クリスマスには・・・・・・     前編





 こちらの世界では、神様の誕生日を祝うらしい。
 “らしい”というのは、どうも本来の趣旨からはズレているみたいなんだよね〜〜〜。
 ちゃんが楽しければなんでもイイけど。

「景時さん!今年はカレンダーのお休みがくっついてるからずっと一緒!」

 ふむ。言われてみればその通り。
 オレの勤め先は完全週休二日。祝日はもちろんお休み。
 ちゃんも学生だから同じ。
 うちのカレンダーの24日には、ちゃん手描きのツリーの絵。
 そうだったなと振り向いてみる。

 ・・・・・・土曜日は赤い・・・隣は日曜日。月曜日は休みを取ったし。
 つまり、オレはもう年始まで休み・・・・・・あ゛。

「と、いう事は・・・・・・ちゃん、お泊り?!」

 ダイニングのテーブルに手を付いて叫んでしまった。あぁ、カッコワルイよ、オレ。
 いつも通りに家へ来て、のんびり夕飯を作ってくれていたもんだから。
 うっかり金曜日だなとしか考えていなかった。・・・明日から休みじゃないですか!

「・・・のぅ・・・うん。はい。・・・・・・ママにも言ってあるから、ダイジョウブ・・・なの・・・・・・」

 テーブルの上には、普通に和食だ。騙されたよなぁ。

「あっ!外で食事っ・・・・て、もう作ってもらったのに・・・・・・気づかなくて、ごめんね?」
「ちっ、違うの。あの・・・明日ね?小さいツリーを買って飾りたいな〜って。えっと・・・ココでクリスマスを
したいなぁ〜って・・・・・・ケーキも私が焼こうかな〜って・・・・・・えっと・・・・・・」

 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!気が利かないよ、オレ!ちゃんが俯いてしまった!!!
 朔がいたら、間違いなくオレに明日は無いだろう。・・・・・・こっちへ来てなくて助かった。


 背中の冷や汗を覚られないようにしつつも、真っ先に君を抱きしめる。
「ごめんね〜?オレって、まだこっちに慣れてなくてさ。本当なら、オレが色々準備しないといけなかったんだよね。
え〜っと、ポインセチアだっけ?それと、サンタに・・・・・・デートはどこがいい?」
 そうだ。先週カレンダーにツリーを描いたんだ。それに、サンタの話もしてくれたのに。
 オレから何か言われるのを待っていたに違いないんだよ。
 年末の締め切りの仕事のおかげで、“すぽーんっ!”と頭から零れてた。

「えっと・・・明日ね?二人でお買い物するの。それで・・・サンタさんは・・・・・・・・・で。デートはココで。
二人でずぅ〜っといたらダメ?」

 ヤバイ。オレは一瞬意識を飛ばしてしまった。
 一部聞き取り不可。サンタさんは何だろう?でも・・・サンタだし、そこは不明でもよし!
 ちゃんは時々オレの心臓を止めてくれる。
 強く頭を叩かれたペコちゃん人形のように首をガクガクと縦にふる。
「うっ・・・うん、うん、うん・・・・・・だね!そうしよう!それがイイ。うん、うん、うん!」

「えへへ。食料の買出ししましょうね。たくさん用意して。お酒もちょっぴりナイショでいい?こっちでは年が
戻っちゃってたけど・・・・・・気持ちは二十歳だもん。本物のシャンパン飲んでみたいです」

 激可愛いよ、ちゃん!そんな風に舌を出さないで下さい。
 オレの事、誘惑中とか?!いや〜、まだ夕飯を食べてないしなぁ。はっはっは!
 
 危険な思考を一本背負い。理性で必死に押し戻した。
 オレは、クリスマス当日まで生きられるのだろうか?
 神様、オレを助けて下さい!・・・・・・今だったらサンタに頼むべき?








 明けて二十三日───





 ちゃんが隣にいる・・・・・・・・・?!!!
 

 いないし・・・・・・。
 飛び起きてみれば、腕の中にいたハズの愛しい存在は姿を消していた・・・・・・・・・・・・どこだ?

 パジャマを着て、寝室を出る。
 昨日の出来事は、“夢オチ”なんて事はないよな?ずっと休みだよね?



「おはよ〜!景時さん。朝ご飯出来てるよ?今日はね〜、簡単なのにしちゃった」

 ・・・・・・“結婚”の二文字が頭を過ぎる。
 そうなんだ。追いかけて来たからといって、すぐにちゃんをお嫁さんにもらえるもんでもなくて。
 でもさぁ〜、こういう事なんだろうな〜と、ひとり想像してみる。

「・・・景時さん?えっと・・・・・・煮魚嫌いでした?」
「ちが〜〜〜う。ちゃんがね、お嫁に来てくれたら・・・毎朝こうなんだよなぁ〜って想像してた」
「・・・・・・少しだけ待って下さいね?入籍。景時さんのお誕生日まで」

 !!!今のって・・・・・・もしかしなくても、OKって事だよね?

ちゃん!待つ!待つから。・・・それでも、予行演習したい・・・な?」
 様子を窺えば、ちゃんが頷いてくれた。

「やった!じゃ、顔を洗ってくるね。ん〜〜、いいニオイ。朝ご飯、朝ご飯〜〜〜」
 冷水でよぉ〜く顔を洗った。これ以上朝から不埒な想像をしないように。





 朝食後、ソファーに並んで座ってテレビを観た。
 週末の天気は良さそうだ。出来ればイヴに雪を期待したいところなんだけど。

「どこへ行こうか〜〜〜」
「少し遠いけど、ショッピングセンターがいい!一箇所で全部揃いそうですもん」
「よしっ!ちょっと早いけどドライブして、お昼を外で食べて。買い物して・・・・・・かな?」
 さり気なくちゃんを抱き寄せる。
「はい。でも・・・道が混んでるかも?」
「う〜ん。じゃあ、海側から走って。お昼はランチプレートのいつものお店がいいかな?で、買い物」
 
 そうそう。人が居ない場所といえば、祝日ならオフィス街だ。
 時々待ち合わせをしたりするあのお店がいい。
 学校って、変な時期に休みがあるんだよな。おかげでオレは楽しいからいいけど。

「今日はデザート無しですよ?だって、夕方からケーキ焼くんですもん」
「ええっ?!ホントにケーキまで頑張っちゃうの?」
「うん!イチゴをね・・・・あっ!お料理の本を持ってきてるの」

 バッグから料理本が出てくる。何度か作ったのだろうな〜。
 すぐにちゃんの目当てのページが開かれた。
 う〜ん。いつ練習してたんだろうね?

「これ!イチゴをぐるぅ〜〜って並べるの。でもね、食べるのは二人だし、この半分の大きさで作る予定
だから・・・・・・写真より小さいかも」
「大きさじゃないし。ちゃんの手作りかぁ・・・・・・嬉しすぎ。オレにも出来る事ある?」
 
 あ!信用ない?!首を傾げてるよ。

「ホイップとか〜?どうしよぉぉぉ!一緒にキッチンなの?景時さんもエプロンします?!」

 おや〜〜?期待に満ちた目になっちゃってるね?オレ、出来るのかな?

「エプロン・・・は無いけど・・・・・・手伝うよ」
「買おう?あのね、こう・・・短いの!カフェエプロン、似合いそうだよ。ソムリエの方がいいかな?」

 う〜ん。ちゃんに抱きつかれてラッキー!
 だけど、短いエプロン?ソムリエ?何だ、何だ?

「こう・・・・・・こぉ〜んな感じで。そうそう!くるみちゃんとね、学校の帰りに行ったカフェのお兄さんたちが
白いシャツに黒いパンツで。黒のソムリエエプロンが全員オソロイで。すっごい格好よかったんですよ〜」

 そんなに嬉しそうに話しちゃうの?
 いいなぁ・・・ちゃんにこんなに褒められて。どこのカフェなんだろう・・・・・・。
 くるみちゃんはちゃんのクラスメイトだったよな、確か。


「景時さん?」
「あ、ああ。ごめん、ごめん。エプロンは・・・よく知らなくて。選んでくれる?」
 分からない事は決めてもらうに限る。
「はい!やった!でも・・・こっそり決めましょうね〜?」
「・・・こっそり・・・なの?」

 こっそり?エプロンをこっそり?
 ちゃんの頬へ手を添えて、顔を近づけてみれば真っ赤だし。

「こっそりって・・・・・・こそこそしなきゃ駄目なようなものなの?その・・・ソムリエエプロンは」
「・・・・・・他の人には見せないの!私限定なんだから、景時さんのエプロン姿」

 う〜ん。ちゃんなりにヤキモチらしい。
 オレのエプロン姿にヤキモチってのがイマイチよくわかんないけど。
 問題はそこじゃないからいい。ちゃんの中ではそう思ってくれてるんだからさ!

「とりあえず、出かけようか。服は・・・着替える?」
 楽な格好なので、確認。
「どうしよぅ・・・・・・おしゃれしようかな・・・・・・」
 何でも可愛いけど、それは言ったらいけない。
 ちゃんは“オレのためにもっと可愛く”と考えてくれてるらしいから。

「よし!せっかくの外出だし。そうだな〜、着替えたらリビングでどうかな?」
 家には、ちゃんの部屋もあったりするんだ。少しだけ荷物が置いてある。
「はい!急いで着替えてきますね?」
「いいよ、慌てないで」
 小走りで部屋へ向かう後姿がドアの向こうへ消えるのを確認してから、オレも着替えをしに部屋へ向かう。
 
 まぁ・・・いいよな?オレは。
 ニットにコーデュロイのシャツ、カーゴパンツとコート。はい、決定!
 タンスを開けたまま、目当てのモノを取り出すと着替える。
「・・・・・・一応会社服じゃないし、いいかな?」
 スーツではない。ただ、オシャレでもない。オレには“お洒落”は縁遠い言葉だね。
 将臣くんに教わっても、年齢差は縮まらず。同じ格好には無理があるんだよなぁ。
 考えるだけ無駄と、そのまま戸締りを確認しながらリビングへ移動!
 ちゃんはまだみたいだ。
 ソファーでテレビを観れば、あちこちのクリスマス風景が中継されていた。

「・・・夜にはイルミネーションが・・・か」
 夜になると明りが点くらしい。そういうの、観たいかな?
 聞いた方がいいんだろうか?でも、聞くと逆に気遣われてしまう。
 この件は───

「お待たせしました!行きましょう」
 ・・・・・・行きたくないけど行かないといけない。サンタさんはいないらしい。
 そんな可愛いスカート姿でさ。足・・・見えちゃうよ?

「すっごく可愛い!だから、離れちゃ駄目だからね」
 軽く額へキスをする。リモコンでテレビを消して、車の鍵を持って準備OK。
 
 オレ、ちゃんを誰にも見せたくないんだけど。
 どうなの?サンタさんは。
 そういう願いもアリ?叶える気、あるの?
 声に出来ないまま、駐車場へと向かった。





「うわ〜〜、ボディボードしてる人いる・・・・・・寒そうっ!」
 窓の外の海岸を眺めながら、が首を竦めた。
「あれね〜、若いね!将臣君いたりして。なんでも、スーツに入った海水が体温で温まるから寒くないんだって。
ついでに、外がどんなに寒くても海は凍らないでしょ?」
「そうなんだ〜。ですよね〜、海が凍ったらスゴイかも!北極みたいかなぁ?」
 海が凍る程の寒さを想像するのは難しい。景時が笑い出す。

「あははっ。そうしたら、船要らないね。歩いて外国へ行けるかもね〜」
「もぉ!いくら私だって、そんなの出来ないのわかってますよぉ〜だ」
 窓から景時へ視線を戻す
 そのまま車は二人がいつも歩く通りを曲がり、店の裏手の駐車場へ入った。

 駐車場から表の通りへ出ると、それなりに人出がある。
「・・・・・・人はいるけど・・・みんな普通?」
 景時を見上げる
「まぁ・・・全部の会社が祝日や土曜日も休みってものじゃないし。逆にIT関連だとサービスセンターみたいな
トコは、交替で出てるらしいよ?」
「そうなんだ〜。大変ですね。景時さんはホントにお休み?」
「うん。休みぃ〜〜〜」
 の手を引いて、ドアを開けると僅かに音がした。

「いらっしゃいませ・・・・・・あれ?今日は・・・休みですよね?あれれ、彼女さんまで」
 景時の会社の傍にあるこの店は、裏手の一本細い路地にあるため目立たない。
 知っている人だけが来るという店だった。おかげでバイトの者たちとも顔見知りである。

「うん、もう休み〜。今日はランチの前にお茶をしようかなってね。街側は混んでそうでしょ?」
「あっ、ひでぇ〜の。ウチがヒマみたいなぁ〜〜〜。いつもの場所にします?」
 いつもの場所はカウンター席。多少混んでいても誰も座らないので空いている。
 景時にとっては別の理由があったりするのだが。

「そうだなぁ〜、どうしようか?」
 店内、三組しか客がいないのでがら空きである。選びたい放題。
「あ、あの・・・三人掛けのトコいいですか?」
「ええ。じゃこちらへ・・・・・・・・・」
 の意図を察したウエイターは、先を歩くと並んだ席の椅子を引く。
「どうぞ?」
 嬉しそうに座る。一方の景時はぼんやりと立っていた。

「え?」
「嫌だなぁ、こういう時はあの椅子に荷物を置いて並んで座るもんですよ?梶原さん!」
 景時の背を押すと、テーブルへメニューを広げて行ってしまった。
「あ・・・あ、そうなの?そ、そうなのかぁ〜、あはは!ご、ごめんね、気づかなくて」
 ようやく景時も腰を下ろす。

「あの・・・嫌でした?カウンターでもよかったけど・・・こっち初めてだし・・・いつもね、見てたの」
 他のカップルが二人で座る様子を───

「そうか。オレってそういうのは見逃しちゃうんだなぁ。ちゃんはこっちに座りたかったのかぁ」
 カウンター席は自然に並んで座れる。二人の距離が一番近いのだ。
 だが、はテーブルがよかったのだと自分の思いやりのなさを後悔した。

「ちっ、ちがっ・・・その・・・場所じゃなくて・・・・・・羨ましかったの」
 隣どうして食べ物をシェアしたりする光景が。皆から見えてもいいというこの場所が。
「ん?ココが?」
 景時は首を捻るしかない。

(いつも誰が座っていたっけ?───)
 騒がしいOL三人組や急いで食べて立ち去るサラリーマン、他にといえば───
 慌てて口元を手で隠す景時。
 景時も気づいたのだ。いつもカップルがここに、どのような状態で座っていたか。

「景時さん?メニューみる?」
 が景時へメニューを差し出す。
ちゃんは何がいい?もう決めたの?」
 メニューを開いてへ見せる。
「えっと・・・もう決まってるの?」
「うん。オレはカプチーノにしようかな」
 が目を瞬かせる。
「・・・いつもと違うの?」
「うん。いつもと違うの!」
 慌ててメニューへ目を走らせる。景時が違うものを頼むとは思わなかったのだ。
「アッサムティーにしようかな・・・・・・」
「と、いうわけでアッサムティーとカプチーノよろしく!」
 水を持ってきたウエイターへオーダーする景時。

「・・・カプチーノなんて珍しいですね?」
「うん。でさぁ〜、アレして?マスターいるんでしょ?こぉ〜んなの」
 景時がメモにその図形を描く。
「・・・梶原さんって・・・そういう人だったんだ」
 笑いながらも指で“OK”を伝える。
「そ。オレってそういうヒトなの。いつもの場所考えればわかりそうでしょ〜〜」
「マスター、出てきちゃうよ?」
 普段はカウンターの中にしかいない店主。
「別にぃ〜。オレは平気!」
 ひらひらと軽く手を振り、ウエイターを見送った。



「景時さん!あの・・・何かあるの?」
「ん?何にもないよ?ちゃんは今日はデザート食べなくていいの?」
「えっ?え〜っと・・・・・・だって、ケーキ作るし・・・味見するし・・・・・・」
 この席ならば、デザートを食べたかった。いつも見ていたあのデザートを。
「ふうん?気が変わったら食べようね。まだ昼前だし・・・のんびりしよう」
 軽くドライブしただけなので、昼には少し早い。
 手近な雑誌に手を伸ばすと、これから行こうとしていたショッピングセンターの広告が
あり、二人で回る順番を決めたりする。

「お待たせしました〜〜!」
 振り返れば、ひとりはいつものバイトの彼。もう一人はここのマスターだった。
「こんにちは!」
「こんにちは、ちゃん。今日はデートかな?」
 ウエイターがの前にティーセットを置いたのを確認して、景時の前にカプチーノの
カップを置くマスター。

「うわわ!可愛いぃ〜〜〜」
 が手を叩いて喜ぶ。
 カプチーノに描かれたハートのマークは、マスターの特技である。

「・・・だってさ。早く言え、こういう事は」
 肘を景時の頭へ乗せるマスター。
「・・・面目ないデス。思いつかないんだよね〜、こういうの」
「ばぁ〜か!・・・ごゆっくり」
 軽くへウインクをして、マスターが戻っていった。

「どぉ〜して?こんなの出来るの、景時さん知ってたの?」
「うん。何だかしてるの見たんだよね〜。聞いたら特技らしくて。ね、これちゃんが先に
一口飲んでみない?ハートの泡」
 ソーサーごとの前に移動させる景時。
「えっ・・・それって・・・・・・」
「ハート、半分こしよう?ココの場所ってさ、アイスのハートを半分してたカップルを思い出した
んだけど、今日はデザート頼まないって言ってたから。これもハートだよ?」
 が真っ赤になった。
「やだ・・・気づいてたんだ・・・・・・そういう事は言って下さい・・・・・・」
 はいつも見ていた。時々ここに座る二人組みを。
 マスターが気を利かせてか、デザートのバニラアイスにチョコレートでハートが描かれており、
スプーンで食べさせあっていたのだ。
「自信なかったんだ。大丈夫!ミルクの泡だし、そんなに苦くないよ?スプーンで食べる?」
 が頷いたのを確認して、スプーンでハートを半分掬うとの口元へ運ぶ。

「えへへ。ハート半分こしちゃった。景時さんも!」
「うん。あ〜〜〜ん。・・・・・・あいテッ!」
 景時の頭に拳が軽く当たった。

「・・・・・・見せつけるなよ!こんにちは、ちゃん!お馬鹿な彼氏は大変だねぇ?」
「こんにちは、田原さん!今日は・・・お仕事ですか?」
 景時の同僚で、も知っている人物だった。
「まぁ・・・仕事っていうか、トラブル?珍しいね、こっちのテーブル席。コイツね、カウンターだとさ、
ちゃんが・・・・・・」
「うわぁぁ!大変だね、仕事頑張れよ!オレはデートだから邪魔しないようにっ!」
 景時が立ち上がって田原の口を塞ぐ。

「・・・・・・別に?俺ってちゃんと話す機会はいくらでもあるし?今言わなくても、景時がいない
時につるっと言うかもね〜〜〜」
 ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべる田原。
 と田原は、が景時を待っている時に一緒に話しながらこのカフェで時間を過ごす仲である。
 もっとも、田原の場合はここへ逃げてきているので、会社へ戻れないだけだ。

「・・・また何かしただろ〜?オレの事はいいから!仕事しろよなぁ」
「・・・・・・報告書たまっちゃってさぁ。すっげー怒られてるトコ。総務から」
 いかにも田原らしく、が笑い出す。

「駄目ですよ?その都度すればそんなにたまらないのにぃ」
「だよねぇ!わかってはいるんだけど、出張精算とかさぁ、面倒くさいんだよ。それよりね・・・こっち、
こっち」
 の手を引いて、景時とが座るいつものカウンター席へ連れてくる田原。
「ここってさ、こっち側へ景時座るでしょ〜。そうすると、隣に自然と座れて、尚且つ、ちゃんを他の
奴に見せなくて済むというオマケ付き。そこの観葉植物の陰になるでしょ?あ〜スッキリした。言いたくて
仕方なかったのにさぁ。やっと吐かせたと思ったら、ちゃんと会わなくなっちゃって」
 景時が真っ赤になっているのを楽しんで眺めると、の手を離す。

「はい、お邪魔しました!俺、いつものと・・・何か女の子が喜びそうなの持ち帰りに作ってよ。仕事
手伝ってもらってるんだよね〜」
 田原はカウンターに座って、そのまま持ち帰りの注文をしていた。


「景時さん・・・カウンターって、そういう意味だったの?」
 席へ戻ったは、真っ赤になっている景時の耳に触れた。
「だってさ・・・心配で、心配で。それに・・・カウンター席って、無条件で隣に座れるでしょ?」
 今度はが赤くなる。
「そ、そうだったんですか。その・・・ごめんなさい。気づかなくて・・・あの・・・向こうに座る?」
「ううん。こっちでも隣でいいんだってわかったし。ごめんね?」
 照れながらも二人はお互いの思っていた事を知り、さらに距離が縮まった気がしていた。


「俺ってサンタさんじゃない?はい、良い子にはメリークリスマス!」
「あ、ありがとう。ちゃんと仕事しろよ!」
 ディスプレイのミニツリーをちゃっかり景時たちのテーブルへ置いて田原が会社へ戻っていった。

「田原さんって話しやすいですよね〜。私がここにいるとね、気づいてくれて」
「だね〜。モテるし、彼。口はあんなだけど、あれ差し入れだろうし。気配りさんだよねぇ」
 景時の心配を知っていて、会社を抜け出してをガードしてくれているのではと思った事がある。
 仕事を放り出せない景時に比べ、田原はいつでもフットワークが良くも悪くも軽い。

 『ちょっと行って来る!』

 両手を合わせて、小さくなって抜け出す田原を何度見送った事だろう。
 そして、と話をしているのを見つけて驚く事も何度もあった。

(参ったなぁ・・・・・・田原さんくらい上手に気配りしたいもんだよ)
 テーブルの上のツリーを眺める。

 カフェへ来たのは偶然だとしても、カウンター席の話を今日しなくともいいのだ。
「いつも待たせちゃってごめんね?・・・何話してるの?」
 そう深い意味はなくて聞いたのだが、が慌てだす。
「やっ、その・・・会社での景時さんの話・・・・・・田原さんお隣の席なんでしょ?色々・・・・・・」
「そっか。田原さんはねぇ・・・よく抜け出すから、電話番だよオレ」
 軽く溜め息を吐くと、が笑う。
「うん。それも言ってました。『この時間にここにいていいんですか?』って聞いたら、『俺には優秀な電話
当番がいるから大丈夫!あれ?俺の所為で景時がこられないのかな?』って」
「・・・邪魔されてたのか。ヒドイなぁ、もう」
 程よい時間までおしゃべりをして、ランチのプレートを注文する。
 流石に今日は席が埋まるほどの客は来なかった。


「これはサービス!マスターから」
 デザートの小さなバニラアイスにストロベリーソースでハートが描かれている。
「わ〜!赤だと本当にハートっぽい・・・・・・」
 が携帯を取り出して撮影する。
「う〜ん。皆、ちゃんにはサービスいいんだから〜〜〜」
 振り返ってカウンターの主へ軽く手を振る景時。

「そりゃあ、こんな可愛い娘が店にいたら、商売繁盛だし?景時さんが来るのが遅いと楽しいよ〜」
 バイトのウエイターは言いたい事だけ言って戻っていった。

「油断も隙もないなぁ」
「何がですか?はい!あ〜んして?」
 アイスを半分景時へスプーンで食べさせる
「う〜ん、幸せっ。いいのかなぁ、こんなに幸せで」
「いいんです。幸せは増えるんですから。はい!」
 が口を開けて待つ。口に入るよう少しだけアイスを掬うとに食べさせる。
「今日これ出来ちゃうなんて!嬉し・・・・・・」
 頬に手を添えて目を閉じたの唇を掠め取る景時。
「嬉しい日だね〜〜、クリスマスって」
「景時さんっ!」
「あれ?何かあった?」
 とぼける景時と照れるの組み合わせが、なんとも微笑ましい。
 祝日のランチタイムは穏やかに過ぎていった。





 家族連れで大混雑のショッピングモール。
 どこを見ても人ばかり。景色を楽しむ余裕などありはしない。
「・・・・・・すごい人」
 プレゼントを買いに来ているのだろうか、楽しそうな家族連れが多いがややくたびれている。
 この混雑では子供は厭きてしまうからだ。
「・・・だね。これは・・・・・・何事?」
 クリスマスという行事をそう深く考えていなかった景時にとって、理解できない混雑ぶりだ。
「えっと・・・・・・どうしよう?あの・・・・・・」
「そう困るほどでもないよ。予定通りのんびり回ろう?明日も休みだしね!」
 の手を取り、ガードをしながら店を見て回った。



「景時さん!これなの。黒がいい〜」
「これ?これは・・・・・・」
 景時にとっての初エプロンである。しかも、そのデザインは───

「こ、これは似合わないんじゃ・・・・・・」
「似合います!間違いないの。え〜っと・・・試着はナシにしましょうね?混んでるし」
 にとって都合がいいことに店内は混んでいる。

(景時さん、絶対に似合うもん。私だけなんだから)
 楽しそうにエプロンを持って会計場所へと走り去ってしまった

 そのを止める術を景時は知らなかった。
「あ〜っと・・・見送ってる場合じゃないって!待ってよ〜、ちゃん!!!」
 慌ててその後を追いかけたが、の姿を見失っていた。





「うわ〜、電話繋がらないし」
 そう歩き回ってはいけないと思いながらも、ついついフロアーをフラフラと移動してしまう。
「どうしようか・・・・・・」
 景時の背は高いから、ある意味目印にならないかと期待を抱きながら辺りを見回す。
 ふと目に留まったのが、可愛らしい雑貨の店だ。
 そこにの姿を見つける事が出来た。



ちゃん、見つけた!」
 会計を済ませたらしいの肩を後ろから叩くと、肩を震わせて振り返る
「かっ・・・景時さん!あの・・・ちょこっと遅くなっちゃって・・・・・・」
「いや?大丈夫。今日はね、携帯繋がらないみたいだよ〜?」
 すると、に番号札が手渡される。
「・・・何?」
「えっと・・・少し順番待ちなんです。だから・・・・・・」
 視線をあちこちに彷徨わせ言いよどんでいる。
 なんとなく察しがついた景時は、気にせずに話しを変えた。
「ふうん?じゃあさ、少し休まない?向こうのカフェだとね、空いてそうだよ」
 少しばかり値段が張るその店は、家族連れの姿はみられない。
 恋人たちの語らいの場となるわけだが、まさにモノをいうのが値段。
 学生層は入り難い店である。
「はい!そうしましょう?」
 そのままカフェに入ると、程なく席に案内されて休むことが出来た。



「あの・・・ちょっとこれ受け取りに行って来ますね?」
 どうやら本日に限っては、ラッピングを頼むと別の場所でしてくれて受け取りに行く制度
らしい。そもそもは景時のエプロンがそうだったのだろう。そして、他のモノを買おうと
思いついたらしいがとった行動は、いかにもわかりやすい。
「いいよ。ここで待ってるから」
 手を振って送り出すと、景時も行動を開始した。





 何事もなかったかの様に二人で食料品を買い込み車で帰宅の途につく。
 早速夕飯の支度に取り掛かりつつ、ケーキ作りの平行作業となる。
「やっぱり似合いますよ?」
「そっ・・・そうかな?」
 景時もエプロンをしての台所だ。
 の携帯にその立ち姿を早々とおさめられ、照れ気味の景時。

「今日も和食にしましょうね」
 の玉子焼きは絶品である。
 その手際のよさを眺めながらメレンゲ作りに勤しむ景時。
「ケーキって、こぉ〜んなに大変なんだね?知らなかったよ〜」
「そぉ〜なんです。秘密兵器があるからいいけど、泡だて器だと大変なんですよ〜」
 ハンドミキサーで景時がメレンゲを作り終えると、他の材料を混ぜ込んで型へと流し込む。
「オーブンで二十分くらいかな〜。景時さん!次は生リームをお願いします」
「任せて〜」
 ただミキサーを持っているだけといえばそれだけである。
 余所見したい放題。
 が夕食を作る姿を間近で眺められ、景時にとって楽しい限り。

ちゃん。次は何?」
「え〜っと・・イチゴを洗って・・・ここ。コレをとってくださいね」
「は〜い、はいっと!」
 に言われるままに簡単な作業を手伝う。
 の方は夕食の支度が終わろうとしている。
「イチゴ、イチゴ〜っと。はい!」
 洗い立てのひとつをに食べさせる。
「・・・・・・うん!真っ赤で美味しそうと思ってた通りですね!」
 少し大きめのイチゴ。真っ赤になっているイチゴに決めたのはだ。
「だよね〜。うん。甘いね」
 洗い終えたイチゴの水気を取りながら景時もひとつ摘まむ。
「ご飯先に出来ちゃいました。スポンジも冷まさないといけないし・・・先にご飯にします?」
 出来たてが一番美味しいに決まっているのだ。
 いつもよりかなり早めの夕食になってしまうが、打診してみる。
「そうだね〜。そうしよう!」
 ケーキ作りは一時中断された。





 食後にケーキ作りが再開される。
 が丁寧にデコレートする隣で、景時が食後のお茶とばかりにコーヒーの用意をする。
「上手く焼けてよかった〜。こっちは明日の分」
 小さいながらも上手く仕上がったイチゴのケーキ。
 冷蔵庫で冷やすとクリームが少しだけしっかりする。
「・・・・・・これは?」
 スライスされたスポンジの余りで作られたデザート。
 クリームがかけられ、カットされたイチゴがのっている。
「味見用です!今日のデザートに」
「そういう事か〜。明日のケーキを少しだけ食べちゃうんだと思ってた。コーヒーも用意できたよ」
 景時が豆を挽いて淹れたコーヒーだ。
「いい香りですよね〜。お茶しましょう!」



 テーブルの上には小さなツリーとポインセチア。
 キャンドルの明かりがゆらゆらとする中で、まったりと時間を過ごす。
「景時さん・・・・・・」
「ん?」
 を膝の間に抱えた景時が、の頬へと口づける。
「景時さんとクリスマスが出来ると思わなかった。すっごく嬉しい・・・・・・」
 家族とでも、友人たちとでもないクリスマス。
 特別なクリスマスを特別な人と迎える。
 世間に情報操作をされての思い込みだとしても、記念日が増えるのは楽しいことだ。
「そんな風に言ってもらえると嬉しすぎてどうしようかな・・・・・・」
 に話を聞いてはいたが、本当に何でもある便利な世界。
 初めての連続で目が回ったのはいつだったか───

「冬休みの間だけ・・・ここにいてもいいですか?ちゃんと両親に許可もらったし」
 こちらの世界へ戻ったからといって、いきなり何でも上手くいったわけではない。
 白龍に色々と用意してもらったとはいえ、景時の努力で馴染んで今がある。
「すごいな。それってクリスマスプレゼントみたいだね」
 を追いかけてきた。
 もう間に合わないとも考えたが、迷いはなかった。
「私の方がたくさん贈り物をもらってますよ。あの日からずっと」
「月のお姫様のためなら・・・何でもしたいよ」
 の手を取ると、景時が贈った指輪が光りを放つ。
「そんなにたくさん欲張ったらダメなんです。景時さんが追いかけてきてくれて。ここへ来て玄関を
開ける度に嬉しいんですよ」
 あれから一年経っていないのだが、季節は同じ冬が来た。
「それを言われると・・・参っちゃうな〜。うん。将臣君と譲君には騙されたよ」
「私もです。最初に言ってくれればよかったのにぃ・・・・・・。でも!今は嬉しいからいいです」
 景時はを抱える腕に力を入れる。
「オレも・・・・・・」





 春が来たら。
 オレの願いが叶う。
 君がオレの嫁さんですって、紹介に帰ろうと思ってるんだ。
 白龍もそろそろお菓子が食べたい頃だろうしね!






Copyright © 2005- 〜Heavenly Blue〜 氷輪  All rights reserved.


『十六夜記』景時蜜月ED夢の年の瀬ってことで!

 あとがき:ネタだけ放置のこの作品。ようやっと陽の目をみられそう?!(汗)     (2006.12.24サイト掲載)




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