月の微笑 其の一 最後まで、君に嘘ばかり吐いていたのに─── 『私の願いを叶えてください───たった一つでいいから───』 どうして『いいよ』なんて言ってしまったんだろう? そうだ。いつだって君の願いは、オレが叶えてあげたかったから。 今まで目を合わせないように、早く君の瞳から逃れようと。 君には何も言葉をあげられなかったから。 最後くらい、何か一つくらい、オレにだって出来るんじゃないかって。 それなのに、君ときたら─── 『絶対に、私のところに戻って来てください』 罰が当たったんだ。 オレが本当にしたかった事は、叶えさせてもらえそうにない。 それでも、オレの口は嘘吐きで─── 『約束する。絶対に君のところへ帰るよ───待っててくれるね』 最後まで嘘で塗り固めるしかなかった。 オレにとってのたった一つの願いも叶えられそうに無い。 君の願いを叶えたい、それだけの願いが─── 待っててなんて・・・最後まで酷いオトコだよな、オレって。 君を言霊で縛り付ける権利なんて無いのに。 もっとも、君に生きて欲しいという願いが叶ってしまったから。 これ以上、望むことなど何もないんだ。 君に捧げる最後の言葉が嘘になる前に、オレは急いで背を向けて源氏の軍へ戻った。 奥州から鎌倉へ向けて源氏軍は出発した。 進軍の時とは打って変っての遅い速度で鎌倉を目指す。 早々と決着が着いたために、この規模の戦としては被害は少ないといえば少ない。 それでも負傷者は多かった。そう早く移動できるものでもない。 更なる問題は、意識が戻らない政子の事だった。 「・・・・・・そうか。今夜は冷えそうだから、お身体を冷やさないよう頼む」 政子の世話をしている下働きの者からの報告を聞き、いつもと変わらない遣り取りが済んだ。 「・・・今日も目覚めない・・・か・・・・・・・・・・・・」 平泉での最後の戦いで、景時は真言を唱えた。 政子の身体に乗り移っていた荼吉尼天は、泰衡が準備していた大社へと封印された。 荼吉尼天の憑依から解放された政子は、その後目を覚ましていない。 かの邪神がいつから政子に憑依していたかは不明である。 だが、荼吉尼天の力がない政子は、頼朝にとって必要なのだろうか? (オレが会った時には、もう荼吉尼天の力を使っていらした───) 圧倒的な力で人の魂と心臓、欲望を喰らう荼吉尼天の恐ろしさを目の当たりにした景時。 (あまり揺らさないようにお運び申し上げないと───) 死んではいない。呼吸はある。ただ、目覚めない。 頼朝にどう報告すべきか悩ましいが、奥州は降伏したのだ。 一応の国の統一は出来たと思う。後は景時が考えるべき事ではない。 政子の身体を気づかいながらの鎌倉への旅路。 揺らさないようにとの配慮もあるが、足取りは自然に重くなっていた。 景時は、自分に割り当てられた宿の部屋から外へ出て月を見上げる。 「鎌倉へ帰れるのにね・・・・・・」 景時の家があるのは鎌倉だ。帰れるのが嬉しくないわけではない。 この後の自分の身がどうなろうとも、すべては起きたことを頼朝に報告するしかない。 (どんどん離れてしまうんだね───) 進めば進むほどとの距離は広がる。 にもらった香袋を取り出し、目の前に翳して軽く振る。 すると、微かに梅の香りが景時の鼻をくすぐった。 (オレは君に何もしてあげてもいないのに。オレだけたくさん思い出や香袋までもらってて。ズルイかな) 京邸でのひなたぼっこに香合わせ、夏の熊野での水遊び。 (せめて何か置いてくるべきだったかな。でもなぁ・・・形見分けみたいで・・・・・・) 心の何処かで何もに残したくないと思ったのだと気づく。そして─── 壇ノ浦で宝玉がの手に戻った時も、どこかで納得していた。 (あれは・・・・・・宝玉がオレから離れたというより。オレが突っ撥ねたのかもな) 仲間へ向けて銃の引き金を引くしかなかった。 あのまま時間が過ぎれば、にも銃口を向けなければならなかっただろう。 いくらなんでも、神子を八葉が殺すのは痛ましすぎる。 八葉ではない自分は、神子を守る使命から解き放たれた。 しかし、仲間たちから取り残された気持ちが残る。 それでも、結果として敵対してしまった以上、八葉ではない自分に安堵していた。 (ちゃんも、月を見ている?) 夜ごと姿を変える月は、その身を細らせつつある。 (君が生きていてくれるなら・・・・・・もういいんだ) 月明かりの下、静かにへ語りかけていた。 「景時さん、そろそろ鎌倉へ着いたかな?」 太陽の下、荒れた畑を整えて耕す手伝いをしているたち。 戦で踏み荒らされた田畑は、このままではとても作物を作れない。 「どうかな。陸路だろ?船なら早いけどね」 未だこの地に留まり、ヒノエは行動を共にしていた。 「・・・・・・文くらい寄越すもんだ」 九郎がぶつぶつと文句を言いながらも、作業の手は休めないでいる。 「忙しくて、それどころじゃねぇだろ。あいつの部下使ってここへ文をってのは無理があるぜ?」 将臣は腰を伸ばすと、遠くに弁当を手に歩く譲の姿を見つけた。 そろそろ昼時のようだ。 そもそも、鎌倉に離反した九郎が奥州にいるという口実が今回の戦の始まりだったのだ。 その九郎の首を討ち取らずに源氏の勝利だけを携えての帰還。 景時が勝手にこちらと連絡を取れる環境にあるわけがない。 「・・・そう・・・だな。俺も兄上の沙汰待ちの身だ・・・・・・これ以上、平泉を戦火に晒す訳にはいかない」 手を止めて、九郎も腰を伸ばす。 「・・・・・・無理してないといいんだけどな」 膝についた土を払い立ち上がる。 「そろそろお昼だね!譲く〜〜ん!お腹空いたぁ〜〜〜」 元気に手を振り譲を呼ぶと、それきりは景時の名を口にしなくなった。 ようやく鎌倉へ着いた景時。 まずは政子の容態を報告しなくてはならない。 政子に荼吉尼天の力がない事は先刻承知であったのか、頼朝は人払いをし、景時だけを奥の部屋へ 呼びつけた。 「・・・景時。九郎の首がないようだが・・・・・・」 わかっていながら尋ねる頼朝に返事をしなければならない。 握り締めていた拳をゆめるめて、肺へ空気を満たした。 「頼朝様の本意は平泉の平定にあったとお見受けしました。平泉にはもう反意はございません。度重なる 戦で勝利を収めてきた源氏の軍と、こう申しては何ですが、実戦経験のない田舎侍との力量の差を見せ つけて参りました。これ以上の犠牲は不要かと・・・・・・」 一息に戦果を述べると、頭を下げる。 「・・・政子は・・・・・・あれは神子が?」 首を横に振り、面を上げる景時。 「泰衡殿が・・・大陸の書物で例のお力の封印をすべく大社を建設しておりましたようです」 「ほう・・・・・・白龍の神子は、何も出来なかったのか・・・・・・・・・・・・」 真実を知るものは、あの大社に居た者だけだ。 の陽の力が使われたと知られれば、また頼朝が追捕の命を下すかもしれない。 (政子様が目覚めない限り、真実を知られる心配はない───) 仲間を守るため、を守るために、頼朝へ偽りの報告をする。 「泰衡殿は陰陽道にも通じておりました。辛うじて私の結界を解く術が勝りましたが・・・・・・龍神の神子は、 神力を泰衡殿に奪われており、龍神の力を発動したのは泰衡殿でした」 「ほう・・・それは上々であったな。しかし、荼吉尼天の力が失われたのは惜しいな・・・・・・」 頼朝は景時の方へ向き直る。 「泰衡が龍神の力を使ったのだな?それは・・・我にも使えるものか?」 次の力を求めて、頼朝は景時に問う。 「・・・泰衡殿でさえ困難であったようです。一撃目の波動は威力がありましたが・・・・・・」 辺りを薙ぎ払ったのは一撃目のみ。 続けて使われなかったところをみると、力の制御が出来なかったと見るべきだ。 「龍神の力につきましては、他の者に確認して下さっても結構です。実際、次の攻撃が来なかった隙に 大社へ攻め入ったのですから」 一瞬たりとも頼朝から視線を離すことなく受け答えをする。 の力はのものだ。頼朝に力が移る事は無い。 あるとすれば、頼朝にが捕らえられた時になる。 本人の意思を曲げさせての龍神の力の使用になりかねない。 (そんな事はさせない!) 腹に力を入れて、頼朝を見続ける。 「・・・・・・まあ、よい。政子もそろそろ目覚めるであろう。下がれ」 「はっ」 憑依されると、精気を消耗する。 ただ寝ていれば戻るというものでもないが、だからといって景時に何か出来るものではない。 恐らく頼朝は政子の許へ行くのであろうと、足早に部屋を辞した。 「軍奉行殿!恩賞の件は・・・それより、負傷した兵への手当てを・・・・・・」 今回は弁慶がいない。仲間は誰も居ないのだ。 「あ〜、そうだったね。うん、少し待っててくれるかな。何人か医師を手配しないと・・・・・・それに、点呼だけ して、元気な者は早く家へ帰らせてあげないとね〜〜〜」 あちこちの寺や御家人の邸に兵を分散させている。 物資と褒賞を早くしないと、頼朝のために働こうという者が減ってしまう。景時は素早く行動を起こした。 徹夜すること、三晩。いよいよ身体も限界に来ていたが、身体はひとつ、仕事は山盛り。 「・・・景時。ご飯はここにありますからね」 「あ〜、すいません母上。適当に食べますから・・・・・・」 書簡の箱も山盛りで、手を休める暇もない。 片手で握り飯を掴むと、そのまま次の文を読み始める。 「・・・・・・もう字が読めないよ」 眼を擦りながら立ち上がると、階へ出る。久しぶりに眺めた月は、姿を大きくしていた。 「上弦の月・・・・・・もうそんなになるんだ・・・・・・・・・・・・」 日に日にやせ細る月を眺めならの鎌倉までの道程。 そのうちに月を見る暇すらなくなって、鎌倉へ着いて四日目。 今度は月が日に日に満ちていたらしい。 (君が生きているなら、それだけでいいと決めたはずなのにね・・・・・・) 鎌倉に着くまでは睡眠もそれなりに取れていた。 しかし、景時の夢路にの姿は無く─── (夢にさえ現れてくれないなんてね。・・・・・・戻るまで姿すら見せてくれない気かな〜) 平泉でのの言葉を思い出す。 『私のところに───』 つい声を上げて笑ってしまった。 「・・・・・・もしかして、ものすっごく熱烈な言葉じゃない?」 は『平泉へ』とは言っていない。ただ、『私のところ』と言ったのだ。 「オレも・・・・・・君のところへ戻りたいよ・・・・・・・・・・・・」 これ以上寝ないで仕事は続けるのは無理だ。 少々寝たくらいで進みに大差は無いと判断し、その晩、景時は久しぶりに床に就いた。 翌朝、早くから頼朝に呼び出される。 「う〜ん。日も出てないよ・・・・・・」 呼ばれれば馳せ参じないわけにはいかない。重い体を引きずって大倉御所へ向かう。 いつもなら評定の場に通されるのだが、どうも案内される方向が違う。 (これは・・・・・・) 頼朝の私室の対の方角だ。部屋の前で案内の者が中へ景時の到着を知らせる。 「入れ」 頼朝の許可で景時が中へ足を踏み入れると、床から起き上がっている政子と目が合った。 (しまっ・・・・・・) 景時の嘘がばれたのかと内心穏やかではないが、もう心を読まれる心配はない。 「政子様・・・お加減はいかがですか?」 「景時が助けてくれたのですってね。ありがとう」 政子が軽く頭を下げた。 話の流れが見えない景時は、主である頼朝の方へ視線を移す。様子を見るしかない。 「政子が戦場で倒れたのをお前が運んだと言ったのだ。お前に話があるらしい。私は外そう」 他には何も告げずに頼朝が部屋を出て行ってしまった。 頼朝の部屋なのに主はおらず、また、その正室殿と二人きりにされてしまったのだ。 身構える景時に、政子が手招きをした。 「景時。そんなに離れていては声が聞こえないでしょう?もう少しこちらへ。私も声が出ませんわ」 「はっ」 膝を少しだけ政子が横たわる褥へと進める。 「景時、それでは遠すぎですわ。・・・・・・何も致しません事よ?」 クスクスと口元に手を当てて政子が笑う。 「しかし・・・・・・」 「頼朝様も時期に戻られます。早くなさい」 今度こそ、政子の傍まで近づいた。 「・・・・・・ごめんなさいね。私・・・力が欲しかったの。あの人を守れる力が。あの人の願いを叶えられる力が。 それが邪神を招く結果になってしまったのね」 悲しげな表情で景時を見つめる政子。 「政子・・・様。記憶が・・・・・・」 政子がすべてを覚えていたのかと、景時はそれ以上言葉を発せられなかった。 「すべてを覚えているわけではないの。ただ・・・・・・あの人が私を現世へ引き止めて下さいましたわ。後悔は 無いけれど、多くの犠牲を出してしまったわね・・・・・・」 政子の視線は、景時よりも遠くの庭へと向けられた。 「・・・あなたも同じでしょう?それは時として、恐ろしいものを招くわ。お気をつけなさいな。私は、自分に自信が なかったの。この身ひとつでよかったのに・・・・・・」 静かに微笑む政子は、少しやつれてはいたが美しいと思った。 一度軽く目を閉じて再び開く景時。 政子が景時の嘘を見逃そうとしているのだ。 「私はもう・・・引き返せないのです。多くの犠牲を払ってもと、願いを叶えてしまったのですから・・・・・・」 景時も政子が眺めているであろう庭木の方へ視線を移す。 邪神を呼ぶ事はなかったが、多くの命を犠牲にし、仲間の心をも欺いて叶えた願いだ。 (もう・・・これでいい・・・・・・) 太陽に照らされた庭は、まだ冬の気配を漂わせていた。 「・・・・・・よくお考えなさいな。まだ間に合うかもしれなくてよ?そろそろあの人が戻ってくるわ」 景時は元いた場所まで移動して政子から離れる。 すると、間もなく頼朝が戻った。 「話は済んだのか?」 「はい。礼をと言うのに、景時は受け取ろうとしませんの。あなたから何か景時に褒美を差し上げて下さいな」 「何か・・・・・・とな?・・・・・・」 頼朝に見つめられ、景時が頭を下げた。 「私より御家人、兵たちへの褒美を先に・・・・・・ただいま、何も行き届いておりませぬ。鎌倉に留まるにも、何か と入用にございます。平氏から没収した領地の検分もまだ済んではおりませんが、急がせてございますゆえ」 「そうか。それは本日評定の場にて仮決定するがよかろう。そなたには、のちほど政子と決めて何か取らせる」 「はっ。ありがたき幸せにございます。それでは、私は仕事がございますので」 本日の評定の議題の準備と根回しが必要だ。 景時はそのまま頼朝の私室を退出した。 各御家人の此度の戦の恩賞の配分を考えねばならない。 最後は頼朝が決めるが、原案は必要だ。 (ま〜いっちゃったな〜。お年よりは煩いし。かといって、勢力具合も考えないと危険だし・・・・・・) 頼朝の腹心の御家人を手厚く遇したいが、あまりに差がありすぎると不満が出る。 「こりゃ・・・今夜は寝られそうにないかな〜〜〜」 あくまで仮決定だ。後から各自、より多くの褒賞を願い出てくるのは必至。 調整役になってしまいそうな景時としては、嬉しくない事態だった。 そのまま季節は冬を越し、春を迎え、初夏の日差しへと移りすぎた─── 鎌倉では桜が散った頃、平泉ではまだ桜が咲いていた。 「あ〜、春が終わっちゃうね〜〜〜」 洗濯物を干し終えたが庭で大きく伸びをした。 戦が長引かなかったため、土地も早々と手入れが済み、今ではすっかり穏やかに過ごしている平泉の人々。 変わった事は、九郎が院へ官位を返上し、鎌倉からの追捕が無くなった。 御家人集のひとりとして、平泉の秀衡を手伝うことを頼朝から許された。 秀衡も鎌倉の御家人になったとはいえ、この土地の主が秀衡なのには変わりがない。 この土地を頼朝から任されたという形式上の変化だけだ。 弁慶はすっかり薬師として働き、敦盛がその手伝いをしていた。 リズヴァーンと将臣は九郎に乞われて秀衡の手伝いをしており、譲は仲間の住まいの専業主夫。 朔は時々近くの寺へ務めに出るようになった。 残る白龍とは─── 「白龍。今日はどこへ行く?」 「今日は天気が良さそうだ。山の方まで行けるよ?」 この平泉の地に龍神の加護を与えるべく、あちこち歩いては土地の力を満たしていた。 「今日は、朔も行く?」 「そうねぇ・・・・・・」 家の仕事を譲に任せっぱなしも悪い。しばし考える朔。 「神子!ヒノエが来るよ。気を感じる───」 「うわ〜、お出かけ中止だね!雪が積もる前に熊野へ帰って以来だから、久しぶりだ〜。歓迎の準備しなきゃかな? 譲くんに言ってくる!」 が台所にいるであろう譲の許へ駆けて行った。 「白龍。・・・・・・兄上の気はわかるの?」 が離れてから、小声で朔が白龍に尋ねる。 「景時の?それは・・・・・・少し遠すぎるね。ここからでは探れない」 「そう・・・・・・そうよね。・・・私たちも行きましょう」 朔と白龍も、久しぶりの訪問者に心が浮き立っていた。 「元気そうだね、姫君たち。まさか出迎えられるとは思わなかったよ」 門の前でヒノエを出迎えるたち。 「久しぶり、ヒノエくん。白龍がね、ヒノエくんが来るよっていうから、待ってたんだよ!」 「へ〜、白龍がいると姫君を驚かせられないって事か。内緒で忍び込むのは難しそうだな」 譲がヒノエの背中を軽く叩いた。 「馬鹿言ってないで。今日着いたのか?朝飯は?」 「あはは!出来れば何か食わせてもらえると有難いね。それに、九郎たちはいないみたいだし。近況くらい聞かせて くれるんだろう?」 軽く片目を閉じて見せるヒノエ。 「・・・・・・変わらないな〜、ヒノエくんは。そうだね、まだこっちには桜も残ってるし。お庭でおしゃべりしよ」 「うん!神子、私も手伝う」 「じゃ、譲くんはおやつも担当お願い〜。私と白龍で敷物を用意するから。ヒノエくんも外で食べよ?」 が軽い足取りで白龍を連れて邸へ入っていった。 「・・・・・・カラ元気ってやつ?連絡ないの?」 ヒノエが腕組みをしながら譲を見る。 「・・・・・・あったらあんな顔しているわけないだろ」 「へぇ〜。でも、こういったら朔ちゃんには悪いけど、生きてはいるぜ?嫁の話も出ているみたいだし」 「えっ?!兄上に?」 名前は出さずとも、景時の話をしているのだ。朔が思わず声を上げた。 「しぃ〜っ。声が大きいって。そっか・・・こちらには何も・・・いや。あいつが隠してんだろうな〜」 隠しそうな人物はひとりしか思い当たらない。三人が同時に溜め息を吐く。 「何をグズグズしているのかしら。もう問題は無いように思えるのに・・・・・・」 「どうかな〜。問題が無いように思わせているのかもしれないぜ?景時って一途過ぎて怖いよな〜、前例あるし」 仲間を裏切ってでも助けようとした男だ。鎌倉で九郎を取り成したのも景時であろう。 ならば、最後のあの大社での出来事をどう収めたのか? 「ま、いいや。俺としては恋敵が居ないのは助かるしね。じゃなきゃわざわざこんな遠くまで通わないって」 ヒノエが庭へと歩き出す。 「・・・・・・ヒノエの冗談はさておき。俺は朝飯とお菓子の準備をしてきますね」 譲も台所へと向かう。ひとり取り残された朔。 「・・・・・・兄上。との約束をどうなさるおつもりなの?」 青く晴れ渡る空を見上げ、遠く鎌倉にいる景時を思う。 空が繋がっているのならば、言葉を届けて─── |
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『十六夜記』景時蜜月EDの空白部分はこうだといいな!
あとがき:氷輪にしては長くなってしまい。まずは始まりはこんな感じで区切ってみました。 (2005.10.23サイト掲載)