title flower garden     page No. 001

 星の舟で宇宙からアルカディアを見たのは数日前だ。
 けれど、あの出来事がある前から仲間であり、一番の理解者
だったニクスに対するの想いは───



(ニクスさんが、こんなにお寝坊さんだったなんて・・・・・・)
 隣でまだ眠っているニクスを眺める。


 残念ながら、わざと・・・である。
 あまりにきっちりしていると、の性格からして
緊張してしまうだろう。
 ニクスはわざわざ隙を作って見せるようにしているのだった。


「ニクスさん?今日は一緒に水撒きの約束ですよ?」
 軽くニクスの肩を揺すると、静かに目蓋が開かれた。
「・・・おはようございます。・・・私とした事が、うっかり寝過ごし
てしまったようですね」
「いいえ。起きる時間は、まだなんですけど・・・いいお天気だから」
 時計を見れば、まだ七時にはなっていない。
 そのまま窓の方を振り向くと、朝の光が輝いていた。
「花壇を見に行かなくてはいけませんね。すぐ支度をしますよ」
 身体を起こしたニクスを見て、慌ててはベッドから
飛び起きる。
「待って!待ってくださいね?」
 ドレッサーへ向かうと、ブラシとリボンを手にすぐに戻ってくる。
 の朝一番の仕事だ。
 着替えの前に髪が絡まらないようにとの配慮で始めたことだが、
ニクスに礼を言われたのが嬉しくて、毎日することに決めたばかり。
「・・・そんなに慌てなくてもいいですよ」
「でも・・・今朝は芽が出ているかもしれませんから。早く行ける様に」
 大人しくベッドの端に腰をかけ、ベッドの上で膝立ちで近づいてくる
へ背を向けた。





 時空の亀裂での戦いの後、仲間と無事に陽だまり邸へ戻れた。
 あの最後の戦いで、はニクスへの想いを自覚した。
 だからこそ受け止めてもらえて嬉しかった。
 そして、二人で最初にしたことは、荒れてしまった花壇に再び花の
種を蒔く事。
 そろそろ芽が出てもいい頃合で、毎朝の水遣りが待ち遠しい。

「・・・まだ・・・みたいですね?少し深く掘りすぎちゃったのかしら」
 軽く蒔いたつもりだったが、思ったより芽が出ない。
「そう心配することはないでしょう。以前も、かなり時間が経ってから
芽が出ましたからね」
 ニクスの方は、となら花が咲いた思い出があるので、
発芽が遅くても気にしていないらしい。
「うふふ。そうでした。今度は何色かしら?」
「おや、おや。種の種類を見ていなかったのですか?」
 隣に座る愛しい存在と視線を合わせる。
「だって。可愛い花なら何でもいいからって、たくさん買っちゃったのは
ニクスさんですよ?・・・混ぜちゃったのは私ですけど」
 全部蒔くつもりで袋を開けてしまったのだ。
 種には蒔き時があり、全部が全部蒔いていいとは限らないのだと、開けて
から思い出した。
 幸い、すべて今の時期でいいという表記だったが、焦った
立ち上がった拍子に種が混ざってしまったという経緯がある。
「・・・赤にピンクに・・・オレンジ・・・・・・明るい色を選んだつもり
なんですが・・・・・・」
「えっ・・・・・・私が選んだのは、ニクスさんに似合いそうな青に白に
淡い紫・・・・・・」
 二人が顔を見合わせる。

「ふふっ・・・困りましたね?それでは、すべての色の花が咲きそうだ」
 花壇いっぱいに様々な色が咲き乱れるのだろう。
「それじゃ、何色が一番初めか勝負しましょう!」
「いいですね。は何色にしますか?」
 ニクスはもう決めてある。
 どこか儚げなには、淡いピンクの花が似合うと思う。
「どうしよ〜。あの時買ったのは・・・・・・」
 医者を目指していただけあって、意外に冷静な分析派だ。
「私はピンクにしますよ」
「ええ〜、もう決めてしまったんですか?私は・・・・・・」
 水を撒いて土の色が変わった花壇を見つめながら考え込んでいる。
「白!白にしますね?勝ったら、願い事をひとつにしましょう」
 早々と勝つ気でいるのが表情からわかる。
「よろしいですとも。楽しみですね」
 勝負の行方は、僅か三日後に判明することになった。





 ある日の午後、ニクスがピアノを弾いていると、ドアに気配を感じる。
 指を止めて、呼びかける。
ですか?」
「・・・はい」
「こちらへどうぞ」
 招かれたので、ノックせずにドアを開けて部屋へ入る
「お邪魔しちゃいましたか?」
「いいえ。久しぶりに気分がよかったものですから・・・そろそろお茶に
しますか?」
「その前に、今の曲・・・・・・」
 曲名は知らない。
 木陰で空を見上げた時の気分になる曲。
「もちろん。近くへどうぞ」
 ドアに背を預けて立っていたを、ピアノの側へと誘う。
「はい!」
 ニクスの背後に立ち、その綺麗な指が鍵盤を滑るように動くのを眺める
だけで嬉しくなる。

(いいな・・・ピアノ・・・・・・私も弾けたらいいのに)
 良家の子女ならば、ピアノの稽古は必須。
 も幼い時は習っていた。
 両親が亡くなってからは、そういった稽古事から離れてしまい、また、
医者を目指すと決めたときからまったく生活の中になかった。
 考え事をしながら聞き入っていたため、その指が止まった意味を理解
するのに時間がかかってしまった。

「どうか・・・しましたか?」
「あっ・・・いいえ。何でもないです」
 首を振るを訝み、ニクスはを抱きしめた。

「嘘は・・・いけませんよ?そう・・・耳は曲を聴いていたけれど・・・
心は遠くにあったようですね・・・・・・」
 の手がニクスの背に回された。

「私、小さい時に少しだけピアノを習っていたんです。それで」
 続きの言葉が出ない。
 今から習ったらどうだというのか、自分自身答えが見つかっていない。
 ニクスがふわりと微笑みかけた。

「そういう事でしたら・・・私にお任せくださいますか?マドモアゼル」
 手を引かれ、ピアノ用の長椅子に二人で並んで座る。

「そう・・・はじめはこの曲から・・・・・・」
 まずはニクスが右手で弾き始める。
「覚えられそうですか?」
「はい!少し・・・覚えてます」
 が右手で弾き始めると、ニクスが左手で弾き始める。
「わぁ・・・・・・」
 二人でひとつの曲を奏でているのだ。
 曲がスローなので、主旋律がぎこちなくても音としては悪くない。

「うふふ。ピアノ・・・・・・」
 鍵盤を叩くのだが、叩いた先は絃が張ってある。
 弦楽器特有の音ではないが、澄んだ音は気分が華やぐ。
 曲の最後に、軽く鍵盤の上を指で左から右へと流した。




「週末はピアノのレッスンというのはいかがですか?こうして並んで練習
するのは、楽しいでしょう?」
 ニクスの申し出に頷いて返す。
「・・・嬉しい・・・・・・ピアノ・・・好きみたいです」
 音色が美しいと思った。
 続いて、弾いてみたいと思った。
 答えは案外簡単で、ピアノを弾くことが好きだったことを思い出した。
「そう。それはよかった。それでは、お茶にしましょうか。今日は何か
リクエストはありますか?」
「今日はガトーショコラを焼いたんです!だから・・・・・・」
「それはいい。急いで下へいかないと、食べられてしまう」
 陽だまり邸の住人の中には、スイーツに目がない人物もいるのだ。
「大変!レインが今日は庭にいたから・・・・・・」
 研究に没頭すると部屋に引き篭もる人物は、本日は外にいたらしい。
「それはますます急がないといけませんね?」
 に手を差し伸べる。
「はい!」
 その手に手を重ねると、階下へ急ぐ。





 まもなく、恒例のお茶会を開催───




 2006.11.21
一緒に暮らすのが先だった二人v