誕生日の意味





「景時さん」
 は、船縁でぼんやりしている景時に声をかけた。
 今は壇ノ浦へ向かう船の上だ。
 次に平氏と戦うまでには時間があった。
「ん〜?ああ、どうしたの?」
 黙って隣まで歩むと、は海を見ていた。
「海の色が・・・綺麗ですよね」
「・・・そうだね」
「景時さんは・・・海、好きですか?」
 が景時の方を向いた。
 景時は、黙ってを後ろから抱きしめた。
「景時・・・さん?」
「・・・・・・うん、好き・・・だよ・・・・・・」
 は、いつもと違う景時に困ってしまい、しばらくそのままでいた。
 まだ風は冷たい。お互いの体温が心地よかった。


「私ね、景時さんのこと、何にも知らないなぁって思うんです」
「そんな事ないよ・・・・・・」
 は知っている。誰よりも景時の事を。
 知らない事があるとすれば、知られないように精一杯隠しているから。
 景時には大きな秘密がある。
 これだけは、ギリギリの瞬間まで知られるわけにはいかない。
 僅かな可能性が残されている限り───
「で、でも。誕生日も知らないし・・・・・・好きな食べ物とか・・・・・・」
「“たんじょうび”って何?」
「ええっ?!誕生日って、お祝いしないんですか?生まれた日のことですよ」
「ああ。オレの生まれた日かぁ・・・・・・」
 がいた世界では普通のことなのだろう。
 しかし、こちらの世界では意味が違う。
 景時にとっては、己を縛るもの。
「う〜んとね。陰陽師が占いをするのは知ってるよね?」
「はい」
「他にも仕事があってね、祈祷っていうんだけど・・・・・・」
 景時は、に説明をする事にした。
 こちらの世界でまずすることは、毎朝の占い。
 最近では廃れているが、まだまだ信じるものは多い。
 そして、陰陽師の仕事には、祈祷もあれば呪術もあるということ。
 よって、親しいものしか生まれ日を知らない。
 呪術をかけられる恐れがあるからだ。
「元旦に誰もが年を重ねるんだ。だから、生まれ日は祝わないね〜」
「そうなんですか・・・・・・」
 の顔がみるみる曇ってゆく。
ちゃん・・・オレの生まれた日は・・・・・・」
 景時がの耳元に囁く。
「えっ・・・・・・明日って・・・・・・・・・プレゼント間に合わない・・・・・・」
「ん?」
「私、景時さんに何にも用意してない・・・・・・」
「あはは!何にもいらないよ。ちゃんがいてくれるなら」
 の身体を、くるりと反転させる景時。
「でも・・・・・・・・・・・・・・・」
 が俯く。何か記念になる物を渡したかったのだ。

(何にもない・・・船の上じゃもう、用意出来ないよぅ・・・・・・・・・)
 がどんどん落ち込んでいく様子が、手に取るようにわかる景時。
「じゃあね、ちゃんをもらおうかな。それがいいね!」
 景時がの頬に手を添える。
「え?」
 が景時を見上げると、ウインクとともに景時は指で彼の唇を指していた。
「ここに。ちゃんを下さい」
 景時は両腕を後ろ組みにして前屈みになり、の唇を待つ。
「えっと・・・」
 がもじもじしていると、景時は両目を閉じた。
「これならいいかな?」
 は景時に近づくと、背伸びをして唇を重ねた。
 離れようとした瞬間、景時の腕に捕えられた。
「きゃっ!」
「よく考えたら、明日貰わなきゃだよね?」
 景時は、に向かってニッコリと笑っている。
「あ・・・・・・」
 は騙されたのだ。
 景時は、最初から明日にも貰うつもりだったに違いない。
「もぉ〜〜」
 ぽふぽふと景時の胸を叩くが、まるで意に介す様子はなく、
「う〜ん、仕方ないなぁ。ちゃんは。一度返すから、明日またちょうだいね?」
 は景時に抱き上げられ、ゆっくりと口づけされてしまった。
「・・・・・・」
「ん?もっと返しとく?」
 慌ててジタバタ暴れて、景時の腕から脱出に成功した
「もう!・・・一度あげたから、あげませんっ!」
 がパタパタと走り去る。
「う〜ん。明日はもらえないかな?」
 景時は、胸に温かいものが広がるのを感じた。
ちゃんがいれば、いつも温かいんだ───)
 遠く離れた島々を眺めながら、景時は仕事に戻った。



「朔〜〜〜!」
 は、甲板で朔を見つけると、飛びついた。
「ど、どうしたの?」
 の顔が赤い。
「・・・兄上に何かされたの?」
 本当はそうなのだが、それを言うと景時が朔に叱られてしまう。
 は首をぶんぶんと横に振った。
「じゃあ、どうしたの?」
「・・・・・・ここじゃ駄目。内緒なの」
「部屋へ行きましょうか」
 二人に割り当てられている船室へ向かった。



「あ、あのね。景時さんの・・・ね・・・・・・」
「やっぱり兄上なのっ!?」
 朔の顔が、みるみる変る。
「ち、違うの!そうじゃないの、朔。景時さんの生まれた日のお祝いをしたいの!」
 は慌てて早口で捲し立てた。
「生まれた日?・・・・・・そういえば、そろそろだったような・・・・・・・・・・・・」
 やはり、景時が言ったことは本当だったのだ。
 妹の朔でさえこの反応である。
 祝いたいなど、理解できないことだろう。
「私のいた世界では、誕生日っていってお祝いするの。何かあげたいな〜って」
「何かって・・・・・・」
「あのね、私の持っているものなんて何にもないから。お守りみたいな物を作りたいの」
「お守り?」
 がこくりと頷いた。
「だって、いつも持っていてもらえるでしょう?」
「匂い袋みたいなお守りを作りたいってことでいいのかしら?」
 朔は、の言いたいことを察して自分の匂い袋を懐から出して見せる。
「うん!そういう感じの!!!」
 は、我意を得たりといわんばかりに手を叩く。
「じゃあ着物の端切れを選びましょうか」
 朔は、お裁縫の道具と端切れが入った箱を用意した。
 端切れの入った箱にが飛びつき、生地の色を選び始めた。
「もっとね〜、翡翠色っポイのが似合うと思うんだ」
「はい、はい」
 朔も一緒になって箱の中から探す。
「これ〜!これがいい」
 がお目当ての生地を見つけたようだ。
「じゃあ、作りましょうか」
「うん!」
 黙々とお裁縫をする二人。
 しばらくすると、小ぶりの巾着が出来上がった。
の・・・少し大きいわね?」
「入れたいものがあるから・・・・・・」
 の頬が朱に染まる。
「そう。じゃあ匂い香を選んでね」
 は、朔が出した粉に鼻を寄せた。
 景時に合いそうな爽やかな物を選ぶ。
「これかな〜?どう思う?」
 朔は、景時の為に一生懸命なが可愛くて仕方ない。
がいいと思ったなら、いいんじゃないかしら」
 そっとに薄紙を手渡す。
「こう・・・こんな感じに折って。袋に入れればいいの」
 朔が先にに手本を見せた。
「うん、わかった」
 も真似して薄紙を折る。折り紙よりは簡単だ。
「それで?他に入れたいものって?」
 朔は仕上に使う紐を選びながらに問いかけた。
「あのぅ・・・カード、じゃなかった。小さな文とね、コレ」
 は、いつも髪につけているヘアピンを取って見せる。
「・・・・・・
「あのっ、私のモノって何もないんだもん。これしかなくて・・・そのぅ、変かな?」
 朔は、静かに瞬きをしてから首を横に振った。
 が元の世界から持っていた、数少ない物のひとつだ。
「そんな大切な物をいいの?」
「コレじゃなきゃ駄目なの!」
 は立ち上がると、文机へ向かう。
「さ、朔。見ないでね」
「はい、はい」
 朔は、薄い金と水色が編んである紐をのために除けておいた。
 さらに、朔が作ったのための匂い袋を完成させるべく、紐を選ぶ。
「出来た!」
 は、息を吹きかけながら乾くのを待っている。
 桜色の可愛らしい料紙にしたようだった。
「ね〜、朔の生まれた日っていつ?」
「私?私は皐月の十日」
「皐月・・・五月かぁ。うん、爽やかで朔っぽいね」
 納得といった風に頷きながら、文机で料紙をたたむ
の生まれた日はいつなの?」
 朔の方を向いたがにっこり微笑む。
「ヒミツ」
「あら、冷たいわね」
 朔がクスクスと笑い出す。
「だって、話したら大変なことになりそうだもん」
「わかる?」
 が笑う。
「それくらいは・・・ね!」
 小さくたたんだ文を、はヘアピンで挟んだ。
「これ入れたらどうするの?」
 朔は、に紐を手渡すと、今度は結び方の見本を見せた。
「こう・・・ね?」
 の手元を見ながら、朔は自身の手元の匂い袋を完成させた。
「できた〜!朔、ありがと!」
 は、嬉しそうに匂い袋を手に取り、撫でている。
「じゃあ、これはの分」
「え!いいの!?」
 の手のひらに、桃色の小さな可愛らしい匂い袋が置かれた。
「もちろんよ。の為に作ったんだから。使ってね」
「ありがとう。甘い、いい香りがするね〜」
 は、鼻先で香りを楽しむと懐に仕舞った。



 明けて翌日。
 は、努めて平静を装う。
 仲間に知られたくないため、二人きりになれる機会を窺うのだが、案外ない。
 景時の周囲には、常に誰かがいた。
 もいつものように、弁慶の薬を調合する手伝いや、リズヴァーンとの稽古をした。
 すれ違ったまま日も大分傾いてしまい、情けない気持ちで夕日を見ながら
大きな溜息をつく
「うわ〜、すごい溜息。どうしたのかな〜?」
 の後ろに景時が立っていた。
「だ、だって。景時さん、今日は忙しそうなんだもん」
「オレ?!そうだったっけ?」
 景時は、の隣に並んで立った。
「あの・・・これ。お誕生日、おめでとうございます・・・・・・」
 が景時に匂い袋を両手で差し出す。
「ぬ、縫い目とか見ないで下さいね」
 景時は、の手のひらから匂い袋を受け取った。
「わ、これちゃんの手作り?」
 の首が縦にふられた。
「そっか〜。わざわざありがとう」
 照れながら景時は、腰紐に結ぶと、ぽんと匂い袋を手で叩いた。
「大切にするよ・・・それで?こっちには何もなし?」
 景時は、唇に指を当てる。
「そっ、それは昨日したじゃないですか!」
 が上目遣いに景時を睨む。
「ひどいなぁ〜。それなら昨日返したよね?今日も欲しいな〜」
 を腕に閉じ込め、景時は強請る。
「日が沈んじゃうね〜」
 景時の駆け引きは続く。
「今日が終っちゃうな〜」
「・・・・・・目、閉じて下さい」
 根負けしたが、条件を出した。
「御意〜ってね!」
 景時は、へ顔を近づけると、目を閉じた。
 そっと唇が触れ合う。
 が唇を離そうとすると、景時の手がの頭に添えられた。
「!」
 の手が、景時の陣羽織を握りしめている。
 景時は、の反応に構わず何度も口づけた。
ちゃん・・・ありがとう・・・・・・」
「知りません!」
 がそっぽを向く。首まで赤くなっているのが可愛らしい。
 景時は、の額に口づけた。
「さて。夜の見張りに行かないとね。部屋まで送るよ」
 景時が出した手に、の手が重なる。
 二人で歩ける時間は短く、あっという間に部屋の前に来てしまった。
「じゃあ・・・行くね」
「・・・気をつけてくださいね」
「あはは。見張りだから、大丈夫だよ」
 軽く手を上げて去ってゆく景時の後姿を、は見えなくなるまで見送った。





 明け方、見張りを交替して景時は自室へ戻った。
 昨日に貰った匂い袋。
 ごろりと仰向けに寝ると、目の前で揺らしてみる。
「はは。いい香り。よく眠れそ〜」
 腰紐に再び結ぼうとした時、硬い感触に気がつく。
「ん〜?枝でも入ってるのかな?」
 外から感触で確認するが、中身は不明である。
「・・・・・・開けてみてもいいよね?」
 本来、こういったものは開けない。しかし、気になる。
 結び目を解くと、匂い香が入っているらしい包みと───
ちゃんの髪飾り?」
 いつも彼女の髪にあったはずの髪飾りがひとつ入っていた。
「これって・・・・・・」
 彼女の持ち物を貰う。
 それが何を意味するのかわからない訳がない。
「オレなんかに、いいのかな・・・・・・」
 料紙を手に持ち、髪飾りを眺めた。
「ん〜?何か書いてある?」
 料紙から髪飾りを外し、広げてみると文字が書いてあった。
「参ったね・・・・・・」
 景時は、元通りに料紙をたたみ髪飾りに挟むと、匂い袋へ戻した。
 紐を結びなおすと、匂い袋に軽く口づけた。
「いつも一緒だね」
 そう呟き、腰紐にきちんと落ちないように結ぶ。
 眠りに落ちる瞬間、の声が聞こえたような気がした───


 
 景時さんとずーっと一緒にいたいです  ───








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乙女な神子。高いものじゃなくていいのだv手編みの毛糸物はちょっと厳しい季節だなぁ〜と(笑)毛糸の存在確認できなかったし。
  暗いか明るいかはっきりしない系の景時でした。早いトコ壇ノ浦終らないと、甘いの書けないよ〜〜〜。そういうのは来年だな!    (2005.2.21サイト掲載)




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