佐保姫の足音





「知盛〜〜〜!お散歩行こう、お・さ・ん・ぽ!」
 先導の女房を追い抜かし、知盛の部屋の御簾を跳ね上げて登場の
 知盛は床に転がったままだった。

「知盛〜?寝てるの?寝たフリ?狸だ〜〜〜!」
 そのまま小走りで知盛へダイブすると、あっさり抱きとめられた。


「・・・クッ、人を狸呼ばわりするとは。人聞きが悪い・・・・・・」
 仰向けに転がり、を抱えている姿勢の知盛。
 一度開かれた瞳は、また閉じられてしまった。

「こらぁ!そういう起きてるのに寝ているフリを“狸寝入り”って言うの!だから狸」
 腕を伸ばして知盛の両頬を左右へ引っ張る。
「・・・・・・静かにしろよ・・・春の雲は・・・ゆったりと過ごすものだ・・・・・・」
 の手首を掴んで顔から手を離させると、再び眠ろうとする知盛。
「年がら年中寝てようなんて・・・つまんないよ!」
 しっかり抱えられているので起き上がる事が出来ないは、手足をバタつかせた。



 大きな溜息を吐いた知盛が目を開ける。
「・・・まだ・・・外は寒いだろう?それに曇っていると言っているんだ」
「だって、雨が降っていなければ足元は濡れないよ?お散歩行こうよ。そろそろ梅が咲くって
景時さんが言ってたもん。春一番の梅を探しに行こうよぉ!」
 またも暴れだす
 そろそろ妥協しないと、叫ばれる運命の知盛。それは大変耳によろしくない。

「・・・クッ、わかったよ。俺の佐保姫様はせっかちだな」
 片手でを抱えたまま起き上がる知盛。
 自然とは知盛の膝の上に座る格好になった。
「佐保姫って誰?どこのお姫様?・・・知盛ってば浮気してたの?」
 険しい顔でが知盛の襟を握り締める。


「・・・クッ。何を勘違いしておいでかな?佐保姫は春の女神だ。俺の春の女神はという
意味で言ったんだが?」
 知盛が軽くの唇を啄ばむと、の指は徐々に知盛の狩衣の襟から離れた。


「・・・・・・どうした?」
「だって・・・そういうのわかんないんだもん。私、お姫様じゃないから・・・・・・」
 少なからずコンプレックスを持っている
 こちらの世界の常識を知らない。
 まして和歌など詠んだ事もないが、季節の言葉や仕来りに詳しい訳が無い。


「いいさ。俺の佐保姫は足音をたててお越し下さるのだから。・・・実にわかりやすい」
 の頬を撫でると、その瞳を覗き込む。
「・・・褒められてない・・・・・・足音が五月蝿いって言われてる・・・・・・」
「クッ・・・察しはいいな・・・・・・」
 反撃される前に立ち上がる知盛。
 抱えられたの足は床に着いていなかった。

「あの〜〜〜。散歩は歩くんです、自分の足で」
「・・・それで?」
 さらに抱え直され、は知盛の首へ腕を回すしかない。
「・・・これは荷物扱いなんでしょうか?知盛サン」
 の言葉を無視して知盛が廂から簀子へと出た。



「・・・はどこから来た?」
「え?一応玄関っていうか、表門から。で、ここまでずぅ〜っと渡殿を歩いてだよ」
 知盛が指で女房を呼ぶ。
「・・・履物を」
 一礼して女房が素早く立ち去る。
「あ・・・そうか、草履が無いね。そうじゃなくて!ここのお庭じゃなくて外!外へ行こう?」

 軽く首を回すと、階へ腰掛ける知盛。もちろんは抱えられたまま。
「・・・寒い・・・だろう?」
「・・・かな。でも、歩けば暖かいよ」

 知盛が両腕でを抱きしめた。
「・・・こっちの暖かい・・・がいい・・・・・・」
 の項に口づける。
「んぅ〜、知盛のえっち!やだ!散歩なの!それに・・・私が知盛を訪ねてるんだよ?」

 の髪に顔を埋めていた知盛が顔を上げた。
「・・・だから?」
「逆だよ。・・・私が知盛のトコに来てちゃ・・・・・・」


「・・・・・・クッ、クッ、クッ。・・・気になるのか?」
「なる!なるの!知盛がせっせと景時さんの家に通ってくれなきゃ、私の立場ってものが」
 軽く片眉を上げる知盛。
「立場ってものが?」
 焦れたが首を左右に振り出した。
「もぉぉぉぉ!知盛が私のトコ来てくれなきゃ、飽きられたって思われちゃうの!」



 実際、あまりに間があくと打ち捨てられたという事になり、噂になるものだ。
 ただし、貴族の場合に限る。は自ら知盛を訪ねるし、知盛も日を空けずに通っている。
 かつての貴族の常識に当て嵌める方に無理があった。



「・・・クッ、それでは・・・梅を土産に共に梶原邸へ参りましょうか。景時殿は梅がお好みか?」
「うん!私も梅好きなの。それに、梅の枝は折ってもいいって菫おばあちゃんが言ってたもの」
「ほう・・・雅な方だな・・・・・・」
 桜は折ると木が痛んでしまうが、梅の木は丈夫。手折って香りを楽しむのに適した花である。
 


 階の下に履物が用意されると、庭へ降り立つ。
「早く〜!どうしてそう、たら〜んって歩くの?空気も澄んでるし、シャキシャキ歩こうよ」
 先に歩いては、小走りに知盛のところへ戻ってくる
 構わずに知盛はのんびりと庭を横切る。

 何度目かにが戻ってきた時に、その腕を掴んだ。
「そう・・・急がなくてもいいだろう?日も射してきた」
 雲がきれて、隙間から太陽が顔を見せている。

「わわ!余計急がなきゃだよ。一番の梅を早く見つけなきゃ、咲いちゃう。蕾の方が長持ちなのに」
 空を見上げたが、その視線を前に戻そうとする前に知盛に抱き上げられた。



「どうして意地悪するの〜?早くお出かけしたいのに」
「佐保姫様の足音は俺だけのものだからだ」
 鼻先へキスしてからを下ろすと、手を差し伸べる。
「散歩・・・なんだろう?」

 がしっかりとその手を握り返した。
「そ。散歩だよ?このまま知盛を貰って帰ろうかな〜。どうして別々のお家なんだろう」

「・・・クッ、好きにしろ」
「えっ?!」
 隣を歩く人物を見上げる

「いいぜ?俺がの部屋に居候すればいいんだろう?」
「・・・・・・居候じゃなくて、お婿に貰って下さいっていいなよ。ちゃんと責任持つから」


(・・・責任・・・持つ・・・・・・)
「クッ、クッ、クッ・・・・・・本当にお前は面白いオンナだな?」
 女君が責任を持つという話は聞いた事が無い。
「こんな怠け者さん、貰い手ないよ?家なら景時さんが二人まとめて養ってくれるから」
 しれっとが言い放つ。別段、景時にその様な約束を取り付けた訳ではない。
 ひとりくらいなら食い扶持が増えても大丈夫そうではあるが。

「・・・クッ、梅の枝を持って・・・・・・景時殿に申し上げなくてはな・・・・・・」
「何て?」





 春をお届けに参りました。つきしては、春の宿に長期滞在致したく───






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