Merry・・・・・・     後編





「やべ〜・・・・・・頭いてぇ・・・・・・」
 将臣が頭を抱えて起きだす。
 うっかりヒノエの腕を踏んだらしい。ヒノエが呻きながら寝返りをうった。
「痛いって・・・俺も久しぶりにやっちまったな・・・・・・」
 ヒノエもどうにか目蓋を開く。
 身を起こして辺りを見回せば、休んでいた名残はあるものの、いまだ眠っているのは九郎と白龍だけ。


「弁慶のヤツ・・・先に何か薬飲んでいやがったな?」
「ま・・・アイツの醜態みたことないしね。いっつも涼しい顔して」
 互いに肩を貸しながら、ようやく妻戸を開けて簀子へ出る。
 冷たい空気が一気に二人を覚醒させた。

「ひゅう・・・さむっ・・・・・・」
「は〜っ。で?リズ先生と敦盛はまた屋根でお日様拝んでるとか?」
 見上げるまでもなく気配を感じる。
 特等席で朝日を眺めていたのに違いない。

「ザル・・・考えてみりゃ、重衡も敦盛もザルだった・・・・・・」
「はっ!大将が情けないな〜、還内府殿」
 将臣の背中を叩くが、支えあっているからにはヒノエもバランスを崩してしまう。
 そのまま階で座り込む二人。



「起きられましたか。朝食の前にこちらをどうぞ?」
 まさに涼しい顔で弁慶が碗をヒノエに差し出す。
 将臣へは銀が碗を差し出した。

「何、コレ」
「・・・梅味っポイ。二日酔いには〜って・・・何か口に入れるのすらキツイ」
 酒でもないのにちびりちびりと飲む二人の様子が笑いを誘う。



「おっはよ〜〜〜!まだ顔洗ってないの〜?手拭でも絞ってくる?本当は井戸でシャキッとの方が気持ち
いいんだけどね〜〜〜」
 庭から現れたのは景時。
 すっかり支度も済ませて、散歩までしてきたようだ。



「なんでそんなに無駄に元気なんだよ・・・おっさん・・・・・・」
「え?無駄じゃないよ〜。朔はお勤めがあるから早起きだし。ちゃんも朝ご飯の用意に起きるだろうって。
朝一番にちゃんにおはようを言わないと、起きた気がしないんだ。ついでに朝の水汲み手伝ったってワケで」
 主が早起きして朝餉の支度の水汲みをしたらしい。

「・・・この家へんだって」
 額を抱えて歯を食いしばるヒノエ。
 出来るだけ振動を伝えたくないのに、景時を見ていると難しい。
 笑いたいのに笑うわけにはいかない。笑ってしまっては振動で頭痛が増してしまう。


「あはは。いいの、いいの。オレがちゃんの手伝いしたかっただけなんだし。別にね〜〜〜」
 鼻歌交じりで庭を眺めている。


「だよな〜。頬についてんぞ」
 将臣は虚ろな目で庭を眺めつつ、景時の頬を指差す。
「えっ、何?!何かついてる?ここ?」
 景時は自分の頬に手を当てるが、別段変わった風ではない。

「景時殿、紅の痕ですよ。ご自分ではつけないでしょう?」
 銀がくすくすと笑いながら、頬にあるものの正体を告げる。

「わわっ!え〜っと?これは・・・手伝ったご褒美というか・・・・・・やだなぁ。からかわないでよ」
 頬に手を当てたままで景時が後ずさる。

「・・・・・・朝から惚気か。頭ぐらぐらの時にはくるねぇ・・・・・・」
「どうでもいいから静かに頼む。頭に響く・・・・・・」
 弁慶調合の薬も即効性はない。
 ヒノエと将臣はもはや虫の息。



「おはよう!譲はどこ?今日はケーキないの?!神子は?」
 子供は朝から元気なものと相場が決まっている。
 白龍の声により、将臣とヒノエは半死状態に陥った。







「やだなぁ。そんなに飲んだんだ、将臣くんとヒノエくんは」
 朝餉の席に現れぬ二人の事情を説明された

「神子。私が・・・私の声が大きすぎたから・・・・・・」
「いいんだよ、白龍。朝の挨拶はシャキッと元気にが基本だから。将臣くんたちが悪いの」
 が白龍の頭を撫でれば、気を取り直したのか元気に茶碗を手に持って食事を再開する。

「景時さんは平気?前の日残業でちゃんと寝てなかったし・・・・・・」
「うん。平気、平気〜。このお味噌汁がちゃん?」
「えっ?!そ、そうです・・・あたり・・・・・・」
 真っ赤になって俯く
 朝から満面の笑顔の景時を見るのは嬉しすぎる。が作ったものまで当てられてしまった。

「だ〜よね〜、美味しいから。食べられなくてもったいないね〜、将臣君とヒノエ君」
 ヒノエに無駄にといわれる程に元気な景時。
「景時もお酒を飲んでいましたよね?」
 弁慶が不思議に思い確認をする。
「うん。ちゃんが先に薬くれてたし〜。お水もほら。これね、なかなかいいんだよね、酸素水」
 青色の瓶は酒の瓶に見えなくもない。
 しかしながら中身は水である。
「そういうことでしたか。さすが・・・・・・」
 景時の身体を労わって耳打ちしていたのだ。
 青い瓶の水を用意してある事を。
 薬は忘年会の誘いが多い景時のために用意していた、年末の常備薬のようなもの。

「えへへ。景時さん、一度すっごく辛そうだったから。お酒あんまり強くないんだな〜ってパパに相談したの。
それから薬は常に準備しておいて。パパはお店の人に烏龍茶にすり替えてもらう作戦らしいんですけど」
 さらりとが種明かしをすれば、なんの事はない。

「大丈夫ですよ。俺が兄さんを背負って帰りますから。まったく・・・あの人は」
 高校生で家を出てしまった将臣は、大学生になるといよいよ家に寄り付かなくなった。
 に聞いても、マンションにもほとんど帰らないらしい。
 何のバイトかと後をつければ、飲み屋のバーテンもどきまでしている始末。


「将臣くんってさ、猫みたいだよね〜。ご飯食べに来てって言ってもこないし」
「何を考えてるのかわかりませんよ、俺には」
 どこか距離を置かれている感がある。

「男が何かを決心したら、そうなるもんだって。彼なら・・・何かあれば言ってくるよ。今はいいんじゃない?」
 景時とは違う意味で心を隠すタイプだ。
 だからこそ何かの時には駆けつけようと思っている。
 本当に助けが欲しい時の言葉は、聞き逃さないようにしたい。

「将臣は・・・また一人で何かをしようとしているのか・・・・・・」
 九郎にも何かはわからない。
 還内府が将臣だといわれた時、どこかでそう考えていた自分に気づいた。
 あれだけの戦を仕掛けてきた相手が将臣ならば納得がいく。


「どこへいこうとも・・・還内府殿ならば心配ございません。彼は・・・頼り方を知らない人ではないですから」
 任せる事ができるのは器が大きい証拠だ。
 すぐに平家の中でも溶け込み、大将にされても見事に期待に応えていた。



「俺の話題で盛り上がってんな〜。弁慶の薬効いたぜ?さんきゅ!」
 妻戸が開き、将臣が顔を出す。

「ま、心配かける行動してばっかだけど。俺さ、金貯めて沖縄で潜って遊びは終わりにするかなって思ってる。
適当に入っちまった大学だったから、再受験するつもり。その資金も貯めてんだ」
「えっ?!うちの学校にない学部ってこと?」
 が膝立ちになる。
「ああ。ないな〜。なんか入っちまった後ってのがアレだけど。俺、医学部いこうかなと。今度は人助けの仕事が
俺らしくていいじゃん?」
 戦で人の生死を見てきた。時には見捨てなければならなかった数多の命。
 その尊さを説いても、受け入れられない時代と場所にいた。
 別の場所でその分を取り戻してもいいのではと思い至った。

「また兄さんはそうやって!」
「ああ。俺はお前の兄貴だから先に行く。悔しかったら追いかけて来い」
 大欠伸をしてから茶碗を手に持ち、普通に食事を始める将臣。
 は将臣のために汁物を用意した。

「さんきゅ。も言いたいことあるのか?」
「ないよ。なんか将臣くんらしくて。時々はお夜食たべにおいでよね。景時さんも帰りが遅かったりするから。
一緒にどうぞ」
「そりゃどうも」
 肩を竦めて味噌汁の碗を手にした。







 朝食後、早々と庭に集まる。
 暦の考え方が違うからには、仲間たちはまだまだ年始に向けての仕事がある。
「みんな・・・変わっていくんだな」
 九郎がしみじみと呟く。
「ええ。立ち止まってはいられませんから」
「私も何か始めなくては」
 舞扇を見つめ、朔も何やら決心したらしい。

「じゃ、また帰ってくるから。次は・・・鎌倉かもしれないね?」
「またお手紙書きますね!」
 景時とが先に姿を消す。
「と、いうわけで。俺は灰色の受験生って感じ?」
「馬鹿いってないで。また来ます!」
 将臣と譲の姿も消え、白龍も姿を消した。


「このような気持ちで見送れるのは・・・いいな」
 九郎だけは鎌倉での景時の姿が重なったのだろう。
「ええ。次は僕たちが驚かせるのでしたよね?出来れば鎌倉で集まりたいですし」
 大儀のために儚く散った命の償いというならば、弁慶もだ。
 将臣の志しはぜひとも応援したい。
 そして、このような機会を作ってくれたにお礼をしたいとも思う。
 


「・・・俺様を起こさないってのは、どういう了見なんだい?」
 のそのそと階からヒノエが庭へとやって来る。

「起こさないのではない。起きなかったのだ」
 敦盛がヒノエを冷たく一瞥する。
「あ〜あ。姫君が帰っちまった。イイオンナでも探すか〜!」
 大きく伸びをすれば、冬には珍しい青空が広がる。

「さ、お洗濯でもしましょう。こんなにいいお天気なんですから」
 朔の言葉で仲間たちはそれぞれに必要とされている場所へと向かい始める。
 異世界では新年へ向けて町が活気づいていた。







「ただ〜いまっと!あれ?ここって将臣君の部屋だね?」
「・・・ですね?」
 景時とが首を傾げていると、すぐに将臣と譲、白龍も姿を見せる。
「よっと!白龍、今回は悪かったな。大人数で」
「大丈夫。一年あった。京の町、気が整いつつある。私の力も安定したよ」
 白龍が自慢げに胸を張る。

「ありがと、白龍。すっごく楽しかった。こっちで少し遊んで、ご飯食べていく?」
 が屈んで白龍の頭を撫でると、
「すぐに帰るよ。朔と約束した。今日はお買物に行く。朔が甘い豆を作ってくれる約束」
 黒豆の煮物の事だろう。
 とにかく甘いものに目がない白龍。

「じゃ・・・気をつけて?またね」
「うん!また呼んで?チョコ食べに来る」
 手を振りながら光の中へ消え行く小さな龍神。

「・・・最後までチョコレートかよ」
「兄さんが最初に白龍にあげたからだろ」
 譲が将臣に向かって溜息を吐く。
 覚えてしまったものは食べたいだろうにと、異世界にはない菓子について考え込む。

「へ〜きだよ。朔がおやつ作ってあげてるみたいだもの」
「朔も気が紛れていると思うよ。白龍はまっすぐだからさ」
 様々な出来事があった。
 それでも、目の前に世話をしなくてはならない者がいれば、忙しなく時は過ぎるだろう。

「時が必要な事もあるしねっ。さ〜てと。今日はまだ二十四日だよね?何をしようか〜」
「あ、俺はパス。バイトだ。時給がいいんだ、これが」
 部屋の壁掛け時計を見上げた将臣が、携帯をポケットへ入れたりと出かける支度を始める。
「すみません、景時さん、先輩。俺も部活と・・・勉強があるんで」
「そ、そうか〜。じゃ・・・お邪魔だね。オレたちはとりあえず帰ろうか?」
 景時がに問いかける。
「そ〜しましょ!お洗濯日和だし」
「イヴに洗濯ってのはどうよ?」
「生活の基本。いいのっ!」
 将臣にツッコミされつつ、景時とは自分たちの家へ戻った。





「全自動なんだよね〜、洗濯」
 が僅かばかりの洗濯物を洗濯機へと入れ、ボタンを押す。
 景時と並んで盥で洗濯をしていた頃が懐かしい。
 が、今は自動のおかげで別の時間が景時と持てる。

ちゃ〜ん!コーヒー淹れたよ〜」
「は〜い!」
 景時の声に返事をし、はリビングへと急ぐ。
 そこにはマグカップが並んでおり、のマグにはミルク入りのコーヒー。

「えへへ。今日は何しましょうか?」
「う〜ん。ちゃんに驚かされちゃったからなぁ」
 一日早いクリスマスパーティー。
 仲間たちと再会をし、近況も聞けた楽しいひと時。
 楽しみ過ぎて、やや気が抜けてしまった肝心の二十四日の今日。

「だって。先月、急に思ったんです。クリスマスの広告みてたら。サンタ計画。それで将臣くんを学校に
呼び出して。ど〜しても景時さんに内緒でしたかったの。びっくりプレゼント!」
 景時が家族の事を気にしていたのは知っている。
 時折窓の外を眺めて、物思いに耽っている後姿を何度も見かけた。
 ならば、その思いを叶えたいと考えたのだ。
 漠然と考えていたのは昨年だが、具体的に出来るか行動に移したのは先月から。
 まずは異世界への旅を実現させる手筈を整えねばならない。
 白龍の力でどこまで出来るのかの確認が必要だ。
 時空の移動については全面的に将臣と譲に任せ、はプレゼントの買い込みと、景時の暮らしぶりを
いかに伝えるかのみに頭を絞った。
 それがコーヒーである。
 景時が淹れたコーヒーの評判は分かれてしまったが、初めてというのは大概がそのようなものだ。

「電気がない生活って・・・大変なんですね・・・・・・コーヒーにしても」
「あはは。そういえば、あれはマスターに聞いたの?コーヒーの道具」
「そ〜です。向こうでコーヒーって思ったまではよかったんですけど、電気がないって気づいて。
慌てちゃいました。それで、マスターに相談したら、必要な道具を書き出してくれて。大谷さんがネットで
調べてくれたんです。通販でもよかったけど、使うのは景時さんだから」
 が素直に買い物が駆け込みになってしまった理由を明かす。
「ふうん?それでオレがせっせと選ばされたのか〜。ヒノエ君が向こうでカフェ開いてたら、ちゃんの
おかげかな?女の子に大人気なお店になりそうだ」
「あ!何だか似合う〜。でも、スイーツ職人がいないから無理ですよ。女の子にはデザートとセットが
お約束だもの」
 残念ながらお菓子をヒノエが作るのは想像ができない。
「・・・敦盛君、はちみつプリン作れるんだよね」
「ええっ?!・・・何か本当にしてそう、あの二人。ヒノエくんに言い包められちゃって。きゃはは」
 ヒノエと敦盛を想像し笑い合う二人。
 最初はヒノエがリードしそうだが、最後は敦盛に仕切られていそうだ。

「平泉の方はどうだろうね?御館殿は」
「御館はミルを気に入りそう。ごりごり回すの。コーヒーはどうかなぁ・・・・・・。すっごく優しい
おじいちゃんって感じの人。甘いお菓子が大好きで。無理に泰衡さんに勧めて嫌がられるとかかなぁ」
 泰衡の眉間の皺を思い出すだけで笑ってしまう。
「泰衡さんって、本当に笑わない人だったの。もうね、ここ、痕になりそうなくらい」
 が景時の眉間に触れる。
「そっか」
「いいんですよ?景時さんが気にする事じゃないです。勝負には勝敗がつきものだし。もう元気みたいだし」
 最後の戦いは景時の勝利に終っている。
 術は返された方が反動が大きい。
 泰衡のその後はしばらく臥せっていたというところまでしか報告は受けていなかった。
「銀に聞いたの?」
 景時は聞きづらくて聞けなかった。
「そ〜です。銀が来てるとは思わなくて。でも、プレゼントは用意して送ってもらうつもりでいたんです。
ヒノエくんに頼めば、何かのついでに届けてくれるかな〜って。将臣くんってちゃっかりしてますよね?
銀を呼び出ししちゃうなんて。だから、みんなが元気なのか聞いたの。御館はね、私の背中を押してくれた。
だから、文だけでもって。泰衡さんは読まないでぐしゃっとしちゃいそうだから、文は書きませんでしたけど。
御館ったら、すっかり引退を決め込んで、お歌を作ったり新しい事ばかりしてるんですって。だから、
コーヒーセットも喜んでくれてますよ?」
 景時は面識がない御館という人物。
 九郎の恩人でもある奥州の主は、にもとても親切だったらしい。
「コーヒー・・・楽しんでくれているといいね」
「ごりごり回して遊んでますよ?きっとね、誰にも貸してあげないで隠してます。銀に注意されてたり」
 がいうからには、そのような楽しい邸だったのだろう。
 顔も知らない人々だが、その和やかな雰囲気は想像でき、景時の口元も緩んだ。

「景時さん。抱っこして下さい」
「あ、うん。待ってて」
 マグカップをテーブルに置いてから両手を広げて待ち受ける。
「きのう。ちゃんと寝ました?将臣くんはベロベロ〜んってなるまで飲んじゃってましたけど」
 景時の額へ手をあて、その瞳を覗き込む。
「・・・寝た。たぶん・・・・・・皆に衾をかけたりなんだりしたけどね」
「たぶんって・・・・・・」
 いよいよ真剣に疑いだしたは、景時の頬に手を添えて視線を逸らさず続きを促がす。
「なんだか懐かしくて嬉しくなっちゃって。いっつもあんな風に雑魚寝してたから。だから・・・耳だけ
起きていたっポイっていうか・・・・・・たはは」
「耳って耳?音が聞えちゃうって意味ですか?」
 耳だけとは不可解な話である。
「う・・・ん。衾・・・蹴飛ばしてると寒いだろうな〜って、起きてかけてあげてたかも?」
「もう!今日はお昼寝決定です」
 景時に抱きつくと、しっかりと抱きとめられた。



「ね〜、ちゃん。お買い物行った時に、その・・・何買ったの?」
「え?お買い物?」
「うん。カフェで待ち合わせ〜って別れた時」
 単純にあの店で買った紙袋が京邸にはなかったために尋ねただけだ。
 そう他意はない。それなりに気になる売り場だったとしても───

「やっ、やだ。何言っちゃってるんですか・・・だって、あれは・・・・・・」
 実のところ、は自分へのプレゼントを買っていた。景時へのプレゼントにもなるともいえるモノ。
 それとは別に景時へのプレゼントもあるにはあるのだが、この話の流れではが自分のために買ったものを
言わざる得ない。
 けれど、とりあえずは誤魔化す方向で話しを進める

「あの・・・景時さんにもあるんだよ?プレゼント。その・・・私、これだけは自分でバイトしたの。学校のバイト」
「ええっ?!そんな、いつの間に・・・・・・」
 のバイトなど、所詮学内のものだ。
 そう大層な収入は望めないが、臨時収入には十分。

「だって。景時さんのお給料からじゃ意味がないもん。だから。あの・・・ネクタイなんですけど・・・・・・」
 隠していたのだが、部屋へと取りに戻る
 景時の質問の答えになる紙袋も手に取る。

(き、緊張するよぅ・・・・・・)

 細長い箱にはネクタイが入っている。
 景時に手渡すと、丁寧に包みを解き、ネクタイを胸にあてている。

「何だか悪いなぁ。ありがとう、ちゃん。・・・・・・どうかな?」
「・・・やっぱり似合う〜〜〜!景時さんにピッタリだと思ったの!」
 が景時に飛びついた。



「いつものだってちゃんが選んでくれたんだから」
「違うの。もうね、これはひとめぼれなんだから。選んだんじゃないんです。あったの」
 らしい屁理屈に景時が笑い出す。
「あったんだ」
「そう!こう・・・私に買われるの待ってたんですよ、このネクタイは」
 景時の手からネクタイを奪うと、それを緩く結んでみせる。

「うふふ。想像通り。それで・・・あの・・・ですね?こっちは私の・・・で」
「うん。ちゃんが自分にプレゼントだったのか〜。納得」
 景時としてはこれ以上追求するつもりはなかった。
 何だったのだろう程度の疑問でしかなかったのだから。



「景時さん。やっぱり、クリスマスは・・・クリスマスしましょう?」
「うん?クリスマス・・・は、サンタさんにお願いだっけ?そういえば、将臣君と譲君に渡すの忘れたなぁ。
クリスマスプレゼント、買ってあるんだけど」
 ふと手渡しそびれた贈り物の存在を思い出す。
「景時さん、将臣くんたちにまで気を使わなくていいのにぃ。だって、今回の計画、景時さんの・・・・・・」
「いいの、いいの。そんなのはさ。オレはちゃんとこうしていられるだけでいいんだし」
 軽く唇を触れ合わせると微笑まれ、の方が赤面してしまう。

「あの・・・景時さん。笑わない?」
「ん?」
 が件の紙袋を手に取った。

「あの・・・友だちが皆でカタログ見てて。その時はあんまりどうかなって思ったんだけど・・・・・・後で
考えたら、そういうものなのかなって。だから・・・買ってみちゃったんですけど・・・・・・」
 何かと語彙を濁しているが、要はクリスマス用勝負下着といわれるものだ。
 が袋から取り出したそれらを見て、今度は景時の方が赤面した。

「は、はは。何だか刺激的だな〜、これ。ちゃんが嬉しいならいいけど、そうじゃないならこういうのは
無理しなくていいんだよ?・・・大切なのは中身っていうか」
 が自ら嬉しいと思ってしたことならばいいのだが、景時のために周囲に同調してというのはいただけない。
 それに、何を身につけていようと、結果としてあまり関係ないとも言えはしない。
「・・・ちょっとドキドキして嬉しかったですよ?大人になったみたいで」
「もう大人だよ。今朝、ここについてるって銀に言われちゃったし。ほんと、綺麗になったから心配が増えて
ココが痛いんだ。だから。待ち合わせはオレも安心のマスターの店だけだからね」
 景時が痛いと押さえた胸に手を当てる
 いくぶん早い鼓動が景時の気持ちのようで嬉しい。


(無理してないもん。ちょっとだけ・・・大人に見てほしかっただけで。だから・・・・・・)
 大人と認められ、綺麗とまで言われ、大満足のクリスマス。
 そして、大人と言われた理由になったもの───


「ほっぺ・・・・・・あ!口紅ついちゃってました?」
「うん。そうみたい。オレには見えないからね」
「私のってシルシみたい・・・・・・」
 もう消えてしまっている景時の頬を撫でると、景時に頷かれる。
「そうなんだよね〜。オレも結局ちゃんにシルシを残したかったんだな〜って、さっき気づいちゃって。
プレゼント、今年はブレスレットなんだよね。これってよく考えるとね・・・・・・」
 いつ用意したのか、綺麗にラッピングされた小さな箱がに手渡される。
 包装を解けば、可愛らしい細工のシルバーのチェーン。

「オレが傍にいられないときの見張り番っていうか。オレが居ますよ・・・みたいな」
 は指輪を毎日身につけてくれている。
 それなのに、他のモノまで身につけさせようというのだ。

「えっと・・・景時さん怒らない?」
「う〜ん。何について?」
 を抱えたままで景時が首を傾げた。

「指輪・・・してるから。だから・・・・・・景時さんが守ってくれてるみたいで。あの・・・男の子に聞かれても
ちゃんと言ってたの。・・・最近はもうあんまり言われなくなったんだよ」
 の指に光る結婚指輪。これが景時との永遠の約束のシルシ。
「ん〜〜〜。怒らないけど心配が増えた〜〜〜。やっぱりコレも」
 言ったことと行動が矛盾しているが、景時はブレスレットをの手首へと着けた。

「こっちで正解だ〜。すっごく可愛い妻にっていったら、今時はチェーンに細工がしてあるのが流行りって。
こう・・・色々くっついてるのじゃない方がイイって」
 の手首で揺れる細いチェーン。
 ゆらゆらとしなやかな動きが明かりを反射する。
「いつの間にこれ買ったんですか?」
「出張の帰り〜。東京行った日あったでしょ?銀座っていうの?めちゃくちゃたくさん人がいて驚いたね〜」
 のんびり口調のために大変そうに聞えないが、景時は人疲れしたことだろう。

「そぉ〜だ!今年は私がサンタさんですからねっ。景時さんのお願いは何ですか?」
 クリスマスにはクリスマスを。
 もともとの話に戻った。

「はいっ!ちゃんとお風呂〜〜〜」
「え〜〜〜っ。女の子はお風呂で忙しいんですから、い・や・で・すっ!」
 景時、一年越しの野望達成ならず。

「・・・そんなに嫌〜?」
「嫌っていうか・・・見せたくない事情というものが・・・・・・」
 きらきらと手首で光るブレスレットが嬉しくて、抱きついた景時の背で腕を揺らして眺めてみる。
 ブランド品に詳しくはないが、水色の箱は有名だ。
 この季節、景時が混雑する店内で真剣に選んでくれた一品は、揺らすと小さな音がする。
「うふふ。可愛い音。鈴みたい・・・・・・」
「気に入ってくれてよかった。で〜〜。オレのお願いを叶えて下さい、サンタさん」
 の背を撫でながら、再び願い事を挑戦する景時。

「・・・景時さんも泡パックしてくれるなら」
「泡パック?するっ!」
 何かもわかっていないのに即答の景時。
 も本当に嫌だったわけでもない。ただ切欠が欲しかった。
 

(ママがいった通りだぁ・・・景時さんって、私に無理させない・・・・・・)
 にも夢がある。
 共に生活しようとも、許容範囲はまだまだ手探りだ。
 クリスマスに入浴を誘われる意味は、にもわかる。
 昨年は気恥ずかしくて断わってしまったが、景時はその後は何も言わなかった。
 時々背中を流すという名目で、の方が景時の入浴中に邪魔したことはあっても、逆はなかった。


「今日はスペシャルケアコースにしちゃいますからね?髪もパックして〜、顔もして〜」
「・・・いつもそんなたくさんしてるの?」
 確かにの入浴時間は景時と比べれば三倍近い。
 髪も長いから時間がかかるのだろうくらいにしか考えていなかった。

「どれかはしてますよ?だって・・・すべすべ〜になりたいもん」
 が景時に頬ずりをする。
「そうか〜。ちゃんがすべすべでふわふわで可愛いのは頑張ってるからなんだね〜〜」


(向こうじゃ辛かっただろうなぁ・・・何もないし。精々が椿油ぐらいか・・・・・・)
 文句も言わずに野宿をしていた。
 温泉があると、とても喜んでいた。疲れを癒すというよりは、違う目的だったのだろう。
 山道では危ないからと手を繋ごうとして、躊躇われたこともある。
 あれも、拒否ではなく、自らの手を気にしての事だと今ならわかる。
 そこまで意識してもらえるとは、男冥利に尽きるというものだ。




「オレのため・・・って思ってイイ?」
 の耳元で囁く景時。
 脱兎とは上手い表現で、まさにが景時の腕から消えた。




「・・・あ、あれ〜?ちゃ〜ん?・・・・・・あははっ。隠れ鬼は得意だよ?オレ」
 鼻歌交じりで寝室を目指す。
 ドアの音など聞き分けられる。間違いなく二人の寝室のドアの閉まる音がした。



「クリスマスのお願いは、サンタさんを探してから〜ってね!」
 寝室のドアを開ければ、不自然に盛り上がっているベッド。
 その塊に寄り添うように横になり、軽く叩いて見つけた事を知らせる。


「今日は・・・まずはお昼寝だったかな?ね?・・・それじゃ息苦しいでしょ」
 羽根布団をめくれば、真っ赤になって涙目のの顔。
「あらら。オレが泣かせちゃったみたい・・・・・・」
「景時さんのバカっ!そんなの言わなくていいの!他の人に見てもらいたいわけないのに!」
 大学で友人たちに化粧を教わったのも、クリスマスの事も。
 すべてが景時にどう思われるか、褒めてもらえるか、ただそれだけ。
 知られているとは思うが、口にされると恥ずかしすぎて貧血しそうだ。



「確認したかったって言ったら・・・怒る?」



 泣き出しそうな景時の表情を見たの方が平静さを取り戻し、頬へと手を伸ばした。


「あの・・・・・・」
「お昼寝、しようよ。このまま・・・・・・」


 触れれば確かに隣にいる。
 追いかければいつでも触れられる。


「起きたら・・・ご飯にしましょうね」
「そうだね。食べに行こうか?」


 が何もしなくていい一日があってもいいと思う。


「大丈夫ですよ?通販のアレがあるんですから。一応料亭の味らしいんです」
「あはは。用意がいいなぁ、オレの奥さんは」


 家事を気にせず景時とクリスマスを過ごしたいと思った。
 多少の片付けは仕方がないが、できるだけ隣にいたかった。


「今日は・・・捕まっていてくれる?」
「今日は逆なの。私が景時さんを追いかけて捕まえたんです。だから・・・こう。ね?」


 が景時を抱き締める。


「そうか〜。サンタさんはサービスいいなぁ。すっごくよく眠れそう・・・・・・」
「そ〜ですよ。サンタは景時さんにだけサービスいいんです」


 慣れない世界で頑張る貴方に。
 とっておきの休息の日を───


「メリークリスマス・・・景時さん」


 珍しくよりも先に眠ってしまった景時の髪に触れながら囁く。
 クリスマスが今までで一番幸せな休日となりますように───










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『十六夜記』景時蜜月ED 望美ちゃん大学生!

 あとがき:そして現代でまったり。望美ちゃんは、どんとコイ!なタイプです。たぶん。     (2008.01.19サイト掲載)




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