バレンタイン 2006     (知盛編)





「・・・何だ?」
 手渡されたダークブラウンの小箱を見つめる知盛。
「チョコだよ。・・・・・・バレンタインデーだよ?今日は」
 

 バレンタインを知らない?───


 説明無しで渡されれば、確かに首も傾げたいだろう。
 しかも、男性に甘い菓子を贈るのだから謎といえば謎。


「・・・ああ。そういえば、オンナたちが騒いでいたな。残念ながら甘いモノは
不得手だ」
 もういいだろうといわんばかりの態度の知盛。
 が差し出したチョコレートは、受け取られる事はなかった。


 俯き加減のが、ゆらりと箱を手に知盛へ近づく。
「・・・ちょっと。その態度どうなのよ?様の手作りシャンパントリュフチョコ
に対して、その態度は!甘いもの苦手だと思って、わざわざ手作りしたんだよ?
しかも、初の手作りでこの出来栄え。我ながら知盛のために頑張ったと思ってたのにぃ」
 片手で箱を投げるように知盛の胸元へ押し付ける。
 しっかりと贈られ主の顔を見上げると、ニタリと笑う

「・・・毒でもいれてやればよかった」
 知盛を突き飛ばして玄関から出て行こうとしたのだが、腕を掴まれてしまった。

「・・・帰宅早々・・・相変わらず物騒なオンナだな。せめてバレンタインデーの
説明をしてから・・・帰るなら帰るんだな」
 の腕を掴んだまま、もう片方の手で落ちているチョコレートの箱を拾う知盛。
 靴を脱ぎ捨てて、明かりがついているリビングへと向かった。



 音がする程乱暴にをソファーへ座らせると、外したネクタイでの手首を縛る。
「ちょっ!何してるのよ、バカオトコっ!」
「・・・クッ、・・・何も。着替える間に逃げられても面倒」
 軽くを押してソファーへ寝転がせ、さっさと着替えに寝室へ向かった。


「・・・バカぁ!せっかく夕飯の支度して待ってたのにぃ」
 仕事があまり好きではない知盛の帰宅時間は早い。
 本日はバレンタインデーだからと、張り切って学校帰りに知盛の部屋で料理を用意して
待っていたのだ。
 メインは料理とはいえ、チョコレートへの扱いが酷過ぎる。
 手首は縛られたままだが、起き上がれなくも無い。
 のそりと上体を起こしてソファーへ座り直すと、テーブルの上にある潰れかけたチョコ
レートの箱を見つめる。

「・・・・・・可愛くラッピングもしたのに・・・・・・いいよ、自分で食べるから」
 縛られたままの両手を箱へ伸ばし、包み紙を音を立てて破り始める。
 捨てるのも勿体無い。どうせなら知盛が戻る前に自分の腹へ収めてしまえと考えたのだ。
 ようやく中の箱が現れた瞬間、その箱が宙に浮いた。

「・・・人のモノを勝手にとるのはよくないな?」
 軽くの頭に手を置いて、箱を取り上げる知盛。
「・・・どうして知盛のなのよ。私、それあげて無いもん。まだ私のだよ。返して!」
 立ち上がって抗議しようとすると、頭を押さえつけられた。

「・・・クッ。家へ落としていったんだ。俺のものだ。まあ・・・・・・」
 一度へ視線を合わせ、口の端を上げて笑う知盛。
「開ける手間は省けたな?それくらいは礼を言うぜ?」
 テーブルを挟んで、の正面へ座り込む知盛。
 チョコレートの箱はラグに手をついている知盛の手の隣。
 が奪い返すには不可能な位置だ。

「〜〜〜ムカつく。要らないもの拾わないでよ!いいよ、捨ててよ、そんなの」
「・・・いいから!説明を先にしろ。理由無しに毒を盛られるのは、ご免だ」
 指で軽くテーブルを叩く知盛。コツ、コツといい音がする。
「だーかーら!バレンタインなんだよ、今日は。バレンタイン。聖バレンタインデー!」
 やや大きめの声で、これでもかとバレンタインを連呼する。
 いよいよ知盛が眉間に皺を寄せて、溜息を吐いた。

「・・・それの説明をしろと言っているつもりなんだが?」
「へ?」


(・・・この人、本気でバレンタインを知らないの?)


 いくら何でも、これだけ街中がチョコレートの香りに溢れているのだ。
 さらに、テレビのCMや雑誌の広告など、至る所で宣伝中。
 知らない人間がいるとは考えられない。

「と、知盛?会社で・・・そのぅ・・・オンナの人に貰わなかったの?チョコ・・・・・・」
 知盛の様子を窺えば、顔を顰めている。

「チョコレートが甘いモノと知っているのに、どうして俺が?・・・何だ、欲しかったのか?」
 知盛がチョコレートを知っている理由は簡単だ。が食べるから。
 の好きな菓子は心得ている。ご機嫌取りに大いに利用価値が高い一品という認識。
「欲しくはないけど・・・貰ったの?」
 肝心なのは、貰ったかどうかである。
 もラグへ座ると、テーブルを両手で叩く。縛られているので、両手はセットになっている。
「・・・クッ。玄関で俺は何か持っていたか?」

「・・・・・・無いね」
 普段から、何も手に持たないのだ。
 の腕を掴み、チョコレートの箱を持ったからには手は空いていない。
 つまり、手には何もなかったからこそ出来たという事になる。

「それで?チョコレート好きのが俺にチョコレートを贈る理由は?」
 普段、が知盛へチョコレートを分ける事はない。
 が楽しみに冷蔵庫へ入れているチョコを、悪戯で食べるのが知盛の楽しみなくらいだ。

「・・・バレンタインっていう行事が今日なの」
「へえ?」
 まずは本日が“バレンタイン”と呼ばれる行事の日にちだと記憶する知盛。
 今後のためにも、忘れるわけにはいかない。

「そっ、それで・・・女の人が男の人にチョコレートをあげる日っていうか・・・・・・」
 これ以上言うと、知盛に都合よく事が運ばれてしまう。
 が言い淀んでいると、
「・・・肝心な部分を話さないつもりらしいな?それだと、街中でチョコレートを配るのか?」
 厳しい切り替えしに、の顔が引き攣る。
「そ、そういったモノでもなくて・・・そのぅ・・・知ってる人だけでいいの」
「知っている人に・・・か。将臣や譲・・・の父上にもか?」
 ここぞとばかりに首を縦にふる
 義理でも間違いなくその三人にはチョコレートを渡してある。


 知盛の顔がつまらなそうなものに変わり、チョコレートはテーブルの上へ置かれた。
「・・・同列か・・・・・・他もの手作りのシャンパントリュフとやらなんだな?」
 残された興味は、の手作りという部分しかない。
 やや潰れかけの箱の蓋を開くと、中は無事だった。


「違うよ」


 チョコレートへ指を伸ばそうとした瞬間、の声に反応して顔を上げる知盛。
「・・・何が?」
 伸ばしかけた手をテーブルへ置く。
 が腕を伸ばして、テーブルで音を立てる。

「違うからね。知盛のは特別。・・・パパのはコンビニで300円のチョコだし。将臣くんと譲くん
のチョコは、友達と雑貨屋さんへ寄った時についでで買った500円だもん。態々材料を買って、
練習して、自分でラッピングまでしたのは、知盛のだけだよ」

 の手首のネクタイを解く知盛。
 四足では知盛の隣へ移動し、その膝の上に座り込む。

「はぁ〜、腕が痺れちゃった。そ〜だよ、本当は違うんだもん。女の子が大好きな人にとっておきの
気持ちを渡すのがメインの日。お世話になってる人にはついでで“義理チョコ”をあげるんだよ?」
 なんとなく正直に全部話してしまいたかった。

「そうか・・・・・・」
 を抱えなおし、知盛がチョコレートへ手を伸ばす。
「食いたければ・・・ここから食え」
 一粒を齧ったままで、が食べるのを待つ。いつもの軽い悪戯だ。

「・・・今日のは知盛のチョコだけど。美味しいからあげるの止めればよかった。・・・大スキ!」
 がチョコへ齧りつけば、自然と唇が重なる。


「ぜ〜たく者じゃない?知盛って」
 知盛の頬をつつく。
「・・・クッ、さあな。・・・来年はにチョコレートをつけて来い。すぐに食ってやる」
 ぺろりとの頬を舐める知盛。
 しばし知盛の言葉の意味を考える
「・・・・・・・・・・・・バカ男っ!夕飯冷めちゃうから、食べよう?今日は和食」



 チョコレートがあろうとなかろうと、関係ない。
 自身が贈り物になる運命は続く───






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チモ、獣ならぬ野獣(笑)ヘンな方向に進まないでよかった〜!チモは興味無いものにひどく無関心かと。     (2006.02.13サイト掲載)




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