クリスマスには・・・・・・     後編





 明けて二十四日、いよいよイヴである。
 そして、日曜日でもある。
 常の通り景時の方が先に目覚め、隣に眠るの寝顔を眺める。
 景時の楽しみのひとつだ。

「よく寝てる・・・・・・」

 何にでも一生懸命なは、学校でも家でも頑張りすぎるところがある。
 初めてここに泊まって寝坊した時に、景時がに言ったのだ。

 『寝坊するほど安心して眠ってくれる方が嬉しいよ?それに・・・オレも寝坊したいし』

 以来、は日曜日には寝坊をする。
 色々な意味で寝坊になってしまうが、無理はしなくなった。

「君は・・・本当に大切にされて育ったんだと・・・そう思うよ・・・・・・」
 の両親と対面した時に、あまりの年の差に驚かれたものだ。
 はバイトもしていないので、どこで知り合ったのかと尋ねられた。
 事前に将臣と口裏を合わせていたので、将臣のバイト先で偶然にということで落ち着いたが、
将臣自身がの両親の信頼を得ていたからこそである。
 もっとも、その後は景時の性格のよさによるところが大きい。
 出かけた時は必ず家まで送り届け、挨拶をする律儀さだ。
 初夏の頃にはの宿泊の許可が出たほどだ。
 の母親曰く、隠れてこそこそされるより居場所がはっきりわかっている方がいいらしい。


 『この子が本当に家の事をよくするようになって。出来るフリじゃないといいわね〜?』
 『ママの意地悪!そんなの言わなくてもいいでしょ。だって、だって。景時さんの奥さんに
 なるんだから!!!』
 『がプロポーズしてどうするの?』


「・・・っ!・・・危ないとこだった」
 その時のの母親との会話は、いつ思い出しても笑ってしまう。
 今はが眠っているので慌てて口元を手で押さえた景時。
 が、微妙に揺らしてしまったようだ。
 景時の腕枕で眠っていたの目蓋が開かれてしまった。


「おはよ・・・景時さん」
「ごっ、ごめんね〜?起こしちゃった?」
 の頬にかかる髪を除けると、が景時に擦り寄ってくる。
「も・・・起きかけてました・・・・・・景時さん、笑ってたでしょ?」
「あらら。バレちゃった?どうしてもちゃんの母上を思い出すとねぇ・・・・・・」
 寝ぼけ眼で会話をしていたの瞳が一気に見開かれた。
「ひどぉ〜い!また思い出し笑いしてましたね?だって・・・勢いで言っちゃったんだもん」
 にとってかなりの不覚だったのだろう。
 よもや自分が先に結婚宣言をしてしまい、母親にからかわれるとは思っていなかったのだ。
「いや?嬉しかったよ。オレの・・・嫁さん宣言。だからかな・・・忘れられない」
「うん。そのうち本当になるから、笑うのもそれまでですよ〜だ」
 それこそ、結婚してもこの手のネタは誰もが忘れるわけもなく───

「だといいけどね。母上は結婚してからも仰りそうだ」
 の母親はとにかく明るい。
 の真っ直ぐさは父親から、明るさは母親譲りと思われる。
「ママだからそうかもぉ・・・・・・いいもん。ホントの事だから。私が景時さんに好きって
言ったのが先ですからね!」
 起き上がろうとしたの腕を引き、抱き寄せる景時。
「オレは言えなかっただけで、最初から好きだったよ。・・・と、いう訳で」
 を包み込んで毛布に潜り込む。
「今日は特別な日なんだよね?寝坊しようよ!」
「・・・もう!次はお昼過ぎにしか起きられないですよ?」
「いいよ。そうしよう」
 ただ寄り添うだけで温かい。
 眠りが再び訪れるのはすぐだった。







「うふふ。景時さん!お腹空きませんか〜?」
 今度はの方が先に目覚めたつもりだが、景時が起きているのはわかっている。
 景時の頬をつつくと、すぐに景時の目が開く。
「そろそろ昼だもんなぁ。昨夜は夕飯が早かったし。よしっ!起きますか」
 景時の腕から解放され、も起き上がることができた。
 どういうわけか、景時の腕は景時が眠っていてもから離されることはない。
 夜中にの目が覚めても、常にしっかりとを包んでいる。
 ベッドの上で座っている景時の寝癖へ手を伸ばした。
「ぴょんってしてますよ?」
「あ〜〜〜、昨夜は半端に乾かして寝たから・・・・・・」
 に触れられた辺りの髪へと手を伸ばすと、確かに持ち上がっている感触がある。
「可愛いからそのままでもいいかも?リボンつけちゃいます?」
「それは勘弁して〜。直すっ。すぐに直してくるから!」
 景時の方が先に部屋から飛び出して行く。
「・・・ホントに可愛いのにな。景時さんたら」
 笑いながらも朝食の支度のために寝室を後にした。



 休日の朝は、そう頑張りたくはないものだ。
 簡単に食事を済ませると、お互いに寄りかかって座ったままでテレビの画面を眺める。
 見ているというほど真剣ではなく、視界に入っている程度だ。
 やはりそれなりにクリスマスの話題に触れる内容が多く、今から間に合うスポットなどの
情報が流れていた。
「電車も車も混んでいそうですよね」
 クリスマスのイルミネーションも綺麗だろうとは思う。
 ただ、真実の闇の世界を知っているにとっては、明かりの大切さの比重が違う。

(真っ暗な森で野宿とかしたし・・・・・・星が降ってきそうだった)
 目を閉じれば思い出せる。
 戦の最中だというのに夜空を眺めていた。
 緊張で眠れなくて外へ出たのだが、不安はいつの間にか消え去っていた。
 さり気なく景時が隣に座っていてくれたから───



「来年は・・・ちゃんと計画するから。ごめんね〜?ああいうの、したかったでしょ?」
 二人でディナーを楽しみといったレストランの特集に変わっている。
「ううん。景時さんといられればいいんです。偶にはいいけど・・・クリスマスだからって、
そういうのじゃなくて・・・・・・なんだろう?上手く言えないです」
 以前、田原と話したことがある。

 『景時のどこが好き?』
 『私を絶対に見つけてくれるんですよ?どんな時でも。どんな私でも』
 『どんな・・・って・・・・・・それは凄い事だね』

(たぶん、全部は伝わってないだろうけど。だって、向こうの世界での出来事なんて知らないし)
 がいう所の“絶対”の重みはそう簡単には理解してもらえるとは思わない。
 異世界での出来事は生命に直結するほどの遣り取りばかりだったからだ。

「そう?・・・でもさ、来年は結婚して最初のクリスマスだから、豪華にしようよ」
「あっ、そうだ〜。そうですよね。えへへ。じゃあ!今年は独身最後のクリスマスですね!」
 景時の優しさは心地よいのだ。
 だからこそもたくさんの言葉が、考えが思い浮かぶ。
「うわ・・・独身最後って意味深だなぁ・・・・・・恋人同士もいいけど、オレとしては可愛い
奥さんがいる方が嬉しいと思うんだよなぁ」
 会社の同僚の話だと、あまりに様々な意見が飛び交うので判断が難しい。
「まだ奥さんじゃありませ〜ん!残念でしたっ」
「来年のオレの誕生日には奥さんで〜す!」
 の卒業式が三月一日なので、景時の誕生日に入籍をすると昨日決めたのだ。
「何でも独身最後だったのにぃ・・・気づくの遅かったかも!」
「あらら。そういえばそうだね〜」
 二人で行った夏祭りも海も紅葉狩りも何でも独身最後と付くべきだっただろう。
「でもイイです。結局は二人ってコトですもんね。お茶にしましょうね」
「御意〜〜〜」



 午後のティータイムはチョコレートと紅茶になる。
 今度は隣ではなく、景時の膝の上にがいる。
「・・・重くないですか?」
「ちっとも重くないよ〜。紅茶も美味しいし、クリスマスは楽しいね〜」
 クリスマスでなくとも毎週末には同じ会話を繰り返している二人。
 ここまでは・・・の話。

「オレね、ずっとひとりだったから。誰かとこうしているって初めてなんだ」
「・・・嘘ばっかり。だって、お嫁さんもらう予定だったでしょ〜」
「だったら!」
 景時がの瞳を真剣に見つめる。
「あの時の・・・あの・・・重衡殿とは?あれは・・・・・・」
「・・・銀の事?」
 半年近く互いが互いを気遣って言い出せなかった言葉。
 クリスマスの魔法のように口から零れ落ちた。



「私から・・・話をしてもいいですか?」
「うん・・・ごめん・・・・・・オレ・・・・・・」
 景時の膝から降りたは、ソファーへ座りなおすと景時の頭を自分の膝へと導く。
「えっとね、自分でも出会いはよくわかってないので。そういうのは嘘じゃないんだけど説明が
ヘンテコでもいいですよね?」
「うん・・・・・・わかった」
 が六波羅の平家の邸が燃えた跡地での出来事から話し始めた。



 荒んではいたが、それでも必死に生きようとする人々の活気で溢れていた。
 そこでいきなりの意識が飛んでいたのだ。
「体もなのかよく覚えていないんです。ただ、すっごく綺麗で広いお邸の御簾の中にいて。外に
人の気配を感じて・・・それが銀・・・重衡さんでした。あまり言葉を交わす暇も無いまま、
次に気がついた時は元の六波羅に戻っていたんです・・・・・・」
 後で将臣に聞いた話だと、が異世界に飛ばされるよりかなり前で、将臣は既に六波羅にいた
頃らしい。

 『計算合わねぇけど。あの土地が・・・重衡がに助けを求めたのかもな』

 平氏一門の間違いが始まった場所。
 清盛が政治を自ら取り仕切ろうとし、法皇と諍いを起こしてしまった後の事だ。
 重衡も南都以来、どこか虚ろであったが、一門の正念場である戦の出陣に重衡の名があるのは
至極当然の成り行きだ。送り出すための宴が開かれていた平参議邸での出来事。




「それで?」
「それっきり。怨霊の封印をする時に通ったりもしたけど、それからは一度もそんな事はなくて。
それで・・・次に会ったのは生田の森で。知盛とも会って・・・二人ともあんまり似てるから、
すっごく驚いたんですよね。区別がつかなくて」
 の混乱ぶりがとてもよくわかる。
 頬へ指を当てて考える仕種をしているのがその証拠だ。
「で、ドタバタしている内に見失っちゃって。壇ノ浦では目の前で知盛に飛び込まれて。だけど、
自分で飛び込んだんですよね〜。だから、知盛が死んだというのもちょっと確信もてないでいて」
 そこからは景時の裏切りに遭いと、話したくない内容なので大幅に省く。

「色々あって平泉ならって事になって、向かっている途中でお迎えに来てくれたのが銀なんです。
何だか記憶がないらしくて、銀って言ってました。でも、顔だけ見てるとどっちかわからないし。
とりあえず銀って呼べっていうから、考えないようにしてたんですよね〜」
「ふうん?鎌倉で彼が瘴気に包まれた時、真っ先に駆け出していたよね・・・・・・」
 あの時の出来事は思い出すだけで辛いが、今は仲間のおかげでといられるのだ。
 そう考えれば最悪ではないが、確認しておきたいことは今のうちがいいと腹を決めた。
「たぶん・・・どこかで重衡さんな気がしていたんです。あの春の綺麗なお邸で会ったのも銀なんだ
ろうなって。何となくですけど・・・・・・十六夜の君って呼ばれて、やっぱりって思うくらいには」
「ふ〜〜〜ん。しっかりちゃんを抱きしめて、十六夜の姫って言ってたよね、彼」
 景時が口を尖らせると、微笑んだからキスを貰えた。
「よくわかんないですけど、過去に会った時が十六夜だったらしいんです。月が待ち遠しいから、共に
眺めませんかって誘われた時に、眺めるどころか戻ってきちゃって。後で将臣くんに尋ねられてその話を
して、ようやくその時のことがわかったくらいで。私には僅か一瞬の出来事だったし」
 景時がの膝から起き上がり、を抱きしめた。
「よかった。重衡殿の記憶がなかったおかげで君を奪われないで済んで。危ない、危ない」
 重衡といえば花のと譬えられるほどに艶聞が多い公達だった。
 内裏での戯れ話があちこちで噂となるほどの美丈夫ぶりは、会った事がある今では頷くしかない。
「危ないって・・・私は・・・だって・・・・・・景時さんが好きだったから関係ないです。もお!
そんな事より、景時さんの方はどうなんですか?お嫁さんもらうって。鎌倉であった時、すっごく
嬉しそうに私に言ったじゃないですか〜〜〜!!!」
 手を拳にして、景時の肩を軽く叩きまくる
「ああ、あれね。さあ?頼朝様の命だったし、どうでもいいことだったから。一応美人さんらしいって
話だけ聞いていたから、顔なんてついてりゃ同じだと思ったんだけど。一般に美人がいいっていう
じゃない。オレ、何だってよかったんだよ、女性なら」
 景時は以外の女性はどうでもいいというつもりで言ったのだが、は女性の顔がどうでもいいと
受け取ったらしい。

「ひどぉ〜い!!!顔がついていればいいだなんて〜〜〜!!!」
 益々暴れだすを抱えたまま、景時は首を傾げるしかない。
「ちょっ・・・待って!何がそんなに・・・・・・だってさ、頼朝様の命令なんだから醜女だって麗人
だってなんだって同じだよ〜〜〜!オレが毎日大切に持ち歩いて話しかけていたのはあのえび香で!」
 の手が止まったので、景時は大きく深呼吸をした。

「ふう・・・驚いた。だからね、嫁なんて名前だけだから。全部諦めちゃってたオレの唯一の救いがあの
えび香だった。もうあれが手元に残っただけでいいと思っていたのに、君が鎌倉へ来たから。オレの方が
動揺しちゃって、ベラベラ言い訳を必死に言ってたんだよね〜。今思うと弁慶にバレバレだったね」
「弁慶さん?」
 大人しくなったを抱えなおす。
「そ!オレね、全部正直に言わないとちゃんに嫌われるよって言われたのに。それでも言えなかった。
臆病だったんだよ」
「弁慶さんのおばか〜〜!私に言ってくれればよかったのにぃ・・・・・・」
 聞いていれば景時の決心を待てたのだろうか。

(そう・・・か。私は景時さんの心を裂くようなことをしたくないもの。嘘だってわかっても帰ってきた
だろうな。それなら知らずに帰ってもおんなじだよね)
 弁慶はそこまで考えてに何も告げずにいたのだろう。

「みんな優しくて・・・泣きたくなっちゃう・・・・・・」
「うん。みんなのおかげ。こうしていられるのはさ」
 静かに唇を合わせると、わだかまりがすべて解けていくようだ。

「たくさん皆に迷惑をかけちゃったけど。すべてに感謝して・・・新しい年を迎えたいなって。素直に
思えるんだ。だから・・・ちょっと待ってて」
 をソファーへ降ろすと、景時が別の部屋へと姿を消す。
 戻ってきた時には、手に何かを持っていた。



「その・・・クリスマスプレゼント・・・・・・夜にしようかと思ったけど、今がいいかなって思う。
オレね、ちゃん以外はどうでもいいんだ。どう言ったらいいのかな・・・その・・・顔がとか、声が
とか、細かいことじゃなくて。オレが大切で綺麗だと思うのは君だけって言うのが一番ピッタリな言葉な
のかな。それで・・・香りの記憶っていうのが強烈にあってさ・・・・・・一応お揃いらしくて」
 クリスマスカラーのラッピングを紐解けば、出てきたのは香水だ。
 二つの瓶が並んでいるが、ひとつは間違いなく景時の分を示す男性用の文字が入っている。
「幸せ・・・って意味なんだよね?」
「はい!これ・・・人気あるんですよね・・・・・・嬉しい!」
 用の方をあけて鼻へと近づける。
「景時さんのも開けてみてもいいですか?」
「もちろん!」
 景時用の香水の蓋を開けて鼻へと近づける。香りは微妙に違うらしい。
「ちょっと違う・・・なんだろう?」
 鼻を鳴らしながら考えている
「いいの、いいの。二人で居れば・・・どっちもこんな風だよ」
 二つの香りが混ざっている状態だ。も意味がわかったらしく、途端に真っ赤になった。
「も・・・いいです。その・・・はい。これ、今日は飾っておきます」
 立ち上がると、近くのチェスとの上に香水を並べておく。
 キャンドルの明かりの様な色の瓶が、部屋を明るく見せるのに一役買った。
「よかった〜。気に入らなかったらどうしようって思ったよ」
「そんな。何でも嬉しいですよ?買う時に私の事考えてくれてたってことだし・・・・・・」
 用の香水の瓶の方が背が高い。
 日頃と逆な見た目に、つい微笑んでしまう。

「ん?どうしたの?」
「瓶の高さがね?私たちと逆だな〜って」
 景時も改めてチェストの上を見ると、確かに景時用の方が低い。

「見た目は・・・ね。実際、こんな感じ。オレ、ちゃんの事大好きで逆らえないよ」
 景時が万歳をしてみせる。
「じゃ・あ!抱っこしてください!!!」
 景時に抱きとめられるのをわかっていてが飛び跳ねた。
「う〜ん。この場合は逆らえないとかじゃなくて、嬉しい限り〜。・・・あの時は、たくさん泣かせ
ちゃってごめ・・・・・・」
「もう言わないって約束しましょう?もう、おしまい!ちょっと夕飯には早いですね。何します?」
 時計はまだ十六時だ。夕飯の支度には早すぎだが、行動を起こすには陽が傾き始めている。

「そうだな〜。何しようか?少しだけ散歩とか?」
「それイイかも〜。太陽が沈むの見に行きましょう」
 の提案により公園まで外出をする。
 この時期の公園は、子供たちもいはしない。
 空いているベンチに腰を下ろすと、とつとつと話し出す

「あのね・・・クリスマスにぃ・・・一番大好きな人とって夢だったの。友だちがね?えっと、景時さんの
知らない子なんだけど、彼氏が社会人の人で。去年そういう話をしてて。他の子は同級生とか、そういう
なんとなく毎日の延長みたいな話なんだけど、その子は違ってたの」
「ふうん?そんなに違う?」
 景時の腕にぴたりとがくっついているので、左側だけがとても温かい。
 その温かい方へ顔を向けると、視線が重なる。
「うん。違うの。プレゼント交換とか、そういうレベルじゃなくて。・・・・・・羨ましいと思ったんだ。
でも、それは半分で。残りの半分は無理して見えたの。私もそうなっちゃうのかなぁって思ってたんだけど、
景時さんとだと、そうならないの」
「ん〜〜〜。それはオレがこっちに馴染んでいないから?」
 が景時の膝を叩く。
「違う!違うの!相手の人の問題なんだってわかったの。ママに・・・ゴールデンウイークに旅行に行くって
言った時に、簡単に許してくれて。あの時って、私ってば一大決心してたの。そのぅ・・・初めてだし」
 の言いたいことがわかりそうで、わからない。
 首を傾げながら視線で続きを促がす。
「何にも無いまま帰って来て・・・別にママに何か言うものでもないんだけど・・・そのぅ・・・私じゃ
お子様だったのかなって落ち込んでて。それで・・・ママが気づいて私に言ったの」
「・・・何て?」
 が耳まで真っ赤になりながらも景時の腕を掴む手に力を込めた。
の事を大切にしてくれる人だと思ったから、そんな事だろうと思ってたって。だから・・・私を待って
いてくれる人なんだって。私が背伸びしないでいいようにしてくれてるんだって、その時わかったの」
「買いかぶりすぎ〜。そんなんじゃないよ。ただ・・・そうだな。本当に一緒にいるだけで嬉しかったから」
 景時の視線が沈む太陽の方へ向けられる。
 もつられて真っ赤に揺らめく太陽と、降りてくる闇の境目を眺める。

「別にその子も出来ない事は出来ないとか、言えばいいとも思うんだけど。まだまだそんなの言えないの。
そんなにちゃんとわかんないもん。嫌われたくないし・・・嬉しいって気持ちが先のはずなのにね?必死に
お化粧して。無理してバイトして。OLさんみたいな格好して」
 結末は怖くて聞けないでいる。
 けれど、同級生と付き合い始めたのは知っているから、別れたことだけは事実だ。
 どちらが、どう悪くて壊れてしまったのか考えたくない。
 のままでいられるのは、景時が背伸びをしないを受け入れてくれているからだ。
 年齢差を考えれば、とても感謝すべきことなのだと思う。

 景時がの手を取り、自然と繋ぐ。
「さっき約束したから、もう謝らないけどさ。いつも見てたんだ、お月様。離れていて想う想いを知っている
から、そんなに欲張らないで済んでいるのかもね。さ!冷えてきたし、帰って夕食の準備をしよう!オレは
今度は何が出来そう?」
 景時に手を引かれて立ち上がる。
「パスタを時間を見て茹でる担当とか〜?今日はね、クリスマスっぽくチキンも揚げる予定ですよ?こう、
お皿にちょこちょこちょこ〜って、いろいろたくさん!」
「ん〜、それは楽しみだ!オレの初クリスマスだし?」
 が目を瞬かせる。
「そうですよね?そうだ〜〜〜。いいのかな?正しいクリスマスじゃなくて。教会で賛美歌を歌うとか」
「へ〜。じゃあさ、食事の後にじゃ遅い?」
「遅くないです!・・・景時さんの賛美歌聞けちゃうの〜?へ〜んなのっ!」
 笑いながらが駆け出す。
「うわわ。それってどういう意味なの〜?待ってよ〜〜〜」
 じゃれあいの追いかけっこをしながら家路に着いた。




 夕食は予定通りプレートにたくさんのおかずが並ぶ。
 定番のモノから、少し違うものまで様々。
 最後に昨日の力作のケーキが登場する。
 景時がシャンパンを準備しようとした時、がラッピングされた箱を手に台所へやって来た。
「こ、これね?プレゼントなの。今から使うための!!!」
「へ?じゃ、ここで開けてもいいのかな?」
 が頷くのを確認してから箱を開けると、そこには年号入りのフルートグラスが二つ。
「これ・・・・・・」
「そうなの!二人で初めてのクリスマス記念に。使いませんか?すぐに洗うし・・・・・・」
 差し出された手に、しっかりとグラスを差し出す景時。
「お願いしようかな。こういうのがあるんだね・・・・・・」
 ショッピングモールでが姿を消した理由が判明した。
 景時も同時に秘密で用意したものの種明かしをしようと、がグラスを洗う間に部屋へと取りに戻った。

ちゃん」

「グラス、もう使えますよ?シャンパンを・・・・・・」
 呼ばれて振り返った
 景時の手にあるのは、今年のワインだ。
 が昨日カフェで席を外した隙に携帯で調べたのだ。
 出来るだけ飲み易そうな種類をと考えて。
 そうしないとが食料の会計をしている間に買うことが出来なかったからでもある。
「それ・・・・・・」
「そっ。もうひとつのプレゼント。ただし!これはちゃんが成人した時に二人で飲もうね?同じこと
考えていたとはね〜〜〜」
 しっかり年号が入っているワインは、が成人するまでお預けらしい。
「やだ。景時さん・・・もしかして、気づいてました?」
「いや〜?今年が二人で初めてのクリスマスだとは意識していたけど。あのショッピングモールで雑貨屋さんの
ディスプレイでワインを見かけて気づいたんだよね。ワインって年号があるものだよな〜ってね!」
 景時がワインをに手渡す。
「うふふ。来年は年号入りのワイングラスにしよ〜っと。そうすれば、そのうち使うようになりますもん」
「それはいいね〜。来年は・・・結婚して初クリスマス〜〜〜」
 鼻歌交じりで景時がシンャンパンを手にリビングへ移動する。
 もワインをしまうとグラスを手に持って移動した。





 食べるだけ食べたからには、それなりに運動しないとカロリーバランスがとれないものだ。
 公園の反対側に教会がある。
 寄付に繋がるハガキを購入して中へ入れば、荘厳な空気が漂う教会の中、賛美歌のメロディーが響く。
 配られた歌詞カードには残念ながら譜面はない。
 だが、どれも一度は耳にしたことがある曲ばかりだ。
「うっ・・・歌は・・・・・・」
 景時の時代の歌とは歌が違う。
 将臣たちと一緒にカラオケをした経験はあるが、どうにも調子をつけて声を出すのには照れがある。
「えっと・・・神様ありがとうって曲ですから。いいんですよ?これを読み上げるのでも。たぶん、そういう
事なんだと思います」
 キャンドルサービスのキャンドルが配られると、聖歌隊が登場し、クリスマスキャロルを歌い始めた。
 目映い光の中、歌声が天へと届くかのようだ。
 歌というには棒読みに近いが、自然と景時の口が譜面を読み上げている。

(すべてのモノに感謝を。すばらしい仲間に出会えた事に。大切な人に出会えたこと、すべてに───)
 遙か異世界まで届くのではないかと思わせる雰囲気の中、心から祈りを捧げる。


「“もろびとこぞりて”って習ったんですけど・・・原題を初めて知ったかも〜」
 無理に訳すならば、“世界における喜び”だろうか。
 ミサが終わってからが歌詞カードの左右を見比べながら言った。左が日本語、右が英語になっている。
「諸人だからね。すべての人というならば・・・世界の隔てすらないのかもしれないね」
「景時さん、すごぉ〜い!私、“もろびと”も、わかってなかった〜」
 が手を叩いて喜ぶ。
「言葉が古いのかな?挙るっていうのも、残らず集まるって意味だし。ほら、こぞってとか言わない?」
「いっ、言わないです。知らな〜い。そうだったんだ〜」
 配られた歌詞カードを丁寧に元通り折りたたんでしまう
 ちょうどカードになっているので、チェストの香水の脇に飾ろうと思ったのだ。
「あはは!参ったな〜。オレでも役立つみたい」
「すっごく何でも詳しいですよ?そろそろ帰りましょう」
 誰もが足早に出口を目指している。その流れに乗ることにした。





 吐き出す息が白い帰り道。
 手袋越しではあるが、お互いの体温が伝わる。
「景時さん。メリークリスマス!」
「うん。メリークリスマス!」
 雪が降り出しそうな夜空を見上げると、澄みわたる空気の中に浮かぶ月が見える。

「ぜ〜んぜんチガウ。月・・・楽しそうに見える」
 景時が両腕でを抱え上げた。
「ひゃっ!お月様・・・すっごく細い。三日月かも」
「そうだね〜。正解!今日は三日月だよ〜!星もたくさん見えるね〜」
 陰陽師の景時にとって、夜空はお手の物。天文学は仕事の一部だったのだから。
「わ〜い!夜のお散歩楽しいな〜。寒くてもいいかも」
 夏の夜と違って、普段はとても寂しく感じる冬の夕暮れ。
 暗くなるといよいよ家の明かりが恋しいものだ。だが───

「あらら。こんなに頬が赤くなってるのに?寒いんでしょ〜?」
 の足を地面に着地させると、その頬に手で挟むように触れる景時。
「だって。顔は何も着られないから・・・こうなんですぅ〜だ!」
 走って逃げるを追いかけながら昨年の冬を思い出す。
 こちらより数段寒かっただろう平泉で、どのようにして過ごしていたのだろうか。
 気が利いた暖房器具などありはしないあの地での出来事を聞いてみたい気もする。

(いや・・・それは聞かなくていい。月の姫は・・・オレを選んでくれたんだから)
 景時が本気を出せば、すぐに捕まえられる。
 を捕まえると同時に抱きしめた。


「月のお姫様・・・今日は・・・・・・」
「うん。早く帰りましょう?景時さんも・・・冷たくなってる」
 が景時の頬に触れると、景時の頬も冷たい。
「かな。つい・・・浮かれちゃった」
 景時のマンションは目の前だ。
 景時に触れるために片方の手袋をとったの手を握り締めて暖かい部屋を目指す。





 雪は降らなかったけれど、気分は白銀の世界にいるようだ。
 こう・・・どこかに残っていたオレの醜いものがすっかり綺麗に浄化された。
 何もかもが、起こるべくして起き、オレは自分で道を選んだつもりだったけど、
間違った道の時は誰かが正してくれていたのだと、そう気づけた。
 真っ白とまではいかないオレの心。
 だけど、白が美しいと素直に思えた。

「景時さん!」

 ちゃんのオレを呼ぶ声がある。
 これがオレの見つけた幸せなのだと、そう思う。
 メリークリスマス───

 聖なる夜に、舞い降りたのは月の姫。
 伸ばされた白い手は、もう二度と離さない。




ちゃ〜ん!さっきさ、サンタさんにお願いしたんだよ?ちゃんとお風呂に
入りたいですって」
「・・・景時さん?今日は景時さんがサンタさんなんですぅ〜だ!だから、景時さんは
私のお願いを叶えてくれなきゃ!」
「ええっ?!」
 数日前に聞き逃したのはコレだったのかと悔やまれる。
 良い子にはサンタさんがお願いを・・・っていうのがクリスマスじゃないの?!
「えっと・・・ちゃんのお願いは何?」
 オレがサンタだというのなら、聞かねばなるまい。いや、聞きたい!
「・・・・・・まだナイショ」
 ひらりとオレの腕をすり抜けて逃げられた。

「え〜〜〜。それじゃ叶えられないよ?」
 どうにかして聞き出さねば。今夜中に叶えないとサンタ失格だし!
「また・・・一緒に香合せしましょう?だから・・・・・・」
 そういうこと!そんなの大歓迎!
「道具を二人で買いに行こう。新春に春の香りを一緒に合わせようか」
「はい!梅の香りがいいんです。新しい香袋縫いますから、おそろいで持ちましょうね」
「御意〜〜〜」
 お願いにならないようなお願いだよな〜。
 オレが嬉しい願い事って、どうなんだろうか。
 それは、それ。
 オレの願いもどうにか・・・・・・粘らねば!
 持久戦で頑張るぞ〜!






Copyright © 2005- 〜Heavenly Blue〜 氷輪  All rights reserved.


『十六夜記』景時蜜月ED夢の年の瀬ってことで!

 あとがき:香水は『Happy』を想定してます。氷輪も一時使ってましたv     (2006.12.24サイト掲載)




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