バレンタイン 2009     (知盛編)





「お帰り」
「ああ」

 金曜日の帰宅時間は特に早いのがこの男、知盛である。
 普通ならば職場の同僚と飲んだりと遅くなるのだろうが、真っ直ぐに帰宅する。
 知盛の家で待つ恋人のためという噂も正しいが、仕事が嫌いというのも正しい。
 しいていうならば、己にとって興味がある事以外にはとてつもなく怠惰である。
 目下の興味は、という異世界では神子と呼ばれた人物にのみ注がれているのだから、
その他はどうでもいい。

「・・・今年も手ぶら?明日は休みだよね」
「手ぶらも何も、俺には関係ない」
 当日会えなければ、前日渡しが一般的なバレンタインのチョコレート。
 会社が休みなら前日の今日と踏んだのだが、知盛にとってイベントはあくまで暦通りらしい。
 全身をくまなくチェックするが、隠していそうもない。

「ご覧の通りだ」
 異世界よりを追いかけてみれば、住む所があるのはよかったが、仕事という面倒なものも
決められていた。
 週に五日も働いたことがない知盛としては大いに不満であるが、こちらでは最高の条件らしい。
 確かに遊んでは暮らせないだろうし、も学校へ行ってしまう。
 退屈しのぎと考え、適度に仕事をするようにしていた。
 状況が変わるまでは───
 
「な〜んだ。チョコ期待してたのにぃ。知盛なら私じゃ高くて買えないの貰えるかと思って」
 初めてのバレンタインの時は、受け取ったかどうかを掴みかからんばかりに聞いてきたのに、
今年は貰う方に期待をされていたらしい。
「婚約者殿は・・・俺が手ぶらでご不満か?そろそろ上がらせて欲しいんだが」
 帰宅した途端に玄関先で責められるいわれはない。
 言いがかりに近いの文句を軽くかわし、部屋へ向かって歩き出す。
 すると、知盛の背中に寸分の隙無く、張り付く様にが着いてきた。

「ほんとに、ほんとに手ぶら?」
「ああ。何もない」
 面倒なので両手を上げてみせる。

「え〜〜〜っ。今時、逆チョコとかぁ〜、何かあるでしょう?可愛い婚約者様がフライング帰宅
まで予想して待ってたのにぃ」
 口を尖らせ抗議の声を上げる。

「クッ・・・だったら少し待つんだな。そのうち届けてくるさ」
 コートを脱ぎ捨て、ネクタイを放り、歩きながら徐々に服を脱ぎ捨ててゆく知盛。
 その後ろを、脱ぎ捨てられた物を拾いながら着いて行く

「そのうちって?誰か来るの?ね〜〜〜」
 確かにバレンタインは明日。
 に限っては今日渡す必要も無いし、最初から予定もしていない。
 週末は知盛の家に泊まるのが常で、今夜一晩眠って目覚めるだけでバレンタイン当日。
 他者とは違う。
 知盛が誰か別の女性から貰うのに、まったく抵抗が無いわけではないが、指に光る指輪がそんな
感情をあっさり払拭してくれる。

(あの知盛が・・・家に挨拶に来てくれたんだもの・・・・・・)
 知盛の会社での噂に追いつくように、春にはも大学生になった。
 清楚かどうかは別として、名実ともに女子大生だ。
 高校生の時よりも時間が自由になるに対し、変わらず拘束時間が長い知盛。
 突然何を考えたのか、の両親に挨拶をすると言い出したのだ。
 そうして話し合いの結果、の卒業待ちの婚約が整えられた。
 長期の休みになると知盛のマンションにいられるのも、そのお陰である。

「それで?俺の着替えを覗きたいというわけか?」
「あのね、知盛がここで着替えてくれれば私もこんな事しなくて済むんだよ?」
 寝室にあるクローゼットの前で、拾ったコートや上着をハンガーへかけ終えてから振り返る。

「今すぐ俺をご所望だろうと、手間を省いてやっただけだ」
「ほんっとにおバカだよ、知盛は」
 場所が場所だけに、両手を広げて待ち受けられようとも近づくつもりはない。
 捕まったら最後、夕食も食べられないまま明日になってしまう。
 じりじりと後ずさりながら、ドア方向へ向かう。
 それなのに、の手がドアノブに触れる前に捕まってしまった。


「な、何?夕飯すぐ食べられるよ?」
 ドアへ体を押し付けられてしまい、自力での脱出を諦める。
 残念ながらこの部屋のドアは内側へ開くのだ。
 これではドアノブを回せたとしても、扉は開いてくれない。
 の肩を掴んでいた手が、を挟むようにドアへ手をつく位置へと移り、知盛の顔が近づ
いてくる。
 互いの鼻先が触れる寸前で止まり、ようやく知盛が口を開いた。

「・・・本日に限っては、手ぶらだと何も頂けないというわけか?」
「何もって・・・何?バレンタインは明日だし・・・・・・」
 チョコレートが好きではない知盛に催促されるとは思わず、本気で首を傾げる

 軽く溜息を吐くと、
「こちらの・・・・・・話なんだが」
「・・・って。んぅ〜〜〜」
 軽く一度の唇を啄ばみ、続いて噛み付くようにして舌を捩じ込む。
 帰宅時に抱擁もなければキスもないなど、知盛を軽んじているとしか思えない。
 したくもない仕事をして帰ったというのに、心づくしの出迎えが無いのは面白くない。
 そんな勝手な言い分により、学習しないに身を持って学ばせる。


「はぁっ・・・と・・・・・・」
「ご理解いただけたようだな?」
 すっかり息が上がっているが座り込んでしまう前に抱きとめる。
 普通の金曜日ならば、このまま食前に楽しい事へ持ち込むのも有りだ。

(あと二分か・・・・・・)
 僅かに見える時計の針で時刻を確認する。
 残念ながら本日は事情によりこれ以上先へ進めない。
 再びキスをしようとした矢先、膝に力が入るようになったが知盛に抱きついてきた。

「ごめんね?あの・・・お帰りなさい。お疲れ様」
「クッ・・・珍しいな」
 労いの言葉まで賜われるとは考えていなかった知盛が目を見開く。

「だって・・・帰る早々チョコの話・・・・・・」
 普段なら待っていたぶん嬉しくて抱きついたり、頬へキスしたりして出迎えていた。
 それなのに、今日に限ってチョコレートに気が取られてしまい、せっつくのみ。
 知盛が拗ねてしまっても仕方ないと反省した

「ほう・・・言葉もいいが、態度で示してもらおうか」
「いいよ」
 背伸びをしてから唇を合わせると、片腕をの腰へまわして知盛も応えてくる。



 ピンポーン・・・・・・



 来訪者を告げる音がし、が知盛の肩を押すが唇が離されることは無い。

「んぅ!〜〜だっ、・・・き・・・た・・・・・・」

 知盛には聞えなかったのだろうかと、必死に離れようとする
 それを予想していたのか、の背は再びドアへと押し付けられ、動きも口も封じられた。





 音の間隔が短くなってきており、来訪者のイラつきぶりがよくわかる。
 その音がしなくなったら帰られてしまう。
 そもそも知盛が誰かが来る様な事を言っていたのだ。
 首を振って訴えて見せるが完全無視。
 知盛が上に何も着ていないのを最大利用し、唯一自由になる左手で背中へ爪を立てた。

「クッ、クッ、クッ。神子殿は俺より客が大切か?」
 相当痛かっただろうに、知盛は笑っている。
「だ、だって!知盛が誰か来るって言ったんだよ?これじゃ帰っちゃう」
「帰らないから安心しろ。バイク便だ」
「・・・それこそ帰っちゃうじゃない!もう!!!」
 拳で知盛の肩を軽く叩くと、知盛がドアノブへと手をかけドア開けてくれた。

「さあ、どうぞ。神子殿がお待ちの品が届きますよ」
 使い分けが上手いというか、これ以上はない優雅な仕種で送り出される。

「知らない。帰っちゃってたら、責任とってよね」
 するりとドアの外へと身を滑らせ、が玄関へ向かう。
 それを見送り部屋着用のTシャツへ手を伸ばすと、が玄関を開ける頃合に間に合うよう
着替えを始めた。





 まずは来訪者が誰であるのか確認する。
「将臣くん?!なっ・・・どうしたの?」
「いいからココ開けろ」
 たっぷり待たされただろうに、帰らなかったのには脱帽ものだ。
 マンション入り口ドアの解除操作をし、玄関でチェーンロックを外して待ち受ける。
 ほどなく玄関のインターホンが鳴り、ドアを開けると、ヘルメットを手に持った将臣が立って
いた。

「ご、ごめん。待たせちゃって」
「・・・ほら、受け取れ。知盛はいるのか?」
「いるっていうか・・・・・・」
 差し出されたペーパーバッグを受け取りつつ、後ろを振り返る。
 先ほどまで半裸だった知盛が、何故か着替えを済ませて廊下を歩いており、それに驚いて
が声を上げる。
「知盛?!」
「バイク便だっただろう?」
 ニヤリと口の端を上げ、を見てから将臣へと視線を移す。

「残念ながら遅刻の様だな?」
 わざとらしく腕時計を指差して見せる。
「ざけんなよ、ギリギリセーフだっつーの!インターホン鳴らしても出ないのは、俺の責任じゃ
ねぇし?その時間はノーカウントだ」
 知盛の鼻先を指差して返す。

「ったく、わざわざ届けりゃ待たされて。何の嫌がらせなんだ?」
「俺の神子殿が傷ついた心を慰めて下さっていたのでな。・・・約束通りでいいぜ?」
「たりめぇだっての!んじゃ、これで任務完了。・・・ところで、は追試ナシ?」
 後期の期末考査後とくに会うことも無かったため、同じ大学へ通う幼馴染に試験の出来具合を
ついでに確認する。

「あのね、ほとんど来ない将臣くんと一緒にしないで。それに、私は知盛との同居がかかってた
んだから、ひとつも単位を落とせないの。わかる?おかげさまで、全部落としてないよ」
 子供の様に舌を出して見せる

「・・・同居?いつそんな・・・・・・」
「はぁ?!知盛!そこまで馬鹿だったか」
 知盛も将臣も寝耳に水だったようで、突然両者の視線に挟まれ、が一瞬体を震わせる。

「だ、だって。ここから大学近いし、私も今年は成人するし。それに・・・婚約者だもん。夏
休みに泊まってたけど、そういうのじゃなくて、一緒に生活したいってパパとママに言ったの。
そうしたら、学業ときちんと両立できる事を証明しろっていうから。今日、してきた。パパの
チョコレートをママに預けて、成績証明も置いてきた」
 所在なさげに指をもじもじと動かし、上目遣いで知盛を窺う。
 呆れ顔の将臣へ向け、手で玄関の扉を示す知盛。
 相変わらず口の端が上がっているが、それは悪いものではなく、機嫌が良い時のものになって
いた。

「と、いうわけらしい。早めにお帰りいただきたいんだが?」
 の腰へと腕をまわし、密着ぶりを見せつける。
「へ〜、へ〜。馬に蹴られる予定はございませんよ。じゃあな。・・・、よかったな」
 軽く片手を上げて玄関ドアを開けると、
「ありがと、将臣くん。将臣くんの分のチョコは、おばさんに預けてあるから」
「おう!」
 ガチャリと硬質な音がして扉が閉まる。
 その音で当初の目的を思い出したが、手元の袋を覗き込む。

「何コレ・・・うわ・・・・・・」
 よく見れば、今の時期だからこその品物がいくつか入っていた。
「気に入ったか?」
「うん!でも、どうして将臣くんが持ってくるの?」
 将臣がバイク便のバイトをしているという話は聞いたことが無い。
「割りのいいバイトをさせてやっただけだ。限定品を並んで買うのと、オーダー品の受け取りと、
宅配つきという・・・な」



 昼に新聞でデパートにおけるバレンタイン商戦の記事を読んでいて思いついた。
 この時期、チョコレート好きのにはたまらない商品が揃っている事だろう。
 けれど、好きでもないモノを並んで購入するのは性にあわないし、待つのは大嫌い。
 試しに将臣に電話をした。

 『俺が注文するものを、本日六時までに届けられればバイト料をはずんでやるが?』
 『せめて前日に言えっての!午後もバイトだ!!!』
 『残念だったな。将臣の半月分の収入を、前払いで払ってやろうというのに』
 『・・・待て。俺のバイトの代打を探して、お前のバイト引き受ける。午後行くからな』
 『ああ。ただし、間に合わなければ全額返金してもらう。時間がかかるだろうから覚悟しろ』
 『・・・てめぇ。ソッコーで行くから待ってろ!』

 こうして将臣は、限定チョコレートを並んで買い、電話で知盛が注文した詰め合わせセットを
受け取りに、東京の高級チョコレート店まで足を伸ばし、知盛宅まで届ける羽目になった。



「・・・なんか、将臣くん不憫。でも、嬉しい〜。ここのチョコレート、雑誌で見たことがある
だけだもん。本物なんだぁ」
 すっかり袋の中身の虜になっているを、横抱きにして抱き上げる。

「わっ。まだ全部見てない」
「それよりも、俺にいう事があるだろう?」
 日頃の怠惰な動きはどこへやら、気づけばソファー、それも知盛の膝上に座らせられていた。


「あの・・・・・・」
「同居の話は聞いていなかったんだが?」
「だって、これからいう予定だったんだもん。さっきも言ったでしょ?家へ行って来たの。その
前に学校行ったから、お昼すぎた頃に」
 後期の考査が終ってから、は知盛の家に連泊をしていた。
 土曜日は知盛と一日中一緒にいたいため、実家とお隣にチョコレートを届けるつもりでいた。
 間に合えば成績証明も入手できると考えていたが、試験結果は神のみぞ知る。
 結果発表まで今日という、まさに運命の一日。
 大学で掲示板を見て追試対象者一覧に自分の学生番号がないのを確認し、事務局へ駆け込んだ。

「夏休み前に、知盛が家へ来てくれたでしょう?だから夏休みもお泊りできたんだけど。お休み
じゃない時って、週末だけだし、私が待ってないと知盛の機嫌が悪くなるし、家へ送ってくれて、
知盛が帰るの見てる時、何だかすっごく気になるし」


 履修する学科によって時間割が決まる。
 高校生までは全員が同じスケジュールだが、大学では個々となる。
 必修科目は自動的に組み込まれてしまうが、それ以外の空いた時間をどう埋めるか、それは各
自の裁量と学部コースの選択次第。
 バイトも入れるとかなり変則的になる。
 
(だから・・・お前の家へ行ったんだ)
 が週末に知盛宅へ泊まるのは、高校生の時も大学生になっても変わらない。
 専用の部屋もあり、の家は二箇所といった状態の継続だと思っていた。
 だが、将臣と話して気が変わった。
 は知らないだろうが、知盛は一度大学を訪れている。
 制服で学び舎に通う群れと、開かれたキャンパスに集まる群れには決定的な違いがあった。


「お前の自由を奪う御印をつけられたからか?」
 の手を取り、指輪に触れる。
「これ?これは約束のシルシだから、自由を奪うっていうんじゃないと思うけど。知盛の家に出
入り自由って感じで気分いいよ?管理人さんも親切にしてくれるし」
 恋人と婚約者では、周囲に対する印象がまるで違うのだと思い知った。

「知盛はいつもひとりなんだなぁって思ったんだ。それに、“泊まりに行く”ってママに言って
から来るのも、旅行みたいで嫌だったっていうか・・・・・・。暮らしてないっポイっていうか。
金曜日にありえないフライングして帰ってくる知盛が悪いのに、遅くなった私の方が悪いなって
思うこととか・・・なんかいっぱい」

 己の気持ちを確認しながらとつとつと話す
 いつもながら面白い女だと思う。

(枷をつけたつもりが・・・出入り自由か・・・・・・)
 知盛の考えは、真逆に受け取られていたのだ。
 浅はかな己に呆れて笑いたいが、此度の詳細を知りたいため続きを促がす。

「夏休みに荷物まとめてここへ来る時に、パパに宣言したの。婚約者なんだから、知盛と暮らし
ても変じゃないでしょうって。そうしたらね・・・・・・」


 『暮らしても泊まっても変ではないための婚約だからな』
 『・・・はい?』
 『彼はお前のためを思って、先に形を整えてくれたんだろう?何もいま将来をきめなければな
  らないような男には見えなかった。だったら、それに応える努力をして見せるように。これ
  ですんなり卒業できなかったりしたら、単なるお遊びと思われても仕方ない』
 『遊びじゃないもん!』
 『覚悟も気持ちも見えないものだ。見えるように示しなさい。それがケジメというものだ』
 『・・・わかった。最初の成績で証明する。それより落とさないし、先もちゃんと考える』


 売り言葉に買い言葉。
 あの燃えるような瞳を父親にも向けたことだろう。


「今夜パパがあれ見て納得してくれたらいいんだけど」
「さあな」
「さあなって・・・知盛は?私がいたら迷惑って事?」
 頑張りを認められない上に否定されては、やるせなさすぎる。
 襟元に掴みかかると、逆にソファーへ沈められた。

「今宵より帰らせるつもりはない。必要なモノがあれば取りに行けばいい」
「よかった。やっぱり私ってエライ。・・・ところで、この体勢は何?」
 どう見てもに不利な形勢である。
 知盛の腕がとてもまずい場所にあり、このまま体重をかけられたら逃げ道が塞がれてしまう。

「何だろうな」
 小さく笑うと、知盛が近づいてくる。
 それはにとって、大変、とても、すっごくよろしくない事態。


「ぎゃーーーっ!いっつも言ってると思うんですけど、ご飯まだっ。お風呂もまだっ!」
 ひどく子供じみていると思う。
 それでも恥ずかしさが先に立つ。
 知盛を止めるには、の要求を叫ぶしかない。


「クッ、クッ、クッ。・・・神子殿の仰る通りにすればいいのか?」
「そ、そうだよ。ご飯が先!私、それもまだ見てないし、食べてない」
 テーブルの上にある知盛が将臣に買いに行かせた袋へ顔を向ける。
 まだ一番上にあったチョコレートの箱しか見ていないのだ。
 恨めしそうに知盛を見上げると、
「俺が唯一敵わないと思っているモノがあるんだが・・・・・・」
「な、何?それって」
 知盛の思わぬ発言に首を傾げてみる。
 敵わないというのなら、それは知盛の弱点。
 知りたくて、今度は好奇の目を向ける。

 小さな溜息を吐く知盛。
「神子殿の食欲とやらなんだが・・・・・・」
「・・・否定できないのが何とも。その、明日のチョコレートなんだけど・・・・・・」
 どうせなら早く言うべきだ。
 期待されても困るし、要るといわれると更に困る。

「何だ。毒でも入れたか?」
「ち、ちがっ。その・・・リクエストにお応えしようと思って、私が食べたいの買ってきた。
だって・・・知盛はちょびっとだけ舐めればいいんだし、そんなにたくさんじゃ、あちこち
汚したら困るしぃ・・・・・・」
 肝心な事が省略されているが、知盛が以前にしたリクエストはひとつだけ。


 にチョコレートをつけてくれば、すべて食ってやる───


「ほう・・・そういうことなら歓迎するぜ?神子殿を楽しく味わえそうだ」
「少しにしてね?私ね、すっごく奮発して生チョコにしたの。あのね・・・・・・」
 が説明し終える前に、知盛が袋を指差す。

「他にも“チョコ”はある。何なら、俺が食わせてやってもいい」
「・・・バカ」
 軽く知盛の胸を叩く。
 知盛がいうところの食わせてやるは、口移しだ。

「きょ、今日は知盛がくれたの一緒に食べよう?でね、私のは明日」
「神子殿を頂けるなら順序は構わないが・・・先に夕餉だな?」
 立ち上がるとを片手で抱える知盛。
 は自然と知盛の首へ腕をまわしてバランスをとる。

「あのね、今日は煮魚。パパが知盛の胃袋心配してたよ?ちょー失敗作見てるから。ママに
見てもらいながら練習してるのに、焦げ付いちゃったり不思議な事が起きるんだよね〜」
 皿に盛ると不恰好さも加わり、でもゲンナリすることがある。

「死なない程度の失敗作にしてくれ」
「失礼だな〜。知盛には上手になったのしか作ってなかったもん。これからは知らな〜い」
 実家での秘密特訓の回数は確実に減るだろう。
 暗にその旨をにおわせると、知盛の手がの背を撫でる。

「もしもの時は、優しく看病してくれ」
「うわ、信用なーい。大丈夫だよ、今のトコロ誰の命にも別状ないから」
「今の所は・・・ね」
 をキッチンで下ろしてやる。
「お味噌汁温めたらすぐだから、ちょっとだけ待ってて」
 料理は下手でも動きはいい。

 くるくると良く動き回るの邪魔をしないよう、冷蔵庫から缶ビールを一本抜き取ると、
元のソファーに座る。
 バレンタインに欲しかったモノは、チョコレートではない。
 真実欲したモノは───


 白いテディの額を指で弾くと、そのまま抱えてみる。
 がリビングで寛ぐ時は常に抱えられているため、ふわりと愛用の香水が香った。

「これからも大活躍だな、相棒」

 が帰宅すると、まず挨拶をしているらしいぬいぐるみのチモリ。
 知盛不在時の頼もしい相棒だ。


「知盛〜!チモリに悪戯してないでしょうね〜〜〜?」


 キッチンからの声がする。
 離れているのに、よく気配を察するものだと思う。

「ああ」
 ソファーへ転がり、腹の上へ相棒を乗せてみせる。

「悪いが・・・今宵は向こうを向いていろ」
 に聞えないよう、小声でぬいぐるみのクマに向かって命令をする。



 知盛、大満足のバレンタインまであと僅か。
 十三日が金曜日の二月は悪くないと記憶した。










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チモさんの存在自体がエロなので、表キープに苦心するのでありました。後の事はご想像にお任せです☆     (2009.02.15サイト掲載)




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