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 『薄氷』  知盛×望美編







「わ・・・昨日忘れちゃったんだ・・・・・・」
 うっかり忘れていた桶に入った水。
 野菜を洗おうとしたまでは覚えていた。
 しかし、朔に呼ばれた後、手に持った大根は台所の
水で洗ったため井戸端に置き去りにされてしまった桶。

 そっと指を伸ばす───

「氷ってる〜〜〜。寒かったもんね、昨夜」
 これ以上チカラを加えると割れてしまう。
 誰かに見て欲しいと思い、立ち上がると一番に見て
欲しい人物を呼びに行った。



「・・・・・・このために?」
 かなり嫌そうな顔で望美が指差す桶へ視線を投げる。
「だって。綺麗に出来てるよ?氷」
 水が透けている加減がなんともいいのだ。
 真っ白ではなく、透明でもなく。
 地面や池に出来る薄氷とは少し違った趣きがある。

「・・・この寒いのに、つまらん事で起こすな」
 踵を返す知盛。
 その背の狩衣を鷲掴みにして引き止めた。
「ちょっと!綺麗だから一緒に見たいと思ったのに。
もう少し感動しないの?」
 朝一番の少し寒い空気が肌に気持ちいい。
 そんな中で、知盛と少し語らってみたかったのだ。

「・・・くだらんな。童でもあるまいし」
「子供の時なら嬉しかった?ね〜〜〜、何か話して?」
 知盛の腕に取りすがり、この機会を逃してなるモノかと
強請りまくる。
 それでなくとも自分の事を進んで話はしないのだ。
 別に弱みが知りたいのではなく、ただ知盛のことなら
何でも知りたいという、それだけ───


「・・・弟と・・・な。これを投げて遊んでいたんだが」
 あっさり桶の中心に指を立て、氷を半分に割ってしまう。
「どうやって?氷投げたら楽しい?」
 さらに半分にした氷を投げる知盛。
 氷は庭石にあたって砕け散る。
 その砕け散った氷に朝日が乱反射した。

「わ・・・・・・綺麗かも」
「まあな」
 続いてさらに小さな氷を摘まむと、望美の目の前にかざす。

「他には・・・寝ている兄上の背に入れたな」
「・・・それ心臓麻痺で死ぬから」
 いかにも入れられそうなので、知盛の手から小さな氷の
欠片を取り上げる。

「冷た・・・・・・知盛って冷たくなかったの?」
 手の中で解けかかっている氷を眺める。
「クッ・・・温めさせてもらう」
 一応は濡れている手を衣で拭いてから、望美の胸元へと手を
忍ばせた。
「ひゃうっ!おバカっ!心臓止まっちゃうでしょ〜」
 知盛の手首を掴んで引き離す。

「これでもいいでしょ〜」
 望美が手を繋ぐと、不満そうに鼻を鳴らされた。
「つまらん。・・・・・・二度寝に付き合え」
 望美を抱きしめ、その項に口づけを落とす。
 知盛の口づけの冷たさに望美が首をすくめた。
「やんっ!・・・冷えちゃったね?この吸い込むとちょっと冷たい
空気が気持ちいいんだけどなぁ。知盛にはわかんないかな」
 いつだって起きはしないのだ。
 まして冬など起きる気もないだろう。
 それでも望美に付き合ってここまで足を運んでくれた。
 その事実が嬉しいと感じる。

「・・・返事は?」
「いいよ。そのかわり・・・冷たい手でいきなり触らないでね?」
「ああ。だったら・・・こうしていればいい」
 知盛から望美と手を繋ぐ。



 雪解けの季節までは、もう少し。
 ある冬の日の朝の出来事。