駆け引き と寝たのはたんなる気まぐれ。 それでもアイツはいいと言った。少しでも気にかけてくれたのならと─── 源平の合戦が壇ノ浦まで戦域を広げたにもかかわらず、あっさり和議でその幕を閉じてしまった。 頼朝の狙いは三種の神器。これだけは取りこぼすわけにはいかないという判断だったのだろう。 平氏の、武門の出でありながら貴族生活に慣らされた気位の高さを考慮すれば、戦術のひとつとしては 悪くない判断だった。 京を基点とし、いくつかの取り決めがされる日々。 重盛名義で平氏一門の邸も散らばってはいながらも再興されつつあり、穏やかな日々が続く春。 その重盛の邸にある、知盛の対を訪ねる影─── 「知盛!お花、キレイだから摘んできたよ。少しは外に出たら〜?」 欄干から廂に転がる知盛に声をかける人物は、龍神の神子である。 僅かに振り返るが、再び部屋の中を向いてしまう知盛。 「・・・お花、置いてくね?また明日ね!」 木の実であったり、キレイな石であったり、何かしか見つけては知盛へ届けに来る不可思議な存在。 (・・・なんだって毎日・・・・・・) その理由がわからないのだ。 ただ一度、和議の席で顔を合わせただけの女。 『生きていてくれるなら・・・なんだっていいんだ』 ひと言だけ、しかも、一方的に言葉を残してその場は別れた。 そして、京の邸に落ち着いた途端に毎日やってくる。 (生きて・・・か。こうも無様に生きながらえるとは・・・・・・) 都落ちをした時に、すでに一門の滅亡は見えていた。誰が運命を変えたというのだろうか。 「・・・面倒な・・・・・・」 少しだけ強い風が吹き抜ける。 気まぐれに振り返れば、が簀子に置いた花は飛ばされて無くなっていた。 胡坐で座りなおすと、しばし外の風景を眺める。 「花嵐・・・か・・・・・・」 それきり母屋へ引っ込んでしまった。 「知盛!桜が咲いててね〜、キレイだからお花見に行こうよ!」 本日も日課とばかりにが欄干から知盛の名を呼ぶ。 今日こそはこの胸の違和感を確かめるべく、知盛は欄干まで出て行くことにした。 「源氏の神子殿は・・・余程お暇とみえる・・・・・・私ごときに構わずとも、すべては兄上と決めなさるがいい」 将臣の正体を知っているが、混乱を避けるために還内府のままでと一部の者の間で取り決めたのだ。 よって将臣が平氏の総領であることに変わりはない。 「源氏の・・・とか、神子じゃなくて。だよ。。構うんじゃなくて、お花見に行こう?」 珍しく近づいてきてくれたことが嬉しく、知盛の袖を引きながら再び誘う。 「・・・クッ・・・真名を名乗られるとは・・・・・・珍しい姫君だ」 「姫じゃないってば!だよ。ね、行くの?行かないの?」 知盛の返事を待って立っていると、知盛が階から降りてくる。 花見に行くのかと近づくと、手首を掴まれ簀子で組み伏せられた。 「神子殿の目的は何だ?そう毎日ここを訪れている暇はございませんでしょう?」 「・・・知盛とデートしたいだけだもん。悪い?」 組み伏せられているにもかかわらず、わめくでも、暴れるでもなく、真っ直ぐ視線を逸らさずに返事をする。 「・・・クッ・・・でえととは?」 「あ・・・そっか。一緒にお出かけ。だから、お花見」 軽く眉を上げると、鼻先が触れる寸前まで顔を近づける知盛。 「つまり・・・神子殿は私を好ましいと思っていると・・・・・・ならば、素直に言いなさるがいい。抱いてくれと」 の顔が真っ赤になると同時に、知盛の腹部を力いっぱい蹴り上げた。 「バカじゃない?自惚れないで。頼んで抱かれてどうするって言うのよ。帰るっ!」 足音を立てて遠ざかる後姿を見送る。 「これで・・・明日からは静かになる・・・な・・・・・・」 肩を竦めると、廂で昼寝を始めた。 「知盛!今日はね〜、先生も連れて来た。剣の練習しないと、腕が鈍ると思って」 昨日の今日で懲りもせずにが訪ねてきた。 「・・・バカな男は放っておかれてはいかがか?」 「やだなぁ。おバカな子ほど可愛いっていうじゃない。ね、先生と腕試ししてみたら?わくわくするかもよ?」 起き上がってみると、の背後には、後に立っているにもかかわらずその顔が見えるほどの長身の男がいる。 「ほう・・・源氏の鬼が先生か・・・・・・悪くない。・・・俺の刀をこれへ」 女房に言いつけると起き上がる知盛。が知っている限りでは、初めて外へ出てきた。 「先生〜、ほどほどにして下さいね〜?」 リズヴァーンが僅かに頷く。 練習と気軽にいえないほどの真剣勝負の音が庭に響き渡る。 しかし、わかるものには判る、挨拶代わりの手合わせといったところだろう。 「退屈ぅ〜。知盛ったら、先生だとすんなり部屋から出てきちゃってさ。つまんない」 我慢して眺めていたが、いよいよ待てなくなったが立ち上がる。 「帰る!」 くるりと二人に背を向けてが小走りに庭を横切る。 リズヴァーンの手が緩み、合わせるように知盛の刀が地面へ向いた。 「・・・神子をひとりには出来ない。踏み込みに注意すれば、剣が早くなるだろう」 素早くの後を追って姿を消すリズヴァーン。 「あれが・・・花断ちを教えた鬼か・・・・・・」 生田でのとの手合わせを思い出す。 剣筋が綺麗なのに見惚れていると斬られる。 起き上がった程の事だと、その日は刀の手入れをして過ごした。 翌日、待つつもりもなく廂で転がっている知盛。午後になってもは姿を現さない。 「厭きた・・・か?」 それでも動くに動けず、その場で一日を過ごしてしまった。 翌日も、その翌日もは来ない。 を待っていた自分に気づいてしまった苛立ちと、が来ないという苛立ちが募る。 「・・・兄上は、いつお戻りだ?」 部屋に控える女房へ尋ねる。 「還内府様は・・・日が落ちる頃にはお戻りになられるかと・・・・・・」 「働き者なことで・・・・・・」 日が暮れるまでにはかなりの時間がある。 大きく息を吐き出し、再び目蓋を閉じた。 夕刻、邸のざわめく気配で知盛が目覚める。 すかさず支度を整え将臣の対を訪ねれば、帰り着いたばかりの将臣が着替えている最中だった。 「おう!どうした、知盛。いいかげん、働く気になったか?」 和議の後、仕事は山盛りだというのに知盛はまったく手伝わない。 やりたくない人物に仕事を頼む暇すら惜しく、知盛の事は放っておいたのだ。 「・・・・・・源氏の神子は・・・どうしている?」 「は?」 座って酒を飲もうとしていた将臣の手が止まる。 「ああ。神子な。何でも・・・譲の話じゃ、熱を出したみたいだが・・・・・・。何だ、気になるのか?」 知盛の分の盃を手渡そうとすると、知盛にそのまま返される。 「そう・・・か。ならば・・・・・・邪魔したな」 踵を返して将臣の部屋を出て行く。 「・・・珍しいな。アイツが人に興味をもつなんてな・・・・・・」 万に一つの可能性があるとするならば─── 和議を確実なものにするために、平氏と源氏の者の中から婚姻をさせようという案が出ているのだ。 問題は平氏側は女性がいない。徳子はすでに中宮であり、残す清盛の実子は、実のところ知盛か重衡のみ。 将臣は総領でありながら、怨霊であるという事にして名前を外してもらっている。 (知盛か重衡しかいねぇってのが・・・どっちもなぁ・・・・・・) 平氏側が公達しか出せないとなれば、源氏側が姫君を立てるしかない。 けれど、目ぼしい女人は梶原の妹のみ。出家しているのでこちらも話にならない。 が、ひとりだけ適任者がいるのだ。 誰もがその名を口にしないでいるのは、は帰るかもしれないからであり、九郎としても頭が痛い存在である。 (は・・・俺たちと帰る気があるんだか、ないんだか・・・・・・) 和議の仕事があるうちは帰れないと言ったのは将臣だ。 戦の最中に和議のために奔走したのはと将臣。なぜあんなには和議を望んだのか─── 「まあ・・・もしもの時はこっちに残ってもいいけどな。俺は」 明日には譲にも腹を決めさせようと、酒を飲み干した。 対へ戻ると、女房に唐菓子を用意させる知盛。 「知盛様・・・外は暗くなっています。どちらへ・・・・・・」 「無粋だな・・・夜歩き・・・とでも言えば満足か?兄上にはバラすなよ」 慣れたもので、階で靴を履くと、闇夜に溶けて姿を消した。 梶原邸の塀を軽々と乗り越え、庭へ忍び込む。問題は、梶原家には姫が二人いる事だった。 (さて・・邸の造り等、どこもそう変わらないが・・・・・・) ここで間違えると、後々問題に発展しかねない。 その時、妻戸を開けて出てくる影がある。 (あれは・・・梶原殿の妹御だな・・・・・・) 手に手桶と手拭、着替えを持っているからには、の世話をして出てきたところだろう。 (あれだな・・・・・・) 目標を定めると、庭の警備の者に見つからないよう距離を測りつつ、の対へ近づき素早く簀子へ上がる。 そろりと妻戸を押しながらその身を滑らせれば、御簾内の几帳のすぐ向こうに人の気配を感じる。 (馬鹿な・・・・・・) 婚儀をしていない女人が迂闊にも塗籠の外で寝ているのだ。 ありえない話ではないが、病ならば通常は穢れという意味もあり外では寝ない。 足音を忍ばせて近づき、御簾をすり抜けると、几帳の布の隙間から覗き見る。 (龍神の・・・神子・・・・・・) 寝苦しいのか、呼吸が少しだけ荒い。 枕上まで移動すると、の瞳が開かれた。 「わ・・・神様ってサービスいいなぁ。夢で・・・会えた・・・・・・」 手を伸ばして知盛の手に触れると、その手を額へと導く。 「やっぱり・・・冷たい・・・気持ちイイ・・・・・・」 知盛が返事をしないのをいいことに、勝手にひとりで話し続ける。夢だと信じているようだ。 「源氏の神子・・・見舞いだ・・・・・・」 懐から唐菓子を取り出すと、に見えるように目の前で振ってからの頭上へ置いた。 「ありがと・・・でもさぁ、夢なんだから名前呼んでよ。ちょっとぉ〜」 ぺちぺちと知盛の手を叩いて要求する。 「夢だと思いたいのはわかるが・・・・・・残念ながらホンモノですよ?」 の襟元へ手を滑らせる。 「・・・・・・ぎゃうっ!何?!何しに来たの?!」 今まで大人しかったが飛び起き、衾を抱いて知盛と距離を取る。 「・・・クッ・・・初めに見舞いにと申し上げたと思うが?」 「なっ、何でっ?!」 今までどう誘っても、リズヴァーンを伴って訪れた日以外、庭へ降りてくれたことすらないのだ。 そんな人物がの見舞いになど来る訳がない。 「お前の姿が見えないと・・・イラつくからだ。気が変わったんだ」 しっかりの単を掴むと、その場に組み伏せる。 「・・・へ〜んなの。あんなに遊び行っても無視してたくせにぃ」 知盛の鼻先を指でつつく。 「・・・黙れ」 「や〜だよ。あのね・・・私が行かなくて気になった?」 の視線が知盛を射抜く。 「・・・・・・ああ。わざわざこちらへ出向くほどに・・・な」 「じゃあ、いいよ。しよう?えっち。あのね、初心者だし、病人だって事は覚えておいてね」 すっかり力を抜いているの腕を押さえつけておく意味はない。 の背へ腕を回して抱き上げると、元の褥へ寝かせる。 「・・・神子は・・・初めてか?」 「神子じゃないの。!・・・初めては面倒で嫌?」 心配そうに揺れる瞳が、今までのには見られなかった表情だ。 つい汗ばむ額の前髪を払いのけて口づけをする。 「安心しろ・・・俺は本来優しいオトコなんだぜ?」 「・・・嘘くさ〜い。でもいいや。初めては知盛がよかったんだ」 が知盛の首へ腕をまわしたのを合図に、知盛の手がの腰紐を解いた。 翌朝、の部屋へ入った朔の叫び声が邸中に響く。 どうにか使用人たちには虫に驚いただけと誤魔化せたが、景時は朔と二人、の部屋にいた。 「え〜っと・・・その・・・ちゃんとこうなっちゃったのは・・・・・・」 今では着替えて余裕で座する知盛と褥で横になる。 知盛とが一緒に眠っているのを目撃した朔は、俯いて正座している。 「ああ。つい・・・花を手折りたい気持ちになって・・・・・・」 「つい〜?!そんな・・・そんな理由でちゃんにっ!」 拳を握り締めて立ち上がりかける景時の腕を掴んで引き止める朔。 「兄上!の話も・・・・・・」 「・・・わかった。ちゃん、起きてるよね?」 もそもそと寝ている向きを変えて、が景時と朔に向き合った。 「あのね、私・・・皆に内緒にしてた事があるの。和議をしたかったのは・・・知盛が好きだったからなの」 「・・・ええっ?!いつから・・・って、生田からか・・・・・・」 景時たちはそれ以前にが知盛を知っている理由を知らない。 よって、と知盛の出会いは生田になるのだ。 大人しく景時が座りなおした。 「うん・・・戦ってたらいくら好きでもダメでしょ?だから・・・いいの。知盛は悪くないから、帰してあげて下さい」 再び仰向けになると、大きく息を吐き出した。 「・・・もう・・・寝ますね」 の目は開かれず、誰もがその場で話を続けるのは不可能だと判断した。 「どうしようかなぁ・・・とりあえずは・・・将臣くんのトコ行ってくるか」 知盛を帰した後、仕事に出かける時間になった景時が溜息を吐きながら朔へ話しかける。 「・・・それで・・・済むの?」 「いや・・・どうなるか・・・オレにもわからないけどね。行ってくるよ」 すっかり肩が落ちてしまっている景時の背中を見送るしか出来ない朔。 すべてを景時の失態とするには事が大きすぎるのだ。 (私が・・・昨晩もの傍にいれば・・・・・・) 昨夜に限ってにこれ以上は感染したら困ると、看病を断られ追い出されたのだ。 後悔しても時間が戻るわけもなく、朔はひたすら景時の帰りを待ちながら一日を過ごした。 今朝方帰って来たのだ。の様子からして来ないのはわかっているのに、庭を眺めながら座る知盛。 簀子で眺める庭は、まだ遅き春を残していた。 (・・・もう・・・いいとは・・・何がだ?) とにかくの言葉や行動には翻弄させられる。 今度は、昨晩眠りに落ちる寸前にが呟いた言葉が気になって仕方ない。 『もう・・・いいや。これで・・・終れる・・・・・・』 (何が・・・終わるんだ?) が何を終わらせようとしているのか、皆目見当がつかない。 ひとつだけ考え付くのは、知盛との関係を諦めると、そうとれなくもない。 (遊びと・・・わかっていて結ばれるなど・・・・・・) とても生娘のとる行動とは思えない。 真実、が言う通りに男を通わせたのは初めてだったのだ。 どちらにしろ、親代わりの景時にバレてしまった。 将臣から呼び出されるまでそう時間はかからないだろうと、常の通り廂で昼寝を始めた。 「・・・お前なぁ・・・やっちまった後にってのは・・・どういう警備なんだよ」 「そうは言ってもね〜?ちゃんがいいって言ってるって事は・・・止めようがなかったわけで・・・・・・」 抵抗したならば多少の物音がする。ならば未然に防げただろうが、が受け入れているのだ。 それに─── 「ちゃんに、お見舞いの唐菓子も持参で来たみたいなんだよねぇ・・・・・・」 「それこそ夜這いに菓子もって行くのは変だろう?」 この手の話は九郎にすると大騒ぎになる。 先に将臣と話をと思い、弁慶に理由を話して内裏へ馬を飛ばしてきた景時。 昨晩の出来事を報告するにつけ、奇妙な気がしてならない。 男二人、膝をつめての内緒話だ。 「・・・昨日、知盛が珍しく俺の部屋に来たんだよなぁ。の様子なんて聞いて・・・・・・」 「そうなんだ。ちゃんもね、いつも封印の途中でどこかに寄っていたみたいなんだよね」 将臣がぱっかり口を開ける。 「まさか・・・・・・」 「そう。そのまさか。リズ先生に聞いて知ったんだけど、知盛殿の対。今朝本人に言われたしね。知盛殿が好きだったって」 人差し指を立てながら、これですべて繋がったとばかりに景時が詰め寄る。 「・・・待て。だった・・・ってのは聞き捨てならねぇな。終わってんのか?」 「あれ?そういえば・・・どうして・・・だった?」 将臣に指摘されるまで気づかなかった。の言葉が既に終わった事柄としていることに。 「アイツ・・・帰る決心したんだな」 「ええっ?!帰るって・・・元の世界にってこと?それは・・・・・・」 仲間との別れにも繋がる、の決心。 「・・・早めに確認しないと面倒だな。・・・俺が行く。知盛は自宅謹慎させる」 「オレも行く」 立ち上がる景時に首を横に振る将臣。 「今回は遠慮してくれ。頼む」 「うん・・・わかった。とりあえず・・・守護邸に戻ってるよ」 ここで男二人は話を中断し、それぞれの行くべき先に分かれた。 「・・・入るぞ?」 かつて知ったる梶原邸だ。の部屋へさっさと入ると、几帳の向こうで起きていたと目が合う。 「なんだよ・・・寝てなくていいのか?熱は・・・・・・」 「うん。熱は下がったみたい。昨日ね、知盛が寝る時に・・・熱さまし飲ませてくれたみたいで」 将臣が来た理由はわかっている。この手の話題は、幼馴染だからこそ話し難い。 先に話そうと心に決めていたのだ。 胡坐で座る将臣の膝へ頭を預けると、とつとつと言葉を探しながら話し出した。 「あのね・・・知盛が・・・ずっと・・・ずっと好きで・・・・・・だから・・・助けたくて和議の手伝いをしたの」 「そうか。細かい事は聞くつもりもねぇケドな。ただ・・・帰る決心したのか?」 将臣がの頭を撫でる。 「わかんない。でも・・・知盛との事は、もういいんだ。知盛が生きていてくれるなら・・・・・・」 「・・・あっそ。念願叶ったって事か。知盛に夜這いに来させたんだ。たいしたもんだ」 将臣がに笑いかけるが、は意味がわからず瞬きをする。 「ああ。あいつな、めったな事じゃ女のとこへは出かけないからな。噂でいい女がいると聞けば、恋の駆け引きとやらで、 他の公達より先にモノにしようと出かけるぐらい。嫌味な奴なんだ。後は勝手に部屋に来る女とスルだけ」 将臣の目に、知盛が持参したであろう菓子の包みが映る。 「・・・変な手土産持ってくるよな。病人に菓子は無理があるっての。柑子でももってくりゃいいのに」 「将臣くんなんて手ぶらじゃない。いいの・・・初めて知盛にもらった大切なモノだもん」 知盛ならば、数多の女人の相手をしているだろうとは想像していた。 今更妬くほどの事はない。静かに将臣の言葉を聞いていられる。 「は・・・知盛と婚儀をしなくていいのか?」 「うん。そんなに高望みするほど自惚れてないよ。知盛が気になるって言ってくれたから、もういい」 「そっか。じゃあ・・・今回の事は・・・俺と景時の中でおさめておく。九郎には話さないからな」 を褥へ寝かせると、手拭を額へあててやる。 「・・・ありがと、将臣くん。なんだかいっつも将臣くんって・・・お兄ちゃんだね?」 「バ〜カ!弟ひとりで手が一杯だっての。寝ろ」 静かに戸を閉めると、簀子の端で心配そうに様子を窺っている朔に微笑みかけて梶原邸を後にした。 遡る事、数刻前。新重盛邸の知盛の対。 「・・・兄上が?」 「はい・・・本日は外出を控えるようにと・・・・・・」 将臣の使いの者が、知盛への伝言を伝える。 (・・・説教も面倒だな) 頭を過ぎるのは昨夜の件だ。源氏の神子を穢したとなれば、処分も考えられる。 (失くして困るものなど・・・持ち合わせてはおりませんよ、兄上) 「わかった。・・・下がれ」 さっさと使者を追い返し、いつものように廂の間に転がる。 によって生かされたのかもしれない己が、を穢したことにより死を賜る。 「・・・クッ・・・無常とは・・・・・・」 何かが足りない。眠りは訪れない。ただその場で転がっているしか出来ないでいた。 陽が落ちる頃、目蓋を閉じると思い出す影を追いかけるべく階へ靴を用意させる。 出かける寸前で簀子を歩いてくる将臣と視線が合った。 「どこへ行くんだ?出かけるなと・・・伝言したハズだよな?」 知盛の腕を掴むと、力いっぱい引いて廂の間へと引き戻す。 「さあ・・・私にもわかり兼ねますよ・・・・・・影と熱を求めて・・・とだけ」 「のところへ行くなら生憎だが・・・もういない。邸を移させた。無駄足だぜ?」 勝ち誇ったように将臣が知盛を睨んだ。 「・・・クッ・・・兄上の大切な人を寝取られたからといって、そうムキにならずとも・・・・・・」 「さあな。病人に手を出すお前の神経の方がわかんねぇってだけだ。いいから外へ出るな。柱に縛るぞ?」 今まで余裕ぶっていた知盛の目が光った。 「ならば・・・自分で探し出しますよ、彼の姫を・・・・・・どんな手を使っても」 「知盛っ!!!」 ひらりと欄干を越えて逃げ行く後姿を目で追う。 「・・・馬鹿だ、アイツ。・・・ココだよ、ココ」 知盛に見つからないようにとなれば、同じ家、つまり、将臣の対にいるのだ。 なんとも遠回りをしそうな知盛が、いっそ哀れですらある。 「このクソ忙しいのに、面倒ばかり増やしやがって・・・・・・」 口では悪態を吐きながら、その顔は微笑んでいた。 知盛が行方をくらまして数日、誰もがいつもの生活を送り続けている。 の居場所を知られるような行動は取っていない。それぐらいのいつも通りだ。これをわざとらしいというのだろう。 梶原邸でもなく、守護邸でもなく、残るは内裏か縁の邸まで探す範囲を広げねばと知盛は考えていた。 そんな時に見覚えのある子供が知盛の前に現れた。 「ねぇ・・・知盛は、神子が好き?」 「・・・クッ・・・馬鹿な・・・・・・だだ・・・一度で終わるにはもったいない女だっただけだ」 邸へ戻れば将臣によって閉じ込められてしまう。あてもなく神泉苑をフラフラと歩いていた。 「そう・・・ならば、私は帰るね。神子には幸せになってもらいたいから」 「待て!神子は・・・はどこに居る?」 今にも大気に消えそうな姿を引き止めた。 引き止めた自分に驚いて目を見開く知盛の前に、静かに向き合う白龍。 「もう一度聞くよ?知盛は・・・神子が好き?」 行き先がわかるかと引き止めたのは事実。なぜこれ程までに執着するのかはわからない。 (これが・・・好き?・・・・・・) 首を横に振りながら、白龍の問いに答える知盛。 「・・・わからん。ただ・・・今一度逢いたいと・・・そう思う・・・・・・」 「ふ〜ん。少し難しい。私は・・・好きだから傍にいたくて、逢いたいよ?私は神子が大好き!」 満面の笑顔で好きと言い切る白龍が眩しく感じる。 「クッ・・・お前はいいな、簡単で」 宙に浮かぶ白龍を抱きとめると、その頭を撫でる。 「・・・・・・知盛。神子、元気になったよ。だから・・・逢ったらわかる。貴方の気持ち。行こう?」 「行く・・・とは・・・・・・」 答えを言う間も無く、見覚えのある風景の場所へと導かれる。 「ここは・・・兄上の対の庭・・・・か?」 遠く簀子に見えるのは、間違いなくだ。 「白龍〜!どこへ行ったの?おやつの時間だよ〜。もう!先に食べちゃうぞ〜?」 「神子!おやつ、食べよう?」 白龍がに飛びつくのが見える。 知盛だけが庭の木の陰に落とされ、白龍はちゃっかりの目の前にいるのだ。 「・・・クッ・・・やってくれたな」 「そうですね。俺が白龍に頼んだので・・・すみません」 知盛が振り返ると、立っていたのは譲だった。 「お前は・・・・・・」 「どうでもいいので、まずは風呂。何日ふらついてたんですか。清潔にしないと会わせないですよ?」 譲によって知盛の対の女房に引き渡されてしまう。 「俺が手筈を整えますから。兄さんが帰ってくる前しか時間が無いのだけは覚えておいて下さい」 「知盛様、こちらへ」 普段は女房たちが使う房から、庭の警備に見つからないよう邸内へ戻れた知盛。 手際よく支度をすると、譲の迎えがあり、薄衣を被って将臣の対へ入ることに成功した。 「先輩、白龍。入りますよ?」 「譲くん?夕餉には早いよね・・・・・・」 御簾を上げて入る譲の後ろに立つ人物に目が釘付けになる。 「夕餉には早いですからね。白龍。今日は白龍にも手伝ってもらうからな?行くよ」 白龍の手を引き、知盛を部屋へ残して譲がの部屋を出て行ってしまった。 「・・・久しいな」 「うん。・・・風邪、うつらなかった?」 「ああ」 それきり会話もないまま俯くをただ見つめている知盛。 「そのぅ・・・早くココ、出て行った方がいいよ。もうすぐ将臣くん、帰ってくるし・・・・・・」 仕切られた御簾の向こうは将臣の部屋である。男女が同じ部屋で過ごすという事は、意味合いはひとつしかない。 「源氏の神子は・・・総領と・・・将臣と婚儀をされる事に決まったのか?」 前々から和議のための婚儀の話は聞いていたのだ。 将臣が清盛の実子でないことなど、一門の総領と龍神の神子の組み合わせとなれば関係ない。 世にこれほどのわかりやすい和議の象徴はないのだから。 「へ?将臣くんと?どうして?」 誰もにそういった政治の話をする者はいないために、本気で首を傾げている。 「ならば・・・何故此処にいる?」 「景時さんの家がね、お部屋を直すんだって。だから・・・しばらく家移り・・・だっけ?それで」 知っている事なら堂々と答えられる。 少しばかり単語に自信がなかったが、無事に答えたと胸を撫で下ろす。 「・・・クッ・・・ならば、いま選ぶんだ。将臣の花嫁になるか、俺の花嫁になるか」 知盛がへ手を差し伸べた。 (・・・帰らなきゃいけないのに・・・でも・・・・・・) 伸ばされた手に手を重ねる。 知盛がを片腕で抱え直すと、薄衣を被らせその姿を隠す。 「兄上の部屋では集中出来ないのでな・・・・・・」 「・・・何に?」 知盛にしがみついていながら、まるでわかっていないの耳元に囁く。 「えっち」 「・・・ええっ?!・・・んぐぅ・・・・・・」 の口を塞いで、軽く己の手の甲へ口づける知盛。 遠目ならばに口づけているように見えたことだろう。 帰ってきた将臣への軽い牽制である。 「知盛。帰ってたのか・・・・・・」 頬を引きつらせながら知盛を睨む将臣。 「ええ。花の香りに誘われて・・・・・・確かに貰い受けましたよ。我が花嫁を」 涼しい顔で将臣の横を通り過ぎる知盛を、しばし遅れて将臣が振り返る。 「知盛!お前・・・・・・」 が知盛の代わりとばかりに将臣に手を振っている。 「・・・ふぅ。ま、いいか。アイツが決心したならホンモノだろうし。で〜?これは譲クンの仕業なのかな〜?」 わざとらしく譲の気配に気づいていて話しかける将臣。 譲が柱の陰から白龍と共に姿を現した。 「・・・白龍と半分ですよ。先輩・・・涙こそみせないけど、毎日泣いていたから」 「うん。神子、幸せ。神子の気を感じるよ?」 まったく悪気がなさそうな白龍の表情に、将臣も笑うしかない。 「そう・・・だな。が選んだんだ。これでいいんだろう・・・・・・」 静かにの気で満たされる邸の空気。誰もが心地よい気持ちになっていた。 気の出所は知盛の対。 「知盛・・・どうして・・・探してくれたの?」 「さあ・・・な。ただ・・・なくてはならないと感じた・・・・・・」 再びの果実を啄ばめば、の背がしなる。 「やっぱり・・・おバカさんだ。最初に気づけばよかったのに・・・・・・」 少しだけやつれてしまった知盛の頬を撫でる。 「クッ・・・神子殿が私を庇って追いかけてくだされば、回り道もなかったさ・・・・・・」 の体を手と唇で確かめるように愛撫し続ける知盛。 「人の所為にしたよ、このヒト。それに・・・・・・」 知盛の髪を少しだけ引っ張ると、知盛がその顔を上げての瞳を見つめる。 「失礼・・・・・・・・・少し黙れ。これでは・・・・・・」 「喧嘩はしないもん。だから・・・今度は痛くしないでね?」 知盛が手の動きを止めて、の隣に寄り添うように寝そべる。 「・・・痛かったのか?」 「うん。口から何か出ちゃうかと思った。ぐいぐいねじ込んで来るんだもん」 慌てたつもりはないが、貪るほどに求めていたのには自覚があった。 「・・・初な姫君であらせられる事を失念したようだ。・・・俺を欲しがる体にしてやるよ」 「ヘンタイ。それこそ黙って名前呼んでくれたほうが気持ちイイのに・・・・・・」 知盛の耳を引っ張り、が唇を尖らせる。 その唇を軽く啄ばむと、再びを抱きしめた。 婚儀とはならなかったが、二人が恋人同士である事は世に知られるところとなる。 たっての希望という事で、婚儀が先延ばしにされたのだ。 「デートもろくすっぽしてないのに、結婚って変。やだよ〜、そんなの。いいじゃん、えっちが先だって」 なんといってもがそういうからには無理に進めることも出来ず、婚約ということで落ち着いた二人。 お互いの部屋を通い合いながら過ごした一年先に、知盛がを追いかけて異世界へ行く事になるのは別の話。 |
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なんとなく・・・書きたくなってしまい。頭の中には色々あったものですから。順番が前後しちゃいましたね〜。 (2006.09.19サイト掲載)