暗殺者の顔





 いつも笑ってるから、気がつかなかった───

「オレと一緒に逃げてくれないか?」
 景時は、の前に膝を折り縋りついた。
 は、彼の闇の部分に気づいていなかったのかも知れない。
 悲痛な叫び。出来ることなら、一緒にとも思う。
 しかし、それでは解決にはならない。
 辛いが、厳しい現実を告げねばならない。わかってくれるだろうか?

「あきらめちゃだめだよ!」
 は、ありきたりの言葉しかいえない自分に腹が立つ。
 これでは、慰めにもならない。どうすればいいのだろう?
 景時が消えてしまう!!!それだけは嫌だ。

「オレは、オレのことが一番信じられないよ・・・・・・」
 今まで、何度自分自身に嘘をついて来ただろう?
 景時の心は、もう限界だった。
 
 仲間を裏切り続けてきた。暗殺とは、そういう仕事だ。
 信じている者を騙すのだ。刀を交えるのは辛かった。
 息を引き取る瞬間、相手の目が問いかけるのだ、『なぜ?』と。
 彼らが死に逝く最後に見るのは、裏切り者の・・・暗殺者の景時の顔。
 だから、目を合わせずに済む銃を発明した。
 毒殺よりも簡単だし、戦の最中なら、まず疑われはしない。
 陰陽術の印を組むための道具なら、銃でなくても出来る。
 銃でなければならない理由があったのだ。

「オレさ・・・ちゃんに甘えてたんだよね。
こんなオレでもさ。一緒にいてくれるって。必要とされてるんだって。
オレの手は、とても汚れていて・・・。もう汚い血に染まりきっていて。
君に触れるなんて、しちゃいけなかったんだ・・・ごめん」
 景時は、と逃げることを諦めた。
 仕方がない、もともと無理な願いだったのだから。
 源氏と平氏の、戦の決着がついた瞬間───
 が最後に見るのは、景時の顔になるだろう。
 今回ばかりは、遠くから銃で撃てば済む話ではない。
 恐らく、神子の最後を見届ける監視役が鎌倉から派遣されるだろう。
 
(オレは・・・・・・君の瞳に耐えられるのか?)

 は景時を抱きしめる。
 景時は景時自身を信じられないという。だったら、
「私のことも・・・信じられませんか?」
 景時は、を見上げた。
「・・・え?」
「一緒にいるって言った私の気持まで、嘘だと否定しますか?
もしも一緒に逃げたとしても・・・・・・」
 景時は、淡い期待を抱いた。鼓動が早くなる。
「今までの景時さんが、無かった事にはならない。何も変らないよ?
痛い気持ちのまま、一生を過ごすの。楽になんて・・・・・・なれないよ。
それに・・・景時さんの手が汚れてるなら、私の手も汚れてます。
戦う事を選んだ時から、汚れてるんです。失ってもいい命なんて、ないんだよ!」

 景時の欲しかったもの。平穏な日々を、大切な人たちと過ごせる時間。
 逃げることでは、手に入れられないもの。
 やはり、自分は甘えていたと思い直す。

(一緒に逃げてくれなんて、虫が良すぎるよな)

 人々がに望む、神子としての務めの大きさ。
 彼女はそれに潰されまいと、運命に向き合っている。
 戦いを終らせる為に戦うという、矛盾に気がつきながらも。

 景時は、の服から手を離し、そっと腕を回してみた。
 の身体が震えている。が、拒否はされなかった。

「お願い・・・逃げないで・・・・・・」
 は、それだけ言うのが精一杯だった。
 景時の辛さが、わかる筈がない。
 誰かに仕える生活。主君には絶対服従。
 さして上下関係が厳しくない世界で育ったには、想像すら難しい。
 主君の命令ひとつで人の命を奪わなくてはならないなんて、理解に苦しむ。
 涙が勝手に流れた。両手に力が入る。

(景時さんをひとりになんて、絶対にしないんだから!)
 今までひとりで耐えてきたであろう景時を思って、は泣いた。

(───温かい。オレの為に・・・泣いてる?)
 景時は、自分を抱きしめてくれるこの手を、失いたくはないと思った。
 この温かい手を手離すなんて出来そうもない。
 頼朝からの、『白龍の神子を抹殺せよ』の命令は、取り消されることはない。
 頼朝は、白龍の逆鱗を欲している。
 それでも・・・・・・まだ何か方法があるかもしれない。
(運命を変えるために、悪あがきさせてもらう)
 景時は、暗殺者の顔を捨てる決心をした。

「もう少しだけ・・・こうしててもらっても・・・いいかな?」
 からの返事はなかったが、の手が離される事はなかった。
 景時は、今まで軽く『精一杯頑張っちゃうよ』と、発言していたことを後悔した。
 簡単に口にしていい言葉なんかじゃない。

(君の言う『一緒』を手に入れるために、声にはしないけど、誓うから)

 日が昇れば、戦いは始まる。
 勝敗が決する、最後の時まであと数刻。
 景時は、から手を放す。もつられて両手を解いた。
(今は、何もいえないけどさ・・・)
 景時は、そのまま立ち上がると、軽くを抱きしめた。
 彼女の背中を二度叩き、すぐに離れて行く。

「・・・・・・信じてるからね」
 は、景時の背中を見送りながら、そっと呟く。
「約束は、守るためにするんだから。ずっと一緒にいるよ」
 それは、望美の誓い。

 どんな顔でも、すべて景時の一面でしかない。
(一緒は全部ってことなんだよ───)
 は、夜の海を眺める。何も見えないが、波の音が心地よく耳に響く。
 思いは、きっと景時に伝わっている・・・・・・。
 そんな気がしていた。





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≪景時すきさんに5つのお題≫からお題拝借。お題元はコチラからどうぞ。

 あとがき:頑張れ!景時くんv君に都合のいい場面用意してあげるから(笑)     (2005.2.5サイト掲載)(2005.8.15一部修正加筆)




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