| holy night (知盛編) 「クリスマス〜で、お休みだ〜〜〜」 スキップしながら知盛のマンションへと向かうのは。 今年はカレンダー運がよかったために、知盛と過ごせそうだからだ。 金曜日の今日、大学で年内最後の講義が終わったは、このまま冬休みに突入。 知盛はこちらの世界で一応は仕事をしている。 だからこそイヴが日曜日というのは、二人がそろって休みで嬉しい。 毎週末に泊まりに来ているは、慣れた手つきで知盛の部屋へと上がりこんだ。 「・・・ちょっと待って、私」 大きな独り言を玄関で発する。 これまでの数々の経験がの頭で警笛を鳴らす。 「クリスマス、知盛はもう知ってるよね?知ってたらどうくる?」 の予定が予定通りになった事はない。 よって、今度こそ用心すべきなのだ。 「知盛サンはお仕事が嫌い。今日も定時で帰ってくる・・・・・・」 時計を見れば、まだまだ時間はある。 が、過去のフライングも考慮しなくてはならない。 猶予は二時間程度だろう。帰宅時間は十七時と推理する。 「イヴは明後日。今日は平日。でも、明日は休み。むぅ〜〜?」 腕を組んで考え込む。 嫌な気配を背中に察知し、玄関で踵を返して自宅へ戻る事にした。 一方の知盛は、常の如く会社で情報を得ていた。 惜しいのは、本日の知盛の情報源が女性陣という事だろう。 やたらに美化された内容のクリスマスのイベントばかりを言われて、 煩わしいこと、この上ない。 (何だってイチイチ混んでいる所へ行くんだ?) 普段から“面倒”が口癖のこの男に、“待つ”、“並ぶ”などの語彙が インプットされているわけがない。 仕事は放棄し、近場のカフェへと逃げ込んだ。 そう耳をそばだてるつもりもなく、隣の若者たちの会話が耳に入る。 若い男が考える事は単純かつ明快。 それならば知盛にも納得がいくというものだ。 (ほう・・・そういう主旨ならばいいんだな・・・・・・) 間違っているようで、間違っていないようでというギリギリの解釈になって いる知盛の脳内は、誰にも見えはしない。 (可愛い羊を誘い出す手立てを考えるか・・・・・・) の勘のよさからして、マンションに大人しくいるとは思えない。 正統なクリスマスをしたいと考えているならば、イヴに迎えに来いといって くるだろう。 「・・・クッ、クッ、クッ。これに決まりだな」 知盛が見つけたものは、たまたま時間つぶしに買った雑誌の広告のページが ヒントだった。 「う〜ん。知盛の家にいないと怒るかな〜?でもなぁ・・・・・・」 携帯電話のディスプレイを見つめながら、ベッドで足を動かしている。 知盛の家にいるのは危険だとの判断は学習した成果といえるが、対策まで立てられて いないのが甘い点だ。 ころころと転がりながら恋人の電話を待っていると、珍しく電話ではなくメールだった。 『雪を見に行く。支度しておけ』 「・・・は?雪って・・・降ってないよ?」 窓の外は曇り空ながらも雪ではない。 再びディスプレイを見ると、間違いなく“雪”とある。 「う〜ん・・・雪といえばスキー場?スケート?スノボ?知盛がウインタースポーツ?」 出来ない事はないと思うが、運動をわざわざするタイプではないのだ。 「ど・こ・へ?・・・・・・行き先くらい言いなさいってば!」 メールを打ってそのまま携帯をベッドへ投げると、返事を待ちながらコートを選ぶ。 雪というからには、雪があるのだろう。 厚手のコートにマフラーに手袋。バッグには携帯カイロも用意する。 そうこうしているうちに再びメールの着信音が鳴る。 「なになに〜」 『五分で着く。家の外にいろ』 「へ?・・・どこの家?」 いつもならは知盛の家にいる金曜日。だが、今日は自宅にいるのだ。 「え〜〜?!どうしよう〜〜〜。向こうの家に行くまでに三十分はかかるぅ〜」 慌ててバッグを手に持ち、マフラーをして、階下のリビングにいる母親へ声をかける。 「ちょっ・・・ちょっと知盛と出かけてくる!雪見に!!!」 転がるように玄関を出ると、タクシーが横付けしてきた。 降りてきたのは知盛だ。 「へえ?早いな。時間通りだ。乗れ」 「は?ちょっ・・・・・・」 先に押し込められてしまい、話をする間も無く車が動き出す。 行き先はもう言ってあるのだろう。 知盛は何も言わないで外の風景を眺めている。 「知盛?あの・・・どうしてこっちの家・・・それより。雪ってどこで?」 知盛がの方へ向くと、僅かながら口の端が上がる。 ますます訝しむ。 「・・・雪がある場所まで出向くに決まっている」 「はぁ〜〜〜?雪がある場所って・・・・・・」 タクシーはいつの間にか高速に乗っていた。 ここまで来れば、いくつかの行き先の分岐案内ででもわかる。 (羽田だ!飛行機って事?じゃあ・・・・・・泊まりぃ〜〜〜?!) 動揺を知盛に覚られまいと、窓の外へ顔を向けるが、辺りが暗くなればガラスに顔が映る ことは計算できない。 知盛はの焦った表情を楽しんで眺めている。 (どこで羊をいただいても構わないんだぜ?) 知盛のクリスマスの定義は、必要要件を満たせば何でもいいと受け取ったらしい。 必要要件とは─── 『今年はホワイトクリスマスは無理だよなぁ。雪なんて渋滞だし、面倒だから、雪じゃない 方が楽だけど、雰囲気だすなら手っ取り早いよな』 『だよな〜。まあ、どちらにしても泊まりの予約はしてあるからいいけどな。どうして女は 段取りがいるんだか。食事とプレゼントがないとダメだろ?』 『高くつくけど仕方ないぜ〜?周りがしてるもんだから煩いのなんのって。女同士で自慢話 でもしてるんだろうからさ』 先達てのカフェの会話から推測をしたのだ。 まずは雪。これは北海道に行けば解決。食事と宿泊、夜景もつければ完璧だ。 プレゼントはブランド物が相場らしいが、過去、がそのようなものを喜んだ例がない。 これだけは頭を使ったが、がどうだろうと構わないことに決めた。 よって、すべて解決したので今に至っている。 おずおずと窓から知盛の方へ振り返る。 「あのぅ・・・知盛サン?」 「何だ」 知盛の方は窓から振り返ることもなく返事をする。 窓越しに見えているのだが、に覚られるようなヘマはしない。 「そのぅ・・・お泊りのご予定なんてしょうか・・・ね?」 間違いなくゴールは羽田というのを確信した。 今から飛行機で日帰りなど不可能だ。が、は軽装で来てしまっている。 「金曜日・・・だからな。別に問題ないだろう」 「いえ、いえ。何かと入用なんですケド・・・・・・」 まさに身一つの状態なのだ。これで泊まれといわれても困ってしまう。 「クッ、クッ、クッ。着いたら走るぞ。今で三十分前だ」 「へ?・・・・・・げげっ!!!」 十五分前までに搭乗手続きをしてゲートに入るのだ。 預けるものがないので余計な時間はかからないとしても、あんまりな展開。 「ちょっ・・・知盛!!!」 「着いた。来い!」 空港のタクシー降車場に着くと同時にの手を引いて駆け出す知盛。 はただ着いていくだけで頭が回らなくなっている。 「知盛!」 「しゃべる余裕があるなら走れ!」 途中で係員が合流して、先を案内されながらも走り続ける。 飛行機の閉められたドアの前で、確かに間に合ったんだとは膝に手をついて呼吸を整えた。 「・・・っ・・・知盛!こっ・・・・・・なっ・・・・・・」 「神子殿は少々運動が足りないようだな?一時間程度で着く」 軽く上着の衿を整えると、知盛は席へ向かって歩き出す。 冷たいようでいて、しっかりとと手は繋いだままだ。 (にゅぅ・・・・・・心臓・・・壊れそう・・・・・・) 全力疾走など、いい加減したことがない。 とはいえ、そこはだ。 ビジネスクラスの広い座席で、ものの数分の間に知盛にもたれて眠りだした。 「クッ、クッ、クッ・・・飽きないよ、お前は」 文句を言うのも忘れて眠っているの頬を指でつつく。 知盛はと雪を見たいと思ったのだ。 足りないものは向こうでそろえればいい。 窓の外の点在する街明かりが遠ざかる。 帰りはまだ決めていない。 決めなくてもいいように休みを申請してきた。 もっとも、休暇届が受理されたかは確認していない。 麗しの神子殿に・・・ホワイトクリスマスを贈呈いたしますよ─── |
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案外正統派な事をしているように思わせて(笑)
その後はツリーからどうぞv (2006.12.25サイト掲載)