| 紫紺 8/31 「こぉ〜い青紫で、群青色じゃない青で限りなく紫色の布って・・・ないかなぁ?」 「・・・もう少し何か・・・・・・」 「茄子っぽいけど、もっと高級そぉ〜なの。あのぅ・・・夕暮れのグラデーションの一部って いうか・・・紫だけど青っていうか・・・・・・微妙な色」 紫といえば高貴な色とされている。 官位で定めた最高位の色や、宮廷で好まれたために“高貴”とされているが、薬用的価値の 高い紫根を染料とした色。 日本に古来よりあった色である。 何を突然考えたのか、が言い出したのだ。 「あかねさす・・・の紫草で染めた布なら・・・・・・」 「どんな色?あのね、風呂敷色・・・っていってもわかんないよね〜」 何が作りたいといって、景時にお守りを作りたかったのだ。 お守りといえば朱色か紫紺である。 朱色よりは紫系統の方が景時が持っていても違和感がない。 「風呂敷・・・ではないけれど、舞扇を包んでしまった布が・・・・・・」 立ち上がると、扇が入っている引き出しから小さな箱を開ける。 包んである扇だけを箱へ戻して、布だけをへ手渡した。 「でも・・・これって朔が使ってるよね?切ったりしたら・・・・・・」 「いいのよ。この布だって、何かの端切れですもの。これをどうするの?」 「うん・・・景時さん、鎌倉に行ってるから。最近お出かけ多いから、お守り」 いつも明るいにしては珍しく、俯いて端切れを握り締めている。 「・・・大丈夫よ。何度も行ったり来たりしている道ですもの。の手元の方が心配」 「ひっどぉーい!朔ったら。ものすっごく思いを込めて、きっちり縫うもん。アリガト!」 足音を立てながら朔の部屋を飛び出す。 さっそく今から裁縫道具を広げるのであろう事は、誰にでもわかる程にわかりやすい。 「兄上ったら・・・・・・文も寄越さないから・・・・・・」 景時からの文が最後に来たのが五日前である。 「さて。夕餉の支度でもしようかしら」 軽く溜息を吐いてから台所へ向かった。 慌しく食事などを済ませると、再び部屋に篭もりきりになる。 お守りにそんなに時間がかかるのかと疑問も残るが、放っておくことにした朔。 「まさか・・・あの大きさの布だから、そう時間はかからないと思うけれど・・・・・・」 明かりが漏れている部屋の様子を窺うと、そのまま就寝した。 「モモもさ、チョビがいないと寂しいよね」 の道具箱の前で丸くなっているモモに話しかける。 「あのね?ここの世界へ来たばかりの頃って、何でも一人で頑張らなきゃって。すっごく 気合が入りすぎちゃってたの」 の話を聞いているという合図なのか、時々モモが頷くような仕種を見せる。 「でもね、景時さんが・・・・・・笑いかけてくれて。こう・・・肩に力が入りすぎてたって 初めて気づいて。それからは・・・もう景時さんを目で追ってたんだ〜。だから・・・・・・」 無事に刺繍まで終わったお守り袋をモモの目の前に置いてみせる。 「景時さんが私を見ていてくれないと・・・怖いんだ。どうしよぅ・・・・・・」 褥に横になる。 モモがさりげなくの隣に潜り込む。 「モモは・・・チョビがいなくても平気?私ね・・・つい話しかけそうになる度に、寂しい」 モモの額を指でつつくと、モモが首を傾げる。 「あはは。寂しい・・・は難しいかな。ん〜〜と・・・つまんないって感じ?」 今度は大きく頷かれ、の気持ちが伝わったことがわかる。 「今日も一緒に寝ようね」 仲良く眠りにつく。 今宵も景時は帰らなかった。 明けて翌日。 いつも通りに家事をしている。 ただし、何をしても溜息を吐く様子は見ている方が痛々しい。 「右近・・・文遣いは今朝は着いていないの?」 「・・・はい。こんなに文がないのは珍しいですね」 「そう・・・なのよね」 出かけている時は、三日に一度は宛に文が届くのが普通になっていた。 内容は別にないらしい。 珍しい食べ物を食べたなど旅の書付程度の文だが、を安心させる効果は十分だった。 「・・・兄上ったら・・・・・・忙しいなら、忙しいとだけでも・・・・・・」 その時、ひらりと空から舞い降りる物体─── 「チョビ!?おかえりっ。景時さんは?」 手を伸ばしてがチョビを迎えると、早速足をに出す。 「お手紙!チョビ〜、大人しくしてて〜」 読むと消えてしまう呪いの文だが、にとっては待ちに待っていた景時の消息だ。 「・・・将臣くんのトコ経由で帰ります〜〜〜?意味不明だよ」 景時は頼朝の御家人で部下。だから九郎の部下として働いている。 将臣は景時の上司ではない。 「で・も!景時さん。無事なんだね?」 がチョビの頭を撫でると頷く。 「お仕事お疲れだったね、チョビ。モモと水浴びするとイイよ?おいで!」 洗濯物を干し終えた盥にチョビとモモをいれると、桶から水をいれてやる。 ぷるぷると首を振りながら、水の中でじゃれている二匹を眺めるのはついつい和む。 そんなを簀子から眺めていた朔と右近は、静かにその場を辞した。 「ただいま〜〜〜!で、将臣くんと譲くんも一緒だよ〜。後から九郎たちもくる〜〜〜」 景時と将臣が庭からその姿を現す。 は駆け寄り景時に飛びついた。 「お帰りなさいっ!よかった〜〜〜、無事で!」 「あ・・・ごめんね〜?連絡しなくて。ただいまっ!」 を抱きしめて頬ずりすると、ピタリとその動きを止める景時。 「・・・ごっ、ごめんっ!オレ、帰ってきたばかりで汗臭いし・・・・・・」 「もぉ〜!感動の再会なのにぃ。いいのっ、景時さんだから。・・・譲くんは?」 一名足りないことにようやく気づいた。 「あ〜〜〜、なんだ。景時が忙しかった理由。・・・台所借りてると思う」 将臣はさっさと階に腰掛けて続きを言いそうもない。 ならばと景時を見上げると、軽く片目を閉じられた。 「忙しかったって・・・・・・」 「ん。富士の氷を頼朝様が帝に献上するってことで、急遽輸送の隊長になっちゃってさ。 急がないとこの天気だから溶けちゃうしでさ〜。でね、内裏に行ったらおすそ分けもらって。 ちゃんとかき氷食べたいな〜って、九郎のトコへは文書いて、真っ直ぐ帰ってきちゃった」 西国の上司を無視して帰宅したらしい景時の心遣いに、の胸が暖かくなる。 「・・・お帰りなさい。待ってたの・・・お守り作っちゃうくらい待ってたんだよ?」 「あ〜、ごめんね。ほんっと心配かけちゃって」 が取り出したお守りを手にする景時。 そして、それを覗く将臣。 「・・・“交通安全”って・・・お前センスねぇ〜!!!あははははははっ!」 将臣が腹を抱えて笑い出すと、後頭部に譲の拳が飛んだ。 「兄さんですよ、センスがないのは。無神経なんだから。はい!かき氷、出来ましたよ」 簀子では朔と右近がかき氷の器を並べている。 「スゴイね。紫に金糸のお守りか・・・効き目アリそう!」 の手縫いでの刺繍までしてあるお守りだ。 「うん。何て刺繍しようか迷ったんだけど・・・・・・お出かけが心配だからコッチにしたの」 「これのおかげかな〜。さっそく氷を無事に運べたよ。食べようか。チョビとモモもおいで!」 仲良く仲間がそろって簀子でかき氷を頬張る。 コッチじゃない文字が『浮気防止』の予定だったとは、後で知った事実。 夏の一コマは涼しい食べ物付で。 |
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あとがき:8/31の色は『紫紺』でキーワードのひとつは『自己管理』。氷輪はかき氷はイチゴ派ですv (2006.08.31サイト掲載)