ホワイトデー 2006 (銀編) 今年のホワイトデーは、平日だった─── 「え〜っと、今日は遅くなっちゃったから・・・・・・」 それでも学校の方が会社よりは早く終わる。 友人達とのおしゃべりに時間を費やしてしまったのだ。 「今日は銀が帰りに家の方に寄ってって言ってたし・・・・・・」 鞄を左手に持ち替え、急いで学校の門から出る寸前で誰かに腕を掴まれた。 「ちょっ?!」 「神子様。お帰りが遅いので、迎えに参りました」 の腕を掴んでいる人物を見上げれば、銀だった。 「やだ!どうしたの?ずっと待ってたとか?ごめんなさいっ、ついおしゃべりしてたの」 の手首を掴んでいる手は冷たい。しかも、手袋もしていないのだ。 「私が勝手にした事です。お約束の時間が待ち遠しく、待ちきれずにここに居りました」 笑顔の銀を見ると余計に心が痛む。 「・・・ごめ・・・その・・・覚えてたよ?約束」 精一杯走れば間に合う・・・だろう時間ではあるとしてもだ。 「はい。私が勝手にした事です。神子様が気に病むことではございません」 そもそも銀がいるという事がおかしいのだが、気づかないは銀と手を繋いだ。 「私の手、温かいでしょ?銀の手が冷たいんだからね。もお!まだ寒いんだから、手袋 くらいすればいいのにぃ」 迎えに来ていたのは銀のはずなのだが、が銀の手を引いて歩いている。 「・・・そうですね。忘れてしまいました。普段使わないものですから・・・・・・」 普段は使っている。荒れた手でに触れるわけにはいかないからだ。 に手を繋いでもらう計算だったりする。 「駄目ですよ?せっかく銀に似合うの二人で探したんだし。モノは使ってこそです!」 「はい」 真剣に銀を心配している姿が、申し訳なさ半分で嬉しいのだ。 口元に手を当てて笑いを堪えつつに手を引かれて歩く。 その時、の手に鞄以外のモノがある事に気づく。 「・・・神子様。お荷物をお持ちいたしましょうか?」 が振り返った。 「これ?」 鞄と手提げ袋を持っている手を軽く上げる。 「はい。お荷物と私では大変でございましょう?」 いかにも選ばせるようでいて、銀と荷物の比重を試しているのだ。 「じゃ、こっち。ありがと。ほんとは少し重かったの」 に荷物を渡される銀。 「神子様のお荷物ならば、いくらでもお持ちいたします」 手提げから少しだけ顔を出している綺麗な袋や箱。 「神子様じゃなくてですっ。それに、そんな事いうと、私ごと持って下さい?」 「・・・よろしいのですか?」 銀もその方が嬉しい。 「冗談です。こんな学校の近くの道路でしたら、明日から学校行けません!」 軽く舌を出して銀を牽制する。 銀は残念そうな顔をしつつも、手提げの中身に視線を移した。 (神子様・・・この様にたくさんいただいたのですね・・・・・・) にだけ見えない黒い気配を辺りに振りまく。 言葉にするならばヤキモチという名のそれ。 「・・・でね?その雑貨屋さんが、すっごく可愛い小物がたくさん・・・・・・銀?」 返事をしてくれない銀を見上げる。 「はい」 「・・・聞いてた?」 「はい。私もご一緒してもよろしいのですよね?」 にこりと微笑み返せば、真っ赤になったが俯きながら再び歩き出す。 銀がの話を聞き逃すわけが無いのだ。 ただ、考え事も同時に出来る器用な男というだけ。 「銀とは行かないよ?女の子ばっかりだもん、そういうお店は。その・・・・・・ダメ」 「私が・・・ダメなのですか?」 「うん。銀とられちゃうからダメ。誰にも会わせないの!」 「私は・・・貴女のものですよ?ほら」 繋いだ手を軽く揺らす。 「・・・ちがうの。私の言い方が悪かったです。見せるのも嫌」 部屋の主ではなく、が銀の部屋のドアを開けた。 「神子様はこちらでお待ち下さい。今日はホワイトデーの用意をしたのです」 「・・・ええっ用意って何?そんな大袈裟な事になってるの?」 キャンディーが返ってきて、返事、この場合は銀がを想う気持ちを言葉でもらえると 考えていた。 「はい。今日は私が神子様をおもてなしするのです。そうそう、神子様?まずはこちらに着 替えて下さいね」 いきなり大きな紙袋を手渡される。 銀の視線を感じながら、紙袋を留めているシールをはがす。 「わ・・・・・・ワンピースだ・・・・・・」 春色のワンピースが一枚、丁寧に包まれていた。 「私はあちらで用意がありますので」 が喜んだ顔を確認して、銀がキッチンへと消えた。 「これ・・・高いのかな?」 雑誌に掲載されるようなワンピースなのだ。紙袋からして安いものではないのがわかる。 けれど、はブランド品に疎かった。 「んふふ〜。可愛いって褒めてくれるかな?」 銀が用意してくれたものだ。大切にしたい。 時々に洋服を買ってくる銀。 最初は拒否していたが、衣服を贈る事には意味があるらしく、銀も譲らない。 特別な日限定で受け取る事にしていた。 ワンピースを手に、着替えるために他の部屋へ移動した。 「・・・神子様」 「ど・・・かな?」 銀へ見せるために、その場で回ってみせる。 ワンピースの裾がふわりと開き、花が咲いたようだ。 「とてもよくお似合いです・・・・・・神子様の・・・・・・」 「です!もう二人だし、名前で呼んで下さい」 銀の賞賛の言葉を遮り、腰に手を当てて再びの意思を見せる。 「・・・それは・・・ご命令ですか?」 名前で呼べば、今の関係を保つ自信がないのだ。 「違います。お願いです」 じわじわと距離をつめ、銀の前に立った。 「・・・困りましたね。貴女は今、とても大胆な事を口にしているのですよ?」 「大胆も何もないです。じゃ、私も重衡さんって呼ぶ事にします」 そう意地を張らなくてもいいのに、つい後には引けなくなってしまった。 軽く首を左右に振ると、銀がを抱き寄せた。 「真名を呼び合う意味は・・・お教えしましたよ?」 「そんなの知りません。そんなの・・・重衡さんがこっちの世界に合わせるべきだよ」 いくら何でも、“神子”はなかろうと思うのだ。 呼び捨てが難しくとも、他にどうにかならないものだろうか? 「困ったお方ですね・・・・・・」 軽くの髪に口づけ、そのまま食事のテーブルへと手を引く。 「わ・・・ディナーみたい・・・・・・」 テレビで見る豪華な夕食の様に、グラスや皿が並んでいる。 「外で・・・とも考えたのですが・・・私がもてなすのが正しいかと・・・・・・」 は確かに手作りのチョコレートを銀にあげた。 成功に近いが成功ではない作品という出来栄えだった。 銀には豪華な手作りディナーで返されてしまった。 椅子の背もたれに手をついて項垂れた。 「・・・神子様?」 「・・・・・・これ、銀が作ったの?」 「はい」 悲しいような、くやしいような、複雑な感情がに押し寄せる。 「・・・どうか・・・されましたか?」 食べる事が好きななら喜んでくれるだろうと考えたのだ。 まさか黙って立ち尽くされるとは銀としても計算外。 「違うの。私のあんな下手なチョコに比べると上手なんだもん。銀のお嫁さんになるのは 厳しいなぁ〜って」 これだけの料理を作る男の食事を作る妻の役目が務まるとは思えない。 流石のも、剣と包丁の違いには少しばかり手を焼いている。 母親の手伝いを始めたものの、初心者の位置にもたどり着けてはいないのだ。 「私の元に・・・嫁いで下さ・・・・・・」 「うん。そのつもりでいたんだけど・・・無理っぽい・・・・・・」 項垂れつつも、椅子へ座る。 の隣に銀が膝をつき、その手を取った。 「神子様・・・無理・・・とは?」 銀の頭の中をかすめるのは、の手提げに入っていた飾られた贈り物たち。 「うん。無理みたい・・・・・・」 一方、の頭の中では、卒業までに料理の腕前が上がるとは思えず、延長を申し出る 方向で考えが進んでいた。 (もう少し練習しないと・・・大学行ってる間に頑張らないと絶望的だよ・・・・・・) 見れば見るほど、飾り付けまで丁寧に色取り取りの食事。 皿の上の芸術品かと思うほどだ。 「神子様は・・・もう・・・私は必要ない・・・のですか?」 「えっと・・・必要とか不要とかそういんじゃなくて・・・・・・」 銀の様子がおかしいが、落ち込みたいのはの方である。 なんとなく銀に掴まれていた手を引いてしまった。 「そう・・・でしたか・・・私とした事が、神子様のお気持ちに気づかず・・・・・・ 他に大切な人を見つけられたのですね・・・・・・」 リビングの方へ歩く銀の背に飛びつく。 「ちょっ、今のでどこからそんな話に飛んじゃうの?ね、何か勘違いして・・・・・・」 腰に回されているの手に手を重ねる。 「勘違いなどしておりません。私は・・・何も出来はしないのですから・・・・・・」 この世界での負担にならないよう、配慮をしたつもりだ。 それなりに順応性が高いらしく、将臣と譲がいるおかげでなんとかなったと思っていた。 「ね、どうしちゃったの?ご飯・・・食べよう?その・・・ワンピースもありがとう。すっごく 嬉しいです。何も出来てなくなんかないよ?私、嬉しいもん」 よくよく銀を見れば、銀の視線の先にあるのはの荷物だ。 「もしかして、あれを気にしちゃってる?あれは・・・義理のお返しにもらったの。将臣くんと 譲くんから。それとね、友達と交換するのが流行りなんだよ?あのね、女の子同士で欲しいモノ 交換するの。プレゼント交換。ね〜〜〜、だから、あれ、違うよ?そういうんじゃなくてね?」 偶然にも贈り物を持っていた理由がわかった。 が受け取ったの中で、有川兄弟のものは恐らく譲の手作り。 お菓子大好きのがもらわない事など有り得ない。 普通のお菓子と同等で、他意なくもらったに違いない。渡す方にしても行事の一環だろう。 他は友達同士の交換の品となれば、銀以外の男からもらって想いを交わしたりはしていない。 銀の頭部には狼の耳、その腰部には狼の尻尾が生えた─── 「・・・やはり私は何も出来ないのです。神子様の欲しいモノが何か存じません」 益々悲しそうな声を気合を入れて発する。 「だ、だって。欲しいも何も、あれは・・・・・・。いいよ。あれ、ココで開けます。もともと そのつもりだったし」 ソファーに座ると、が袋から荷物を順番に取り出す。 「これが、譲くんの手作りクッキー。こっちが将臣くんがくれたお菓子。多分譲くん手作りクッキー の別バージョン。銀とここでお茶したいな〜って。きっと美味しいよ?で、これが私の欲しかった ハート・ホヤ。ここに置いてもらおうって」 が開けた箱からは、ハートの形をした植物が出てきた。 「これね、一番大切な人に渡すと永遠に一緒にいられるらしいの。だからね、ここに置きたくて」 テーブルの中央にが白い鉢植えを置く。 いつもならの隣に座るはずの銀が、ここまでが説明をしても隣に座らない。 それどころか、テーブルを挟んで正面のラグの上に正座で座られてしまった。 「・・・神子様は私と婚儀をしたくないと仰せでした。私は・・・・・・」 「もぉ!ちょっと待って。誰もそんな事言って無いし!」 は袋を逆さにして、残りの包みを辺りにぶちまけた。 「これも、これも、これも!銀とここで二人でしよ〜って楽しみにしてたのに。どうしてそう変な事 言い出しちゃうの?」 透明な袋に包まれた中には、茶筒サイズの缶。 銀がひとつを手に取り、素早くラベルの文字を目で追う。 「これは・・・植物栽培・・・缶?」 「そう。仲良し三人でプレゼント交換したの。もうひとりの子がこの栽培缶を全種類くれて。二人とも 銀知ってるでしょ?銀の部屋に置くんだ〜って、話してきたのに。どうしてそうなるの?」 が缶を手にとってはテーブルに置き、ずらりと並べる。 「・・・・・・無理と仰せでした」 聞き違いなどしていない。ここだけは間違いではないのだ。 「あのですね?お料理下手な奥さんなんて要らないでしょう?もう少し待ってください。もう少し頑張 れば、まともなお料理作れる様になるから・・・・・・」 自ら料理が出来ないと大告白する。 銀の尻尾が左右に動いた。 「それでしたら問題ございません。すべて私がいたします。さすが神子様がお持ちになった植物ですね。 神子様はもうこちらでお暮らし下さればいいのです。無理など何もございません」 ハート・ホヤの鉢を両手で持ち、とびきりの笑顔を見せる銀。 「ええっ?!」 さらに缶をひとつ手に取り、の目の前に突き出す銀。 「それに、二人でと仰るのでしたら、そろそろ種の蒔き時なのですが」 ミニトマトの缶には間違いなく“種まき時:春”と表示されていた。 「それはそうなんですけど・・・・・・」 「よかった!先に食事に致しましょう。これはまた明日に蒔きましょうね?」 、銀に誘導され、気づけば銀の部屋で暮らすことになった春の一日。 記念の栽培缶は、季節ごとに二人で開ける予定─── |
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どうしても狼さんに見えるのですよ、銀。重衡の人物像にかなりの偏見?!“衣を被って・・・”のあれのイメージなんです☆ (2006.03.16サイト掲載)