ごめんねぇ





「ごめんっ。ほんっと〜に、ごめんっ!」
 が目を覚ますと、いきなり景時が謝った。
「・・・わたし・・・生きてる・・・・・・」
 は、手を開いたり閉じたりしてみた。動く。
「あの・・・ここは?」
 『まさか天国ってことはないよね?』と、は周囲を見回す。
「壇ノ浦の近くのお寺さ」
 が生きている───それだけで飛び跳ねたい気持ちの景時だった。
 しかし、彼女の様子がおかしい。起き上がろうとしない。
「もしかして、痛い思いさせちゃったかな〜?」
 死んだと思っていたのに、『痛いかどうか?』をに聞いてくる景時。 
 は起き上がろうとしたが、左胸に違和感を感じた。
(痛い・・・のかな?)
 痺れたような感覚がしていて、痛みがよくわからない。
「気絶させるだけの『魔弾』でも、痛かったか〜」
 まだ景時は、『痛さ』に拘っているようだ。ひとりでしゃべり続ける。
「気絶・・・血・・・、血が・・・」
 の左胸からは、大量に血が流れたはずだ。
 この世界の医療技術では、手術も輸血も無理な話だろう。
 は、自分の両手の手のひらを、目の前まで動かしてみる。
「・・・あれ?血・・・ついてない・・・」
 ここでようやく景時は、自分の勘違いに気がついた。
 彼女は痛くて動かないのではなく、生きていることがわかっていないのだ。
「血は幻術。君を撃てるわけないじゃないか」
 景時は、そっとを抱き起こした。彼女の温もりに安堵する。
 しかし、現実に撃たれているとしては、今だ状況の整理がつかない。
「そんな・・あれは・・・全部・・・・・・、嘘だったの・・・・・・」
 景時を信じてはいた。信じていても、意識がなかったのだ。
 その後に、何が起きのか、なぜここで寝ているのか、わからないことだらけだ。
「魔弾の着弾の瞬間にあわせて、幻術をね。思いついたのがあの瞬間だったんだ」
 景時はに誓ったから。最後の一瞬まで諦めないと。
 まるで雲が晴れるように、頭の中に思いついた作戦。
「ほんと、怖い思いをさせて。悪かったね・・・・・・」
 景時の大きな手が、を撫でている。

(くすぐったい・・・私、生きてるんだ・・・・・・)
 はようやく全てを理解した。景時は、ひとりでこれだけの芝居をしたのだ。
 恐らく、仲間たちもは死んだと思っていることだろう。
「ごめんなさい・・・ひとりで・・・私、何も出来ませんでしたね・・・」
 は、何もしていない。景時は、ひとりでこの苦境を乗り越えたのだ。
「違うよ。ちゃんが、オレを信じてくれたからだよ。とにかく、政子様の目を
ごまかさなくてはならなかったし・・・・・・ヒヤヒヤしたよ〜〜〜」
 最後の方は、いつもの景時らしく情けない顔と仕種だった。

 に気を使わせないように、いつものように話す景時は、本当に優しい人だと思う。
(景時さん、大好きだからね───)
 心の中でそっと呟く。これからについて考えるのが先だ。
「政子さんって、そんなにすごい人なんですか?それに、他のみんなは?」
 景時は、言い難そうに話し出した。
「政子様は、あの後平家の船団を追いかけた。安徳帝たちには逃げられたようだけど。
還内府は捕まえた。みんなは、頼朝様への反逆の疑いをかけられて、捕らえられたよ」
 は驚いた。将臣が捕まってしまった。将臣は、平氏の武将として働いていた。
 ただでは済まないだろう。その上、あらぬ疑いをかけられ、仲間たちまで捕らえられている。
「そんなの・・・全然わかりません!みんなでこの戦いに勝ったんじゃないんですか?」
 自然、の声は大きくなる。
「真実は関係ないんだ。頼朝様を脅かすというだけで、邪魔な存在になるんだよ・・・・・・
九郎は、今回の戦で、手柄を立てすぎてしまったんだ。民衆は、九郎の勝利と思っている。
それこそが、頼朝様の恐れていることなんだよ。頼朝様に並ぶものは、あってはならない・・・・・・」

「そんなの・・・わからないよ・・・だって、兄弟なのに。九郎さんは、あんなにお兄さんを・・・
頼朝さんを慕って、尊敬して、いつだって・・・・・・どうして・・・もう、わかりたくないよ・・・・・・」
 は、京での九郎を思い出していた。雨乞いの儀式の時も、『兄上の名代』として
しっかりしなくてはと。戦の時だって、いつだって兄である頼朝を立ててきた。

(頑張ってきた結果が、こんな結末でいいはずがない!)
 
 龍神の気が、身体に満ちてくるのを感じる。
 がこの運命にいる理由───みんなを助けるため。そのために戻ってきた。
「絶対に許せない!許さないんだからっ!」
 
(いい瞳をしているよ、ちゃん。もう大丈夫だね)
 景時は、の瞳が好きだ。意志をもつ、相手の嘘を許さない瞳。
 初めは嘘を見破られてばかりで恐れていた。の瞳は自分の闇をも貫いた。
「みんなを助ける方法を考えようか」
 またもは思い出した。助けるには、忘れてはならないことがある。
「景時さん。景時さんのお母さんは?」
「もちろん。一緒に救い出したいな。力を貸してくれる?」
 
(すごい、景時さん。全部諦めないつもりなんだ。そうだよね、私だって!)
「はいっ、もちろんです!」
 は、花が綻ぶような笑みを見せた。

(か、かわいすぎるよ〜〜、ちゃんっ)
 この後に及んで、不埒な思いが景時の脳裏をかすめた。その時、
「あの・・・、そろそろ本題に入ってもよろしいかしら?二人とも」
 いつからそこにいたのだろう。朔が立っていた。
 景時は、慌ててから両手を離した。
 両手を上げている様子は、刑事に追いつめられた犯人のようだ。
 一方のは、恥かしさのあまり茹蛸状態。
「さ、朔ったら。いるなら、いるって言ってくれたって・・・・・・」
「ここにいるのに、気がつかない方がおかしいのよ?」
 朔は、には笑いかけ、景時には、チラリと一瞥をした。
「兄上。この後はどうすればよろしいかしら?」
 景時は、しゃきーんという音が聞こえそうな程姿勢を正し、
「オレは・・・そのぅ・・・頼朝様の招集を受けていて・・・・・・」
「そうですわね。の暗殺の報告でしたわね」
「・・・はい。ごめんなさい・・・・・・」
 朔にツッコミをされ、景時は項垂れた。
「朔〜、私は大丈夫なんだから!景時さんを苛めないであげて?」
 現金なもので、景時の顔は、ぱあっと元気になった。
「でね、ものは相談なんだけど。逆鱗を貸してもらえないかな?
証拠が必要なんだよ。君を・・・そのぅ・・・命令を実行したっていう・・・」
「わかりました。景時さん、持っていってください」
 は、首から逆鱗がついた紐を取り出すと、逆鱗を取り外して景時に手渡した。
!そんなに簡単に兄上に渡してしまって大丈夫?白龍の力の源なのよ?」
 朔はのその行動が理解できない。そんなに簡単なことではない。
 龍神の力は、こちらの切り札なのだ。その力なくして、対抗する術はない。

 朔の言葉で景時は、またもや申し訳ない気持ちでいっぱいになってきた。
「ごめんね、ちゃん。なんか、オレ・・・いつも無理ばかり君に・・・・・・」
 景時が、逆鱗をの手に戻そうとすると、が笑い出した。
 景時も、朔も、あっけにとられる。

「景時さんって!『ごめんねぇ』が口癖みたい。別に謝るような事じゃないのに。
だって、私は景時さんを信じてるから。今度から『ごめんねぇ』って言うの、数えようかな?
きっと一日で、ものすご〜い数ですよ!」
 は、逆鱗を持っている景時の手を両手でやんわりと包む。
「景時さんなら、大丈夫。ね?」
 には負けたくない。景時だって、を信じている。
「ありがとう」
「うん。『ありがとう』のほうが、『ごめん』よりいい感じです」
 が微笑んだ。

 景時の口癖が、『ありがとう』に変わりそうな予感───





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≪景時すきさんに5つのお題≫からお題拝借。お題元はコチラからどうぞ。

 あとがき:『ごめん』って数えたら結構すごい数だと思う(笑)     (2005.2.5サイト掲載)(2005.8.15一部修正加筆)




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