ホワイトデー 2006     (知盛編)





 今年のホワイトデーは、平日だった───



「え〜っと、今日は遅くなっちゃったから・・・・・・」
 それでも学校の方が会社よりは早く終わる。
 少し寄り道をしてしまったために、遅くなってしまったのだ。
 夕飯のメニューは手の込んだものは出来ないなと考えながら鍵を出す
 本日も昨日と変わらず、鍵を使って知盛のマンションへ入る。



「・・・ただいま。・・・知盛?」
 誰もいないのに声を発してしまうのは何時もの事だが、部屋の主が居ないことを確認
したのは、遅くなった後ろめたさからだ。
「・・・ふぅ〜〜〜。よかった。すぐに出来るモノにしなきゃ!」
 頭の中で冷蔵庫の中を思い出しつつ、手早く出来るモノを考えた。








「・・・・・・で?」
「こちらの資料と・・・決裁にサインを」
 手渡された資料に目を通しつつ、決裁日付を見れば三月十四日となっていた。
「・・・十四日・・・ね」

 頭の中で、先月の十四日の出来事が思い出される。
(・・・手作りは無理でも・・・チョコレートくらい買って帰るか・・・・・・)
 今日も家で知盛を待っているだろうへ、偶には土産もいい。
 少し早めに帰宅すれば、いつも通りに帰れるだろうと時計を見上げた。
 ただいま、十六時。
 一時間後にはフライングして帰る予定を立てる。

「・・・おい。最近は・・・どういうチョコレートが人気だ?」
 資料を持ってきた女子社員に、珍しく知盛から声をかける。
「・・・チョコ・・・ですか?今日ならキャンディーとか、限定のスイーツとか、そう
いったものの方が・・・ホワイトデーですし・・・・・・」
 知盛の片眉が微妙に上がる。
「・・・・・・それを説明しろ」
 この一言で、知盛の周囲に女子社員が群がった。



 想像力豊かな女子社員たちに、素晴らしく大人でいい女の恋人がいると思い込まれてし
まったらしく、知盛が考えるの欲しいだろうモノとはかけ離れた意見が飛び交う。
 知盛の恋人は無理でも、仲良くなりたいのが女心というものだろう。
 出来れば恋人のポジションも取って代われるチャンスも欲しい。


「だから!チョコっていうならゴディバの限定のにして。プレゼントをこれにするのよ!」
 どこから持ってきたのが、女性誌が広げられ贈られたいホワイトデーのプレゼント特集記
事が広げられる。
 菓子のページやブランド品、アクセサリーと大忙しだ。
「でもぉ・・・限定スイーツも捨てがたいじゃない!チョコは箱が限定なだけで、いつでも
買えるじゃない!」


 言いたい放題の群れを眺めていた、知盛が溜息を吐く。
「・・・すまないが、お嬢さん方は勘違いをしておいでだ。俺の女は・・・・・・まだ学校
とやらに行っているんだが?」


「・・・ええーーーっ?!知盛さんの彼女って、女子大生?!」


 今度は相手は清楚なお嬢様女子大生という設定で話が盛り上がっている。


(・・・クッ、女子大生ねぇ?)
 残念ながらは女子高生である。言い換えれば、さらに若い。
 そこまで訂正するのも面倒で、黙って様子を眺めているとあるページが目に入る。

「・・・それ」
 勢いに弾かれた女子社員の一人に、落ちている雑誌を指さす。
「こ、これですか?」
 拾い上げて知盛の前へ差し出す。
「ああ。これは・・・どこで買えるんだ?」
「ちょっと待って下さい。・・・ええっと・・・・・・」
 雑誌の端に書いてある協力店のリストから目当ての店名を探し当て、その店がある場所を
指で指した。
「電話をしてからが確実だと思います。そんなに数があるとは思えないですし」
「・・・へぇ?じゃ、ここをもらうか」
 指さされた箇所に付箋を貼り、手でページを破る。

「今日はもう帰る。後は適当に・・・・・・」
 さっさと机の上を片付けて、知盛がその場を後にした。





 と、いうのが知盛の帰宅が遅れた理由。
 片手にへの贈り物を抱え、ようやくたどり着いた家のインターホンを鳴らす。
「・・・・・・開けろ」
「・・・あのねぇ?私だって忙しいのよ。鍵忘れたの?」
「・・・手が空いていない」
 手が空いていないならば、インターホンも鳴らせないだろうと言い返すのを飲み込む
「今行く」
 短く言い捨てると、ガスを止めて玄関へ急ぐ。
 いつもより少し遅い知盛の帰宅のおかげでほぼ夕食の準備も終わったのだ。
 間に合った喜びもつかの間、“開けろ”である。



「あのね〜!遅くなるなら、なるとか。開けて欲しいなら、開けて下さいでしょう?!」
 文句を言いながら玄関のドアを開ければ、白い物体と目が合った。

「・・・・・・わ!可愛い!」
 両手で白い熊のぬいぐるみを抱きしめる
 熊を突き出していたのが知盛だった。

「・・・お帰り。これで遅くなったの?」
「ああ」
 玄関で開けたらしい巨大な紙袋をたたむ知盛。
「ここでわざわざ出したの?」
「ああ。それと・・・これ」
 小さな紙袋をへ突き出すと、靴を脱ぎ始める知盛。
「なあに?この袋って・・・・・・」
 が行ったことが無い高級チョコレート菓子店の袋だ。
 一粒千円は、の小遣いには厳しいお値段だったりする。

「・・・十四日・・・だろう?」
 書類のおかげでわかったホワイトデーなのに、さも知っていたかのような素振りである。
「や〜〜〜ん!嬉しいっ。バレンタイン知らないみたいだったから期待してなかったよ」
 が頬ずりをしたのは、ぬいぐるみだった。

「あのね、夕飯もうすぐだから」
 ぬいぐるみとチョコレートだけを手に持ったは、さっさと行ってしまった。

「・・・クッ・・・こちらへは何も無しか?」
 まったくもってに関してだけは知盛の予定通りに事が運ばない。
 本日は毒を盛られる事態にはならなかったが、出迎えのキスも無くなってしまった。
 軽く息を吐き出してからリビングへ向かう。



「知盛!ありがとっ!」
 ソファーへ熊を座らせたが知盛の首に飛びつく。
「クッ・・・熊に?チョコレートに?」
 片手でを支えつつ、軽く唇を啄ばむ。
「買ってくれた知盛に!知盛が買ってるトコ、見たかったな〜〜〜」
 チョコレートはともかく、大きな白い熊のぬいぐるみである。
 しかも、耳にシリアルナンバー入りだ。そう安い品ではないのだけはわかる。
 が、ぬいぐるみを知盛がどのような顔で買ったのかが気になるのだ。

「・・・クッ、逆立ちでもして買いに行けと?」
 何も買い物に特別な支度は必要では無い。店へ入って買うだけの話なのだから。
 が興味を持つ買い物の仕方とは、どの様な買い物の仕方なのだろう?

「もお〜!そんな事できるのなんて、中国の雑技団くらいだよ。店員さん、笑ってなかった?」
「いや・・・持ちやすくと言ったらラッピングしなくていいのかと聞かれたが・・・・・・」
 雑誌で写真を見た時から、玄関で渡すと決めていたのだ。
 殊更丁寧に包んでもらう必要など無い。
「それ・・・知盛が買ったと勘違いされてるよ?」
 クスクスと小さな笑いを零す
 ギフト用にしないとなれば、本人用と思われたであろう。
「・・・俺が?」
「そ!偶には人の目を気にしなよ〜」
 知盛の周囲への無頓着振りには、も冷や冷やする時がある。

「・・・クッ、人の目など・・・・・・俺にはこの目しか必要ない」
 を立たせると、軽く瞳を閉じさせて目蓋へキスする。
「他の目など用無しだ」

「めちゃめちゃすっごい口説き文句だけど、この手はな・あ・に?」
 のニットの下に潜り込む知盛の手を軽く叩く。

「嬉しくなったら・・・・俺が喜ぶことを返したくならないか?」
 口に出すのも馬鹿らしいが、の場合は口に出した方がいいのだ。
「なるけど、ならないのっ。ご飯にしよ〜。春っぽくしたんだよ?」
「春ね・・・・・・」
 春ならば、春に直接触れたい。
 けれど、またも外してしまった知盛としては言葉を探さなければならない。



「・・・お風呂も春だからね?桜のお風呂」
「それは、それは。待ち遠しい事で・・・・・・」
 の嬉しい申し出に、顔を綻ばせる知盛。
 知盛をかわすのが上手いのだ。その実、知盛の欲しいモノを知っている。

「あのね、帰りに友達の付き合いで買い物行ったの。そうしたら、桜のグッズがたくさんで。
欲しくなっちゃったから、入浴剤買ったの!でも、ご飯が先だよ?」
「了解・・・・・・」
 玄関では外したと思っていたが、そうでもなかったらしい。
 これから起こるであろう春の喜びの予感に胸躍らせながらの夕餉となる。





 桜色のホワイトデーの夜───







 〜後日談〜


・・・熊に眉毛・・・・・・」
 マジック片手に、書くフリをしてみせる。
「きゃーーーーーっ!お馬鹿っ!そんなのしないで〜〜〜」
 を呼び寄せたい時には、テディに悪戯をする素振りをするに限る。
 が飛んでくるのだ。
 息を切らせて知盛からぬいぐるみを奪い取ると、その顔を確認する。
「よ、よかったぁ・・・・・・マジック没収!」
 知盛の手から黒のマジックを取り、引き出しへとしまう
 その隙に知盛にテディを奪われてしまう。
「熊・・・不細工だよな」
 膝に抱えて、ぬいぐるみの頭部に知盛が顎を乗せている。
 当然テディの顔は潰れて楕円に歪む。
「うぎゃっ!顔が歪んだら可哀想だよぉぉぉ!」
 熊を奪取に戻るが、そのまま知盛掴まるのはの方。

・・・楽しい事しようぜ?」
「もお!チモリをダシに使わないで!」
 真っ白なテディ。にとって大切な知盛からの贈り物だ。
 汚したくないのに、知盛はいつもテディに悪戯しようとする。
「・・・ちも・・・り?」
 知盛からテディを奪い、どっかりと知盛の膝にテディを抱えたまま横座りする

「うん。チモリって名前つけたの。帰ったら、一番に“ただいま”って言ってる」
 凹んではいなかったテディの頭を撫でながらが笑顔を見せた。
「・・・変な名だな」
 外国語なのだろうと、聞き覚えの無い名前を流そうとするとの指が知盛を指す。
「知盛だよ。知盛の“知”を呼び方変えただけ。だからこの子はチモリ。ね?」



 は知盛を喜ばせるのが上手い。
 今日も乗せられているのは、知盛の方なのかもしれない。







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多く好きな方が負けらしいので。だって、知盛は全部いらなくて望美の世界へ来てますから(笑)     (2006.03.14サイト掲載)




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