見た目と中身  





「あっ!あれ食べたい。あのお店にしよ?」
 が指差す方向へ視線を向ければ、そこは長蛇の列。
 顔を顰めた知盛の足が止まることはない。
「ちょっ!・・・・・・ひどいなぁ。また無視?」

 またというほど同じ事を先ほどから繰り返している二人。
 今年の知盛の誕生日は、九月の連休の中日。
 しかも日曜日という条件。
 混雑は最初から予想しない方がおかしい。
 それなのに、知盛が外出しただけでも奇跡的といえよう。



 『ね〜〜〜。この新しく出来たショッピングモール行きたい』
 雑誌を片手に背中を揺すられまくり、おちおち昼寝もままならない。
 まさに仕方無しに家を出てきたのだが、人の多さに辟易していた。



「・・・・・・あれは?ね〜、沖縄料理だって。広場で何かしてるね〜」
 知盛に手首を掴まれて歩いていようとも、は周囲へ忙しく視線を向ける。
 広場を取り囲むように階を重ねて店が並んでおり、丁度ドーナツのようになっているショッピングモール。
 下を見れば、何やらイベントをしているのか、人だかりが出来ていた。

「・・・ウザイ。帰るぞ」
「え〜〜っ!まだ何も食べてないよ。しかも、さっききたばかりだよ〜〜〜」
 力いっぱい腕を振り払い、人ごみの中を駆け出した。



「・・・クッ、クッ、クッ。手間のかかる・・・面倒な女」
 知盛は慌てることなく視線での背中を追いかける。


 が人混みを掻き分けながら小走りに移動するのに対し、知盛の周囲は人の方が除ける。
 知盛にはそれだけの威圧感がある。
 声をかけたそうな女性陣もいるにはいるが、その視線が微動だにしない事により行動に移せる者はいない。
 無視されることがこれだけ明らかな場合、余程の間抜けでもない限り知盛に近づけはしない。

 一方のは、逃げようとしているのに、振り返れば悠々と後を追ってくるその人物が憎らしい。
 両脇に店が並ぶ通りのど真ん中でが振り返り様に叫んだ。



「知盛のバカーーーっ!」
 踵を返し、再び人混みを掻き分けフードエリアへ逃げ込む



「クッ・・・上等。逃げる獲物は狩るしかないな?」
 楽しそうに口の端を上げると、再びの背中を睨みつける。



 正直、自ら興味を持った女はが初めてだ。
 世にも珍しい龍神の神子という存在に加え、剣の腕前も上々とあっては確かめたいのも道理。
 実際に剣を交えてより一層興味が増した。
 そうして壇ノ浦で決着がつき、何もかも面倒で海へ飛び込もうとした知盛を掴み倒したのは



 『まだまだ知らない事、世の中にはあると思うよ?私とくる?』

 

 差し出された手を掴んでしまった理由は知盛にもわからない。
 わからなかったが、今では悪くなかったと思っている。
 記憶を手繰り寄せるのを止めてを探す事に意識を集中させると、は何やら買物をしていた。

「何をしている?お嬢さん」
 の肩へ手をのせると、気づいていたのだろう。
 振り返ることなく返事が返ってきた。

「何か用?」
「用と言うほどではないが・・・・・・」
 が手を伸ばして受け取った箱が目に入る。

「じゃ、もう用事ないでしょ?バイバイ」
 そのままは鼻歌交じりで歩き出す。
 外出の目的はこの店にあったらしい。
 店名を確認してからショーケースを眺めて溜息を吐く知盛。

「・・・アイツは何を買ったんだ?」
「はぁ。・・・・・・ご予約いただいていたケーキです。それとだいたい同じモノになりますが」
 手で指し示された先には黒い塊がある。
 知盛にとっては単なる塊だが、それは一般にオペラと呼ばれるシンプルなケーキ。
 もっとも、それは見た目だけの話。
 中は何層にもなり、チョコレートも種類を変えてふんだんに使われている有名なケーキだったりする。

「何の嫌がらせなんだか・・・・・・」
「甘くないビターで仕上げてありますよ?そういうご注文でしたので。店頭のモノと比べたら苦いですね」
 店員の想像でしかないが、と呼ばれし女性が注文したのは、目の前に立つ美丈夫のためだと思われる。
 自分の誕生日用のケーキを自分で買うにしても、女性が甘くない仕上がりを注文するのはあまりないからだ。
 よって素直に箱の中について説明した。


 軽く片手を上げて謝意を示すと、が立ち去った方向へ足を向ける。
 知盛と来た時は知盛運転の車だが、別行動ならば駅だと想像はつく。
 その歩みに迷いはなく、程なくの背中を見つけた。



 視線を感じたが振り返る。
 またも悠々と歩くその人物を見つけ、たいへん面白くない。
 東西へ抜ける通路のど真ん中で、知盛が程よい距離まで来るのを待ち受けた。





「知盛なんてね、性格歪ってるから、その顔じゃなければぜ〜〜ったいにモテないんだからっ!」
 特大の叫び声に、通路を歩く人々にはが誰に向かって言っているかまで丸わかりだ。
 一方の知盛は、面倒そうに僅かに首を傾げて続きを促がす仕種をみせる。
 その距離はあと十メートルといったところ。


「大体ね、その自分がモテるって解ってる態度が気に入らないのよ。せっかく私が誕生日を・・・・・・」
 叫び声は途中から小さくなり、俯いて持っていたケーキの箱を見つめる。


「・・・祝いたかったのに・・・・・・何よ。知盛のバカーーーーーーーーーッ!!!」
 最後は再び力いっぱい叫ぶと走り出す
 残念ながら知盛との距離の目測を誤ったらしい。
 すぐに後ろ手を掴まれ、向かい合う事になった。
 


「他に言いたい事は?」
「・・・よく考えたら、知盛がバカって知ってたよ」
 益々悔しくて憎まれ口をきく。

「クッ・・・それで?」
「どうしてこんなに目立ってるのかなぁ?知盛が悪いのに」
 叫んで目立ったのはだが、そもそも叫ばせたのは知盛だ。
 の中では知盛が悪いという公式のもと、自分の事は棚上げとする。

「他は?」
「ケーキ落とした。・・・ひとりで全部食べてやろうと思って楽しみにしてたのに」
 の足元には、手首を掴まれた勢いに驚いて手を離してしまったのだろうケーキの箱。

「鼻歌の理由は・・・ケーキか」
「そうだよ。ここのオペラ、まるごとひとりで食べられるんだから。楽しみでしょ」
 本来のオペラより苦かろうとも、そんなことは関係ない。
 知盛の態度が気に入らないので、一口たりとも食べさせるものかと決心して知盛を巻いたのだ。
 せっかくのケーキが崩れてしまい、悲しくなって涙目になる


「知盛なんて、私が何を想って、何をしたかったかなんて知らないでしょ?放っておいてよ!」
 苛立ち紛れに知盛の手を振り払い、ケーキの箱を拾おうとするとその場で抱き締められた。


「・・・まったく・・・手間がかかる女だな。目立つのはお前の方だ」
 往来の真ん中で口づけを交わす。
 はっきりいって見せ付けたいのは知盛の方だ。
 はどこか周囲を見ていないところがあり、に対する視線に気づいていない。
 だからこそ目立つ行動をとり牽制をし、知盛なりに大変忙しかったというのに───



「と、知盛。恥ずかしいよ?」
 真っ赤になって途端に大人しくなる
 こういった初心なところが知盛の気持ちを駆り立てるのだが、それについては言うつもりはない。

「さあな。ケーキは・・・恐らく大丈夫だろう。あの店は気が利いている」
 知盛が屈んでケーキの箱を拾い上げ、ついでと手を繋ぐ。

「この混雑で飯を食うのは面倒だ。適当にすぐに食える物を買って帰ればいいだろう?」
 途中歩いたエリアでは、持ち帰り用の惣菜コーナーがあった。
 ホテルビュッフェも目の端で確認してある。

「だって・・・ここにコレを取りにこなきゃだったんだもん。あのね?今日は知盛の・・・・・・」
「ああ。生まれた日・・・らしいな。気に留めた事もないが」
 行事に関する考え方の違いまでは、世界を超えてもそうそう直らない。
「うん。だから・・・私に感謝してもらおうと思って。でも、お料理苦手だから美味しいモノ食べてから
帰ろうって・・・そう思ってたんだよ」


 の言葉に知盛が振り返る。


「だって、知盛って、ほんとに性格悪いよ?だからね、私くらいだよ。お持ち帰りしてまで知盛の相手を
してあげようなんて女の子は」


 性格については将臣にも散々言われたし、一族の中でも浮いていた自覚はある。
 それをここまで堂々と言い切られ、尚且つ、それについて認めた事に感謝しろと強要されているのだ。


「・・・クッ、クッ、クッ。・・・神子殿はこの顔はお気に召していらっしゃらないと?」
「そんな事言ってない。その顔がなければ減点ばっかで加点なしって言っただけ」
 躊躇いもなしに即座に返事をされる。


「・・・・・・では、この人混みではなく・・・二人きりで祝ってもらいたいものだな。ここでは気兼ねして
料理が喉を通らない」
「気兼ねなんてありえない言葉使ったよ、この人」
 機嫌が上向いたのか繋いでいる手を離し、知盛の腕に腕を組み直すと、その肩へ寄り添う
 二人が向かった先は、まさに持ち帰りが出来るフードエリアだ。



「知盛は何が食べたい?私はね〜、秋だし・・・おこわだ〜。いいな〜、おこわ」
 何でも食べたいのだろう。
 またもあちこち目移りをしているを眺めるのは呆れるものの楽しくもある。

「・・・。あれを買う」
「なに、なに?知盛は何が・・・・・・コーヒー豆だよ?」
 コーヒー豆が並ぶ店頭には、食べ物はない。

「ケーキに必要だろう?」
「知盛・・・これ、食べてくれるの?」
 のしたかった事に付き合うのも悪くはない。
 少々計算高いかもしれないが、これでが満足し、機嫌がさらに良くなれば都合がいいからだ。
 本当に知盛が欲しいモノを手に入れる近道。

「ああ。料理はもともと興味がない。・・・が食べたいモノを適当に選ぶんだな」
「そういえばそうだよね〜。知盛ってグルメなんだか、何でもいいんだか、わかんないけど。今日は和食にしよ?
あそこに京都の総菜屋さんがあるし。おこわと秋の味覚じゃ地味だけど・・・知盛には懐かしいかもだしね」
 一応は知盛の好みを考えてくれているらしい。
 確かに将臣たちが普段食している料理は美味いと思った事はない。

「後は酒があれば・・・文句はない」
「・・・まただよ。休肝日って知ってる?偶には飲まない日が必要だよ?」
 知盛が酔っ払うのは見た事がないが、酒の匂いはまだにとっては苦手な部類である。

「神子殿が仰せならば・・・偶には従うといたしましょう」
 に返事をすると、コーヒー豆を指で指して購入する知盛。
 何気に知盛はコーヒーを気に入っているらしく、コーヒーメーカーが知盛の家にはある。
「えへへ。じゃあね〜、次はおこわを見に行こうね。栗とか美味しそ〜〜〜」
 遠目でそこまで確認していたのかと可笑しくなり、知盛が俯いて笑いを零した。

「なっ、何?栗嫌い?駄目だったら除けて食べてよね」
 の中では栗おこわに決定しているらしい。
 肝心の誕生日の主役の意見は聞き入れる予定なし。

「いや・・・悪くない。ただ・・・懐かしく感じた」
「栗おこわを?」
 とにかく何でも食べ物に直結思考の

「幼い時に・・・弟と栗を拾ったなと思っただけだ」
「知盛もそういう遊びするんだ〜。うわ〜〜〜」
 心底感動したのか、は勝手に幼い知盛を想像しているらしい。

「いいから、食べるだけ買え。このように人がいるのは疲れる」
 の頭へ手を置き、目的のモノがある方向を向かせる。
「は〜〜い。半分栗で半分違うのにしよ〜っと」
 適度に食べたいものを買い込み、知盛の家へと帰る二人。
 帰りの車中は和やかなものだった。





「ケーキが無事だよ・・・・・・」
 キッチンでケーキを箱から出したが感嘆の声を上げる。
 知盛はコーヒーのセットをしている最中だ。
 は食べる準備に忙しく、飲み物についてはなんとなく知盛の担当になっている。

「それは・・・よかったことだな。飲むか?」
 のためにアイスティーを淹れた知盛。
 氷がグラスの中で音を立てる。

「ありがと!一応ご飯の支度したみたいに見えるよね〜」
 器に移し替えてしまえば、いかにも家庭で作った料理に見える。
 せっせと二人分の食事を並べる
 まさに並べただけではあるが、見た目は重要だ。

「ほう・・・手早いな」
「うん!だから・・・知盛がインスタントのお味噌汁作ったらオシマイ」
 味噌汁だけは温かくないと悲しいものがある。
 仕上げはインスタントものだろうと構いはしない。
 知盛のメインディッシュは別にあるのだから。


「いただきま〜す!知盛、お誕生日おめでと〜〜〜」
「ああ。めでたいな・・・・・・」




 今宵のの運命はいかに───





 ケーキとやらまで我慢して食うんだ。
 わかってるだろうな?



 知盛の心の声はに聞えていない。

 


「ケーキ・・・無事でよかったね〜〜〜」
 何も知らずにケーキを切り分ける




 ケーキを食べ終えたと同時に知盛に食べられるのは、誕生日のお約束。






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喧嘩だけど喧嘩じゃなくて。そんな二人だといいな〜と思うのです。     (2007.10.02サイト掲載)




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