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桃の花香る風に 「ね〜ね〜、譲くん。こっちって、雛祭しないのかなぁ?」 「・・・・・・先輩、いまどういう時期かわかってます?」 「うぅ。桃の花飾って。ちらし寿司に、雛霰に、白酒に。ケーキも食べたい!」 「・・・・・・先輩、ほとんど食べ物ばかりですよ。それに、こちらで桃はまだ咲きません」 「譲くんのばかぁ!」 が走り去っていった。 わかってる。本当は雛祭というより、一家での団欒を思い出したのだろう。 家の雛祭パーティーに、将臣と譲はいつも出席していた。 「ケーキですか・・・・・・。ちょっと厳しいなぁ」 どういったわけか家では、の母手作りのチーズケーキが振舞われた。 手に入りそうな材料を考え出す。 「あれで我慢してもらうか。後は朔殿に相談かな」 譲は朔を探すべく、浜辺を後にした。 屋島の戦いの後、志度を拠点にし平氏討伐の準備を進める源氏。 平氏は赤間関に集結している。最後の決戦だ。 源氏と熊野の船団も明日には出航する。 そんな時に、の願いは叶えられるのだろうか? 「朔殿!」 「あら、譲殿。慌ててどうしたの?」 「お、お願いが・・・・・・」 譲は、事の次第を掻い摘んで話した。 「雛祭り・・・上巳の事よね。桃は縁起がいいから」 「へ〜。やはり、そういう行事があるんですね」 「ええ。何か・・・してあげたいわね。兄上も最近変だし・・・・・・」 朔の語尾が小さくなる。 最近の景時は、とかく逃げ腰だ。まるで戦いをしたくないかのように。 「景時さんには、景時さんの考えがあっての事だとは思いますけどね・・・・・・」 源氏の兵の間でも噂になり始めている。 九郎を将とするからには、九郎と景時の意見がまとまっていないのは不安だろう。 「ここを立つ前に、私たちで準備しましょう。八葉では・・・そうね、ヒノエ殿が詳しそう」 「料理は任せてください。こんな感じで考えているんですけど・・・」 その後も、朔と譲の密談は続いた。 「どうしたの?ちゃん」 岩の上にぽつんと膝をかかえて座っていたに、景時が声をかけた。 「そろそろ日も落ちるし。女の子がひとりでいちゃ駄目だよ〜」 の顔をみないで、隣に腰を降ろした。 「夕日が沈んでいくね。オレね〜、夕日苦手なんだよね・・・・・・」 景時は、手を夕日に翳す。 赤く染まる手─── 「私も・・・今日は苦手かもしれません・・・・・・」 父と母が待つ家に帰れない自分。家に灯る明かりが恋しかった。 日が沈んでも、帰る場所はない。この世界の夜は真っ暗だ。 「そう・・・同じだね・・・・・・」 二人は、黙ったまま日が沈みきる瞬間を眺めていた。 「景時さん・・・あのね。好きな食べ物ってなんですか?」 「ん〜?食べ物ねぇ。わりと何でも平気だけど。譲君が作るものはおいしいね」 「私ね、お母さんが作るケーキが食べたくなっちゃったんだ・・・・・・」 「“けえき”かぁ。オレも食べてみたいな。きっと美味しいんだろうね」 「うん。すっごく美味しいんだよ・・・・・・」 が俯く。 景時は立ち上がり、を立たせて抱きしめる。 「今、泣いておかないと。明日はもう船に乗るからね・・・・・・」 の嗚咽が浜辺に響いた。 「ご、ごめんなさい。なんか・・・止まんなくなっちゃった・・・」 「ん〜?オレもサボりたかったしね。でもご褒美欲しいかな〜」 の顎を持ち上げ、口づける。 「戻ろうか」 景時はに手を差し出した。自然にの手が重なる。 「はい」 二人は、本陣へと歩き出した。 「朔〜?」 「兄上、何処へ行っていたのですか!皆さん、探していらっしゃったのに」 「ん〜?ちょっと息抜き。ところでさ、相談があるんだけど。ちゃんの事で」 これからお説教が始まりそうだった朔の眉がピクリと動いた。 「兄上。色々ありそうですわね?」 「朔さぁ、譲君に“けえき”について聞いてもらえないかな?料理みたいなんだ」 「・・・兄上。お話があります」 「へ?」 景時は朔に引きずられ、本陣奥の場所へと入った。 「あれ〜?さっすが恋人の事には敏感だね?」 密かに作戦会議を開いていた三人の元へ連れてこられた景時。 いきなりヒノエにからかわれた。 それよりも、揃っている三人の笑顔が怖い。 「えっと・・・オレに出来る事ならしてあげたいな〜なんて・・・・・・」 ぽんっ─── 景時の肩を叩く譲とヒノエ。 「決行は船上です。準備は俺たちでしますから・・・」 「姫君にバレないよう、頼むな!」 「これで私もお料理の手伝いができるわ」 朔は手を叩いて喜ぶ。 「な、何か・・・せめて説明して欲しいな〜なんて・・・・・・」 景時は、頬を指で掻きながら三人を見回した。 「兄上はおしゃべりだから知らなくていいんです!」 すぐさま朔にピシャリとやられ、 「すべてこちらで指示しますから。はい、おやすみなさい」 言いたいことだけ言われて、さっさと追い出されてしまった。 「え〜っと。ま、ちゃんが喜ぶならいいんだけど」 のそのそと歩きながら景時は、九郎のところへ戻ることにした。 「何をしていたんだ、景時。最近のお前変だぞ。明日の出陣だが・・・・・・」 「ごめん、ごめん。こちらの本陣も陸路を行かせる手配はしたから」 平氏の勢力は西に集中している。 源氏軍は、東国から西への大遠征だ。 船だけではなく、陸路からも攻める。 最終決戦で、誰の目にもわかるよう決着をつける必要がある。 「・・・そうか。明日は早いからな。俺たちも、もう休もう」 九郎が、その場を切り上げた。 「そうですね。ヒノエはどこへ行ったのやら・・・・・・」 弁慶は首を捻りながら評定場を後にした。 長かった平氏との戦いに決着をつける出陣の時。 「よぉーし!行くよ〜!って・・・船酔いしたらどうしよ・・・・・・」 がヘタレた。 「お前なぁ。いきなり出鼻を挫くな!」 九郎がの頭をぽんっと叩いた。 「だぁ〜ってぇ〜〜〜。心配なんだもん!九郎さんが船酔いしたら、笑ってやる んだから!!!べぇ〜だ!」 が九郎に言い返し、景時の背に隠れた。 周囲の兵たちが笑い出す。 「僕が船酔いの薬を調合しますから。安心していきましょうね?」 弁慶の言葉に安心したのか、が景時の後ろからぴょっこり首を出す。 「そうだね!行こうよ、九郎さん」 今度は九郎がヘタレた。 「お前が言い出しといて・・・・・・」 「はい、は〜い!今から出発だよ〜、みんな乗り遅れないようにね〜」 景時が兵たちをまとめる。 「神子様、頑張りましょうね!」 「神子様、船酔いは、歌を歌ってれば大丈夫!」 兵たちがに声を掛けながら乗り込んでゆく。 もきゃらきゃら笑いながら兵たちに気軽に返事を返している。 (君は、本当に強い子だね。ちゃん───) 景時は、最後に乗り込むべく、その光景を見守っていた。 「さ、ちゃん。乗るよ」 「うん。手、繋いでいこう?景時さんがいれば、大丈夫なの!」 「ん〜、なんか照れるねぇ〜〜〜」 そう言いながらも、景時はの右手をとり最後に乗り込んだ。 しばらくは航路の話や天候の話など、それぞれが忙しそうに働いていた。 何となく話しに加われないは、少し離れた場所で白龍と、龍神の力に ついて話をしていた。 「白龍は、力が戻ったから大きくなったんだよね?」 「うん。そうだよ」 「もっと戻ったら、もっと大きくなっちゃうの?空とか飛んじゃう?」 「空?うん。飛べるよ」 「そっか〜、飛行機より早いのかな〜」 「?」 わりとくだらない話をしていると、景時と朔がやって来た。 「何の話をしてるの?」 「白龍って飛べるのかな〜って」 「ったら・・・。そうそう、ちょっと白龍を借りてもいいかしら?話し相手に、 兄上を代わりに置いていくから」 朔に背中を押され、景時が前に歩み出る。 朔は白龍を連れ、さっさと行ってしまった。 「ひどいなぁ〜、オレって物扱いだよ〜」 「景時さん、忙しいでしょ?私なら平気だよ」 「あ!オレじゃ嫌?」 景時は、が遠慮してしまう前に問い返した。 「え!そ、そんなことないよ!でも・・・お仕事・・・・・・」 「それがね〜、船に乗ってしまうと後はしばらくないんだな〜〜〜」 景時は、の手をぐいぐいと引いて船の後方へ移動する。 「日向ぼっこしよ〜」 景時がころんと板の上に寝転がった。 「えっと・・・・・・」 も隣に座ることにした。 「寝た方が、空が見えるよ」 景時が、つんつんとの髪を引っ張る。 が景時を見ると、景時はの指定席を指差した。 がころんと景時の腕に頭を預ける。 「わぁ〜〜〜」 が空を見て声を上げる。 「ね?」 二人で流れてゆく雲と、青い空を見つめていた。 甲板では、ヒノエたちが桃の花を飾っていた。 「よく桃の花が・・・」 敦盛が飾りながら呟くと、 「早咲きの場所を知っているからね。昨日採りに行ったんだぜ?」 「居ないと思ったら。まったく」 九郎は、呆れつつも様子を見守っていた。 「九郎。兵の士気もあがりますし。そうかたい事を言わないものですよ?」 戦を前に緊張していた兵たちも、源氏の神子のためと盛り上がっていた。 弁慶は、この催しに賛成のようだ。 「しかし・・・・・・」 「騒ぎ過ぎなければいいだろう」 リズヴァーンが九郎に進言する。 「はい、先生」 九郎が素直に聞き入れた。 そこへ料理が運ばれる。 「ごめんなさい、並べますね。皆さんには先に白酒を用意しましたから」 朔と白龍で並べ始めた。 兵たちの分は、下働きの女たちが配っている。 「で?肝心のモノは出来たのかよ?」 「今、譲殿が・・・・・・たぶん大丈夫だと思うんだけど・・・・・・」 朔もその点だけが一番心配だった。 その時、譲がケーキを手に甲板へやって来た。 「すみません、遅くなっちゃって。牛乳から全部作るしかなかったもので・・・」 小さなチーズケーキと、抹茶のケーキが用意されていた。 「その緑色の物は何だ?」 九郎が、不気味な物でも見るかの様に指差した。 「抹茶と小豆のシフォンケーキですよ。皆さんはこちらで我慢してくださいね」 譲は牛乳を振りまくって生クリームとチーズを作った。 だから大きなチーズケーキなど作れなかったのだ。 「よかった〜。、きっと喜んでくれるわね」 「だと、いいんですけど・・・・・・」 譲はあまりに小さすぎるチーズケーキを見つめていた。 「それじゃ、姫君をお呼びしようぜ?」 ヒノエが急かす。 「そうね。呼びに行って来るわ」 朔が足早に二人を呼びに向かった。 「寝てる・・・・・・」 朔は、気持ちよさそうに昼寝をしている二人を見つけ笑ってしまった。 (よかったですね、兄上───でも) ぺちんっ─── 朔は景時の額を叩く。 「兄上。私に気がつかないなんて!」 「・・・・・・朔、ひどい。ちゃんが起きちゃうじゃないか〜」 「あら。私の所為なんですか?」 景時は言うだけ言い込められると発言を止めた。 左腕の存在を確認すると、既に目を覚ましていた。 「あ、ごめんね。うるさかったよね〜」 景時がに謝る。 「起きてましたよ?最初の“ぺちんっ”て音で」 は笑っていた。 「あ〜〜、そうだったの・・・・・・」 「!甲板へ行きましょう」 朔はさっさとの手を引いていく。 「オレには何にも教えてくれないままなのね・・・・・・」 二人の後をゆっくりと景時はついて行った。 「これって・・・・・・・・・」 辺りには桃の花と混ぜご飯のおにぎり。白く雛霰っぽいもの。 (みんなが飲んでいるのは、白酒?) 「のいた世界では、『雛祭』というのでしょう?こちらでは五節句のひとつで 『上巳』というの。桃はね、魔を祓ってくれるということで、縁起がいいものなのよ」 朔が一通りの説明をして、が座る場所へ案内する。 「先輩。先輩のお母さん程は上手に出来なかったですけど・・・」 は、譲からチーズケーキを渡された。 「チーズケーキだ・・・・・・ありがとう、譲くん・・・・・・」 が泣き出す。 「せ、先輩?!」 譲がオロオロしていると、ヒノエが景時の肩を叩く。 「ほらほら。姫君が泣いてるよ?」 「そ、そうなんだけど・・・」 景時がどうしようか考えていると、は元気よく叫んだ。 「みんな、ありがとう!」 ぺたんとその場に座り、どうやって食べようか迷っている様子だ。 譲は、ほうっと息を吐くと、箸を差し出した。 「先輩、すみません。お箸しかないんです」 「・・・・・・きゃはははは!お箸か〜。そうだよね!」 はお箸で器用に一口分を切り分け、口へ運ぶ。 「うん!美味しい〜。でも・・・皆の分は?」 「それは、こっち」 朔が抹茶と小豆のシフォンケーキを指す。 「わ〜!抹茶のケーキなの?それも美味しそう〜〜」 の食いしん坊ぶりが発揮された。 が食べたのを合図に、その場にいた全員が料理をつまみ出した。 「これ・・・材料ってこっちの世界にあるの?」 は、食べかけのチーズケーキを見つめながら譲に尋ねる。 「材料の元の元しかないんですよ。それでその大きさなんです。大きなものは 相当頑張らないと難しいですね」 「そっか〜。ごめんね。大変だったね。私が雛祭の話したからだよね・・・・・・」 が気にしだすが、譲は話をそらすのが上手くない。 このままでは非常にまずいと、朔が助け舟を出す。 「?おにぎりはどうする?食べる?白龍がにぎったのよ」 「え!白龍も?!うわ〜、ありがとう。食べる、食べる!」 は、朔からのお皿を素直に受け取った。 (ん!よかった。笑ってるね) 景時は、白酒をちびりちびりと舐めながらを眺めていた。 「それで?景時はこれのために居なかったのか?」 九郎が景時の傍に来て腰を降ろした。 「ん〜、直接はなんにもしてないんだけどね〜。悪かったね」 「いや。アイツは・・・頑張りすぎるからな」 「そうなんだよね〜。でも、なんだか皆も楽しそうだし。よかったかな〜」 兵たちにもケーキはないが雛霰もどきの菓子と、混ぜご飯のにぎりめしが 配られている。白酒で、気分もよいようだ。 「そうだな。後少し、後少し頑張ってくれ・・・・・・」 長い遠征で、兵たちの気力も体力も限界だ。九郎だってわかっている。 源氏の神子の存在に、頼りきっていることも。 「ん・・・そうだね・・・・・・」 景時は、迷いを覚られないよう返事を濁した。 が突然すっくと立ち、手近の桃の枝を一本手にとった。 「敦盛さん、笛をお願いしてもいいですか?」 敦盛が慌てて立ち上がり、笛を懐から取り出した。 「私でよければ」 「ありがとうございます」 は、ぺこりと礼をしてから、大きく息を吸った。 「え〜っと。今日は、ありがとうございます!それで、私から皆に舞を 贈りたいと思います。 桃の枝は縁起が良いんだって!きっと春の神様が味方してくれるよ」 敦盛の笛の音が流れる中、舞を舞う。 その手からは桃の花の香りが、春風のように周囲に穏やかな空気を運ぶ。 しばし甲板は幻想の空間となり、雑音が消えた。 の舞が終わり、そっと桃の枝の動きが止まると歓声が上がった。 「我等の神子様がいれば、今度の戦いも勝利に決まってる!」 「神子様〜、綺麗でしたよ〜〜」 兵たちは、の舞にすっかり魅せられ、自分たちの勝利を確信する。 「う〜ん。綺麗は褒めすぎだよぅ!」 は返事を返しながら、用意された円座まで戻り、半分残しておいたチーズ ケーキを手にとり、桃の枝を持って九郎と景時の処へ行く。 九郎へ桃の枝をさし出す。 「これは九郎さんに。お兄さんの代理で、ここでの大将だもんね!」 「あ、ああ」 九郎は、から桃の枝を受け取った。の気遣いが嬉しい。 この戦の勝利を、九郎も船にいる全員とともに確信した。 「でね〜、景時さん。これ食べてみて下さい!」 ここにはの円座はなく、膝立ちである。 景時は、を自分の膝へ乗せた。 「膝が痛いでしょ〜。それに。それはちゃんのだよ」 左腕でを支え、右手での膝の埃を払った。 「え〜っと。じゃあ一口でいいから食べてみて下さい。約束したでしょ?」 が景時を見つめる。 「・・・・・・そうだね。じゃあ、少しだけね」 「はい!」 は嬉しそうに返事をしたものの、箸を忘れた事に気がつく。 きょろきょろしていると、朔が箸と衣を手にの処へ来た。 「。はい」 に箸を差し出しながら、脚に衣をかけてやる。 「わ!ありがと、朔」 はケーキと箸を景時にさし出す。すると、 「あら。が食べさせてあげればいいのに」 朔がしれっと言い放った。 「え?」 は、ぽかんと聞いていたが、やがてその意味が脳に到達したころ真っ赤に なった。 「え゛〜〜〜!?」 は、湯気が出そうな程顔を赤く染めて固まっていた。 ひとつ息をつくと、景時は朔へ 「朔!ちゃんが固まっちゃったじゃない〜。無理言わないの」 の頬を軽くぺちぺちと叩く景時。 「でも、兄上。食べないと、この視線どうします?」 九郎と景時が周囲を見ると、船上の人間全員が此方を見ている。 「・・・、観念するんだな。朔殿も人が悪い・・・みんなを煽るとは」 「あら。こぉ〜んなに期待されてるのに。私が代表で意見しただけですわ」 なおも朔は余裕で言い切る。 「ちゃ〜ん?お〜い?聞こえる〜?」 景時は、の意識を取り戻すべく、話し掛ける。 「あの・・・そのぅ・・・・・・」 が俯いてしまった。 「だめでしょ〜、みんな!オレの大事な人に無理言っちゃ」 景時は、兵たちに諦めさせようと声を張り上げた。 がピクリと動く。 「景時殿だって、ちょっとは期待したんじゃないですか〜?」 笑い声とともに言い返される始末。 景時は困った。 無意識にいつもの様に頬を掻きながら考えていると声がした。 「・・・か、景時さん。あの・・・食べて・・・・・・」 が一生懸命震える手で箸を景時の口元へ寄せている。 まるで箸ごと食べるのでは?という勢いで、景時はチーズケーキを食べた。 「仲が良くていいですな〜」 「いや〜、羨ましい」 好き勝手言っている兵たちに、は、 「みんななんて・・・知らないんだからっ!」 とだけ言うと、景時の方に向き直り、顔を隠してしまった。 「も〜。みんな後は好きに飲んでちょうだい!こっちは見ない!はい、おしまい!」 景時がその場を仕切ると、兵たちも納得して自由にこの宴を楽しみ始めた。 「ちゃ〜ん?もう皆見てないよ?」 が顔を上げると、景時の優しい瞳と目が合った。 九郎と朔は、この場を離れることにしたようだ。 「ほら。残り食べないともったいないでしょ」 景時が、の手にあるケーキを指す。 「・・・景時さん。さっきので味わかりました?」 「ん〜?甘いけど酸味がある味だよね」 「次は私が練習して作りますから・・・食べてくださいね」 景時の鼓動が跳ねた。は、来年の約束を景時に告げているのだ。 「そうだね。来年も一緒に食べよう・・・・・・」 「はい」 は、チーズケーキの残りを食べだした。 壇ノ浦までの道程は遠い。 景時が胸の内にある秘密を、に告白する前の一時。 桃の花が、魔を祓ってくれますように─── |
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桜なら咲いてると思うんですよ。今だと4月上旬なので。桃はねぇ?チーズケーキは私の趣味です(笑) (2005.2.17サイト掲載)