千歳緑 5/8 初夏の季節、世間では連休も終わり幾分の気だるい気配が漂う。 学生も然り。 ただ、この二人だけはいつも通り。 「お天気いいですね〜」 「そうだね〜」 金曜日に景時の家へ泊まった。 土曜日の朝、快晴の空を見上げながら二人並んで洗濯物を干している。 「空色って、こういう色だよね〜」 景時が両手を広げて深呼吸をする。 すると、も倣って深呼吸をした。 「はぁ〜〜〜っ。出かけようか?」 「えっと・・・散歩がいいです!」 「あはは!じゃあ散歩に決定」 デートは鎌倉駅を基点とした範囲が多い。 観光がメインの通りは狭くて歩きにくい箇所もあるが、少し外れれば 公園もあり、緑が豊富で絶好の森林浴スポットだ。 「今日はおにぎり作りますねっ!」 小さな足音だけを残して、ベランダからが部屋へと戻る。 「うん・・・いつも・・・ありがとう」 景時の呟きはに聞えなかっただろう。 それでも、声に出してみたかった。 この世界へ来て最初に感じたのは、音と人の多さだ。 景時は突然の情報量に戸惑うばかり。 ただ、だけがそれに気づいてくれた。 (本当は・・・他の子達みたいなところに出かけたいだろうに・・・・・・) 現代っ子のが公園デートに満足しているとは思えない。 どう考えても景時に合わせてくれているのだろう。 ベランダの手すりにもたれ、マンション階下の風景を眺める。 (人混みに行けないわけじゃないんだけどね) 平日は景時も普通の社会人と同様に通勤をしている。 仕事をしなくては収入が得られない。 収入がなくてはとの結婚は遠ざかる。 働く理由は単純明快だ。 「どうしようか・・・・・・」 かつての景時は軍奉行として豊かな暮らしをしていた。 現在のマンションは箱にしか感じられないし、に贅沢をさせることも できはしない。 己の不甲斐なさに、ついつい溜息が零れていた。 「はぁ〜〜〜っ。オレって情けない奴だよねぇ・・・・・・」 「そんなことないんだから!」 「はい〜?」 突然の背後からの声に、慌てて振り返ればがいた。 腰に手をあて、景時ににじり寄る。 「さ!どこがどう情けないのか、きっちりはっきり言って下さい。違うって ちゃんと教えてあげますから」 「え〜っと?ちゃん?」 いきなりの強気な責めに怯む景時。 時々の逆鱗に触れてしまうことはあったが、今日のはかなり危険だ。 「あの・・・・・・」 「あのじゃわかんないです。どこが情けないんですか?」 一歩もひかないの勢いに、ついに両手を上げて景時が降参した。 「待った!言う。言うから!ちょっと待って。部屋で・・・ね?」 「・・・いいですよ」 に手首を掴まれ、それこそ情けなくも部屋へと連れられた。 「さ!今度こそ言って下さい?」 「う・・・ん。オレさ、普通のデートすら出来ないし。ここもこんなに狭くって。 ちっともちゃんを幸せにできてないなって・・・・・・」 何とはなしに視線が合わせられず、ソファーの前のテーブルを見つめる。 「普通って・・・景時さんが考える普通ってどんなの?」 「え?遊園地とか、ああいうとことか・・・・・・」 タイミングよくテレビに映されたのは新しく出来たアミューズメントパークだ。 「それで?」 「えっと・・・おしゃれなレストランとかで食事して・・・買い物したりとか。 とにかく、おしゃれっポイ感じなデートに豪華なプレゼント」 上手く説明できないが、雑誌などにあるのが正しいデートだと考えている。 「・・・他には?」 の怒りは収まらないらしい。 立て続けに問い詰められ、を幸せに出来ていないということを一つ、ひとつ 述べ上げ、結論も再びそこへたどり着いた景時。 「今度は私が景時さんに質問しますね。景時さんは、今、幸せじゃないの?」 「え?今って・・・幸せだよ?ちゃんとこうしていられるし」 景時の幸せについて尋ねられるならば、それは間違いなく幸せなのだ。 「だったら、私も幸せだと思いませんか?」 「こんなに狭い家だし・・・公園や海岸デートとかばかり・・・・・・」 俯く景時に対し、はソファーから立ち上がる。 「質問を変えます。ものすっごく広い家でひとりがいいか、狭くても私と二人がいいか 選ばなきゃってなったら、どっちがいいんですか?」 「そんなの決まって・・・・・・あっ!」 の伝えたかったことがようやく理解できた景時。 その表情の変化に、が微笑む。 「でしょ?それにぃ・・・二人でたくさんおしゃべりできるのって、お散歩が一番だと 思うんですよね〜。休日まで頑張らなくてもいいでしょう?時々は街中も行ってるんだし。 休日は休むから休日なんですよ?」 景時の腕が伸び、を抱きしめる。 「うん。どうしよ・・・嬉しいな」 の強さが眩しい。そして、優しさに感謝をした時─── 「景時さん。こっちの世界に来て・・・辛い?帰りたい?」 心配そうな瞳で景時を見上げる。 も景時と同じ心配をしていたのだと覚る。 「ちゃんは・・・オレがいないの平気?」 景時の問いかけに、の首が横に振られる。 「同じだよ。オレは・・・自分の意志でここにいる。そうだな・・・何でも今日みたいに 打ち明けるのがいいのかもしれない。オレね、ちゃんに嫌われないかだけが心配だった」 「大好きですよ?私は無理して無いし、このお家は二人でいるんだな〜ってわかる広さで 嬉しいし。公園散歩は・・・ベンチに並んで座るのが楽しみだったの」 の思わぬ告白に、景時が首を傾げる。 「並んでって?」 「うん。お店とかって・・・お向かい」 「な〜るほど。それじゃ・・・公園に行くとしますか!」 「はい!おにぎりも用意できたんですよ」 手を繋いで今日は近場の公園にする。 この公園はベンチが木陰にあるので、日差しが眩しくなった季節でも座っていられる。 「ね、景時さん。小さい頃って、どんな遊びしてました?」 「何だろう?遊ぶってどういうのかわからないかも」 「え〜〜っ?!遊ばない子供だったの?」 他愛もない話をして過ごすのがいいのだ。 「かな?剣や馬の稽古とかしてたし・・・遊ぶって、朔の遊び相手はしたかな。あ。 釣りとかはしたな〜。あれは遊びかなぁ・・・・・・」 「釣りなの?」 「うん。釣れるとは限らないけど釣り」 いつものおどけた調子の景時に笑わされる。 「やだ〜!釣れないって事?」 「そうだね〜。なかなか餌に対して獲物が少ないわけで・・・・・・」 景時は器用だとは思っている。 ただ、思わぬところで景時にも不得意なものがあるのだと知る。 「きゃはは!発明は考えなかったんですか?」 「考えたんだけど・・・魚相手だからねぇ。軽い釣竿とか考えても意味がなかった!」 二人でおしゃべりをする時間が何より楽しい。 そんな五月の空と雲。 爽やかな風が吹き抜け、緑の木々を揺らす。 「散歩って、歩くのが散歩だよね?」 「あれれ?ベンチに座ったら散歩じゃなくて何?これって何て言えばいいんですか?」 「何だろうね〜、こういうのって。歩いてはいないね」 新たな疑問について話し合う二人。 今日もいつも通り。これからも─── |
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あとがき:5/8の色は『千歳緑』でキーワードのひとつは『謙遜』。景時くんのどこか引き気味なところとか?濃い目の緑が景時くんカラーv (2007.05.14サイト掲載)