ホワイトデー 2006 (景時編) 今年のホワイトデーは、平日だった─── 「え〜っと、今日は遅くなっちゃったから・・・・・・」 それでも学校の方が会社よりは早く終わる。 夕飯のメニューは手の込んだものは出来ないなと考えながら鍵を出す。 本日も昨日と変わらず、鍵を使って自分でマンションへ入ろうとしたが─── 「おかえり!ちゃん!!!」 がドアを開ける前に開かれた扉。 飛び出てきた人物は景時。 「ええっ?!景時さん、どうしているの???」 は手に持っていた鞄を玄関前に落とした。 「だってさ〜、約束したでしょ?ほら、先月!」 の鞄を拾って、二回ほど軽くキスをする。 さらに“先月”の辺りで自慢げに胸を張りつつを招き入れた。 「でっ、でもっ。平日だし、こんな早い時間・・・・・・」 時計はただいま五時半。景時の会社が終わる時間も五時半。 家に数秒で帰れるわけが無いのに景時は家に居る。 の頭の中は大変だった。 (夕飯の支度、間に合わないよぅ・・・・・・) そんなの気持ちには気づかずに、の背を軽く押しながらリビングのソファー へ座らせる景時。 「え〜っと。ちゃんの真似しちゃおうかな?ご飯がいい?おやつがいい? それとも・・・一緒にお風呂?」 「最後が違いますから!」 素早くの手の甲が景時の胸の辺りに入る。 「う〜ん、失敗。勢いつけたらうっかり返事してくれるかと思ったんだけど」 ソファーの端に座ると肘掛部分の間に無理矢理割り込んで座る景時。 「じゃあさ、ご飯とおやつ、どっち?オレね〜、ケーキ焼いてみたんだよ」 「ええっ?!」 は驚きの連続で心臓が痛い。 夕飯の支度はしなくていいらしいのだが、景時にさせるのは申し訳なかった。 「ホワイトデーの約束したもんね〜。今日はフレックスしてお料理教室行って作って きたんだ。便利だね〜、一日だけ申し込めてさ」 おやつを選択しなければならない空気が漂う。 「・・・ひとりで?」 「いや。譲君にクラブ休んでもらっちゃった。でもさ!ケーキはオレ一人で作った んだからね。手伝ってもらってないよ?」 確かに景時は先月言っていた。 『黒とくれば白でしょ〜』 「もお!お仕事大丈夫だったんですか?帰って来ちゃって」 「うん。逆に頑張れって送り出されたよ?そうそう。本当はキャンディーかマシュ マロとかいうお菓子なんだってね。オレはケーキって決めてたからさ」 照れ笑いを見せる景時。 「・・・景時さん、反則だよぅ可愛い顔しちゃ。・・・私が紅茶を淹れますね」 立ち上がろうとしたの手首を掴んでソファーへ座らせる景時。 「駄目。今日は駄目。オレがするの!一緒に食べようね〜、待ってて!」 小走りにキッチンへ向かう景時。 には何もさせないつもりらしい。 「すっごくいい旦那様になりそう。どうしよ」 嬉しさのあまり紅くなる頬。 手を頬に当てて、景時が来るまでに必死に冷やした。 「見て、見て〜〜〜。ホワイトチョコレートでコーティングして〜。ストロベリー ソースで愛を込めました」 の前に出されたケーキは、白いハート型のケーキ。 問題は、赤いストロベリーソースで書かれた文字の方だ。 「・・・景時さん、これ。お教室でみんなの前で書いちゃったの?」 「うん。そりゃそうだよ〜。完成したの見せなきゃでしょ」 基本的には景時も照れ屋な方だ。 が、時として意外な行動に出る。まさに久々の予想外の行動尽くし。 『ちゃん、大好き』 あまりの景時らしい文字にが笑い出す。 「・・・か、可愛い。ケーキって、英語が多いのに」 書きやすさもあるのだろう。 英語表記のチョコレート文字などがケーキには多い。 思いっきり日本語で“大好き”とくるとは─── 「景時さん。私も大好きだよ!」 頑張ったご褒美にが景時の頬にキスをした。 「やったぁ!味はショートケーキと変わらないと思うんだよね。イチゴ好きだよね?」 フォークを手に、景時がが食べやすい大きさにケーキを切り割ける。 「はい!あ〜〜〜ん!」 切り口は何層もの積み重ねになっている。 とても綺麗な紅白のシマシマだ。 「・・・はむっ・・・・・・美味しい〜〜〜!こんなに何層にも」 ストロベリーソースは手作りらしく、甘酸っぱさが残るほどよい味だ。 景時の手からフォークを取ると、同じくケーキを景時の口元へ。 「あ〜〜〜ん!」 「・・・んっ・・・甘い・・・これは・・・こういう味?」 いつものケーキの味ではない。 ホワイトチョコレート特有の甘ったるい感じが口に広がる。 「そうですよ?ホワイトチョコって、ちょっと不思議な甘さですよね」 お腹が空いていたは、雛鳥の様に口をパクパクさせてアピールする。 慣れれば食べさせてもらうのも楽しいのだ。 「そっか。う〜ん、これは成功なのかなぁ?はい、あ〜〜〜ん!」 に食べさせつつ、味の分析を始める景時。 「・・・んっ、大成功ですよ?ほら、外はつるつるってヒビもないし。中は何層にも ソースとスポンジが重なってるし。ソースが甘すぎないからめちゃ美味しいし。でも!」 が言葉を切った。 「・・・でも?」 首を傾ける景時。どこかに不備があったのかと、続きを待つ。 「この文字が一番嬉しいかも〜!景時さんの気持ちが、ぎゅって詰まってる感じ!」 “大好き”部分を食べたとしては、気持ちを食したも同然である。 「そ、そう?じゃあさ、今日はお風呂・・・・・・」 「今日は平日だから、駄目〜!もうすぐ春休みなんですから。休みになったらね?」 春休みにはいいという意味で言った。毎日とは一言も言っていない。 「そうか〜!春休みは毎日OKだね。いや〜、照れるなぁ〜〜〜」 口では照れるといいながら、その口元は緩みまくっている景時。 には訂正する気力が残されていなかった。 「・・・そういえば。他の人は何て書いてました?その・・・ケーキに」 「ん?文字を書いたのはオレだけ。皆はね、金の粉をぱらぱらっとか、お花みたいに したりとか。上手だったね〜。ちなみに譲君は、豪華にデコレートしてたよ」 半分以上無くなってしまったケーキを眺める。 誰もが恥ずかしくて文字など書かなかった中で、景時は書いてくれたのだ。 「景時さんのハート、食べちゃった!」 「あはは!そう、そう。オレのハートをあげるのに作ったからね〜。あれだね、お菓子 作りって実験みたいで楽しいね。先生も男の人でね、こう、ぺたぺたって早いの何の」 お菓子作りの先生の素早い動きをしてみせる景時。 もたもたとコーティングをしていると固まってしまうのだ。 案外器用な景時は、初めてにしては美しく仕上がった。 「・・・先生も生徒も男の人ばっかりだったの?」 少しばかり不気味な想像をしてしまい、その考えを振り払う。 カフェなどを考えれば、麗しい事も有り得なくはない。 現に景時が料理をする姿は格好いいと思っているのだ。 「うん。何だかね、若い子が多かったな〜。ほら、新しいビルの料理教室だよ。外から ガラス張りで見えちゃうトコ。それに、これってばそういうコースだったし」 景時が手を伸ばしてチラシを取り、に見せる。 『ホワイトデーは手作りで勝負!彼女に内緒で間に合うコース』 「・・・・・・こんなにコースあったんだ。クッキーやシュークリームまで」 お菓子を手作りがテーマらしく、コースの種類も豊富だった。 「うん。ケーキの作り方を譲君に聞いたらさ、一緒に本を買いに行ってくれて。その 帰り道にこのチラシもらったんだよね〜。いや〜、オレのためにって感じだったよ」 の視線がチラシに向いている隙に、本日のメインである贈り物を準備する景時。 「・・・ちゃん?あの・・・これね、これが本当のプレゼントだったりして」 小さな箱をに手渡す景時。 「え?ケーキ、すっごく嬉しかったのに、他にも?」 しばし手のひらに乗る小箱を眺めてから、リボンを指で摘まんだ。 「あ・・・・・・」 「そ、その。アクセサリーにしろって皆が言うんだけどさ。そう言うのは普段していない みたいだったし。だから・・・それなら毎日・・・してもらえるかなって・・・・・・」 視線を宙へ彷徨わせ、を見ようとしない景時。 は黙って時計を腕にした。 チャリ─── 腕を上げれば、シルバーのチェーンが音を立てる。 可愛らしいデザインの腕時計。 「景時さん。見て?これ、すっごく可愛い。ありがとうございました」 景時の腕を引っ張り、着けているトコロを見せようとする。 ゆっくりと振り返った景時。 「う、うん。やっぱり似合う。一番ぴったりって思って・・・その・・・ネットで調べて、 限定品だっていうし、急いで買ったんだ」 普通はアクセサリーという意見にどうしても頷けなかった景時に、時計というアイデアを くれた人物がいたのだ。 その人物の家に届くように手配し本日無事に届けられたため、に知られずに済んだ。 「わ〜!景時さんからネットって言葉聞いちゃうの不思議!」 こちらの世界に慣れた証でもある。 「うん。そうかもね。・・・最近は本とか買ったり出来る様になったけどさ」 「そういえばそうですよね。うふふ〜、時計だぁ」 が再び腕を上げると、小さな音がする。 「その・・・・・・」 まだと視線を合わせない景時。が喜びをアピールする。 「めちゃ嬉しいですっ!」 「うわわぁ!」 ケーキにメッセージを書ける割には、がプレゼントを気に入ったかは聞けない景時。 そんな景時がとても愛おしいと思う。 から景時へ飛びついた。 「よ、よかった・・・・・・将臣君がさ、時計ならって・・・・・・」 「何でも嬉しいですよ?だって、景時さんが私のために選んでくれたんだもん。それでも、 時計って特別っポイからくすぐったいかも」 「そ、そう?」 ようやくと真っ赤な景時の視線が合う。 「だってね、景時さんはいつ時計します?出かける時にしてるでしょ〜?」 「う、うん。そう・・・だね」 普段の行動を振り返ると、最後に上着を着てから時計をしている。 「私も台所を終わらせて、家を出る時ですよ?ほら!二人が別々の場所に行く時なんですよ。 だから!この時計が景時さんの代理です。いつもね、一緒なの」 が腕を動かすと鳴る、微かな音が耳に響く。 「う、うん。そ、そうだよね〜、一緒だ〜」 (オレも・・・そう思って時計に決めたんだけどね・・・・・・) 同じ考えだったのが嬉しいが、の様に素直には口に出来ない景時。 (離れたくないなんてさ・・・女々しいよね・・・・・・) と共にこちらの世界で生きると決めた。 けれど、人の気持ちは移ろうものだという事も知っている。 「大切にしますねっ!・・・ところで、夕飯は?」 「あ、ああ。パスタだよ。譲君が簡単なの教えてくれたんだ〜。それに時間もかからないって」 譲に書いてもらったレシピを片手に頑張ったのだ。 偶然にもの帰宅が遅かったのでギリギリ間に合った本日の夕食の支度。 「豪華〜!楽しみっ」 器用な景時の事だ。そして、レシピの主が譲となればほぼ完璧な料理になっているだろう。 後は食卓に座ればいいらしい。 「そ〜だ!デザートが先になっちゃったね?温めてから並べるからさ。着替えてきて?」 「は〜〜〜い!まだ制服だったぁ〜」 小さな足音を残してが着替えに行く。 「早く来年にならないかなぁ・・・・・・」 が卒業したら籍を入れることになっている。 「時間も早く進みますようにっ!」 軽く手を合わせて立ち上がると、夕飯の支度の続きに取り掛かる。 のんびり、まったりの特別な日─── |
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早く時間が進みますようにって裏の意味もあるという事でv激甘でお届けでした。 (2006.03.14サイト掲載)