手を繋いで行こう!





「朔〜。今日のおやつは何がいいと思う〜?譲くんが帰って来る前に決めておかなきゃ」

 約束事としてはすべてが片付いた天下の平定。
 戦こそ終了したが、あれから一年経とうとも、まだまだ荒れた地が残っている。
 大きな合戦の傷跡を残す西国の復興に奔走している景時たち。
 九郎は西国の大将として、弁慶は参謀として京に留まることが多いが、景時は違う。
 小隊を率いて鎌倉との連絡役もすれば、盗賊の噂を聞きつけ取り締まりに向かう。
 家は京でも、根なし草の様な日々。
 最近になってようやく京に腰を落ち着けつつある。

 景時の家で再び暮らすようになり、が変わった。
 あのが譲に料理を習い始めた。
 便利な道具が全くない中での料理は、想像を絶する作品が仕上がることもある。
 そんな失敗作でも笑いながら試食をし、批評してくれる仲間がいる。
 おかげで日常の料理はそこそこ食べられるものが作れるようになった。
 さらに精進をという中で、最大の難関である菓子作りに挑戦中なのだ。


「そうねぇ・・・蜂蜜プリンはとても上手になったから、焼き菓子の方がいいのかしら」
 庭掃除をしていた箒の手を止め振り返ると、は朔に気づかず遠くを見つめている。
 時々このような表情をしているのを見かけるが、声をかけると途端に笑顔になってしまうので、
朔としても尋ねるべきことが何かも分からないままで、問いかけも出来ない。

(兄上は・・・ご存知なのかしら・・・・・・)
 たちが帰らずに、こちらの世界、景時の家に留まる事を選んでくれた時は嬉しかった。
 景時も仕事が忙しいとはいえ京にいる時間が増えたし、そろそろ二人の婚儀の話を進めてもいい
頃合いに思えるが、景時からは何の相談もない。
 二人が恋仲なのは確かだと思うが、母親からも朔にそれとなく確認するようにと言われてしまう
辺り、景時がにした告白自体が夢だったかと、己の記憶まで疑いたくなる。

(いくらなんでも、殿方には尋ねられないし)
 をよく知る幼馴染の二人も梶原邸で暮らしている。
 清盛に世話になっていたお陰で朝廷の約束事にも精通している将臣は、守護邸でも重宝されてい
るし、共に転戦して親交を深めた譲も同様だ。
 手を貸してくれるには違いないが、この手の話題をどう切り出せばいいのか。


「・・・朔?あのぅ・・・今度こそ焦げないように頑張るから、クレープはどうかな?」
「あっ、そっ、そうね。あれは楽しいわね、色々中に入れられて」
 今度は朔の方がぼんやりしていたらしい。
 に肩を叩かれ、慌てて菓子の話題に戻る。

「だよね〜。景時さんがフライ返しを作ってくれたから、パンケーキも作れちゃうし!」
 菓子用の型からフライパンまで、すべて景時が作ってくれた。
 梶原邸の道具は大きすぎての手に余る。
 些細なことかもしれないが、フライパンの持ち手が鉄製では無く、その重さも軽くなっただけで
オムライスが出来るようになったのだから、案外侮れない。

「クレープにしよ〜っと!イチゴもたくさんあるし」
 決めたら即実行の
 手を合わせてパチンと音を響かせたと思うと、すぐに台所の方へ駆け出していた。


「・・・クレープなら、手伝いが少なくてもいいわね」
 マドレーヌやケーキなど火加減に手こずる類は重労働。
 だが、クレープは丁寧に粉をふるって薄く焼けばいい。
 朔がいなくても問題なさそうだ。

 このところ気になっていたの表情。
 に確認しようと思うから事がややこしくなる。
 だったらもう一人に確認すればいい。

「兄上を少し締め上げなくては」
 基本的に何にでも自信がない性格なのだから、常にハッキリしない。
 それでもこの件だけはハッキリさせてもらわないと、悪戯に時間が流れてしまう。
 景時を締め上げる事を決めてしまえば気持ちも楽になり、鼻歌交じりで部屋に戻った。





 仲間が情報交換がてら梶原邸に集まるのがおやつの時間で、習慣化されている。
 今日も刻限近くなると、順次集まって来る。
 そこへふらりと景時が戻り、それと同時に朔が景時を自室へ引きずり込んだ。

「いたっ、いたたたたっ。なっ、何かあった?」
 家に戻るなり強引に手首を掴まれ引きずられる。
 本気を出せば抵抗できなくもないが、あの静かな妹がこれだけ怒りを露わにしている時は、逆ら
わない方が無難だ。

(何したっけか〜。発明の失敗もないしぃ〜?)
 破損や破壊の類はないハズ。
 そして、帰宅しただけで粗相をした覚えもない。

「そこにお座りになって」
 びしっと指された場所に正座で座る景時。

「兄上。の事で確認したいことがございますの。母上も心配しております」
「えっ?ちゃんに何かあったの?なっ、何?」
 中腰で青ざめる景時の肩を押しつけ、朔も景時の向かいに正座する。

「婚儀のご予定をまだ伺っていなかったものですから」
 仲がどうこうなど無粋の極み。
 ならば、それを逆手にとれば一言で済ませられる。
 ところが───

 景時は腰を抜かしたように後ろに飛び退き、片手を朔に向けて突き出し、待ったをかける姿勢の
ままで固まった。





「・・・そろそろ何かご返答をいただいても、よろしいですかしら?」
 景時が意識を取り戻すまで充分待ってやったと思う。
 相変わらず身体は微動だにしないままだが、目だけは忙しなく動いている。
 多少は落ち着きを取り戻したと考えて良さそうだ。

「始めは兄上がほとんど家にも戻っておりませんでしたし、もうしばらく後にしたいのだろうと、
急かさぬよう待っておりましたの。ところが、こちらでの仕事が中心になっても、待てど暮らせど
何の相談もされませんし。母上は白龍の神子様をこちらでお預かりしているだけだったのかと、気
落ちしておりますわ」
 嘘は言っていない。
 ただ、母の心配を大袈裟に伝えただけだ。

「そっ、そんな事は・・・なくって・・・だから・・・ただ・・・・・・」
 問題はそこである。
 に好きだと告げた。
 いっぱい、いっぱいの、精一杯で。
 後で落ち着いて考えたら、好きにも種類があるなと思い直しただけだ。
 その証拠に、白龍は事あるごとに“神子、大好き”を連発しているではないか。

(好きだなんて、言わなければよかった・・・・・・)
 景時が後悔していること。
 言葉の選択を誤った。
 一番適切な言葉を己の口にするには勇気が不足しており、とても声に出来ない。
 お陰で一緒に洗濯をしても、散歩をしても、その先に進めないでいる。
 二人の間に何もないとは、口が裂けても言えやしない。


「兄上?」
 うろたえぶりから景時に原因があり、自覚もあるのだと推察する。

「そ、そのぅ・・・あれだね。言葉って難しいな〜って」
 もじもじと指を絡めては解きと、じれったい態度。
 埒が明かないと、朔が冷たい言葉を浴びせた。
「時間がざらざら、ざらざらと流れて行ってしまうだけですもの。まったく問題無いですわ」
 二人で過ごせるはずだった、大切な時が。
 それを知る朔だから、手を拳にし、普段使わない厳しい言葉を選んで告げた。

 はっとして顔を上げた景時は、すぐさま朔を抱きしめる。
「朔、ごめん。オレさ、ちょっとちゃんと話をしようと思う。その・・・婚儀は九郎や頼朝様
にもお伺いを立てないと時期は決められないから・・・この場で返事は出来ないんだけど。おやつ、
取っておいて」
 軽く朔の背を叩くと、景時の姿は消えていた。





ちゃん!」
 何もそんな大声で呼ばずともという声量で、仲間たちが集う簀子へ景時が姿を見せた。
「遅いですよ、景時さん。いちごでいいですか?」
 好きなものを包めるように、焼いたクレープとトッピングは分けてある。
 がクレープを一枚皿にとり、中身を乗せようとすると、
「そ、それは後で頂くから。ちょっと出かけよう。弁慶!後はよろしく」
 誰よりも言葉がなくても大丈夫な人物にその場を頼んで外出した。



 梶原邸を後にしてから、かなり歩いた。
 もう目の前は神泉苑。
 かつてが剣術の修行に毎日訪れていた場所だ。
 いよいよ池の畔まで着いてしまい、先を歩く景時の足が止まる。

「あの・・・さ。オレ、言葉が足りなかったなって、あの日からずっと後悔してて・・・・・・」
 あの日がいつをさすのか、もわかっている。
 好きと告げられたが、以降何の進展もない。
 英語なら間違いがなかったのにと、事あるごとに思い出していた言葉。
 至ってシンプル、シンプルがゆえに厄介。
 から告白するにも、が危惧している方の意味だったとしたらと怖くて出来ない。
 そうして今日、景時から後悔していたと言われてしまった。
 やはり勘違いだったのだ。
 泣きたくないから下唇を噛む。
 そんな今の顔を見られたくなくて俯いた。
 

『ずっと手を繋いでいようか。少しくらいよそ見をしても、お互いがどこにいるのかわかるから』


 思わず顔を上げれば、真っ赤になった景時が手を差し伸べてくれている。
 もっと近づいていいシルシ。
 そっと触れる程度に手を重ねると、そのまま強く握りしめられた。


「こうしていれば、何があっても迷子にならないよ。家に・・・帰ろうか」
 鼻をかいて照れた仕種の景時の気持ちが、指先から伝わって来る。

(何だ・・・言葉に振り回されちゃった)
 気持ちは最初から近くにあったのに。だったら───

「よそ見って?」
「ああソレね。花が綺麗だなって君がよそ見をしていても、こうしていれば・・・ね」
 放されることなく持ち上げられた手。
 確かにがよそ見をしても、景時と共にあるのは変わらない。
 が歩く速度を落とすと互いの腕の長さ分距離がひらくが、早歩きをすればすぐ隣に並べる。
 気付いた景時が、歩幅をに合わせてくれた。

「・・・出来ればオレの方だけ見ていてくれると・・・嬉しいかな」
「景時さんもですよ」
 だけを見ていて欲しい。
 見上げると、景時の瞳が笑っている。

「それは・・・かなり前からそうだし。うん」
「私もです」
 黙々と離れて歩いて来た時とは違う風景に見える帰り道。
 もうすぐ家に着く。

「ここが君の家だからね」
「・・・他のお家は知らないです」
「え〜っと・・・家族って意味かな。その・・・お嫁に来る?」
 溜め息を吐きたくなるほど格好悪い妻問いだ。
 相手に決断を委ねるとは情けないが、来いと言い切れない。
 鼓動が耳の奥で木霊するほど音を立てていた。



「お嫁に行けなさそう」
「・・・えっ!?」
 景時に届いた言葉は拒否である。
 精一杯選んで伝えたやり直しの求愛は、空回りしたのだ。
 この場の雰囲気を壊さずに済ませられるよう、頭の中であらゆる言葉を探し出すが、頬は引き
つってしまっているだろう。
 その時、繋いでいる手を引かれた。



「お家、一緒なのに。どこから出て、どこへ行くんですか?私」
「あ゛・・・・・・」
 驚きのあまり、妙な声を上げる景時。
 ついでゆっくりと首を傾ける。


「あ〜っと・・・オレのお嫁さんになって下さい」
「・・・はい。えへへ。よかった」
 心おきなく腕を振ると、景時の腕も揺れる。

「いいの?」
 簡単に承諾された上に、よかったとまで言われてしまった。
 今まで悩んだのは何であったのか。

「だって、あの日からそのつもりだったのに、景時さん、な〜んにも言ってくれないから」
「あ〜〜〜。・・・あれ?伝わってたんだ・・・・・・」
 互いに好き合っているのに、わざわざ都合の悪い方に解釈する事もないだろう。
 弁慶などわかっていて、どちらかが動くのを待っていたくらいだ。
 仲間にもそれとなく伝えて、二人の帰りを待っている。

ちゃん、真っ赤だね」
「景時さんもですよ?」
 恥ずかしくなってが止まると、景時も足を止める。

「・・・帰ったら、最初に母上と朔に話をしていい?」
 がひとつ頷いてくれる。
「まだみんな家にいるだろうから、そのままみんなにも話していい?」
 さらに頷いてくれる。
「それから・・・頼朝様に文を書くから。返事が来たら・・・許嫁って言ってもいい?」
 頼朝が反対するわけがない。
 龍神の神子の力が手の内に欲しいのだから。
 形はどうあれ軍奉行である景時の妻となれば、頼朝の目が届く範囲と言える。
 頷いて欲しくて見ていると、
「今までと同じです。家で待ってるもの・・・景時さんを」
 繋いでいる手を引かれた。

「そっか。そういえばそうだ。じゃ・・・とりあえず帰ろう」
「はい」


 手を繋いでいるだけで、なんと簡単に想いが伝わるのだろうか。
 少しくらい間違えても大丈夫。
 もっと話して確認すればいい。


「オレの分のおやつ、残ってるかなぁ?朔には頼んだんだけど」
「もしも無くなっていたら・・・すぐに焼きますよ?フライパンを使うと上手に出来るの」
「ホントに?それはよかった。数少ない成果のひとつだな〜」



 ずっと手を繋いでいたい人は、君だけだから───










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 バトンから派生のSSです。テーマは直球じゃない「 I love you 」ってとこでしょうか?     (2009.05.04サイト掲載)




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