奇貨   (後編)





「ただいま〜〜〜っ!」
 が玄関を開け、続いて知盛が後から部屋へ入る。

(・・・クッ、ただいま・・・ね・・・・・・)
 食材とアルコールの袋を両手に持った知盛は、そのままキッチンへ直行する。
 はリビングで真っ先にクッションを開封し、満足げに二つ並べていた。

「知盛ぃ〜!可愛いよ、これ。やっぱり二匹並んでるといいよね〜〜。ありがと!知盛の時計は
こっちに置くね?」
 知盛が寝転ぶ時に使うサイドテーブルに小さな紙袋が置かれていた。

「・・・ああ」
 返事をすると、袋から出して並べたアルコールを順次冷蔵庫へ収め始める。
 一人でも飲むし、遊びに来る将臣とも飲む。適当に何でも揃っていた。

「こうもぎっしり並んでると、壮観ってカンジ」
 いつの間にか知盛の背後にが立っていた。
「・・・クッ。これでも少ない方だ」
 いちいち買いに行くのも面倒なのだが、旨くない酒は不要だ。
 それなりに自分で試してから買うようにしていた。

「飲みすぎないでね。・・・えっと、買い物時間かかったね?少し早いけど、夕飯の準備しよ〜っと。
パスタでいいんだよね?」
 何度知盛に食べたいモノを尋ねても、“”以外の回答を得られなかったのだ。
 結局、の食べたいモノという事で話は解決した。
「ああ。食事はな・・・・・・」
 台所に立つの背後へ移動し、その腰へ腕を回す。
「・・・腹が減ったな・・・・・・」

 が包丁をまな板へ置く。
 振り返れば、知盛に齧られる寸前だった。
「・・・あのね、齧るのはやめて。この前の痕、なかなかとれなかったんだよ?」
 手を伸ばし、知盛の頬を摘まむ
「・・・クッ。だから?」
 天を仰いでの手から逃れる知盛。
「ここは危ないから、こっち来なさい。悪い子にはお説教!」
 パスタを茹でる為に点けたガスを止めて、知盛の腕を引いてソファーへ並んで座る。



「基本的な事なんだけど。知盛が食べたいモノと私の食べたいモノは違うのよ。それに、知盛は食事に
無関心なんだもん。心配なんだよ?私、お料理上手じゃないけど、栄養考えてるの。わかってる?」
 知盛の手の甲を軽く叩く。
「・・・ああ」
 やや不貞腐れ気味の知盛。
「誰も、しないとは言って無いでしょう?しないとは。私だって・・・知盛といちゃいちゃするのは好き
だし、嫌じゃないの。順番は守って!」
「・・・守ればいいのか?」
 大きくが頷く。
「守ればいいのよ。そういつでも、どこでもに付き合える程、頑丈に出来てないのよ」
「・・・クッ。俺を倒した女の言う事じゃないな・・・・・・」
 手を伸ばして、時計が入った紙袋を手に取る知盛。
 小箱を一つ手に取り、へ手渡す。
「何?」
「・・・いいから開けてみろ」
 とくにラッピングされているわけでもないので、外箱を開けると時計を入れてある箱がすぐに姿を現す。
 開けば二つの時計が並べられていた。
「・・・今日の時計だ・・・買ったの?」
 シルバーの時計が二つ、メンズ用とレディース用だろう。
 メンズ用の文字盤は淡いラベンダー、レディース用はの好きな桜色のピンクだった。
「ああ。俺にとってのコレ・・・なんだろうな。いいだろ?」
 知盛が掴んだのは新しいクッション。
 が小さな溜息を吐いた。


「・・・ごめんね、知盛。気づいてあげられなくて。時計はさ、誰が持っても同じだよ?時間はね、誰もが
同じ時間しか持てないの。でもさ、時計なんて無くても、私と知盛の時間は同じだから。待っててくれるって
言われたのに、甘えすぎちゃったね」
 立ち上がると、知盛の頭をそっと抱く。
「今日からここに置いてね?一緒の時間・・・増やそうね。つい・・・知盛は何でも出来ちゃうから、平気
なんだって思ってた」
 
 大きく呼吸をすると、の香りが知盛の胸を満たした。
(・・・・・・勝手に縛られていたのは、俺か)
 に手を伸ばせば届く距離。
 腕を回しただけのつもりだったのだが、に頭を軽く叩かれる。

「・・・お尻撫でるトコじゃなくて。もぉ〜!どうして、こうエロぃのよぉ」
 偶然に合わせる事にした知盛。ここで感謝の意を伝えても、今更だ。
「・・・さあ?」
「いいよ。・・・・・・時計は有難く貰うね。私のお引越し、手伝うんだよ?わかった?」
 知盛の頬へキスする。肩を竦めてから知盛が頷く。
「ああ。だから・・・・・・」
「しないから!ご飯が先!・・・コレでも抱っこして、大人しく待ちなさい。すぐに出来るから」
 ピンクのクッションを知盛へ押し付けると、キッチンへ戻る

「・・・コレ・・・ねぇ?」
 正直、触り心地は悪くない。けれど───
「・・・ケチだな。少しくらい・・・・・・」


「何か言った?!色々ルール決めないと、私ば〜っか大変だよ。今日はきっちり話し合うから覚悟して!」
 包丁を知盛へ向けて、キッチンから声高らかに宣言する

「・・・クッ。いい耳してやがる」
 ラグの上に置いてある、巨大な紙袋へ視線を移す。

(・・・楽しみは、まだまだあるしな?)
 今しばらくは大人しくしていようと、クッションを抱えて転がった。







「美味しかった?」
 本日のメニュー。シーフードのトマトソースパスタ、サラダ、野菜スープ。
 さらにキャベツの煮物とデザート。
「・・・ああ。上手くできてた」
 出された食事に文句をつける事はない知盛。
「作り甲斐がないなぁ。あのね、奥さんを褒めると、お料理上手になるってテレビで見た事あるよ?」
「へえ?・・・奥さん・・・ね」
 意味ありげに口の端を上げる知盛。の頬は引き攣った。
「・・・奥さんだもん。書類上はまだだけど、今日から気持ちはしっかり奥さんだよ」
 ここは強気に限るとばかりにが言い切った。
「・・・クッ。それでは、奥方だけの仕事をしてもらうか・・・・・・」
「待った!順番は・・・守るんだよ?」
 が立てた人差し指を左右にゆっくり振る。

「・・・・・・仕方ない。風呂は?」
 の指を掴むと、順番通りに動く準備をする知盛。
「お風呂だけならOK。知盛がしてくれるの?」
「ああ」
 のろのろと立ち上がり、知盛がバスルームへ向かった。

「うん、うん。しっかりイイ旦那様になるよう、躾しないと。さってと!私も片付けしなきゃ」
 食器をまとめて、手早く食事の片付けを始めた。





「のぉ〜んびりぃ、お風呂〜〜。ここは広いからいいね?」
 知盛と二人で入れるバスタブなのだ。かなり広い部類だろう。
「・・・・・・さあな」
 の項に唇を這わせるだけで、大人しくしている知盛。
「うんとね、普通は一人でいっぱいくらいだよ?こんなに足を伸ばしても平気って贅沢」
 足を湯船の外へ出して見せる
「・・・クッ。誘ってるのか?」
「違うもん。伸ばして見せただけ。・・・知盛に好かれると、とっても大変だよね」
 パシャリと音を立てて足をお湯へ沈める。

「・・・・・・迷惑・・・という意味か?」
 知盛がに回している左腕に力が入る。
「違う。めちゃ嬉しいって意味だよ?ただね〜〜〜」
 後ろへ反ると、知盛が怪訝な顔をしている。

「約束だよ?一緒に暮らすんだし・・・床とかね、背中痛いんだよ。だからね・・・・・・」
 鼻で笑う知盛。
「だったら・・・ダメな場所を全部言え・・・・・・」
「その手にはのらないんだから!言わなかったトコでする気でしょ?」
 知盛の顔へ指で軽く水飛沫を浴びせる。
「・・・クッ。大分学習したみたいだな」
「当たり前。きっちり決めて守ってもらわないと。ずぅ〜っと一緒なんだから、少しは違う事に興味を
持つとかね?」
 を逃がさないよう、両腕で包み込む知盛。
「・・・・・・他に無いから追いかけてきたんだ。肌を合わせているのに、あまり焦らすなよ」
 知盛の手がの身体を撫で始める。

「やっ、ちょっ!お風呂はダメだってば!髪も濡れてるし・・・困るのっ。ねぇ・・・・・・」
 身を捩る
「・・・嫌なら逃げ切れ」
 無視を決め込んだ知盛の手は、ますます調子に乗っての胸の膨らみへと移動した。

「・・・やーだー!まだあの袋開けて無いんだから。着てみたいのっ」
 知盛にお湯を浴びせ、隙を突いて脱出に成功した
 入り口で振り返り、舌を出して勝利宣言をしてから先に出てしまった。

「・・・クッ、クッ、クッ。今日は手強いな・・・・・・」
 も引かないが、これからはが『帰る』事がないかと思うと気が緩む知盛。
 額に張り付く前髪を軽くかき上げる。
「・・・・・・お楽しみはこれから・・・だな」
 が袋を開けた時の表情を見逃すのは惜しい。
 知盛も早々にバスルームを後にした。
 




 鼻歌を歌いながら、ラグで髪を乾かす
 その姿は、バスタオルに包まれているだけという、知盛にとってオイシイ状態だ。

「・・・伸びたな」
 の乾きかけの髪を手にしながら、背後へ座り込む。
「うん。知盛が綺麗だって言うから。毛先しか切らないようにしてるもん」
 知盛が掴んだ髪を前へと戻し、ドライヤーで乾かす作業を続ける
 背中が無防備なのをいい事に、知盛はの背骨に沿って指を這わせた。
「うひゃん!・・・悪戯しないのっ。大人しいかと思えば、すぐにそういう事するんだから」
 振り返り様に知盛の額を軽く叩く。
「・・・なあ。そろそろいいだろう?・・・何だって今日は堕ちない・・・・・・」
 知盛の攻めも、ツメが甘いのは確かだ。だが、も堕ちないのだ。

「だって!あれ、まだ開けてないんだもん。知盛が買ってくれたから、着たトコ見せてあげるよ。それくらい
のサービスはしてあげる」
 ブラシで丁寧に髪を梳き終えたが、下着が入っている大きな紙袋を指差す。
「そ・の・ま・え・に!・・・どうして知盛は頭を気にしないのかなぁ?乾かさないと風邪ひいちゃう。はい、
いい子で座って、座って」
 ドライヤー片手に、知盛の背後へと移動する
「・・・クッ。このままでも乾くさ」
「そうじゃないの!せっかくサラサラの髪なんだし。すぐに乾くから」
 がいない時は、乾かしている。
 がいる時は、わざと頭を放っておくのだ。
 そうすれば、の手によって乾かしてもらえる。

(・・・ニブイんだよ、は)
 にいちいち言うつもりは無い。
 時計の事にしても、知盛よりも大局でモノを見ている風な

「・・・クッ。細かい事は苦手そうだな・・・は」
「何か言った?」
「いや・・・・・・」
 知盛の声は、ドライヤーの音に掻き消されていた。





「カタログ、カタログ〜。初めてだよ、カタログ」
 大好きなランジェリーショップのカタログが見られるのだ。期待で袋へ手を伸ばす。
「・・・・・・うわ・・・スゴイ・・・・・・」
 複数の中から写真集の様なカタログを手に取り軽く捲る。
 内容も豪華だが、小さな文字の値段もお高い。
「・・・これは私には無理」
 テーブルへ置くと、次のカタログを手に取る。
 しかし、またもやや高めの値段設定だった。
「・・・・・・無理め。え〜っと、後でのんびり見るとして・・・・・・」
 ブライダル用らしき一冊だけを手に残し、残りをまとめてテーブルへ置く。
「うひゃあ!フリフリのふわふわ・・・・・・」
 普段はシンプルな格好ばかりのだが、豪華なレースが嫌いなわけではない。
 ついつい目を奪われていると、の肩越しに知盛もカタログを覗き込んでくる。

「へぇ・・・・・・これはまた・・・・・・」
 知盛の好みとはやや違う方向ではある。純白は清浄を示すモノ。
 どちらかといえば苦手な部類だ。
 ただし、には似合うと思っているので話は別。

「・・・今、ヘンなコト考えてたでしょ」
 知盛の手が、のバスタオルを取り去ろうとするのを阻止する。
「・・・いや?これだけ長いお預けは初めてだな・・・・・・」
 駆け引きを楽しんでいるので、構わない。
 を抱え、背後のポジションをしっかりキープする。
「お預けって・・・食べモノじゃないってば。知盛、わんこなの?」
 笑いながら袋へ手を伸ばすと、買ったはずのものに対して大きすぎる箱がひとつ。
 他にも、細かなモノが詰められていた。
「何これ・・・・・・」
 下着用の洗剤やら、買った覚えのないモノが入っている。

「・・・これ、やっぱり私のじゃない様な・・・・・・」
 店の者が間違えて渡したとしか思えない。
 がこれ以上はと開けるのを止めると、の脇から知盛の手が伸びる。
「・・・のだ。ほら」
 知盛が箱のリボンを解いてみせる。
 そこまで開けられてしまっては、仕方ない。は蓋を手に取り開けた。

「・・・・・・・・・こっちが知盛好みとか?」
 箱に詰められた下着たちは、きっちりその色目とデザインが左右に分かれていた。
 片方は知盛が普段着ている服の色の並び。
「・・・クッ、察しがいいな?」
「もぉ。いつの間にこんなにたくさん選んだの?試着してたのなんて、そんなに時間かかってないよ?」
 買われてしまったものは返品し難い。
 まして、知盛の機嫌の良い様子を見ていると返して来いとは言えない。
「今日は怒らないんだな?」
 選んだ下着を手に取り、の目の前に翳す。

「お馬鹿っ!・・・下着は返し難いし・・・嬉しいからいいけど・・・この手は何ですか〜〜?」
 知盛の手から下着を奪う。
 布らしい布が無いデザインを間近で見せられるのは照れくさい。
「いや?試さないのか?」
 わざとらしく次の下着へ手を伸ばすと、その手をに叩かれる。
「んもぉ〜〜!こんなにたくさん、いつの間に選んでたの?!しかも、私が好きな感じまで」
 しっかりと話を元へ戻す。が買ってもらうことに決めたのは一組だけ。
 よもやギフトボックス大きめいっぱいに増えているとは考えていなかった。

「・・・さあ?」
 懲りずにが最初に欲しがっていた下着へ手を伸ばす知盛。思わぬモノが掴めた。
「・・・・・・コレは・・・・・・」
「うぎゃーーーーーーっ!そんなの選んでないっ。間違って・・・・・・」
 が選んだ下着はノーマルタイプ。どこでヒモの下着になってしまったのか?!
 も箱へ手を伸ばすと、しっかりが選んだ下着も入っていた。
「・・・あれ?あるよ」
 首を傾げる
 紐パンの意味に気づいて笑い出す知盛。

「・・・クッ、クッ、クッ。・・・俺へのサービスらしいな?」
 真っ白なレースに淡いブルーの刺繍の下着。知盛の趣味ではないが、このデザインは知盛好みである。
 が選んでいないとすれば、店側で選んでくれたモノだ。
 こんな遊びを思いつくのは、知盛が頼んだ店員しかいない。

(・・・クッ。気が利く事で・・・・・・)

 知盛の口元が一瞬だけ緩む。
 知らずには項垂れていた。
「あ〜、もぉ〜。恥ずかしくて、あのお店もう行けないよぅ・・・・・・」
「気にするな。俺と行けばいいだろう?」
 上が駄目なら下とばかりに、今度はの足へと手を伸ばす。
「余計に恥ずかしいってば!」
 知盛にされるがままになっている。すっかり脱力してしまっている。

「・・・どうした?」
 抵抗されないのも面白味に欠ける。
「ん。なんでもないよ?たくさんアリガト。知盛って、ほんと私が好きだよね。・・・大切にしてね?」
 バスタオルを自分で取り去る

「これからは・・・ずっと二人だから・・・・・・」
「・・・ああ。大切に・・・いただくとするか」
 を抱きかかえて立ち上がる知盛。

「・・・下着は・・・いいのか?」
 心残りがあっては中断されてしまう。それでは興ざめだ。
 先ほどまで張り切っていた件を持ち出す。

「だって・・・毎日知盛が見るに決まってるもん。よく考えたら、別に今じゃなくても同じだよ」
 の頬へキスをする知盛。
「賢明だな・・・これ以上焦らすな・・・・・・」
「うん。知盛が追いかけてくれるのが嬉しかったの。でも、もういいや」
「・・・いい・・・とは?」
 をベッドへ下ろすと、バスローブを脱ぎ捨てる知盛。


「一緒の時間を大切にする方が先だから!まだ週に二日はゼミ行くけど。お帰りって、ココで待ってるね」
 両手を広げて知盛を待つ
 知盛は口の端を上げて笑いながらへ覆いかぶさる。

「・・・ベッドでお出迎えとは・・・情熱的だな?」
 の言う“ココ”は知盛の家という意味だとわかっていて、わからないフリをした。
「〜〜〜、もういいよ。へそ曲りなんだから。ココでもお出迎えしてあげる」
 知盛の背へ腕を回す
「・・・クッ、それは楽しみだ」





 遙か遠い異世界で見つけた幸せ。
 時間を合わせる為に来たのに、時間に振り回されていたのは知盛の方。
 “チャンスは逃さない”をとりあえず実践中。






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と、こんなオチで。望美ちゃんの大学卒業を待っていたオトコ、知盛(笑)自分の感情にニブイのはチモの方!     (2006.02.09サイト掲載)




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