バレンタイン 2007 (知盛編) 今年は不用意な発言をしないようにせねばならない。 毒を盛られるいわれはないからだ。 あいつにとって行事とやらは大切らしいからな。 昨年は手作りの甘ったるいチョコレート。 あいつが作ったというだけで口に入れてもいいと思った。 その程度の物なのだが、あの唇をも味わえるのならば悪くない─── 「・・・・・・いない?」 玄関をいつものように開ける。 セキュリティ完備なので、めったな事はないはずである。 それなのに、開けた扉の向こうにあるはずの暖かさがなかった。 「・・・・・・いないのか?」 時計を見ればまだ五時を過ぎたところだ。 一般には早い時間である。 知盛はいつもより早めのフライングをした事を思い出す。 「・・・まあ・・・偶には出迎えるのもいいさ」 気を取り直して靴を脱ぎ、まずは部屋着に着替える事にした。 口にしている缶ビールも温くなってしまった。 時計の針はすでに七時を示している。 「・・・どこへ行っている」 片手で携帯の画面を確認するが、知盛からはめったな事では使うことのないそれ。 「どこで迷子になられているのやら・・・・・・」 学校が遅くなったとしたらメールをしてくるだろう。 が、それもない。 どこかへ寄るとしても連絡くらいは寄越すだろう。 「何をしている・・・・・・」 いつもなら夕食を二人で食べている時間だ。 別に無ければ食べなくても知盛としては構わない。 構わないのだが、は構う。 (面倒だが・・・何もしないと面倒が増えるか・・・クッ) 起き上がると軽く携帯電話を操作し始める。 必要なのはデリバリーしてくれる店の情報だ。 が好きそうな店を選択せねば、ますます知盛の分が悪くなる。 極めて単純だがピザとパスタという組み合わせに落ち着いた。 「・・・使ってみるか」 まさに知盛からへ電話をしようとした瞬間、玄関先で扉が開く音がした。 「か?」 足取りはのんびりとしたものだが、知盛が立ち上がったこと自体が快挙に近い。 玄関先で靴を脱いでいるの背後に立った。 「あ・・・知盛、おかえり。もうお酒飲んでるの?・・・夕飯すぐに作るね」 がすぐに知盛から視線を移した。 「夕飯はそろそろ届く。それよりも・・・だ・・・・・・」 の肩へ手を置き、 「泣きそうな顔をしているお嬢さんの方が気になるんだが?」 「そんなことないし!ご飯って・・・何を頼んだの?知盛にしては気が利いてる〜」 が誤魔化すように知盛に抱きついてきた。 「・・・ごめんね。ちょっと探し物・・・無くって大・・・変・・・った・・・・・・」 泣き出してしまったの背を撫でながら、落ち着かせるべくわざと低めの声にする。 「明日でもいいだろう?」 「・・・っく・・・だめ・・・きょ・・・じゃなきゃ・・・ないの・・・・・・っ」 「今から行けばいいのか?」 「・・・めっ!それじゃ・・・・・・そんなんじゃ・・・・・・」 「どうすればいいんだ・・・言えよ」 断固拒否というかのようにが首を左右に振る。 知盛に抱きしめられているのに、それを凌駕する抵抗ぶり。 (泣くほどが欲しかったモノ・・・か・・・・・・) 珍しくが泣いているのに不謹慎だとは思うが興味がある。 さらに探りを入れるべく、二割増し艶を出した声で問いかけた。 「無理にとは言わないが・・・俺も行ってやるが?」 共に行けばに贈り物として購入する方法もある。 「・・・っ・・・だめ・・・もう・・・間に合わないの・・・・・・ううん。無理」 またもの肩が震えだす。 「店が閉まるのか?」 「・・・・・・ない・・・から。もう・・・ないから買えないの・・・・・・」 とりあえず玄関先で泣き続けるのはが寒いだろうと、やや強引だが抱き上げた。 「ひゃっ!知盛?!」 「ここは寒すぎる」 さっさと暖かい居間へと移動した。 「無いものは無いのだろう?注文すればいい」 ソファーに座らせると、は俯いたままで首を振る。 「それも無理・・・か。取りあえずは何か飲み物でも・・・・・・」 知盛がキッチンへ行こうとすると、セーターを掴まれた。 「・・・何だ。食事はまだ届いてないぞ?」 知盛が振り返ると、唇を噛んで泣くのをこらえているの顔が目に入る。 「クッ・・・そういう顔が誘ってるっていうんだ・・・・・・」 の前に膝をつくと、軽く唇を合わせた。 「・・・今すぐをいただくのも悪くないんだがな?」 ようやくが知盛と視線を合わせてくれたかと思うと、そのまま首にしがみつかれた。 抱きとめると、再びの背を撫でる。 「何があった?」 「限定・・・買えなかったの・・・毎日探したのに・・・・・・三連休は知盛が放してくれなかったから」 (・・・クッ・・・確かに寝室から出しはしなかったが・・・・・・) 振り返ること数日前の話だ。連休に混んでいる所へ出かけたくなどない。 と二人だけで家から出ることなく過ごしたのだ。 「先に言えばよかっただろう・・・・・・」 「違うの!だから・・・毎日近くのデパートとかで探して。でも、知盛に知られたくなくて」 (・・・そこまで俺に知られずに欲しいモノがあるのか・・・・・・) 溢れる好奇心を押し込め、変わらぬ速度での背を撫でる事に神経を集中する。 「これからでもいいだろう?電話をして用意させる」 「違うもん。だから・・・今日は横浜のデパートにまで行ってきて・・・・・・」 「横浜まで行っていたのか・・・・・・」 こくりと頷くの気配を感じながら、知盛の好奇心は止まらない領域へと踏み出していた。 (ここまでコイツに執着させるモノがあるのか・・・・・・) 知盛よりもに必要とされる存在はあってはならない。 むしろ、このままでその必要とされるモノをの前から葬り去る方向へ考えを変えた時─── 「ごめんね・・・知盛・・・・・・」 「なぜ俺がお前に謝られねばならない・・・・・・」 さすがにこれでは知盛の立場がない。 知盛の肩にあるの耳朶を軽く甘噛みし、仕上げに舐め上げる。 「ひゃうっ!なっ・・・・・・」 「クッ・・・今からいただこうかと思ったんだが」 の耳の弱さを利用してを引き離すことに成功した。 次にすべきは─── 「神子殿が謝るほど俺より欲するモノについてお聞かせ願わないとな」 「だって!限定のチョコレート買えなかったんだもん!!!」 やけっぱちのようにが叫んだ。 そのが必要としているモノへの好奇心マックスの状態があっさり解除され、あまりのバカバカしさに 知盛がそのまま床へと転がってしまうのは仕方がない。 「と、知盛?!」 「クッ、クッ、クッ・・・相変わらず神子殿は食べ物が優先か・・・・・・」 仰向けになった知盛がへ向けて腕を広げた。 それに応える様に、おずおずとが知盛の胸に頭をのせて転がった。 「だって・・・バレンタインだよ?特別のお酒が入った限定で・・・だから・・・・・・」 「にチョコをつけて来いと・・・昨年の内に希望はお伝えしたと思うが?」 すべてが杞憂だったのだと可笑しくなり、笑いながらの髪を梳く。 結局、本日のの行動はすべて知盛の為にとられたものなのだ。 「告白の意味もないのだしな。俺の妻になるのだろう?」 「あっ!」 途端に起き上がったの顔は真っ赤だ。 「横浜までとはご苦労な事で」 「あの・・・・・・」 「ピザとパスタがそろそろ来る」 の気に触らないよう出来るだけ言葉を選ぶ。 気をつけないと、この後の思惑が台無しになるからだ。 (いただくのは神子殿自身だと言っているんだが・・・・・・) 反応の薄いを見つめる。 どうもは言葉の意味を理解していないらしい。 のんびり鞄を開けている。 「知盛・・・あの・・・これね・・・・・・」 鞄から帰り道に慌てて購入したのだろうチョコレートを取り出す。 「それは、それは。有り難くいただくとするが・・・・・・」 両手で受け取ると、の手を引いて抱きしめる。 「もらうならばこちらが好みだ」 「・・・チョコを無視しないでよ。さすがに手ぶらはと思ってコンビニ寄って来たのに」 「コンビニねぇ・・・につけちまうんだ。チョコならばどれでも同じだ」 艶を含んだ瞳をへ向けながら、知盛の指はの唇をなぞっている。 気分が浮上したらしいに笑顔が戻り、盛大に溜息を吐かれた。 「・・・お風呂も・・・いいけど。・・・ご飯が先にして?お腹鳴っちゃうから」 「まだ待たせるのか・・・面倒な女。前払いが基本だ」 素早く姿勢を入れ替える知盛。 も夕食が届くまでだろうと計算をして了承した。 「キスだけだからね?他はまだだよ?」 「ああ。・・・・・・お前が我慢できるならば・・・な」 あなたにとって甘いモノは何? 誰かと過ごす時間というのも悪くないという答えもいいのでは─── |
Copyright © 2005-2007 〜Heavenly Blue〜 氷輪 All rights reserved.
このお方、暴走気味なので止める方が大変です(苦笑)表に置きたい一心でブレーキかけさせるのに必死! (2007.02.11サイト掲載)