新しい歴史





 いつもと同じ風景が始まる。
 同じ事の繰り返し───
 平穏が退屈だと思う人も居るだろう。
 だが、それこそが景時が憧れ、夢描いていた生活。
 家族や仲間に囲まれ、穏やかな日々を過ごす。
 初めて手にした幸せに、少々不安になる事も・・・・・・

「景時さん、起きて〜〜!お仕事遅れちゃう」
 に身体を揺すられ、ぼんやりと覚醒する。
「ん・・・・・・もう朝〜?眠い・・・・・・」
「景時さん!」
 勢いよく衾が剥ぎ取られる。
「うっ・・・起きます!起きるから〜」
「朝ご飯冷めちゃうでしょ〜〜」
 景時は身体を起こすと、を抱き寄せて額に口づけた。
「おはよ〜〜」
「おはよう、お寝坊さん。遅くまで発明考えてるからだよ?」
 両手で景時の頬を挟む
「うぅ。後少しで出来そうな感じなんだよ〜」
「朝起きられないんじゃ駄目〜」
 景時の頭を軽く叩き、着替えを置いて部屋を出て行く
 叩かれた辺りに手を添える景時。
「へへ。明日はちゃんと起きないとね〜〜」
 急いで着替え始める。
(起こしてもらいたくて寝坊してるなんて言えないしね!)
 朝、を起こすのも好きだが、起こしてもらうのはもっと好きな景時。
また、のんびり眠っていられる環境でもある。
「朔が煩いから、早く行こ〜」
 支度をすませ、部屋を後にした。



 景時の北の方となっても、は変らない。
 自分の失敗を認められる潔さと、物事に対する前向きな姿勢。
 今日も景時を送り出すと、洗濯と掃除等を済ませ、朔の指導の下、裁縫
をしていた。
「なかなか上手にならないなぁ」
「兄上が大きすぎるのよね」
 景時は身長があるため、何を作っても普通より余分に手間がかかる。
「大丈夫だよ。これからは私がちゃんと出来るようになるから」
 景時の普段着る着物を縫い続ける
「今日出来たら嬉しいんだけどな」
 が選んだエヴァーグリーン・・・常盤木色。
 景時が着た姿を想像し、また手を進める。



 その頃の景時。一通り仕事をこなし、九郎の裁決待ち。
ちゃん、何してるかな〜」
 九郎が書状を読む間、ずっとそればかり繰り返す。
「・・・・・・弁慶。そいつをつまみ出せ」
「出した先が迷惑になるでしょう?」
 九郎に言い返す。
「・・・・・・景時!何がそんなに気になるんだ。いつも通りに決まっている
だろうが!」
 イライラが頂点に達した九郎が怒鳴る。
「ヒドイ!オレのこの気持ちがわからないなんて!信じられないよっ」
 今度は、メソメソし始める景時。
「景時殿は、何がそんなに心配なのですか?」
 九郎の仕事が進まないのは困るので、弁慶は相手をする事にした。
「だってさ。台所で火傷なんてしてないかなとか。オレが居ない間に、オレ
の可愛いちゃんにちょっかい出すヤツがいるかもしれないし・・・・・・」
 あれほど景時中心のを前にして、惚気としか思えない悩みを話され
るとは。弁慶は、顔には出さないが呆れていた。

(景時殿は面白いですねぇ・・・・・・)

 九郎より面白い玩具だとは思う。が、しかし。
 景時で遊んだ事が、に知られることは明白。
「今日はこれで仕事を切り上げて、こっそり家に帰って様子を見てみるの
は?」
 弁慶が景時に提案した。
「え!帰っていいの?」
 勢いよく景時の顔が上がる。
「いいですよ。ね?九郎」
 九郎は書状を読んだまま、手で追い払う仕種をする。
「・・・ですって。どうしますか?」
「じゃ、今日は失礼させていただくね〜」
 九郎の部屋を飛び出して行った。

「・・・急にどうしたんだ?」
「僕等が色々言うより、さんを見た方が早いでしょう?」
 普段将臣や譲に聞く話だと、は相当努力をしている。
 こちらの世界は、たちの世界より大分不便なようだ。
 景時自身が納得しない限り、悩みが解決されるとも思えない。
「それもそうだ」
 少しは静かになるだろうと、九郎はまた書状を読み始めた。



「ついにあの術を試す時が来たってね〜」
 陰陽術の修行もしている景時。やる気がある場合、結果は雲泥の差。
 気配を消す術を試みる予定である。
ちゃん、オレの事思い出してくれてるかな〜」
 期待と不安に溢れる心で自邸へ急ぐ。
 ついでに、元々は情報探索用に考えていたあの発明を試すいい機会だ。
 居ないと思わせる幻術───
(気づかれちゃいそうだけどね)
 梶原邸の住人は、ただの人間ではない。
 白龍は龍神だし、も朔も龍神の神子。譲は八葉だったりする。
 普通の人間なら通用しても、彼らが相手となると───
(どうかな〜。でも試してみる価値はあるよね、うん)
 裏庭に続く門のそばで、邸全体に幻術の仕掛けを施す。
 門番の前を堂々と通過。
(よしっ!気づかれていない)
 そのまま庭へ回ると、日当たりのいい部屋でと朔が裁縫をしていた。
 声をかけることなく、階へ腰を下ろすとモモが来てしまった。
(うわっ!モモは考えてなかった!)
 勝手にチョビも姿を現し、二匹が簀子で戯れている。
 息を潜めて様子を見守る。

「モモ〜?どうしたの?」
 が簀子へ顔を出す。
「あれれ?チョビ帰ってきちゃったの?景時さんは?」
 チョビとモモを手に乗せる。チョビは困ったような仕種をする。
「こら〜、勝手に帰って来ちゃったのね?景時さんが心配しちゃうでしょ?」
 チョビの頭を撫でる。もじもじと何事か言いたそうなチョビ。
「いいよ。モモと景時さんの所へ行っておいで?おやつはどうする?」
 式神二匹、食べ物はいらないはずなのに、が作るおやつは食べる。
 景時に相談すると、が作るものには神気が宿っており、神気が食べ
たいのではとの判断なので、食べさせていた。
 
 前足で食べるという仕種をするチョビとモモ。
「じゃあ、おやつには帰っておいでね」
 欄干に二匹を置くと、が部屋へ戻った。
(助かった〜)
 景時は、チョビとモモの頭を撫で、小声で囁く。
「ありがとな。この辺で遊んでればいいよ?」
 二匹はひらりと庭木の方へ飛んで行った。
 再び階の上段へ戻り、部屋の中の様子を窺う景時。
 ひたすら何かを縫っている。そのまま一時が過ぎた。



「ぷはぁ〜!出来たっぽい。朔、見て〜」
 が突っ伏した。
「はい、はい。お疲れ様」
 着物を手に取り、立ち上がる朔。
「上手に出来たわよ?」
「ほんと?!」
 が起き上がる。
「ええ。兄上も喜ぶんじゃないかしら」
 座って着物をたたむ朔。
「喜んでくれるといいなぁ〜」
 朔の手元を見つめる
「喜ぶに決まってるじゃない。しばらく煩いくらい言って回りそう」
 景時の反応を想像するだけで可笑しい朔。
「えへへ〜。まだ縫い目がそろっていないけど。段々上手くなるからいいの。
景時さんは、そういうの待ってくれるもん!」
 が立ち上がった。
「じゃ、今日のおやつを作らなきゃ。今日はあんドーナツって決めてたんだ」
「夕餉は何にする?」
 朔も立ち上がる。
「栄養考えなきゃ〜。今日は緑のお野菜中心メニューかな」
 と朔が、台所へと歩いていった。

(オレの着物・・・・・・)
 階に靴を脱ぎ、部屋へ上がる景時。
 たたまれている着物を見つける。
(これを・・・オレの為に?)
 が縫った着物。胸が温かくなった。
 おやつの頃には、将臣と譲もここへ来るだろうと部屋へ隠れる事にした。



 と朔が簀子を歩いてくる。白龍も後ろをついて来る。
「チョビ〜、モモ〜。おやつだよ〜」
 が簀子から声をかけると、二匹がひらりと欄干へ乗った。
「チョビ!今日は景時さんは忙しいの?」
 チョビは首を傾げた。
「そっか・・・・・・毎日は無理って言ってたもんね」
「仕方ないわよ。アレで兄上も軍奉行だし。まだまだ町中は大変そうだもの」
 を慰める朔。
「あ!違うの。仕事無理してなければいいんだ。ちゃんと毎日帰ってきてくれ
るし。また一緒にお出かけしたいな〜とか思うけどね」
 二匹におやつを手渡すと、簀子に腰を下ろす
「そう・・・・・・」
 朔も隣に腰を下ろすと、白龍を膝に抱えておやつを渡した。
 すると、庭から将臣と譲がやって来た。

「腹減った〜。なんかこうガツンと力の出る食べ物が食べたいよな〜」
「そんな都合のいいものあるわけないだろ」
「んだよ。、今日は何〜?」
 将臣が階の前に立った。
「じゃ〜ん!あんドーナツなの。パンは面倒だけど、ドーナツならすぐだから」
「うわ〜、ベタベタに甘いもんかよ」
 の頬が膨らむ。
「嫌ならあげないもん。折角作ったのにぃ」
「ごめんなさい、下さい」
 両手を前に出し、頭を下げる将臣。
「ん!よろしい。味わって食べてね」
 将臣の分の皿を手に乗せる。譲も朔から受け取っていた。
「で〜?景時いねえの?」
 階に座りながら、一つを口へ運ぶ将臣。
「将臣くんと違って、勝手に帰って来ちゃったりしないから居ないの!」
 もあんドーナツを頬張った。
「はい、はい。あの人、見た目に反して真面目だもんな〜」
 の表情が変る。
「見た目に反してって・・・・・・格好いいじゃない!反してないよ。仕事できそう
でしょ〜」
 譲が将臣の膝を抓る。学習してくれない将臣に手を焼く譲。
 朔も咄嗟に身構えていた。
「まあ、出来るのは事実だな。すっごいよ毎日。これでもかってくらい書簡飛ば
しまくってるしな」
「えっ?そんなに頑張っちゃってるの?大変なのに無理して早く帰ってきてる?」
 の顔が青くなった。
「したいことがあるから頑張るとか、そういう場合もあるじゃないですか」
 譲がフォローする。
「家でのんびりしたいから頑張るってのもあるかもな〜」
 将臣がをからかう。
「やだ!でも、今日はやっぱりお野菜メニューに決定」
「は?何でだよ。頑張ったら肉だろ、肉!」
 将臣が文句をつける。
「何言ってるの!疲れてるのに肉なんて胃に悪いの。疲れにくくなるように、身体
に優しい献立にするんだもんね〜だ」
 が言い返す。溜息をつく将臣と、笑い出す譲。
「んっとに。景時中心に回ってんな、お前は・・・・・・」
 将臣も笑い出した。
「何よぅ、笑うことないでしょ!景時さん中心なわけじゃないもん。景時さんの事だ
け考えたいんだもん。・・・・・・お洗濯物取り込まなきゃ」
 隣の階から下りて、洗濯物を取り込み始める

「しっかし。景時重いだろうな〜、あれじゃ」
 朔の方を向く将臣。
「そうかしら?知らないかもしれないし・・・・・・兄上って、とにかく自分に自信がな
い人だから。がどれだけ兄上を想ってるかに気がつく余裕なさそうだわ」
 白龍を譲に預けると、朔はが取り込んだ洗濯物を部屋へ運び始めた。
「無神経すぎだよ、兄さん。先輩もこの世界で頑張ろうってあんなに努力してるし。
景時さんだって、先輩が寂しくないように必死に仕事を終らせて家に帰って来てる
のに・・・・・・」
 将臣を白い目で見る譲。
「いいんだよ。わざと言ってんだ。声に出して言う事で、気持ちの確認が出来る事
もあるだろ?」
「兄さんって・・・案外色々考えていたんだ・・・・・・」
 譲の頭を軽く叩く将臣。
「案外ってのは余計だ。さて、書簡を届けに行って来るかな」
「気をつけて」
 将臣は軽く片手を上げて去っていった。
「こっちも今日のお茶会終了。白龍も手伝ってくれよ」
 お盆にお皿をそろえ、台所へ向う譲と白龍。
 その様子を確認してから部屋を出る景時。

ちゃん・・・・・・ありがと・・・・・・)
 こっそり靴を履いて、裏門から出る。
 幻術を解き、表玄関から戻る景時。そのまま庭へ回り、洗濯物を取り込む
洗濯物ごと後ろから抱きしめる。
「ただ〜いまっ!」
「景時さん?!」
 が上を向くと景時と目が合った。
「おやつに間に合わなくてごめんね〜。でもさ、おやつの時間じゃなくても、たくさん
二人で話をしよう。オレね、休みが取れるように頑張るから。もう少し緑が多くなった
ら。また二人で出かけようね?」
 の額に唇を寄せる。
「景時さん・・・無理しなくていいんですよ?忙しいのわかってるつもりだし・・・・・・」
 腕を離し、を反転させ向かい合わせにする。
「忙しいのは理由じゃない。二人でしたいことを決めるのは別だよ?たくさん約束す
ると、嬉しい気がするんだ。協力してくれるよね?」
「はい!」
 が頷いた。
「じゃ〜、まずはオレからかな。洗濯物をさっさと取り込んで、ちゃんとおしゃべ
りしたいな」
 残りの洗濯物を取り込み始める景時。
「私も!私も景時さんに見せたい物があるの」
 も手を動かしながら景時に話しかける。
「あはは!オレも見たいな〜、何だろ。早く終らせよっか」
 二人で簀子に洗濯物を置く。

「兄上、お帰りでしたの?」
「そ〜、帰ってきたの。ちゃんに会いたくて」
 今までにない景時の発言に朔の動きが止まった。
「あの・・・後は右近を呼びますから」
 気を利かせる朔。でなくてもいい事は、他の者に任せようとの判断。
「ありがと。じゃあ、お言葉に甘えて行こうかな。何見せてくれるの〜?」
 を見る。
「お部屋に持って行くから。先に部屋で待ってて下さいね!あ、着替えはしちゃ駄目
ですからね、私が手伝うから」
 が隣の部屋へ早足で消えた。

「朔。オレね、ちゃんがオレの奥さんで嬉しい。出来るだけ二人の時間を取りた
いんだ。今までも協力してくれてたけど・・・・・・これからもよろしく〜」
 朔の頭を軽く叩く。
 堂々としている景時をみて、つい口元が緩む朔。
(兄上ったら。いつの間に───)


 これからの時間を。君と過ごしたいんだ。
 だから───
 たくさんの約束を。たくさんの言葉を。
 君と交わしたい───


 晴れ晴れとした景時の顔。

 二人の新しい歴史の始まりの日───





Copyright © 2005- 〜Heavenly Blue〜 氷輪  All rights reserved.


≪遙かなるお題配布所≫からお題拝借。お題元はコチラからどうぞ。

 あとがき:景時くん、これから何かやらかしてくれそうです(笑)     (2005.3.21サイト掲載)




夢小説メニューページへもどる