バレンタイン 2009 (将臣編) 「遅いなぁ・・・・・・」 反省をしているのか、いないのか。 いつも待ち合わせで待たされるのはの方。 時計の針は、約束の時間を二十分過ぎていた。 いよいよ社会人となる年のバレンタイン。 今時は卒業を待たずして企業の研修などがあり、二月といえど案外忙しい。 慣れないスーツを着込み、将臣も会社の現場見学などで何度か出かけている。 けれど、今日は何もないと言っていたのだ。 だからこそもバイトを入れなかったし、夜は混むだろうからと、人気のレストランを 昼に予約した。 ひとりで食事をする事があまりないにとって、このような場所で、ぽつんとひとりで 待ち続けるのは、かなりの苦痛だ。 水を飲むか、携帯の画面をみるしか出来る事がない。 (うぅ。・・・お昼だってこんなに混んでるんだもの。悪いよね・・・・・・) 周囲の混雑というプレッシャーに負け、将臣が来ないものの、予約していたコース料理を 運んでもらうよう近くのウエイトレスへ頼んだ。 向かいの席に誰もいないまま、アンティパスト、プリモ・ピアットまで食べ終えてしまった。 テーブルには将臣が食べるはずの料理が並べられたままで、もう食器の置き場がない。 の前にはメイン料理のセコンド・ピアットが運ばれてしまい、なんとも惨めな気持ちに なる。 それでも、ここまできたらドルチェまで食べて帰りたい。 再び手にフォークを取ると、目の前に影が過ぎった。 「・・・わりぃ。遅刻した」 「将臣くん!ひどいよ、ひとりぼっちで食べてたんだよ?」 喧嘩はしたくないけれど、文句は言いたい。 「ん。悪かったな。お前、ひとりってないからなぁ・・・・・・」 高校生になっても、やたら三人で遊びたがるほどのさびしんぼうだった。 あの異世界での出来事がなければ、今でも三人で出かけたがっていただろう。 「・・・涙ためて。泣くと鼻水でるぞ?」 零れそうになっている涙を指で拭ってやる。 「将臣くんの所為なんだから。・・・よかった。絶対にドルチェまで食べたかったんだけど、 も、テーブルいっぱいだし・・・来てくれないのかなって・・・・・・」 鼻をすすりながらも、しっかりパスタを頬張っている。 「・・・くっ。ほんっと変わんないな、お前は」 将臣もフォークを手に取り、食事を始めた。 食べ始めればすぐに追いついてしまう。 がコントルノに手をつける頃には、将臣はフォカッチャも食べ終えており、すでに を追い越している。 「なんかずるいよ。後から来てさ。そんなにパクパク食べちゃって」 「ははっ。ま、そう言うなって。思ったより美味いし、いいな」 店の場所は普通のショッピングモールの端に位置しているが、あまりカジュアルすぎると入り 難い程度の高級感がある。 正直、将臣ひとりならば入らないような店だ。 がこの店のバレンタインコースをどうしても食べたいといわなかったら、足を踏み入れる どころか、見向きもしなかったタイプの店。 「思ったよりって、どんなの想像してたの?雑誌の写真、見せたじゃない」 「ああ。食べ足りないかと心配してたけど、これぐらいなら我慢できる」 普段はどんぶり飯の将臣。 バイトも掛け持ちで続けている。 相変わらず体力勝負の仕事ばかり。 気取った店の食事は量が少ないと相場が決まっており、将臣にとっては辛いところだが、イタ リアンは案外ボリュームがあるらしい。 「何か追加する?」 「いや、いい。この後デザートなんだろ?」 「うん。イタリアンはね、ドルチェっていうの。エスプレッソかコーヒーを選べるんだよ」 飲み物だけは後にすると頼んでいなかったのだ。 小さなメニューを広げて見せる。 「ん〜、コーヒー」 「わかった。頼んでおこうね」 が手を上げると、すぐにオーダーを取りに来る。 二人分をコーヒーで頼むと、テーブールが整えられた。 「他の片付けてから揃ってデザートなんだな」 「うん。よかった〜、雑誌で見た時から食べたかったの」 テーブルに余分な食器がない状態になり、念願のドルチェのプレートが置かれる。 どこからどうみてもチョコレートケーキ。 将臣にとっては、どこのチョコレートケーキだろうが、あまり違いがない。 「ただのチョコレートだろ」 「ハートの形でしょ。でね、三層になってるんだよ?オペラ」 最早食べられればどうでもいい将臣。 対しては断層が見たいのか、フォークで端を綺麗に分断する。 「ほら!全部のクリームの味が違うの。せっかくのバレンタインなんだから、そんな顔しないで 食べようよ」 「クリスマスのと変わんねぇと思うけど」 ブッシュドノエルもチョコクリームだった。 確かに色は違うかもしれない。 テーブルにあるのは、いかにもチョコレートそのものの真っ黒。 「チョコレートでコーティングされてる、この美しさがわからないなんて。ま、いっか」 一口食べれば、些細な事などどうでもよくなる。 将臣が来た時の不満顔はどこへやら、は声にならない声を上げながらデザートを堪能して いた。 レストランを出ると、すぐに手のひらをへ向けて差し出す。 数歩駆けてきて、が手を重ねてくるのにも慣れた。 「ね、食後の運動しようよ。遊園地!すぐにコースターとかは危ないから、観覧車から」 が指差す先をたどれば、大きなデジタル時計付の観覧車が見える。 「夕方でいいだろ。先に行くところあるんだ」 「え?夜って・・・寒いよ?それに、土曜日だから混むし・・・・・・」 口を尖らせて見上げてくるに対し、 「そう言うなって。豪華にしたいんだろ?」 そ知らぬ顔で目的地を目指しての手を引く。 「ちょっとタクシー使う、ギリギリだ」 「なっ?!」 慌ててタクシーへ乗り込み、海沿いの道をベイブリッジを眺めながら桟橋へたどり着く。 「ティークルーズっての?横浜周遊してこようぜ」 「船〜〜〜?!初めて!」 の予定とは変わってしまったが、船は初めてだ。 途端にが先に歩いて将臣を引く様になる。 「・・・わかり易すぎ」 「いいでしょ!早く、早く」 まだ寒いというのに、しばらく船のデッキに立つ羽目になった。 「ね、どうして突然船〜?」 先ほど食べたばかりだというのに、デザートは食べられるらしい。 デザート付の乗船プランにしたのだから、食べないのはもったいないが、さすがにどこに入る のか、船酔いはしないのかと心配になる。 「・・・よく食うな」 「だって、デザートは食べていいんだよね?将臣くんも、サンドイッチ食べてるじゃない」 「まあな」 不足分を補うには丁度いい。 様子を窺いつつ、景色を眺めつつ、将臣もしばしクルーズを楽しむ。 「遅れて・・・悪かったな」 「うん・・・でも、いいよ。船、楽しいもん。もしかして、これの為に?」 いつも言葉が足りないのが将臣なのだ。 が知らないうちに、もっと多くの事をしてくれているのかもしれない。 それをひとつひとつ聞くような事はしたくないし、するつもりもない。 「これは・・・電話一本。つか、手。手を出すように」 「手〜?・・・・・・はい」 両手をぺたりとテーブルにつけて見せる。 将臣が苦笑いでの左手を取る。 「オマエ、マジで鈍すぎ。これもいいけど、追加」 以前将臣から贈られたペアリングが光る指に、さらに指輪が加わった。 「おじさんに挨拶してきたからな。ま、ケジメ。なんちゃって婚約者から格上げしとけ」 「〜〜〜は?いつ・・・・・・」 聞くまでもない。今日の午前中だろう。 少し用事があるといって先に家を出てしまっていたし、久しぶりに待ち合わせしようと言った のも将臣の方。 同じ家に住んでいて待ち合わせなど妙な事だとも思ったが、何を着るかいつもより張り切って しまったのは、会うまでの緊張感のおかげ。 「・・・パパ、何か言ってた?」 「ん〜?どっちに住むのか聞かれたけどな。とりあえず今のまま。家の庭からお前の家の庭へ出 入り出来るように改装されても、俺たちの所為じゃねぇし」 将臣との結婚については、本人たちの意思よりも親たちの希望の方が大きい。 二人がようやく付き合いだしたと知るや、直にでも両家の庭の壁を取り払う計画がされた程だ。 実行に移されなかったのは、大学に入るとすぐに将臣が家を出てしまったのと、追いかけるよ うにも将臣に着いて行ってしまい意味がなくなったからで、話が消滅したのではない。 「家に戻らなきゃだめかなぁ、私。だってさ、今だって週一で帰ってるし」 将臣の部屋は、二人には狭すぎる。 どうしても荷物の置き場が足りないため、は実家の自室と時々往復しなければならない。 「暫定で二年時間くれ。次の引越しの時は・・・新居探し。契約更新にも丁度いいし」 譲はまだ大学生で家にいるのだ。 新婚同然の将臣たちが戻るというのは申し訳ない。 気持ちの整理はそろそろついているだろうが、親たちの浮かれぶりが加わると、神経逆撫で、 は天然、半端に将臣が気遣うと逆切れされかねない。 譲も卒業して仕事に就けば、生活のサイクルも確立されるだろう。 「にゃ不便かけちまって悪いけど・・・俺は家に戻らないでやってみたいんだ」 「私はどっちでも平気。ただ・・・四月からは今まで通りって無理っぽい。私、働きながら家事 出来るのかなぁ。不安はあるよ?」 傾いてきた日が、外の風景を変えてゆく。 「何とかなるって。向こうでも・・・何とかなっただろ?源氏の神子殿」 子供のような笑みを見せる将臣。 「ふう。還内府さんには騙されちゃったしぃ〜。何とかなるかもね?八葉兼務の還内府殿」 「オマエ、実は恨んでたとか?兼務って・・・・・・」 言葉の響きに、ついでのオマケの様な含みを感じる。 「恨むっていうか・・・肝心な時にいっつもいないとか、あてにならないっていうか。何?そう いうのって、ピッタリな言葉ないかな〜」 「結果オーライで問題なし!降りるぞ。観覧車まで歩こうぜ」 コーヒーを飲み干して立ち上がり、の手を取る。 「結構歩くんじゃない?」 「赤レンガ経由、寄り道ありコース」 「だったらいいよ」 新しく道も整備され、海沿いが歩きやすくなった。 いよいよ陽も傾き、やはり冬なのだと思い知らされる。 「こういうのは久しぶりだね。デートっぽいデート」 「学内じゃなぁ。家も・・・飯も・・・確かに」 校内であっても、講義が同じか、昼食時の学食、テスト対策に図書館で勉強。 家では生活が一緒で、食事もたまの外食は食事の内で、デートには程遠い。 「オマエもそういう服、久しぶりだろ?」 同世代の女子に比べると、の服は比較的落ち着いたものだ。 それでもイヤリングを着けてきたりと、今日をどれだけ楽しみにしていたのかわかる。 「将臣くんだって!いっつも家に帰るとすぐによれよれのスエット」 「あ゛〜〜〜、ですな!。今日は挨拶あったし、ちゃんとした服ってが煩かったからな」 あのレストランでは納得だ。 普段着とスニーカーでは少々居心地が悪かった事だろう。 「でも、嬉しい。待ち合わせっていいね。まさか将臣くんがこんな格好で来てくれるとは思わ なかったよ?家を出た時は、革ジャンだったもの。バイクだからだろうケド」 「ははっ。これからは毎日がこんなんだろうな〜」 就職活動を始めた時から、スーツにネクタイ着用、髪も短めにした。 「うん。ずるいよね。男子ってさ、スーツ着ただけで先に社会人の仲間入りしちゃって見える もの。女の子って、そういうのあまりないんだよね」 スーツを着て企業訪問をするが、働いている人の中でスーツを着ている人は少数なのだと わかるのもその時だ。 制服がある会社になると通勤時にはわりと自由なようで、スーツは社会人という図式が成立 しない。 「まずは見た目からって事で。先に観覧車か?」 「うん!」 ライトアップされた遊園地は、独特のものがある。 将臣はさして興味はないが、がとても乗りたがっていたのは知っている。 「高所恐怖症じゃなくてよかったな〜〜〜」 「馬鹿にして〜。横浜ってさ、そんなに遠いと思わないんだけど、いざとなると来ない場所だ よね。江ノ島とか、近場で済ませちゃうっていうか」 譲も含めて三人で出かけた最後は、展望台だった。 (あの後・・・冬休み前に京へ飛ばされて・・・・・・) 異世界の仲間たちと数年を過ごしたわりには、戻ればまだ高校二年生のまま。 行く前と変わったのは、将臣と付き合い始めたこと。 「結構並んでんな〜。高いトコ、そんなにいいのか?」 「二人きりで景色を眺める時間がいいの!並んで、並んで」 すぐに乗れないのは残念だが、多少ならば期待感が膨らむ。 列に並んで見上げれば、想像以上に大きな観覧車がある。 「ちょっと特別っぽくない?」 「わからん」 あっさり流されてしまい拍子抜けだが、文句も言わずに並んでくれている。 (将臣くんって・・・・・・) いつだってを優先してくれる。 今も首をすくめながらの風除けをしているのだ。 傍から見れば、将臣がの背中から抱きついている格好だが、甘く見えないのはその手の 位置による。 肩にだらりとしている将臣の腕を、荷物でも背負うように持ってやる。 「夕ご飯、どうしようか?」 「食ってばっかだな〜。ここ、何時まで?」 「21時まで」 「ふ〜ん」 順番が来て、案内されるままに乗り込む。 「こーい、こい」 を手招きする。 「だって・・・・・・」 「ここで向かい合って座ってどうする。来なさい」 片方が重いと傾きそうで、何となく将臣が乗り込んだのと反対に座っただけなのだ。 呼ばれてしまうと否とはいえず、将臣の隣へと移動する。 「命令した〜」 「たりめぇだ!並んだ挙句に離れたら寒いだろうが」 の肩を抱き寄せ、まさにひっつくといった密着ぶり。 「・・・将臣くん」 「あのな、あの時より怖いことなんて無いんだ。お前の好きにしていいっていうのも、どこに お前がいるかわかっているから言える。不要とか、余計な事考えるなよ?」 照れくさいのか、窓枠に肘をついて外を眺めたままだが、の肩にある手は力強いまま。 「あの時って?」 「お前と譲がはぐれた時」 「はぐれたのは将臣くんだよ」 将臣ひとりがいなかったのだから、からすると将臣こそがはぐれたと考えている。 「・・・どっちでもいいけどよ。毎日、毎日、探してた。あれよりキツイのは無い。だから、 怖いもんナシなわけだ。OK?」 「ん〜〜〜、いいや。OK。・・・ありがと」 バレンタインだというのに、将臣に多くのモノをもらってしまった。 指輪、気持ち、覚悟─── 「ところで、肝心のモノがまだなんですがぁ」 将臣が自身を指差しながら、笑っている。 「・・・こっち向いて、目を閉じて」 「命令した〜」 「いいのっ!・・・・・・将臣くん、大好きです。これからもヨロシクね」 将臣の頬へ手を添えて強引に向かせる。 そうして軽く唇を合わせる予定が、まんまと将臣に深く口づけられてしまった。 「・・・反則」 「そろそろ着いちまうだろうが」 言われて外を見れば、すっかり景色は変わっていた。 「うぅ。何か悔しい」 「そう言うなって。次はどこへ行くんだ?」 を先に降ろすと、続いて将臣も降りる。 「ちょ〜寒いトコ行ってみる?アイスワールド、マイナス30℃だって」 「っとに。ぶ〜たれんなよ?」 寒いのが苦手なくせに、珍しければ何でも試したがる。 「平気。将臣くんがいるから」 「あっ、そ。カイロ代わりですか、俺は」 繋いでいる手に変わりはない。 時にが先だったり、将臣が先だったり、並んでいたり。 お前がいれば怖いもんなしだ─── 今年は気持ちを確認しあった、正統派バレンタインとなった。 |
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彼は考え方がしっかりしていて、目先ではなく遠くを見据えているイメージがあり。いい加減なようで、実はなタイプだといいな。 (2009.02.13サイト掲載)