茜色   7/23





「あ・・・・・・赤とんぼだ・・・・・・」
 もうすぐ梅雨明けという空が続く、夏休みが始まったばかりの朝である。
 網戸にしていたが、日が昇りきる前にエアコンにしようと窓を閉めるべく
窓辺に近づくと、庭の植木に胴体が赤い蜻蛉が静かにとまった。

「・・・・・・景時さん」
 残念ながら景時は仕事である。
 社会人たるもの、夏休みが一ヶ月もあることはない。

「アカネ・・・って言うんだっけ・・・・・・」
 遠く、京にいた頃を思い出していた。





 毎日、毎日、怨霊と聞いては駆けつけて封印。
 呼ばれなくても、その日の方角で気が滞りそうなところへ行っては封印と、
外を歩かない日が無かった。
 果ては戦である。そんな時に熊野へ向かうことになった。
 夏真っ盛りでありながら、どこか涼しい風が吹く熊野路。
 それでも夏は夏。暑さには変わりが無かった。

「あ〜〜〜、トンボだぁ。あれだよね〜、将臣くんがよく採ってたの」
「へっ!あんな小せぇのは俺の獲物じゃなかったっつの!俺が探してたのは
オニヤンマってデカイやつ」
 あっさり否定されてしまい、少々おかんむりの
 別に虫が好きで話題にしたわけではないのだ。
 険しい山道で誰もが口数少なになっていたので、ここぞとばかりに話題を
提供しようと横切ったトンボに目をつけただけなのだ。
 一気に疲れが出てきて、溜息を吐きそうになった時───

「ふ〜ん。ちゃんのトコでは、とんぼっていうんだ〜〜〜」
 の隣に立つ大きな人物が草むらの中を覗き込む。
「はっ・・・はい。その・・・羽が透き通ってて涼しそう・・・ですよね?」
 隣に立たれると、日差しを遮るほどの身長の主は景時だった。

「アレ。オレなんかは普通アカネって呼んでるよ〜。ほら、胴体赤いでしょ?」
 言われてみれば、赤いのだ。
 将臣の虫かごにいたのは黒かった気がする。
「・・・赤とんぼじゃなくて?」
 赤でもいいではないかと思う。
 確かに、祖母などは好んで夕方の空を茜色と言っていたが。

「う〜ん。赤は赤でもねぇ・・・赤根っていう止血に使う植物で染めた赤色に
似てるんだよねぇ。少し黄色っぽい赤っていえばわかるかなぁ?」
 発明好きの景時らしい細かな説明にが笑い出す。
「うふふ。なんとなくわかりました。あのね、お祖母ちゃんがいつも夕焼けの
空を見ると茜色って言ってましたもん」
「そ!それ、それ〜。そういえばよかったなぁ。さすがだね。じゃあ、行こうか」
 仲間から少し遅れてしまった二人。
 景時から伸ばされた手。
 少しだけ跳ねた心臓を無視して繋いだ。





「優しいんだよね・・・景時さんは」
 無視してもよかっただろうに、気まずくならないようの話にのってくれた。
 梶原邸の庭で会った時から気になっていた。
 一緒に旅をして益々好きになったのは、仲間への細やかな気遣いから。

(カッコイイんだぁ・・・・・・)
 どんな時でも一番に信じられる人に出会うために異世界へ行く運命だったのだと。
 今ではそう思っている。


 そんな景時の意外な一面が───


 夏休みのが景時のところへ泊まりに行ってもよかった。
 だが、景時はそれを許さなかった。

『ダメ、ダメ。ずるずるして結婚って思われたくないし。君を大切にするって、
ご両親に約束したんだから。オレが毎日ちゃんの家へ夕飯を食べに行くっ!
・・・まてよ?これって・・・ずうずうしいかな?』

 景時の提案にの両親も驚いていた。
 両親にまで“今時”と言わせる程、厳格なところがある。


(真面目で優しくてカッコイイって、完璧じゃない?ちっともダメじゃないし)
 なんともイイ男をお持ち帰りしたものだと、つい軽く数度頷く。


「すっごく大切にされてるって・・・わかってますからね?」
 さっさと宿題を終わらせて、景時が休みの日には一緒にプールへ行こうと思う。
 

「そのうち“お帰りなさい、あなた”って言ってみちゃう?将来の練習〜って!」
 真っ赤になる景時の顔を想像しながら窓の外へ視線を移せば、もうトンボは
飛び立っていた。





 アカネ・・・二人で探しに行こう?手を繋いで───







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 あとがき:7/23の色は『茜色』でキーワードのひとつは『厳格』。あかねちゃんが思い浮かんでしまって使いたくてこんな事に!。     (2006.07.31サイト掲載)




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