Silent Night (景時編) 『ちゃ〜ん!明日は休み?学校?』 「・・・学校で・・・終業式がわりの大掃除だから半日くらいですっ・・・と!」 明らかにおかしい景時のメールの文面。 それでも真面目に返事をしてしまうのが。 「どうしたのかなぁ?景時さん。ゆうべ言ったのに・・・・・・」 金曜日のための雑巾を縫っている横で景時に尋ねられ、説明をしたばかりである。 どういったわけかの通う学校は変わっていて、冬休み前の年内最後の日は、学校中の 大掃除を全校生徒でして終わるのだ。 ただそれだけのために行くというのも案外楽しいものである。 首を傾げながらも、それきりそのメールについては忘れていた。 これが明日からの予定が決まってしまう始まりだったとは、後に知ることになる。 「・・・初めてって・・・・・・」 景時が勤める会社の、景時の周辺でざわめきが起きる。 「うん。オレさ〜、こういう性格でしょ?だから、これならこれ〜って周りをよく見てなくて。 クリスマスに女の子と過ごしたことないんだよね。だからさ、今年が初めて!ちゃんと!」 惚気ているのかとぼけているのかギリギリの会話だが、誰もが景時の人となりを知っている 今となっては、この時期にかつてないほどの団結を生む結果にしかならなかった。 「景時!待ってろ。俺たちがなんとかするから!」 「・・・え?」 右後方へ振り向く景時。 「そうだな!じゃあ、総務と上司は俺たちが何とかする!仕事も気にするな!」 「・・・はい〜〜〜?」 今度は左後方を振り向く。 一斉に散っていくチームの男性社員たちを見送ることになってしまった景時。 「・・・え〜っと?」 唯一隣に残っていた同僚、田中に視線で問いかけてみた。 「まあねぇ・・・とりあえず、カプチーノで手を打つけど?」 確かに喉が渇いている。空になっている仲間たちが飲んだ紙コップを集めて重ねた。 「オレ、買ってくるよ。待ってて」 立ち上がってゴミをゴミ箱へ捨てると、休憩室のテーブルに携帯電話を置いたままで自販機に 向かう景時。 幸いにも自販機コーナーからは見えない奥まった一角のテーブルに集まっていた。 悪戯の主犯は、そつなく仕上げのスケジュール確認のための細工をし、何事もなかったかの ように、明日からの景時の仕事を聞き出すことに成功していた。 色々あって景時にも知らされていなかったクリスマスの全容が金曜日に明らかにされる。 「・・・えーーーーーーーっ!オレ、今日フレックスなの?しかも、月曜日休みって何?!」 まったくもって寝耳に水とは上手い表現だ。 景時は真冬に冷や水を浴びせられるが如く驚きで硬直した。 書いた覚えのないフレックスと休暇申請に、仕事の引継ぎスケジュールまで、ありとあらゆる 手配がわずか一日足らずで整えられている。 「休みは休みだろ?それくらいわかれよ〜。続きの説明、してもいいか?」 「まだあるの?!」 ぐらぐらする頭を抱えながら、景時が休憩室のイスに座り込んだ。 「ある。始めに木村たちが言っただろ?なんとかするって。でぇ〜、橋本たちがなんとかしたのが 会社の方ってわけ。もっとも、説明したら部長たちも乗り気だったし?」 会社中が景時のクリスマスを見守っているらしい。 「・・・・・・はっ、話が大きすぎない?」 「あれだ。今年最後の一番のプロジェクトだと思ってもらえると丁度いいな。ただいまより、私、 技術開発推進チームの田中からプレゼンテーションをさせていただきます」 わざとらしすぎるくらいわざと丁寧に挨拶をすると、計画書を取り出す。 「プレゼントは用意してあるよな?」 「うっ、うん。それは、もう。予約して買ってある」 「そ!じゃ、あとはこの通りにするだけ。当日だけは自分でタイミングを考えるように」 計画書を開いて見せただけで、たいしたプレゼンテーションもしないまま田中が席を立つ。 「待ってよ!え〜っと・・・・・・」 「後はオマエが考えて行動するだけ〜ってね!任せた」 ひらひらと片手を上げて去ってしまう。 再び計画書に視線を移すと、景時はペンでシルシをつけ始める。 「うん!ありがとう、みんな。オレも・・・楽しく過ごせるように考えないとな」 時計を睨みながら計画を決め、程よい時間になるとメールを先に送った。 学校の大掃除も終わり、帰り道に友人たちとファーストフード店で軽く昼食を取っていた。 景時からのメールの着信音で、慌てて携帯を取り出す。 「いいな〜、は。梶原さんからでしょ?」 「やっ、やだ。そんな・・・何かあったのかな?」 景時は仕事をしている時間だ。 メールのボタンを押すと、ありえない文章が書かれている。 『今から帰るね。駅で待ち合わせする?家にする?』 「・・・・・・あれ?今日って」 金曜日である。しかも、帰りが早いとはひと言も言われていなかったのだ。 「どうかしたの?」 「うん・・・ごめんね!景時さん、早く帰れるみたいなの。また来年ね!」 自分の分のトレーを片付けると、小走りに駅へ向かう。 景時のマンションがある駅で降りて待つことにした。 が、メールの返事がまだだと携帯を取り出すと─── 「・・・景時さん?」 「駅で降りてみてよかった。家って言われたら電車に乗ろうって思ってたんだ」 景時の会社からは途中に当たる駅なのだからと、が乗る駅で降り、改札の傍に立っていたのだ。 景時は否定するが、とにかく目立つ容姿をしているから見逃すわけがない。 「あの・・・会社は?」 「ん?フレックス。・・・オレはなぁ〜んにも申請書を書いてないのに、決められてたよ」 と手を繋ぐと、帰る方のホームに歩き出す景時。 「えっと・・・景時さんじゃなければ誰が?」 学校ではないのだから、勝手に帰ってくることは出来ないだろう。 誰かが景時のためにしたということになる。 「誰だろう?それは確認してないけど、チームの誰かだと思うよ〜。オレとちゃんのために」 「私?!」 まだ電車は空いていた。二人並んで座ると、続きを話し始める。 「うん。それがさぁ、昨日ね?オレが会社で・・・・・・」 昨日、クリスマスが初めてと言った辺りからを、掻い摘んでに説明した。 「じゃあ・・・これ、景時さんじゃなかったんだ・・・・・・」 携帯の受信メールを景時に見せる。途端に景時が笑い出す。 「あっ!そういうことか〜〜〜。ど〜してちゃんの予定まで知ってるのか不思議だったんだけど」 景時の携帯の送信は証拠隠滅されていたので気づかなかったのだ。 もそう大層な内容ではなかったので、昨日、景時に確認をしなかったまま。 「やだ〜〜〜。景時さんからだとばかり思ってた!ちょっと変とは思ったんですよね〜」 「あはは!ま、そんなわけで。オレなりにみんなが考えてくれた中で楽しそうなのを選んだから。 これから着替えて出かけよう?制服、皺になったら大変でしょ!オレもスーツは苦しくてさ〜」 制服でもいいのだが、遅くなるとが不真面目に思われてしまう。 景時なりの配慮だ。 「わわわっ!行き先は?行き先で決めます!」 「え〜〜〜、秘密がいいと思ったのに。でも、寒いと風邪ひかせちゃうしね。夜の遊園地にご招待!」 が景時に飛びつく。 「わ〜い!九時まででしたよね?たくさん遊べる〜〜〜」 夜は客層が変わり、人数も激減する。観覧車の混雑以外は遊びたい放題だ。 着替えを済ませるとすぐに出かけ、くたくたになるまで遊んで金曜日は終わった。 翌日、朝から元気な景時。今日も出かけるらしい。 「行くよ〜。今日は・・・カラダを動かしてリラックス!」 「え〜〜?動いてリラックスって・・・・・・」 何のことはない。スパ付きの温泉プールだ。 「温泉だとぉ〜、二人で居られないからね!水着ならいいよね〜〜〜」 祝日と土曜日が重なったイヴの前日。 案外穴場だったのだというのが感想だ。 「空いてるのが意外・・・・・・」 「ん〜?そう?何だかね、こういうのが案外いいらしいよ?それと・・・夕方から出かけるから」 「え?この後も?」 が景時を見上げる。 「うん。夕飯が新幹線の中になっちゃうんだどね〜。そろそろ一回家に帰って荷造りしよう!一応 二泊の予定だから。ほ〜んと、よく予約とれたもんだよね〜」 値段とかなりの裏技を駆使しての結果である。ホテルサイドも空き室を減らしたいのが実情だ。 このシーズン、場所によってはキャンセルが出てしまった後を埋めるのに苦労している。 よって、直前申込みで案外とれたりするのだ。 景時とのことは、会社で知らない者はいない。 が案外行動的である事も考えて練られた今回のプラン。行き先は─── 「これ・・・上越新幹線・・・・・・」 「そ!いざ雪山へ〜ってね。スノボ、してみたくない?」 「きゃ〜〜〜!初めてですよ?どうしよ〜。何も持ってないのに」 指定席に座り込むと、が手渡されたパンフレットを開き始める。 「全部向こうでレンタルできるみたい。だから、カラダひとつでいいんだって〜」 本日は到着時間が遅いので何も出来ないが、明日の朝から滑り放題である。 「スノボな景時さん・・・・・・」 「ん?オレも初めてだから、期待しないでね?まずはスクールに入るっ!」 期待に胸を膨らませ現地に到着すると、部屋の大きさに目を見張る。 リビングルームとベッドルームの階が違うのである。 「広い、ひろ〜い!それに、ゲレンデが見える!!!」 窓からは夜間の照明に照らされている雪のコースが輝いている。 「う〜ん。雪でこういう遊びをするっていうのは思いつかなかったな〜、ホント」 わざわざ坂を上って滑るのだ。 なんとも効率が悪いように感じるが、やってみないとわからない。 「テレビで大会をちらっと見たことがあって。もうね、空を飛んでるみたいでしたよ?」 明日へ心を馳せながら、大人しく就寝した。 いよいよクリスマス・イヴ当日。 まずは初心者用のスノーボードのスクールを受講する景時と。 運動神経は常人以上の二人が、初心者コースを滑れるようになるまで時間はかからなかった。 「ぎゃーーーーーーっ!!!・・・・・・あはははははっ。転んじゃった!」 はバランスを崩しても、上手く臀部から雪へ着地する。 「ちゃんっ!大丈夫?」 すぐに景時が滑り降りて傍に駆けつけると、 「景時さんも!」 景時にも転がれという合図に、手での隣を叩く。 「うん。何か見えるの?」 の隣に横になり、真っ青な空を見上げる。 「うわ・・・・・・眩しいかも」 「ね〜?空と雪の境目が向こうに見えるんですよ〜」 上級者たちが滑る雪山の尾根と空の境目がくっきりと見える。 「夜は・・・さ。星空、眺めようか?その・・・・・・」 「外で?それとも・・・・・・」 が先に立ち上がる。続いて景時も立ち上がった。 「どうしようね?さ!まだ半分だよ。降りようか」 軽く雪を払うと、ボードの方向を決める景時。 「は〜い!一回下でお茶しましょうね。朝から滑りっぱなし!」 「御意〜〜ってね!行くよ」 二人並んで上手く麓まで滑走し、しばし休憩をしてから午後は再び雪山へ挑んだ。 夕刻、普段の夕食より早めのディナー。 混雑する中では落ち着かないからだ。 「景時さん。こぉ〜〜〜んなに、いつの間に?」 「うん。金曜日の午前中の間に。・・・と、いっても。みんなが考えてくれたんだよね〜。ほら、 ちゃんが楽しいようにって」 レストランもが好きなイタリアンだ。 「楽しいですっ!こういうの・・・ぜ〜んぶ初めて。ありがとう、景時さん」 「いっ、いや〜。二人で家でクリスマスを突然変更しちゃって、ゴメンね〜?」 今更だが、当初の予定変更を詫びる景時。 「ううん。いいの、景時さんと二人なら。そろそろデザートがきますよね」 「かな〜?」 気軽に返事をしたが、目の前に置かれたデザートのプレートを見て景時の方が驚いた。 「景時・・・さん?」 「いっ、いや・・・オレじゃないけど・・・オレの気持ちではあるな・・・・・・」 最後の仕掛けがここに凝縮されていたのだ。 小さなクリスマスケーキの真っ白なデコレートの上に書かれた文字は─── 『ちゃん大好き』 「やられた〜!いつも話してたからなぁ・・・参った!」 景時が肩をすくめると、が笑い出す。 「こ・れ。書いた人もびっくりですよね〜。きゃはは!」 がナイフで文字を分断する。 「大好きの方は私が食べますからね〜。景時さんは名前の方」 真ん中で半分に切り分けると、景時の分を皿へと取り分けた。 「私がこっちを食べないと意味ないですもんね?」 「かな?うん。・・・食べよう」 景時が“”を食べるとは何とも意味深であるが、当のは発言に気づいていないらしい。 そのまま食事を済ませると部屋へ戻った。 「ちゃん。その・・・クリスマスプレゼント・・・・・・」 が紅茶を淹れてくれている隙に、バッグからプレゼントを用意して手に持ったのだ。 「えっと・・・こんなにたくさん色々してもらったのに・・・・・・」 景時の隣に座りながら、遠慮がちに手を伸ばす。 「残るモノ・・・あげたいのはオレの勝手だからさ。開けてみて?」 「・・・はい。でも、その前に。私もあるんですよ?景時さんに」 荷物の方へ小走りに行くと、袋を手に戻ってくる。 「はい!私からも景時さんに」 「ええっ?!オレにって・・・・・・」 景時の方が驚きだ。 いつ景時に用意してくれていたのだろうと嬉しくなる。 互いに贈り物の包みを開け始める。 「わ・・・可愛いブレスレットだ〜」 に似合いそうなチャームがいくつかついている可愛らしいデザインだ。 「うわ・・・もしかして、マフラー?」 景時の方も、柔らかい色合いのブルーとグレーのマフラー。しかも手編みである。 「これ、いつ・・・・・・」 声が重なり、すぐに笑い出す二人。 「私、学校でちょこちょこ編んでいたんですよ?だって、景時さんの今のマフラー、似合ってる けど、耳が寒そうだったんですもん」 現在景時が使っているマフラーは、市販のたためば鞄に入ってしまう程度のものだ。 が編んだマフラーはふわりとした毛糸を使っており、厚みもあるので暖かい。 「うん。ありがとう・・・マフラーってしたことがなかったからさ。こんなに暖かいなんて知らな かったよ・・・・・・」 首に巻きつけてから肩を上げると、肌触りのよい毛糸の感触が耳にあたる。 「景時さん、いつお買い物に?それに、これって・・・・・・」 チャームのひとつの小さなプレートに年号が入っている。 明らかに今年用の限定品なのだろうとわかる。 「えっと・・・会社でみんなが彼女に何を贈るかっていって、雑誌で研究した時に。こういうの、 頼めば届けてくれるんだね?会社にしてもらっちゃった〜」 種明かしを聞けばなるほどと言わざる得ない。 「すっごく嬉しいです。ありがとう、景時さん」 「オレも!ありがとう、ちゃん」 ソファーから雪景色と星空を眺める。 「景時さんのお家でも・・・雪、見ましたよね」 「そうだねぇ。ウチは寒くて。・・・そんなに長くは簀子にいられなかったけどね」 今では懐かしい思い出だ。 が雪が降るのを眺めていると、景時がやって来たのだ。 そして─── 『雪・・・初めて?』 『違うんです。雪が・・・こんなに静かできれいって知らなかったから』 たちの世界から音が消える事は、ほとんどない。 雨音ならば聞えるかもしれないが、雪が降る音が聞えるというのは初体験だった。 『雪の音が・・・聞えるんですね・・・・・・』 『うん。隣・・・いいかな?』 せめてが寒くないようにと、すぐ隣に腰を下ろした景時。 朔に見つかってしまい、の体が余りに冷えていたために即座に叱られたのだ。 『兄上がついていながら!に何かあったらどうするおつもりでしたの?』 『ごめんっ、朔』 『朔〜!景時さんは悪くないの。寒いだろうからって、隣にいてくれて・・・・・・』 『隣にいたって役にはたちません!、すぐにお湯を用意させるから。足から温めないと』 ぐいぐいと朔に手を引かれて、は部屋へと連れ戻されてしまった。 それでも景時は、しばしその場の温もりを確認してから立ち去ったのだ。 二人で座っていた場所の─── 「今日は・・・寒くないです」 「ん。そうだね」 の肩へ手を回すと、が景時の肩へと寄りかかった。 いつまでもあきずに窓の外を眺める。 クリスマスは二人で思い出語りも悪くはないね。 季節を感じていたあの頃のように─── |
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文字数に景神子への愛がv
続きはツリーから。 (2006.12.27サイト掲載)