夢見月によせて





 春はとかく慌ただしい。
 ただでさえ落ち着いていない西国を任されている九郎の補佐。
 景時は、寝る間を惜しんで仕事をしていた。
 春といえば───県名の除目。

「はぁ〜どうしてこう・・・内裏の仕事が回ってくるかな・・・・・・」
 大きな溜息を吐く景時。

 遡る事、政権交代劇による鎌倉幕府設立準備。
 人が移れば仕事も移る。
 元もとの仕事の他に朝廷の仕事。
 それに加えて除目の問題。
 長引く戦で放置されていた内裏の除目の書類が落とされた。
 もちろん将臣も平氏の貴族・内大臣として出仕していた。
 源平の戦のおかげで、とにかく人材がいない。

「九郎〜、オレ何日家に帰っていないと思ってるんだよ〜〜〜」
 景時が床に突っ伏した。
「俺だって帰っていない!」
 九郎の場合、家といっても敷地内だ。その距離ですら帰れない。
「まあまあ。早くしないと、任期満了で勝手をされても困るでしょう?」
 弁慶がもっともらしい意見を言う。
「て、いうかさ〜。貴族は何してるわけ?」
 景時が身を起こして、再び文机に向う。
「中核を占めていたのが平氏の方々でしたからねぇ?」
 九郎へ視線を送る弁慶。
「・・・・・・仕方がないだろう!俺たちで何とかするしか」

 将臣たちが朝廷側として頑張っても、基本的に無理がある。
 清盛もかかった熱病のおかげで、主だった貴族は亡くなっていた。
 加えてその後の争乱。貴族たちはとっくに命が惜しくて都を捨てていた。
 考え様によっては、源氏方でやりたい放題。
 しかし、源氏も人手が足りてはいなかった───

「頼朝様にさぁ〜、文を書きなよ〜。人手が足りませんてさぁ〜」
 景時も九郎へ視線を送る。
「・・・・・・煩い!兄上に、西国を任されたんだ。迷惑をかける訳にはいかない事ぐら
い、わかるだろうが!!!」
 二人からの視線に、イライラを爆発させた九郎が怒鳴った。

「九郎。無駄に騒ぐと疲れますよ」
 怒らせておきながら、弁慶がしれっと言い放つ。
「とにかく!これを乗り切れば交替で休みをとらせるから」
 九郎が筆を置く。
「・・・・・・休みは普通あるもんだよ〜。無いのがおかしいよ〜。ちょっと休んでくる」
 部屋の隅へ転がる景時。
「一時だけだぞ」
 九郎が許可する前に、景時は寝息を立てていた。





「こんにちは。景時さんはこっちですか〜?」
 九郎の仕事部屋にと譲が顔を出した。
「こんにちは、さん。景時ならそこに」
 弁慶が手で景時の方を示した。
 手の方向へ顔を向ければ、衣に包まる物体を目にする。
「・・・・・・寝てるの?」
 が荷物を端へ置く。
「ええ」
 今度は、顔を上げずに弁慶が返事をした。

「あの・・・・・・食事をね。譲くんと作って来たの。食べませんか?」
 と譲が九郎と弁慶の様子を窺う。
「・・・・・・そういえば。最後に食べたのは何時だ?」
 九郎が顔を上げる。
「昨日だと思いますよ。今朝食べた記憶はありませんから」
 弁慶が答えた。
「じゃあ!すぐに用意しますね」
 二人は手早く食事を並べ始めた。



「さあ、どうぞ!身体に優しくて、栄養たっぷりだよ」
 トマトベースのリゾットに、豆腐や野菜中心で作られたおかず。
 デザートは、ほのかに甘い蒸し菓子。
 物も言わずに九郎と弁慶は食べ始めた。

 空腹が満たされて、ようやく九郎が口を開く。
「ところで・・・何か景時に用事か?」
 景時の分の膳を用意していたの手が止まる。
「用事って言うか・・・・・・あんまり帰ってこないから。食事とか着替えを持って来た
だけなの。だから、用事は済んだかな〜」
 食事が済んだ九郎の膳を片付け始める
「・・・・・・すまない。忙しくて帰らせられないが・・・ずっとここに居たし、他所へは・・・・・・」
 どう説明しようか、考えながら言葉を紡ぐ九郎の言を遮る
「わかってるよ。身体が心配なだけ」
 
 景時の傍へ座り、額を撫でる。
「病気してなければいいんだ、ほんとに。様子見に来ただけだから・・・・・・」
 静かに立ち上がると、九郎と弁慶の前に戻る
「起きたら・・・ご飯食べる様に言って下さいね。あと、着替えも。それじゃ」
 頭を下げてと譲が帰って行った。



「・・・・・・九郎。景時の家には、朔殿も居るんですよ?あまり主不在というのも物騒
というものでしょう」
「だが!今は仕方ないんだ。今は・・・・・・」
 弁慶は、それ以上何も言わずに仕事を始めた。
 九郎も気まずいのか、黙って書簡に目を通していた。





「景時。そろそろ起きて下さい」
 弁慶が景時を揺り起こす。
 腕を力なく床に落とし、景時が目覚めた。
「あ・・・・・・もう一時経った?」
 上体を起こしながら、被っていた衣を丸める。
「ええ。食事して下さいね。僕たちはもう頂きましたから」
 顔を上げれば、膳が用意されていた。
「あら〜、今日も忘れられちゃったみたいだね〜。そういえば食べてない・・・・・・」
 四足で膳の前まで移動する景時。
 かかっている布を取る。
「これ・・・・・・譲くんが来たの?」
 景時が目にした事がない食事を作る人物といえば譲。
 既に文机で文を書いている弁慶の方を向く。
さんと二人で半時ほど前に。そうそう、着替えもそちらに置いていかれました」
 言われた方角へ首を向ければ、風呂敷包みが置いてあった。
ちゃんが来たの?!起こしてくれればよかったのに!!!」
 立ち上がる景時。
「・・・・・・景時の隣に座っていましたよ?それで起きなかったのですから。起こしても
起きられなかったと思いますけどね」
 溜息と共に弁慶が景時が起きなかったことを強調した。
「それだって!起こしてくれても・・・・・・もう何日顔見てないんだろう・・・・・・・・・・・・」
 その場に膝をついて項垂れる景時。
 床に沈むくらいの、重く暗い空気を周囲に撒き散らした。



「景時。顔を見てくるぐらいなら行って来い。鬱陶しくてかなわん」
 九郎が読み終えた文をたたむ。
「そうですね。このままでは仕事の効率も悪そうですしね。一時くらいいいですよ?ただし。
帰ってきていただかないと、我々二人とも休めませんので。忘れないで下さいね」
 文を書き終えた弁慶が、戸口で使いの者を呼びつける。
「でも・・・・・・」
 正座で九郎を見つめる景時。
 九郎の眉間に皺が寄る。
「俺の気が変らないうちに、さっさと行くんだな。帰ってきたら内裏への使いをしてもらう」
 頭を振りながら、次の文を読み始めていた。
「二人とも、ありがと!」
 立ち上がると、そのまま駆け出す景時。
 
 ゆっくりと文机の前に戻り、弁慶が座った。
「帰れなくても仕方がないのではなかったんですか?」
 文箱を用意しながら九郎へ視線を送る。
「う、うるさい!あんなに落ち込まれたら、面倒だったからだ!」
 顔を真っ赤にさせた九郎が、文へ視線を落とした。
「そうですか。九郎?それは先ほど読み終えた文だと思いますよ」
 弁慶に指摘され、慌てて文を机の左へ戻し、右側の文を手にとる九郎だった。





ちゃん───やっぱり、居たんだ!)
 夢を見た気がしていたが、現実には来ていた。
 息を切らせて家路を急ぐ。
(もう五日も会ってないよ〜〜)
 いつも近い道程が、とても遠く感じる。
(顔見せて!君に触れさせて───)
 ようやく表門を通りすぎ、玄関口へ着くと朔に出迎えられた。
「兄上?!どうなさったのですか?」
 膝に手をついて息をしている景時。
 朔が使用人に水を持ってくる様言いつける。
「・・・・・・ちゃんは?どこ?」
 ようやく言葉を発する景時。
「南の庭に居ると思いますけど・・・・・・」
 用意された水を一気に飲み干すと、そのまま庭へ駆け出した。
「・・・・・・何かしら?」
 遅れて景時を出迎えに来た母を見上げる朔。
「さあねぇ・・・・・・余程会いたかったんでしょうね」
 母と娘が景時の走り去った戸口を見た後、顔を合わせ笑っていた。



 景時が南の庭に回ると、桜の木の下にが立っていた。
 手を伸ばし、落ちてくる花弁を手のひらで受け止めている。
 の姿を確認すると走るのを止め、歩いて近づく。
「・・・・・・花弁、綺麗だね?」
 背中から景時の声がし、勢いつけて振り返る
「景時さん?!どうして・・・・・・」
「だってさ、顔見られなかったし・・・・・・」
 に腕を回す。
「夢かな〜って思ってたら、本当に居たって言われて・・・・・・」
 そっと唇を重ねる。

「起こしてくれればよかったのに・・・・・・」
「だって。とっても疲れてそうだったし・・・顔見れたからいいかなと思って・・・・・・」
 の腕が景時に回された。
ちゃんがオレの顔見て安心したなら・・・・・・オレもそうだと思わない?」
 腕に力を加える。
「そう・・・ですね。でも、こっちの方がいいかも。声つき・・・・・・」
 額を景時の胸に擦りつけた。
「もっと早く会いたかったけど・・・仕事してるとこに行くのはどうかな〜って考えてたら。
日にちが経っちゃって、どうしよ〜って・・・それでね、今日行ったんです・・・・・・」
「うん。嬉しかったよ。忙しすぎて、配膳の担当の人まで運んだかどうか忘れられててさ。
取りに行く時間も惜しくて。最初の数日は寝る暇もなかったから、夢でも会えなかったよ」
 の頭に頬を寄せた。
「で、今日はもう限界で。九郎に嫌味言って不貞寝してたらちゃんが来たって言うし。
あんまりなすれ違いだったから、文句言ったらさ。会って来いって」
 を抱き上げる景時。
「で、時間あんまりないんだけど。オレとしてはイチャイチャしたかったりして」
 そのまま部屋へ向い歩き出す。
「えっと・・・・・・それって・・・・・・」
 の顔が赤くなった。
「ん〜、心が寒いっていうの?どこ見てもちゃんの姿はないし・・・・・・死にそう!」
 階でを下ろし、草履を脱がせ、自分も靴を脱いだ。

「そこで問題。オレ風呂入りたいんだけど、ちゃんとも居たいわけで。解決策があるに
はあるんだけど・・・・・・」
 二人が簀子に立っていると、朔が現れた。

「兄上。お食事は?それに、本日はもうご帰宅と考えていいんですか?」
 の草履と景時の靴を手に取る朔。
「いや、少し寄っただけ。オレ今からちゃんと風呂入って、少し仮眠したらまた行くから。
人払いしてくれる?ついでに、出かけるまでに九郎たちの分も軽食用意してくれると助かる
な〜。手ぶらで戻り難いし。また食事なしで仕事続けるのも厳しいしね〜」
「景時さん?!」
 叫ぶを無視して了承する朔。
「あら、大変ですわね。お風呂は用意してありますからどうぞ。お夜食も家を出るまでに用意
しておきますわね」
 そのままもと来た方向へ戻って行った。

「景時さん!一緒って・・・一緒って!!!」
「ん〜、そのまんまの意味だけど。解決策ってやつ?」
 を抱き上げる。
「家を出るまでずっと一緒にいたかったりするんだよね。と、いう訳で!時間勿体無いし、お風
呂行こうね〜〜」
「景時さんのえっち!」
「意味わかんないな〜、あはは〜」



 梶原邸にて、久しぶりに景時の笑い声との絶叫が響いた夕刻。
 まだ日が沈むと花冷えのする、春の日の出来事───
 





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10000HITありがとうございました!春なので春らしく桜で。     (2005.4.4サイト掲載)




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