smoke blue 2/16 「どんより・・・・・・晴れるなら晴れてくれればいいのにぃ」 玄関を出て空を見上げた。 天気予報も期待を持てる内容ではなかった。 「せっかくの誕生日なのにな」 誕生日だからといって学校は休めない。 が、上手くしたもので今年は金曜日だ。 軽く爪先を立て地面を蹴り、靴をしっかりと履き終えてから歩き出した。 景時はの誕生日を知ってか知らずか、いつものようにを誘ってきた。 毎夜かわされる言葉だけの逢瀬。 おやすみなさいの後に確認された金曜日の予定。 『そう、そう。明日は学校いつも通り?』 『・・・うん。別に何にも特別な事ないですもん』 『よかった。オレの方が明日は少しだけ遅くなりそうだから。いつもの お店で待っててもらってもいいかな?』 “いつものお店”というのは、週末に景時のマンションに泊まると 待ち合わせをする場所という意味。 一応はこちらの世界で社会人として仕事をしている景時。 帰宅時間は少しばかりより遅くなってしまう。 二人が一番早く会うために、景時の勤務先近くのカフェでが景時を 待つというのが取り交わされた約束。 『お夕飯、すぐに食べられないですよ?』 『そんなことより、ちゃんと一分でも長く居たいよ』 『・・・もぉ!じゃあ、金曜日は食べて帰ったりとかにしましょうね?』 『もちろん!』 いつも走ってを迎えに来てくれる景時。 カフェの自動ドアが開く時間すら惜しいらしく、足踏みしながらの前へと 駆けつける。 『ま、待っちゃった?ごめんね〜?今日は何を食べようか?』 座らずに慌てて移動しようとする景時の服の袖を引き、時々はその場でしばし 寛いだりする。 『景時さん。少しお茶しませんか?』 『えっと・・・うん。お腹空いてない?』 『大丈夫です』 今日の出来事を話す時もあれば、何も話さずにただ二人で座って時間を楽しむ こともある。 どちらにしてもといる時の景時の笑顔は変わらない。 そんな景時を見ていると、の方が心に凪が訪れる。 だからこそ─── 「景時さんに誕生日って言ってないもんね・・・・・・」 遙かなる異世界にいた時はいわゆる旧暦であり、の知る季節と暦が合致して いなかった。 よって、誕生日などはまったく記憶から抜け落ち、実際、戦ばかりでそのような 余裕もなく年月が過ぎるだけ。 すべてに決着がつき、景時がこちらの世界へやって来てくれて嬉しかった。 それだけでいいと思った。 だからこそ誕生日などは、何かを強請るようで言いたくなかったのだ。 「いいも〜ん。二人きりの週末だから」 自分に言い聞かせるかのように独り言を呟くと、駅へ向かって駆け出した。 の誕生日の金曜日。 いつもの放課後にいつものカフェ。 窓の外を眺めながら、それこそいつものカフェラテを飲んでいる。 特別な事といえば、本日はスイートポテトを誕生日のケーキ代わりに追加した事。 (あまり食べちゃうと、景時さんと夕ご飯食べられなくなっちゃうし) 二人で様々な店へ行くが、景時にとって初めての食べ物や懐かしいものまで、 とにかく料理というものの種類が尽きることはない。 今では時々有川兄弟を招いたりもしている。 『そろそろ譲君の料理が食べたくなっちゃったね〜?』 『うふふ。譲くんに言っておきますね。今度は何を作ってくれるかな』 『あれだね!初めて食べたモノってさ、印象が深くて。また食べたくなるよね〜』 『・・・どうせ私のオムライスは破けちゃいますよぉ〜だ!』 『いやいやいや!それとこれとは話が別だからね。オレはちゃんが作ってくれる オムライス大好きだよ!ケチャップのハートが特に!!!』 意外な事に景時の好みは白龍と同じだった。 一番好きな食べ物はオムライス。 料理をする側にとってはシンプルでいて難しい食べ物。 もせっせと料理の練習をしているが、最後のふわとろ状態の卵で上手く包める 成功率はかなり低い。 景時は喜んで食べてくれるが、正直悔しかったりしている。 (景時さんは何でも文句を言わないで食べてくれるけど・・・・・・) 平日は母親と夕飯を作るようにしている。 景時に食べて欲しいのは体にいい食事だからだ。 練習の成果発表が週末になるわけだが、披露できるレパートリーはそう増えていない。 週末だけしか作りにいけないのが申し訳ないが、今のには精一杯。 (早く三月にならないかな・・・・・・) 三月中旬の卒業式の後に景時と入籍予定だ。 進学の道を選んだのも景時と早く暮らし始めたいからで、大学生と主婦なら兼業できそう だと思ったからに他ならない。 いきなり働きながらの主婦業はには厳しすぎる。 早くも三月へ思いを馳せながら、いつも景時が走ってくる道路を眺めていた。 「お待たせっ!行こうか?」 「景時さん?!どこから・・・・・・」 の背中からその肩を叩いたのは景時である。 いつもの道に景時の姿を確認できなかったが吃驚して振り返るのも無理はない。 「え?だって、このお店の入り口はあっちもあるよ?」 「それはそうですけど・・・・・・」 確かに出入り口は二箇所あるが、常に利用している方ではない。 「早く行こうよ!」 珍しく強引な景時。 手を引かれるように連れて行かれたのはイタリアンのレストランだった。 「ここ・・・・・・」 「そ!大丈夫。バッチリ予約してあるからね〜」 人気の店なのだが、オーナーの意思でお店を広くしないために予約無しでは入れない。 以前二人で来た時に、二ヶ月先まで予約は無理と言われた店だ。 すぐに店に入れたばかりか、料理も次々と運ばれてくる。 あっという間にデザートが出された。 「景時さん、知ってたの!?」 プレートに盛られているのはティラミス。 問題は、プレートに書かれている文字の方だ。 『Happy Birthday!』 「もちろん!ちゃんのことなら何でも知りたいし〜?」 景時が上着のポケットから小箱を取り出した。 「こっちも間に合っちゃったから。いや〜、名前を入れるのに時間がかかるって知らなくて」 に手渡された小箱。 小さな小さなそれではあるが、何よりも重みがある。 「ありがとう・・・景時さん・・・・・・」 リボンの端に手をかけて小箱を開けた。 中からはシンプルな銀色に光るリング。 が知るシルバーよりはやや硬質な感じであり、かなり細いデザインだ。 そっと指に嵌めてみた。 「よかった・・・前にサイズを測ったから合うとは思ってたけどね・・・・・・」 の手を取ると、軽く指輪の嵌められた指をなぞる景時。 結婚指輪を用意する時に二人で測ってもらった。 間違いはないと思うが、装飾品に知識がないために自信がなった。 「いつの間にこれを?」 週末は常にと過ごしている。 結婚式の準備の打ち合わせなどもあり、何気に二人で共に行動することは多いのだ。 裏を返せば、景時がひとりで行動している時間はほとんどない。 「ん?ヒミツ。どうしても今回は残るモノにしたかったからね」 「景時さんって不思議・・・どうして私の気持ちわかっちゃうんだろう?」 モノが欲しかったわけではないが、相手が自分を知っていてくれるという証である。 なんともくすぐったい気持ちで指先を眺める。 「そりゃあ・・・一番ちゃんを見てるからかなっ!」 照れながらも言い切る景時の様子がおかしくて、二人で笑い出す。 立ち込めた雲に覆われた灰色の空。遙か上空では常に空色。 目に見えない本当の空の色─── |
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あとがき:2/16の色は『smoke blue』でキーワードのひとつは『堅実』。相互Link記念に詩月諒様に捧げますv (2007.02.10サイト掲載)