっておきの万葉歌の触りを置いていくから」


 天にます 月読壮士 賄はせむ ───


「後は自分で適当に頼むね。じゃ、お言葉に甘えてお先に退出させていただくよ」
 景時はを腕に抱いたまま立ち上がる。
「あ・・・忘れ物。ちゃん、オレ、忘れ物しちゃった」
 が景時にしがみつく腕をゆるめた。
「えっと・・・・・・取りに行かなきゃですね?」
 そのまま景時を見上げる
「そぉ〜だよね〜。忘れ物は駄目だよね〜」

 口調は軽いが、静かにの唇と自分の唇を合わせる景時。

 背後に居並ぶ女房たちからは黄色い悲鳴が上がり、舞台を挟んで向かいに座していた貴族たちは
静かになった。

「かっ・・・かげ・・・とき・・・さん?」
 只今現在、自分に何が起きたかが理解出来ていない
「忘れ物、ちゃんとココに回収したし。帰ろうか!」
「・・・・・・はい」





 用意されていた馬で、梶原邸を目指す二人。
ちゃん、お姫様みたいだね。それ、将臣君が?」
 真っ白の衣装に白銀色の舞扇。月の世界の住人のような出で立ちだ。
「えっと・・・景時さんを誘惑しろって。景時さん、私ずぅ〜っと向こうで見てたんだよ?キョロキョロしてた
でしょぉ!後の女房さんたちばっか見てた」
 何を勘違いしたのか、が急に不貞腐れた。
「なっ、ちがっ。誤解だよ!ちゃん居ないし、席は離れられないしで・・・・・・オレ、死にそうで・・・・・・」
「あっ!そうだった・・・景時さんに内緒だったんですよね。ごめんなさい」
「いいんだ、ちゃんとこうしていられるから。月が見えるよ?」
 馬上から眺める月。
「ほんとだぁ・・・・・・。さっきの九郎さんに残したお歌の意味って、何ですか?」
「気になる?」
「だって・・・わかんないもん・・・・・・」
 が俯いた。
「あれはね・・・・・・」


 天にます 月読壮士 賄はせむ 今夜の長さ 五百夜継こそ ───


「続きは後でね!」
「景時さんの意地悪っ」



 二人でお月見が出来るまで、後わずかの距離。
 高く昇ったが明るく二人を照らしていた。






Copyright © 2005- 〜Heavenly Blue〜 氷輪  All rights reserved.


『十六夜記』発売前の景時くん萌チャージ用でございますv      (2005.9.14サイト掲載)
   *2005年の仲秋の名月は9/18になります。旧暦と新暦の差は一ヶ月ちょいなので。更にページに仕掛けがございます♪




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