バレンタイン 2007     (銀編)





 今年の私は昨年とは違います。
 今年はしっかり今日が何の日であるか存じ上げておりますゆえ、こうして早めの帰宅を
心がけ、実行しているわけでございます。

 昨年は神子様が私のためだけに作ってくださった魔法のお菓子を頂戴しました。
 チョコレートという、とても甘くて、神子様の様な菓子。
 今年はその数を多目に強請りたいのですが、いかにして数を多目にいただきたいと
お伝えすべきが考え中なのでございます。
 ひとえに浅ましい男と思われたくないがためなのですが───



「ただいま帰りました・・・・・・?」
 玄関の鍵をいつものように開けた。
 用心のために鍵をするように頼んだのは重衡だ。
 管理人にの安全については頼んであるし、こっそり無人セキュリティ完備。
 この部屋にいれば間違いは起こらないはずだ。
 問題は開けた扉の向こうにあるはずの暖かさがなかった事。

「神子様?!・・・・・・いずこへ・・・・・・」
 時計を見ればまだ五時を過ぎたところだ。
 一般には早い時間である。
 出迎えられることに慣れていた自分を反省した。

「・・・それにしましても、この匂いはチョコレート・・・でしょうか」
 気を取り直して靴を脱ぎ、まずは部屋着に着替える事にした。





 キッチンで重衡が目撃したものは、が何やら格闘した後。
 侵入者という意味ではなく、恐らく料理、日付からしてチョコレートを作っていたと思われる。
「・・・完成品は・・・なさそうですね」
 辺りを見回し、冷蔵庫の中まで確認したが目的のモノは見かけなかった。
 料理とくれば譲を思い浮かべるが、譲が訪れていた気配も無い。
「・・・・・・譲殿の助けを借りずにおひとりで作ろうとなされた・・・・・・ならば」
 一緒に住んでいるが重衡に秘密で作りたかったのであろうチョコレート。
 残念な事に、お菓子作りの中でもチョコレートは中々のクセモノであるという現実に負けたらしい。

「・・・ふふふっ。神子様らしいですね」
 慌てて材料を買いに飛び出したのだろう。
 その前に、証拠物件の処分だけはしっかりしていった様だが、換気にまでは気が回らなかったと思われる。

 リビングへ戻ると、コートを手に取り時計を見上げた。
「お迎えに行けば、共に食事をして戻るのも楽しそうですね」
 はとにかくよく食べる。
 そう食事に興味がない重衡でさえ、つられて食べてしまうほどだ。
「可愛らしいお顔が見られなくては、何も手につきませんし・・・・・・」
 夕食を作りながら待つという選択肢もあるが、それでは早くに会えないのだ。
 重衡はコートを着込んで、すっかり日が暮れてしまった街へと向かった。





「ここにもない〜〜〜!もっと材料買っておけばよかったよぅ」
 用意していた材料を使い切っても、まともなチョコレートがひと粒も出来ないとは予想していなかった
 いつも買い物をしているスーパーでは既に材料となるチョコレートは売り切れていた。
 いくつか思いつく限りの近所のスーパーを巡るが、よりも早く行動を起こしている乙女たちに先手を
とられっぱなしだ。とにかく材料用のチョコレートが店頭に無い。
 最後の頼みと、時々しか足を向けない高級食材スーパーへと走る事になった。





 夕方の歩道を走るのは目立つ。
 重衡が探すまでも無く、が反対側の道路を走るのが目に入った。
「神子さ・・・・・・」
 こちらから大声で呼びかけてはが怒るのは目に見えている。


 『ですっ!もぉ〜〜〜。そろそろ名前で呼んで下さいね?』


「これだけの大勢の中で、神子様の真名を叫ぶなど・・・・・・」
 ひとり照れている場合ではないと、が向かっているだろう目的地へ重衡も駆け出した。





「あった!あったけど・・・・・・」
 外国製のチョコレート。
 あるにはあったが、その量と値段に愕然とする。
 財布の中身を確認するが、の腕前からしてかなりの投資になってしまう。
「でも・・・時間ないし・・・・・・買っちゃえ!」
 二袋を手にしたところで、後ろから手首を掴まれた。


「銀?!どうし・・・・・・」
「神子様?お帰りが遅いのでお迎えに参りました」
 自分が何をしているか見られて恥ずかしくなったが赤面する。
「・・・のっ・・・そのっ・・・えっと・・・これには訳が・・・・・・」
「はい。それも・・・恐らく私は存じ上げております。それは買わなくてもよろしいかと」
 の手からチョコレートの袋を取り上げて、元の場所へと戻す。

「そうですね・・・私の欲しいモノをお買い求めいただければ問題ございません」
「えっ?今年は手作りじゃなくてもいいの?その・・・買ったのでも嬉しい?」
 昨年の喜びようからして、手作りでなくては重衡が不満だろうと思い込んでいた
「ええ。神子様からいただく事こそが大切な事です。そうですね・・・・・・」
 と手を繋いでお菓子売り場へと移動した重衡に、まさに夢見ていた通りの商品が目に入る。



「神子様?私は・・・アレが欲しいです」
「は?・・・あんな安いのがいいの?確かに美味しいから私も好きだけど・・・・・・」
「はい。アレならば相当の数が・・・いえ。神子様もお好きならば、二人で頂けます」
 残念ながら重衡が購入しては意味がないので、棚から手に取るとへ手渡した。


 手渡された巨大な袋をまじまじと見つめる
「銀って・・・こういうの好きだったんだ・・・・・・甘いの平気なの?」
「ええ。神子様は甘いのですよ?」
 の肩が片方落ちる。

「・・・私に味なんて無いし・・・・・・でも、懐かしい〜、コレ。ちょっと買ってくる!」
「お待ち下さい。本日の夕餉はいかがいたしましょうか?」
「あ゛!」
 途端にの表情が曇った。

「・・・今日は私が用意しようと思ってのにぃ・・・・・・」
 思わぬチョコレートの失敗で時間がかかってしまったために、夕飯の支度は手付かずのままだ。
「そう・・・ですね。外よりも家で食べた方が落ち着きますね」
 今後の予定が変わったのだ。
 外食ではこの後の予定が支えてしまう。
 素早く時間を計算すると、重衡は近くのカゴを手に取った。

「神子様。今夜はハンバーグというのはいかがですか?」
 このメニューならば、二人でキッチンが可能になる。
「わ〜〜!銀の手作りハンバーグ・・・・・・」
 の好きな銀の手料理ベスト10にランクインしている料理名に、期待で瞳が輝きだす。
「ええ。神子様にも少々お手伝いいただくようになってしまうのが心苦しいのですが・・・・・・」
「大丈夫!任せて?混ぜたりするんだよね〜〜〜」
 胸を叩いて請負う仕種が愛らしく、ついこの場でキスをしてしまうそうになったが諦めた。


(今宵はアレがございますからね・・・・・・)
 の手にある“徳用麦チョコ大袋”を一瞬見る。


「では、参りましょう」
「うん!スープもつけてね?」
「畏まりました」
 手を繋いで手早く店内で食材を選んで購入し、帰路に着いた。







「ね〜?次は何をすればいい?」
 ハンバーグを捏ね終えたが重衡の手元を覗く。
「そうですね・・・では、本日は神子様に焼いていただきましょうか?」
「うん。フライパンだねっ!」
 二人でキッチンにいるのはとても楽しい。
 が手伝いをしてくれるから一緒にいられるし、料理が得意ではない彼女は重衡に指示を求める。

「温度がポイントなんだよね?」
「ええ。私が合図をした時にハンバーグを入れて、しばらくしたら弱火にして蓋をして下さい」
 コーンスープにサラダ、付け合せの野菜、ミニロールキャベツなど野菜をふんだんに使う。
 すべてのためだ。
 は食べるのが好きな割りに体重を気にするので、ここを見誤ると部屋に閉じこもってしまうのだ。


(・・・もう少しふくよかでも気にしませんが・・・神子様がお嫌だと仰るのですから)
 重衡の中心はである。
 すべての思考の中心を占める存在がなのだ。
 どこか真面目で、どこかが邪になっている今の重衡。
 が知る銀という存在にはないはずの思いに心が乱れることしばし。 


「いいにお〜い!早く食べたいな〜〜〜」
 すっかりチョコレートの失敗から立ち直っている
 その姿を眺められる喜ばしさと、大量の麦チョコに思いを馳せる重衡。


(アレだけたくさんあれば、しばらくは・・・・・・)
 重衡はいつでもに触れたいと思っている。
 魔法の菓子さえあればすべてが上手くいく。

(そう・・・アレを持ち歩けば、神子様に口づけられる・・・・・・)
 わざとらしい勘違いも計算されたものだ。

(私を浅ましい男とお思いでしょうが・・・神子様と離れているのは苦痛なのです)
 本音を言えば仕事は嫌いだ。
 と生活するためと割り切って働いている。


「銀〜?テーブルに用意してくるねっ!」
 ランチョンマットとカトラリーを手に持って並べ始めた。

(本当に・・・可愛らしい・・・・・・)
 皿に料理を盛り付けながら、いかにに麦チョコを試すかばかりを考えていた。





「ごちそ〜さまでしたっ!えっとぉ・・・・・・」
 しっかり食事を平らげたは重要な事を思い出したのだ。

「神子様、本日はアレをデザートにしませんか?ただいまカプチーノを用意しますので」
 素早く立ち上がり、食器を片付け始める重衡。

「あのっ・・・ごめんね?麦チョコは美味しいけど、せっかくのバレンタインに麦チョコって」
 なりに詫びたかったのだが、
「いいえ?バレンタインにいただくお菓子は魔法のお菓子ですから」
 涼しい顔で重衡がキッチンへと集めた食器を持ってゆく。
「へ?・・・洗いものは私がするから〜!!!」
 慌てて重衡の後を追った。





 並んでソファーへと座る。そこまではいつも通り。
 が気になっているのは重衡の食べ方だ。
「あの・・・銀?どうして一粒ずつ食べてるの?その・・・もう少しまとめて食べた方が美味しいよ?」
 指で摘まんでは一粒を噛み締めといった、なんとも微妙な味わい方をしている。
「そのようにたくさん食べては減ってしまいます」
「・・・食べたら減るんだよ?食べ物なんだから」
 時々会話がずれてしまうのもよくある事だ。

「神子様。私はただ今ので十粒ほどいただいたのですが・・・そのぅ・・・・・・」
 銀が薄っすらと頬を染めながらを見つめている。
 このアピールが通じるかは微妙だが、今日くらいはからというのを期待してもいいのではと思う。
 に対しては、艶めくよりも泣き落としが有効だと学習している重衡。
 潤んだ瞳で首を傾げつつ、そろりとの唇に指で触れた。


「あっ・・・やだ!そういう意味?去年ちゃんと教えたじゃないですか〜!だから・・・・・・」
 昨年の出来事を思い出したが、再度正しく教えようとすると口を塞がれた。


「・・・神子様。お嫌でしたか?」
「ううん。もう・・・いいや。十粒でしたよね?目を閉じて下さいね!」
 から唇を触れ合わせるだけのキスをする。
 数を数えながらキスをしているの呟きを耳にしながら、目を閉じて待ち受けるだけでいい。


(私の・・・神子様・・・・・・お慕いしております・・・・・・)


「はい、おしまい!銀ったら。だからこんなに大きな袋の欲しがったんだね?」
 ようやく徳用の意味を理解したが、少しだけ頬を膨らませて重衡を睨む。
「・・・申し訳ございません」
 しょんぼりとしてしまった重衡。
 演技なのだがにはわからないだろう。

「謝ることじゃないですケド。私も色々と悪かったし・・・・・・大好きですからねっ!」
 言いながら重衡に飛びつき、チョコの数とは関係なく口づけを交わす。
「神子様の口づけは、やはり甘いです・・・・・・」
「チョコ食べたからだよ〜。私が甘いんじゃないです!もぉ〜」





 あなたにとって甘いモノは何?
 誰かと過ごす時間というのも悪くないという答えもいいのでは───






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記憶を取り戻したら、上手く裏表を使い分けそうな気がするんですよ。氷輪の思い込みってやつです(笑)     (2007.02.12サイト掲載)




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