紅葉狩り その日は珍しく仕事が早く上がり、の元へ先触れを出したまではよかった。 返事の使いが戻って来るまでは─── 「・・・封印の仕事のために外出されているとのことで、ご不在でした」 が待っているという、知盛が喜ぶ返事ならよかったのだが、今回は違って しまった。 恐る恐る言上して顔色を窺う使者。 主からの労いどころか、声すらなかった。 内裏からの帰りを急ぐ理由も無い。 面倒なので牛車にせず、だらだらと邸まで馬で戻る。 主は将臣だが、一帯に平家一門の者が居を構えており、誰もが徐々に邸を建設 して移る中、知盛だけは未だに将臣の邸の対で仮住まい。 とりあえず理由をひとつあげるならば、存外に邸の管理は面倒。 荘園から財産、使用人まで、ありとあらゆるものが管理には含まれる。 煩わしいモノは持ちたくない。 それに─── 「不貞寝でもしていれば、姫君が尋ねて下さるやもしれん・・・・・・」 和議が成ったばかりの頃、毎日のように知盛の対を訪れていた。 うっとおしいのが待ち遠しいのに変わったのは、いつからだったのか。 知盛にもわからない。 知盛の邸を建てる話が出た時、思い出の場所から離れたくないと感じた。 そんな感傷めいた気持ちを持ち合わせていた己に驚いている。 結局、その感情の発露についても理解できてはいない。 が、とりあえずはそれでいいと納得している。 傍にがいるならば。 多少の騒動があったが、今では婚約が整えられた二人。 だが、それだけ行動派のが大人しくしている訳もなく、互いが自由に邸を 行き来する、少々変わった恋人同士。 (どこまで遊びに行かれた事やら) 時々ではあるが、知盛も封印の供をするようになった。 龍脈の穢れが正されつつあるおかげで、封印自体に心配は無い。 があちこち寄り道をしたがる方が問題だ。 それでも、陽が落ちる頃に梶原邸へいけば戻っているだろう。 「クッ・・・実に俺の心をかき乱して下さる」 振り回されるのは常のこと。 最後まで振り回されないのは、の行動は実に単純なところがあり、食事時 には必ず邸に戻る。 待ち受ければ、自ずと獲物の方から飛び込んでくるのだ。 午後は睦まじく、いや、知盛に楽しいように過ごそうと計画していたが、どう やら空振りに終わりそうだ。 邸の門をくぐると馬から降り、上がることなく庭から己の対へ向かう。 ふと、いつもと気配が変わっていることに気づいた。 「・・・来客があるようだな」 知盛の対ではなく、別の場所に来客らしい。 庭の警備の配置が微妙に違うし、全体的にざわついているように思える。 知盛への客ではないと判じ、肩を竦めてから再び歩き出した。 簀子まで上がってから、ハタと気づく。 将臣はまだ内裏で仕事をしている。 来客と言うならば、知盛が帰宅した時に代わりに接待を頼まれるはず。 ところが、誰からも何も言われなかった。 この邸の住人の残りは、将臣の弟と披露目をされた譲。 譲への来客ならば源氏の者。 確かに関係ないのだが─── (・・・今日は誰を供に連れて行ったんだ?) 敦盛も内裏、景時は使いで内裏へ来ていた。 熊野別当は熊野へ戻っているし、義経はそうそう守護邸から離れられない。 (源氏の鬼か、軍師殿か、譲か・・・・・・) ここまで考えて邸のざわめきの意味を覚る。 封印帰りの寄り道先がわかったのだ。 途中何度か引きとめの声をかけられようとも、歩みを緩めることなく譲の対を 目指す。 誰かが知盛の帰宅を知らせているだろうが、だからこそこうして先触れも出さ ずに自ら仕掛ける。 わざとらしいくらいわざと優雅な仕種で御簾を上げ、母屋の中へ向けて姿を見 せてやった。 「これは、これは。ずいぶんと麗しい客人がいらしているようだが・・・何故か 帰り支度をしている・・・というわけか」 すぐに中へ入らないのが嫌味ったらしく、に視線を合わせないのが憎たら しい。 おかげで余計に緊張してしまう。 「おっ、お帰り。知盛がこんなに早く帰ってるなんて、知らなかったし!」 考えがまとまらず、いかにも今考えましたという返事にしかなっていない。 そこは経験の差か、朔が割って入ってくれた。 「ごきげんよう、知盛殿。本日は東の方へ封印に参りましたの。帰りに、少し休 むならば、こちらのお邸の方が近いと譲殿からお誘いいただきました」 さらりと経緯を述べられては、その件についてはもう触れようがない。 「そうでしたか。梶原殿のお邸に使いを出しましたところ、神子殿は外出されて いると・・・それがまあ、こんな近くにいらっしゃるとは思わなかったもので」 のやるべき事がどうであったのか。 その説明が欲しくてここに来たのではないことは、双方が承知している。 知盛が知りたいのは、なぜ同じ邸内に居たのに、知盛を無視する行動をとった のかという事だ。 「そ、そうだったんだ。ほんと、ちょこっと休んだら帰るつもりだったの。だか ら、もう帰るね。譲くん!お菓子とお茶、ご馳走様でした」 この場を去れるチャンスだと、がさっさと別れの挨拶をして立ち上がった。 「許嫁殿は・・・譲と同じ邸内に住まう恋人のことはまったく気にならないと。 そういうわけだな?」 知盛の脇をすり抜けて部屋を出ようとしていたと、正面から向かい合う。 「気にならなくないもん。どうせ家にくるでしょ?向こうで待ってるね」 何を知られたくないのか、早口で巻くしあげると再び部屋を出ようとする。 焦れた知盛が手首を掴んで引き戻した。 「きゃっ!なっ・・・・・・」 「では、朔殿にお許し願えばよろしいか?今宵はこちらで神子殿をお預かりした いのだが」 帰りたいというよりは、この場を逃げ出したいのだろうと見てとった知盛。 ならば、帰さなければいい。 「・・・そうですわね。。明日の封印は兄上も供をしたいと言っていたわ。 明日の朝、二人で迎えに来るから寝坊しないようにね。それでは、知盛殿。 のこと、よろしくお願い致します」 後から立ち上がった朔の方がさっさと部屋を出て行き、譲も見送りのために朔 のあとを追って行ってしまった。 他人の部屋で取り残される方が、よほど気まずい。 掴まれている手首が痛くても、それどころではないのだ。 「許嫁も住まう邸にまで赴いて、会わずに帰ろうとするからだ。たっぷり仕置き をしないとな」 荷物のようにを肩へと担ぎあげる。 「知らないもん!知盛は、普通はこの時間、仕事じゃない。休みの時はちゃんと 遊びに来るし、知盛がいるのが変なんだよ!!!」 常ならば封印の帰りに寄ってもいない恋人。 との婚約が調ってからというもの、そこそこ働くようになった。 それがの希望であり、実際、将臣がかなりやつれて限界も近そうだった。 知盛としても、いい加減に手伝うかと思っていた矢先の騒動で、知盛が働く切 欠としては丁度よかったのもある。 「クッ・・・つれないことだな」 「私にだって、私にしか出来ない仕事があるんだよ?」 知盛が将臣の対に呼び出されて叱られているのもいつものこと。 が邸内でかなり自由にしているのもいつものことで、本来、いるべきでは ない場所で二人を見かけても、邸内の者たちは慣れており、微笑みかけるだけ。 事情を知らない、庭までしか上がれない下男なども、が知盛にまた掴まえ られた程度の認識で、それこそ、この程度の騒ぎでは驚かなくなっている。 「それも・・・存じ申し上げている。が、終わったのだろう?」 知盛の部屋の廂まで戻るとを下ろしてやる。 「・・・うん。今日の分はおしまい」 こくりと頷くが逃げないうちに、腰を掴んで引き寄せた。 「では問題ない。・・・呼ぶまで誰も近づけるな」 女房たちへ言い置くと、几帳の陰へと回り込む。 途端にが蒼ざめた。 「あ、あのぅ・・・知盛サン?おやつ〜な時間帯なんですが・・・・・・」 既にから見えるのは知盛と天井の素晴らしい絵。 陽がある時間に見上げれば、なんと細かな装飾だったのかと感動する。 (感動している場合じゃないし!) 知盛の手によって解かれつつある装束。 このままでは知盛の思う壺で、の逃げ道はなくなる。 なくなるのだが、あることを隠すには、知盛の興味を逸らせるに限ると考えを 改めた。 「あの。出来れば寒くないようにして頂きたいんですが」 褥もない床の上。 夏ならばまだしも、紅葉が美しい季節では、やや肌寒く感じる。 「・・・それで?褥を敷く隙に逃げ出そうと、そのようなお考えか」 「う〜んと・・・そういうんじゃなくって、寒いし、床は痛いんだよね。夏は何 もないのが涼しかったんだけどさ」 冷え切った指先で知盛の首筋へ触れ、そのまま喉元へと滑らせた。 「これで・・・我慢するんだな」 手近にあった狩衣を掴むと、を一瞬抱き上げて移動させてやる。 「皺になっちゃうよ?」 「かまわん」 香を焚き染めたばかりだろう狩衣からは、知盛愛用の香りがする。 「ま、いっか。知盛の香りがして気分いいし」 逃げるつもりがないのを確信した知盛の行動は早かった。 愛でたい放題に堪能したの支度を整えてやりつつ、ふと指先に数々の傷痕 を見つける。 (刀傷・・・ではないな) もっと小さな何か。 の片手を取り、眼前でさらにの指先を観察しようとすると、女房が来 た気配がするので、様子を窺っているらしい方向へ声をかける。 そのまま自然と観察を中断させられてしまった。 白湯を置いたり、辺りを片づけたり、僅か数人の女房だけが室内で忙しなく働 いている。 婚儀を先送りにされているのは、知盛の素行の所為だというのが大方の意見。 源平の和議の象徴たる二人が、一日も早く結ばれるよう、やたらと変な気遣い を周囲の方がしてくれる。 知盛にしてみれば、婚儀という名の披露目などどうでもいい。 も何か考えがあって承諾したくないらしいが、そこを尋ねるつもりもない。 互いに会いたい時に会えればいい。 そういう関係のままで、いられないものだろうか。 (無理に通わされるより、会いたいから通っている今の方が・・・・・・) 傍からどう見えようが、今の自分こそが己の気持ちに正直に行動している。 用意された褥の上にを寝かしつけようとして、再び指先が目に入る。 起こさぬように衾をかけると、もう片方の手をとってみた。 (右手には何かの痕・・・左手は傷・・・・・・) ひとつの推理が成り立つが、いかにもらしくないので打ち消す。 「おい。傷薬だ」 「どこかお怪我を・・・・・・」 知盛に呼ばれて振り返った女房たちの動きが一瞬止まる。 「何だ?」 「いえ。神子様は指先が滑るのが嫌だと申されまして・・・・・・」 怪我を知らなかった訳ではない。 が拒否したので、誰もそれ以上言えなかっただけだ。 「ほう。お前たちはこの怪我を知っていたわけか。・・・怪我の理由もか?」 思わぬ方向からの質問に、今度は動揺して落ち着かない動きになった。 「・・・言ってみろよ」 「いえ。その・・・お食事の際に気づきまして、申し上げただけでございます」 中でも一番年嵩の女房が返答する。 「昼にはもうここにいたか」 朔の言葉をまともに信じていたわけでもないが、こうなると先ほどの考えに 戻らざる得ない。 (針仕事・・・ねぇ?) 針と糸きり鋏の使いが下手で出来る怪我。 布を通り越して針で指を刺してしまうのか、度々では怪我にもなる。 少しばかり痛々しい指先に口づけた。 「・・・お昼寝どころか、お夕寝になっちゃった」 が目覚めた時刻は、陽がかなり傾いていた。 余程のことがなければ知盛はを起こさない。 気分良く目覚めるまで待っていてくれるし、大抵が目覚めた時に傍にいる。 とても得した気分でいられるのは、知盛が特別扱いをしてくれるから。 「今宵はこちらへ泊まるのだから、問題ないだろう?」 「そういう意味じゃないよ。すっごくよく寝られて、すっきりしたなって」 まだまだ温もりを手放すのが惜しいので、知盛の懐へ潜り込む。 昼寝の後の時間が一番楽しいかもしれない。 が話しかけなければ、おしゃべりの時間が持てなくても、だ。 「明日は・・・梶原兄妹とお出かけか?」 「そ〜みたい。そんなに困ったちゃんな怨霊はいないから平気だよ?ただ、普 通の人には迷惑っていうか、怖かったり、体調が悪くなっちゃったり影響があ るから。出来るだけ早く封印してあげないと」 最近では急を要する封印の仕事がない。 だからこそ、知盛に隠れてある事をする時間があるのだが─── 「知盛のお休みって、次はいつ?今日みたいに早く帰れたりとか。無理に休む とかじゃなくて、お休みの日」 「さあ・・・な。兄上様の気分次第といいたいところだが・・・明後日以降な らば、言えば休ませてもらえるだろうさ」 公にされていない行事や鎌倉との遣り取り、仕事を上げればきりがない。 きりがないから、自ら区切って各自が休むように決めたばかり。 「じゃあ・・・お休み決めてきて。デートしよう?お弁当持って、紅葉を見に 行こう?お家でごろごろもいいけど、出かけたい」 明後日以降ならば、アレが間に合う。 「兄上様に交渉しておく」 「将臣くんったら、知盛が働くって言った途端にだよね〜〜〜」 将臣が頼りにしているのは、戦をしていた時と同様、平家一門の者たち。 西国を任されたのが九郎なので、鎌倉との仕事も、どうにか東だけが有利に ならぬよう、弁慶が上手く取り計らってくれ、目指した和議の内容に近しい形 で落ち着きそうだ。 それでも、やるべきことだけは山積みで、態度は悪くても、知盛の様に朝廷 の約束事も知っていて、ひとりで行動してくれる人物は有り難い。 いちいち供を選んでつけたりでは、仕事が止まってしまう。 「別に。時々は大切な神子殿のお供を仕事にして下さるという約束だからな。 条件は悪くない」 「・・・仕事で一緒に来てくれてたの?」 「“仕事”としておけば、堂々と出かけられる。兄上のご不興を買うのは面倒 でな。隠れて出かけたら、それこそ後で会いにいく時間が無くなる」 の髪を指に絡め、ついと引き上げる。 「いいよ。仕事だから・・・じゃないなら。嫌々付き合ってもらってるんじゃ、 私の方が嫌だもん。文句を言われるのが面倒っていうのが、知盛らしくて笑え るね。将臣くん、あの時は本気で知盛に斬りかかってたし」 いつぞやは、将臣も疲れすぎていたのだろう。 あまりにふざけた物言いで何もしない知盛に、いきなり斬りつけた。 邸の庭先で斬り合う二人に困ったのか、梶原邸まで使いが来て、が呼ば れる始末。 あえて割って入らず、明らかに体力不足の将臣がダウンするまで見守り、知 盛には久しぶりに本気の剣でのお楽しみを与えた。 「クッ・・・兄上は気短でな」 「長いよ・・・長いから積りに積もってあんなことになったんじゃない」 戦が突然の和議になり、決着らしい決着がないままで終わってしまった。 戦をしたくなかった将臣にとっては喜ばしいが、都落ちの時に覚悟を決めて いたらしい知盛に、すぐに気持ちの切り替えを強要できないでいたのも知って いる。 かつての華やかさもない、強さも感じられない一門に、どのような思いを抱 いていたのか。 知盛に気遣いを見せていた将臣も、目の前の仕事を出来るのにしない人物に 腹が立ったのだろう。 些細な言葉の行き違いが切欠だったとは思うが、言った方の知盛には自覚が なく、言われた方も、頭が回らぬほど疲れたいた時のことで、記憶にないらし い。 それぐらい、ある日、突然だった。 「ま、いいや。お出かけの日、決めてね」 思い切り抱きつき、知盛の頬へ口づける。 「ああ。明日、話をしてくる」 同じ邸内にいるのだから、将臣が帰宅してから確認すれば済む。 だが、がいるのなら話は別。 そんな僅かな時間すら惜しまれる。 間に合うものは先延ばしにされた。 「晴れてよかった〜。ね?」 馬上でのんびり空を見上げる。 他の人が手綱を持っていればこそ出来る事。 ついでに知盛の表情を伺えば、行き先を確認された。 「上賀茂でいいのか?まだ少し早そうだが・・・・・・」 「笑わない?西の方がいいのはわかってるんだよ。ただね、私たちがいたトコ で、嵐山は、恋人同士が別れちゃうっていう噂があるんだもん。気分の問題」 デートがメインで、紅葉はついで。 にしてみれば、別れの名所に自ら行きたい理由もなく─── 「クッ・・・神子姫様でも敵わんか?」 「だから〜。紅葉もいいんだけど、知盛とお出かけしたかったの!もしかした ら、少しは色づき始めてるかもよ?」 悔しいので背中を抓ってやる。 ちっとも、まったく堪えていないのか、知盛の手綱を操る手に変化は無い。 「紅葉が見たければ、また来ればいい」 「・・・どうしちゃったの?」 知盛から出かけるような発言は珍しい。 「お前はちっとも大人しく邸にいる姫君ではないのでな。だったら・・・供を したほうが安心だ」 「褒められてる気がしないし、知盛が心配してたっていうのも意外」 怖いとか、不安とか、負の感情について無頓着に思っていた。 どうやらに関してだけは違うらしい。 (だから・・・優しいんだ) 日頃の態度はどうあれ、大切にされている自覚はある。 大切に思われている内側へ入れた人たちと、その他大勢との差は歴然。 将臣だって、過日のように斬りつけて、斬り捨てられていないのだから、大 切なグループに属している。 考えてみれば、の仲間たちには丁寧に接してくれているように思う。 「たくさんデートしようね。知盛と色々なところに出かけたいんだ」 思い出が欲しい。 が思う、普通のデートはここでは難しいけれど、二人で出かけられれば、 それこそがデート。 「邸の中で十分なんだが」 「またそうやって!だから婚儀はしないって言ってるの。奥さんはお家から出 たらいけないとかって言われそうだし」 真の理由は別のところにあるが、それは最後まで告げるつもりはない。 知盛は気にしていないのか、軽く肩を竦めた。 適度に散歩をし、ほどよい時刻になったので、敷物を広げて昼食にする。 「これは?」 「安心して食べて。お弁当、譲くんに作ってもらったの。知盛が見たことがな いお料理でも美味しいよ」 お茶を用意しながら、重要な事実を先に口にする。 も何か作りたかったが、譲に全力で阻止された。 「クッ・・・お前の腕前を疑ったのではないさ」 見たことがないから尋ねただけで、そう深い意味はなかった。 「う〜ん。でも、私が作ると不思議な味になるのは確かだよ?」 「初耳だな」 味などどうでもいいので、の作った料理が食べてみたいような気がして いた。 「もう少し・・・食べられそう?」 「他にもあるのか?」 食事はほとんど食べ尽くしたという頃、が知盛の膝を叩いてくる。 「あのね、今日出かけたかったのって、これだったりして」 ケーキは作れない。 それでも、代用になりそうな菓子を作りたかった。 こちらは前日に譲指導のもとで用意ができ、知盛に一口でもいいから食べて 欲しいと思っていた。 「パウンドケーキ・・・あのぅ、一応ケーキ分類。知盛のお誕生日、とっくに 終わっちゃってるんだけど、お祝したかったから」 差し出されたのは、時折が口にしている菓子。 「ケーキ?俺の誕生日を祝うというのは、奇異なことで」 受け取ると、一口放り込む。 やはり甘い。 表情に出したつもりはなかったが、即座に茶の入った碗を手渡された。 「無理そう?マズイ?」 「不味くはないが・・・甘い」 が大きく安堵の溜め息を吐く。 「ならいい。一口でいいよ?知盛、甘いの苦手だもんね。残りは私が食べるよ」 知盛の手から皿を奪うと、が残りを頬張る。 「私がいたトコではね、恋人のお誕生日を二人きりでお祝したりとか。ケーキ はね、手作りじゃなくてもいいんだけど、こっちじゃ売ってないから、少し種 類が違うけど、作ったんだ。お誕生日がないと、出会えないんだよ?そう考え ると、嬉しい日だよね」 忙しなく口を動かしながら、本日の趣旨を説明し始める。 「だったら・・・もう一口くらい寄こせ」 「ほんとに?じゃ、食べさせてあげる」 が食べても違和感がないパウンドケーキ。 かなり上手に出来た方だ。 (食べてくれた・・・・・・) 甘い菓子とわかっているのに、食べてくれるか不安があった。 趣旨を説明したからといって食べてくれるとも限らない。 ところが、知盛から食べると言ってくれた。 「あとね、贈り物もするの。でね、何がいいか考えたんでけど、知盛、何でも 持ってるし。少しは恋人らしいことしてみようかな〜って。知盛の衣、教わり ながら縫ったんだ。そっちは知盛の部屋に置いてあるから。お家で寛ぐ時には 着られるくらいの出来だから、期待しないでね」 「クッ・・・それでか。この傷の訳が知りたいと思っていた」 手を取られ、指先に知盛の唇が触れた。 「うぎゃっ!なっ・・・知って・・・・・・」 「指先が痛々しいなと思っていたんだが。何も言われなかったので、そのまま にしていた。俺の衣とは恐れ入ったぜ?」 もっと小さなものを想像していた。 針仕事の内容が、知盛の衣とは考えていなかった。 (俺のために・・・邸に来ていたか) 言われればすべてが繋がる。 朔も針仕事は出来るだろうが、縫えるのは直垂だけだろう。 狩衣ともなれば、針の進め方より、裁断の仕方等、知盛の対の女房にでも尋 ねなければ縫えはしない。 「神子殿は・・・俺を喜ばせるのがお上手だ」 「そんなことはないんだけど・・・今日はお泊りしてもいい?」 ころりと知盛の膝に頭を乗せて見上げると、 「泊まらないなど考えに無い」 の額にかかる髪を、優しく除けてくれた。 「驚かせてくれる・・・・・・」 「え〜〜〜っ。そんなにお裁縫できなさそう?確かにちょっと不格好だけど、 部屋でゴロゴロとかにはいいよ、きっと」 起き上がると、知盛の膝に乗って抱きつく。 「ケーキ作り初めてで、衣なんて大作縫ったのも初めて。それで出来たってス ゴイでしょ?ボタンつけと、雑巾くらいしか縫ったことないのにさ」 ここぞとばかりに自慢する。 「なるほど。神子姫様にとって、何かと初めての男なわけか」 口の端を片方だけあげた意味深な笑み。 何をに伝えたいのか、脳内で処理されるのに時間を要してしまった。 「ばっ、おバカーーーっ!何言って・・・・・・」 「嘘は吐いていない」 「それも違うんだってば!」 をからかう知盛の笑い声が響く。 外ではめったに見られない光景を見られた町の人々は、またも好き勝手に噂 を広げてくれる。 神子様が花嫁修業をしているために、婚儀が遅れている・・・らしい? にとって不名誉な噂は、本人に届かないことになっている。 二人が外出するたびに新たな噂が飛び交う京の町。 源平の和議の動向より、二人の動向の方に興味が集まる。 「平和っちゃ、平和になったよな〜」 将臣も休みが取れる余裕が出てきた、早秋の京。 そろそろ紅葉も色づき始めていた。 |
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秋にはこんな感じで。微妙に連載とニュアンスが違う二人なつもりだったりします・・・無理? (2009.11.02サイト掲載)