ずっと傍にいて





 君を手に入れた───
 そう思っていたけど、本当は違うみたいだ───



 景時とは、勝浦で思いを通じ合えた。
 しかし、そう思っていたのは、景時だけだった。
 の景時への思いは、もっと大きくて。
 景時がそれに気がついたのは、決戦を前に『逃げてくれ』と頼んだ時。

(オレ、今回ばかりは負けるわけにいかないんだよね)
 頼朝と対峙しながら、景時はとの約束を守らねばと思う。

「黒龍の逆鱗もございます。力を操る術はなくとも・・・・・・この二つを干渉させれば、
応龍の力が生じるはず。試してみましょうか?」
 仕えてきた頼朝が相手だ。景時のことなど馬鹿にしていることだろう。
「やけを起こしたか?お前も巻き添えになるのだぞ?」
 景時になど出来るわけがない、という、尊大な態度の頼朝は、鼻で笑った。
「私はどうなろうとも・・・仲間たちは助かります。それだけで、十分です」

 頼朝は、景時の態度が常と違うのにようやく気がついた。
 この気弱な男が、頼朝に牙を剥いたのだ。
「・・・本気か・・・・・・」
 なおも探るように、景時の顔を頼朝は睨みつける。
(この男を、侮り過ぎたやもしれぬ・・・・・・・・・)
 頼朝はどのように景時を甚振るかを考えていた。
 その時、荼吉尼天の力が急速に失われてゆく気配を感じる。
(・・・荼吉尼天が・・・負けた・・・か・・・・・・)
 頼朝の右眉がぴくりと動いた。

(頼朝様・・・・・・?)
 景時は、たちが荼吉尼天まで倒したことを覚る。
(やっぱり君はすごいね、ちゃん───)
「頼朝様、荼吉尼天が敗れた今、龍神の力に対抗しうる手段はございますまい」
 背筋を伸ばし、自信に溢れた態度で、わざと頼朝の力が失われた事を声にする。
 周囲はざわめいた。今まで他の者たちが信じてきたのは、頼朝の力。
 一部の者しか知らないだろうが、本当は荼吉尼天の力だったのだ。
 神がかりとまで言われた頼朝の力は偽物だ。
 ここで周囲に離反されては、ただの無力な一武士に戻るしかない。

「・・・景時、何が望みだ」
 頼朝は、景時の説得を諦めた。分が悪すぎる。
 応龍の力も脅威だが、周囲の武士の信頼を失っては、今までの苦労が水の泡だ。
 この国を、帝と貴族という一部の特権階級の者たちによる支配から解放する。
 そのためには、ここは引くしかなさそうだった。

「九郎義経殿の無罪と、母の解放・・・。そして、京にて皆で、平穏に過ごせるよう・・・
お願い申し上げます」
「くだらんな、龍神の力を持ち出して言う願いが、それだけか?」
 頼朝は、やはり景時という男をわかっていなかったと思う。
 龍神の力が手の内にあるというのに、願うことは権力でなく、財でなく・・・・・・
「好きにせよ・・・・・・これで、満足であろう?」
 景時とは、なんと馬鹿な男だと頼朝は思う。
 しかし───

(九郎に手を下さずに済んだのだ。感謝せねばなるまいな・・・・・・)
 幼い時に離れ離れにされた兄弟。
 青年になった九郎に初めて再会した時は嬉しかった。

(弟・・・か・・・・・・血縁とは不思議なものよ・・・・・・)


「はっ。ありがたき幸せ」
 景時は、頼朝に頭を垂れた。
(頼朝様・・・笑っていた?・・・・・・)
 頼朝の表情が、一瞬笑ったようにみえた。
 全てが良い方向へ流れ出すのを感じる。
「それでは。仲間を待たせていますので。御前、失礼いたします」
 踵を返すと、景時は仲間のもとへ向かった。
 が待っているであろう、朝夷奈へ───



「待たせてごめんね〜〜〜」
 景時が、馬上から降りる。
「なんだか上手くいっちゃったよ〜。もう、オレ、どうしよ〜〜〜」
「それで、兄上はなんて・・・・・・」
 九郎は景時に掴みかからんばかりの勢いだ。景時の軽口を諭すものは居なかった。
「え〜っと。頼朝様ね〜、西国は可愛い弟の九郎に任せるからよろしくだって〜」
 九郎は両目を見開いた。
「あ、兄上が『可愛い』なんて言葉を仰るわけがないだろ!俺をからかうのか?」
「そりゃそうだよ〜。可愛いはオレが付け足したんだけど。でもさ〜、頼朝様の顔がね?
嬉しそうだったんだよね〜、こう口元がさ」
 九郎の目は、涙で潤み始める。
 唯一の肉親である兄に疑われて、どうしていいのかわからなかったのだ。
 景時は九郎の涙を見ないふりする事にし、仲間の方へ向き直る。
「それでね〜、皆で仲良く、楽しく、京で暮らせって。あ!九郎の補佐しろとか、面倒くさそう
なことも仰せつかっちゃったけど。いいかな?」
「兄上っ!兄上が一番煩くて、皆様にいつも迷惑をかけているんですっ!」
 朔にいつものツッコミが戻った。皆が笑い出す。
「ひ、ひどいな〜朔。お兄ちゃんを敬ってよ・・・・・・」
「反省して下さい。仕事があるのは有難いことです!行きましょう、母上」
 さっさと歩いていかれてしまった。
 感動から復活した九郎も、
「兄上に任されたからには、頑張らないとな!京へ行くぞ!」
 と掛声をかけるなり、仲間を引き連れてぞろぞろと歩き出した。景時とを残して。


「えっと・・・・・・ありがとう、ちゃん。大変だったよね」
 は、黙って首を横に振る。
「なんだかね。頼朝様と対峙しているとき、君の声が聞こえたんだ」
 の顔が、だんだんと歪んできた。
 泣くのを堪えているのが、景時の手に取るようにわかる。。
「それでね〜。君が言った『一緒』の意味ね、わかった気がするんだよね〜」
 は、なおも黙って頷く。涙の雫が零れた。
 景時は、胸にを抱きしめ、背中を撫でる。
「わかったんだけど、『一緒』っていうのは、ちゃんの言葉なんだよね〜」
 の両手が、景時の腰に回された。小さな嗚咽が、望美の安堵を景時へ伝える。
「オレね、ここに着くまでず〜っと考えたんだけど・・・・・・」
 景時は、の耳へ顔を寄せ、囁いた。
「ずっと傍にいて・・・・・・」

 の泣き声が止んだ。景時は、の髪に口づける。
「ずっと待たせちゃって・・・ごめんね・・・・・・」
 が景時の胸でもそもそと動き出した。
 苦しいのかと、景時は腕を緩めた。
「・・・・・・一回・・・・・・」
「へ?」
 何が一回なんだ?と思ったら、景時はマヌケな声を発していた。
「・・・・・・『ごめんね』・・・今日、一回目・・・だよ?・・・・・・」
「・・・・・・そうだったね。ごめ・・・あっ!」
 が顔を上げ、景時を見つめる。
(鼻が赤くなってる。可愛いなぁ〜、もう)
 景時が、そんなのん気な事を思っていると、が呟く。
「・・・・・・二回目・・・・・・」
「え〜、今のも数えるの?!」
 折角の甘い雰囲気を、よもや自分の『ごめんね』に壊されるとは!
 本気で自分が情けなくなった景時。
 けれど。が顔を上げてくれた。

「じゃあ、これからは、こうしよ?」
 景時は、さも名案が浮かんだようにを覗き込んで首を傾げる。
 つられても同じく首を傾げた。
 その瞬間、景時はに軽く口づけた。
「これなら謝ってないもんね〜。ね?さっきの返事、欲しいな〜〜〜」
 は驚きのあまり、口をパクパクさせていた。
 景時は、もう一度口づける。
「返事欲しいな〜〜〜。欲しいったら、欲しいな〜〜〜」
 そのまま調子に乗って、何度もの唇を啄む。
ちゃんの声がききたいな〜〜〜」
 ようやくは我に返る。
「・・・・・・ずっと・・・ずっと傍にいます・・・」
「うん。ずっと傍にいて・・・・・・」



 捕らえられたのは、景時の方───
 なぜなら、『ずっと傍にいて』は、に対する願いなのだから───







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≪景時すきさんに5つのお題≫からお題拝借。お題元はコチラからどうぞ。

 あとがき:神子の「一緒にいる」っていうのは、自分の決意で。景時君の「ずっと傍にいて」は、神子へのお願いだと思う。
   管理人解釈としては、景時くんの負け〜〜♪   (2005.2.6サイト掲載)(2005.8.15一部修正加筆)




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