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 『お昼寝気分(梅雨ver.)』  知盛×望美編







「また寝てるよ・・・この人・・・・・・」

 いつ訪れても寝転がっているのはどういう事?と、疑いたくなる生活習慣の持ち主が望美の想い人である。
 足音を忍ばせて近づく。


 これには訳がある。
 ひとつ、起こさないための配慮。
 ふたつ、悪戯をするための準備。
 みっつ───


「・・・で?今日は何の用だ・・・・・・」


 背後に望美が居るのに気づいても、振り返らずに肘枕で転がっている。
 知盛まであと数歩の距離で、諦めた望美が座り込む。


「何の用って・・・・・・用事がなければ来ちゃいけないの?知盛、ちっとも来てくれないんだもん」


 足元が濡れるのが嫌なのか、梅雨になってからというものパッタリと知盛の訪れが途絶えたのだ。
 最後に顔を見たのが五日前。
 わざわざ望美から出向いて来たというのに、まったく起きる気配が無い。


「・・・古より・・・忌み月とされているんだ・・・・・・・・・・・・」
 

 庭先に落ちる雫の音だけが響く。


「そんなの知らないもん。・・・・・・いいよ、帰る」


 衣擦れの音を立てながら望美が立ち上がる。
 それでも知盛が起きる気配はない。


 別段用事など無い。
 ただ、会いたかっただけと言えばよかったのだろうか?
 それはそれで、言うのが悔しい。

 
(来なきゃよかった・・・・・・)


 もしも知盛に会いに来なければ、この様に冷たく憎たらしい扱いを受けずに済んだはずだ。
 一度だけ振り返ると、帰りは足音を立てて部屋を出た。





 車宿まで戻れば、景時がつけてくれた従者たちが寛いでいた。
「あの・・・用事、済んじゃいました。雨なのにごめんなさいっ!帰りもお願いします」
 雨で退屈して外を眺めていた望美のために、景時が用意してくれたのだ。
 望美だけが車の中で、牛飼いも従者も徒歩である。


 『雨、退屈でしょ?出かけてきたら?』


 遠回しに会いにいけという景時の気遣いを受けて、梶原邸を後にしたのは半時前。
 こんなにすぐに済むのならば、雨に濡れてしまった従者たちに申し訳なかったと反省する望美。


「・・・あのぅ・・・・・・」


 いくらなんでも、返事ももらえない程不愉快にさせてしまったかと、下げていた頭を上げる。
 従者たちは、そろって口を開けて立ち尽くしていた。


「えっと・・・・・・ひゃっ!」
 突然視界が変わり、望美が声を上げる。
「知盛?!」
 荷物のように担がれてしまったが、望美の目に映る狩衣は知盛のものだ。


「梶原殿に言伝を・・・・・・雨が止みましたらお返しいたします・・・とな。下がっていいぞ」
 望美を抱え、自分の部屋へ向かって渡殿を歩き出す知盛。
 何故か足音がしないのが特徴といえば特徴。


「なっ・・・だったら最初から返事してくれればいいのにぃ」
 悔し紛れに知盛の背中を叩く。

「ああ・・・そのつもり・・・だったんだが・・・・・・掴み損ねたな」
 袿ではなく袴で望美が来たために、帰り際に捕まえ損ねたのだ。
 常ならば知盛の手が届く距離であったものを───

 それこそが望美の足音を忍ばせる三つ目の理由。
 知盛に捕まらないように───


「袿は止めたのか?」
 何とはなしに尋ねる知盛。袖が短いので掴み損ねのだ。
 掴まらないための計略とも思い難い。


 ようやく暴れるのを止めた望美が、あっさり返事をする。
「だって、牛車に乗るのに面倒だし。湿気が多いと重いんだよ?着物だって」
 つまり、恋人に会いに来るのに、着飾るより実用をとったという事だ。


「・・・クッ、クッ、クッ・・・・・・着替えさせるか。忌む物もない」
「は?」
 部屋に花が咲くように望美を着飾ろうと考える知盛。
「忌む物もないって・・・忌み月って言ってなかった?」
 物忌みくらいは望美とて知っている。
 それが、忌みの月ともなれば、出てはいけないという事くらい想像がつく。


「夜歩きを・・・忌む月だからな・・・・・・歩く必要がなければ、忌む必要も無い・・・・・・」


(夜に出歩いちゃいけないって事だよね?出歩かないからって・・・・・・)
 忌み月の真の意味を知った望美。



「知盛のお馬鹿ぁ!だましたでしょぉぉぉぉぉぉ!!!」
「・・・そう叫ぶな。いいから膝を貸せよ・・・・・・眠い」



 まんまと知盛の計略にのせられて、出向いて来てしまった望美。
 そのまま夏まで知盛の部屋で世話になった。