バレンタイン 2006 (銀編) 「これ・・・は?」 手渡された赤い小箱を見つめる重衡。 「チョコだよ。え〜っとね、銀に」 バレンタインを知らない?─── 説明無しで渡されれば、確かに首も傾げたいだろう。 しかも、男性に甘い菓子を贈るのだから謎といえば謎。 「・・・神子様から・・・私に?」 重衡は自分が贈り物を貰った事がようやく理解出来たらしい。 ほんのりとその頬を染めて、喜んでいる。 「え〜っと・・・そんなに喜んでもらうホド上手く作れてない・・・の。 だから、そのぅ・・・・・・美味しくないかも・・・だしぃ・・・・・・」 初めての手作りチョコレート。正直、イマイチな出来栄え。 トリュフなのが救いで、ココアパウダーで隠してある。 「神子様がお作りになられたのです。美味に決まっておりましょう」 軽くリボンの端を摘まんで解くと、箱を開ける。 中から出てきたモノは─── 「黒い・・・ですね」 まるで木の実の様な外観。 表現に困るが、の手作りの品である。 「う、うん。その・・・ココアパウダーをね、ビターなのにしたの。あの、 チョコがとっても甘いから、どうかな〜って考えたの・・・・・・」 市販の『手作りチョコレートキット』を使用したのだが、失敗。 どちらかといえば、惨敗に近い。 譲に泣きついたところ、逆に尋ねられたのだ。 『先輩。重衡さんって、甘いもの大丈夫なんですか?』 『・・・そういうの、聞いた事なかったかも・・・・・・』 『そうですか。そう大量に食べるモノでもないですから・・・・・・』 譲にフォローされたとはいえ、考えが足りないことは否めない。 しかも、手伝ってもらってようやく完成したのだ。 譲の機転によりやや甘さが抑えられた、にとって初の手作りチョコレート。 「いただいてもよろしいのですか?」 「う、うん。その・・・食べて無理そうなら、ほんとに無理しないで?」 味見もしないで箱詰めしなくてはならないくらい、数が揃わなかったのだ。 失敗作を食べたが、死ぬほど不味いモノではない。 美味いモノでもなかったところが実にイタイ。 重衡が一粒摘まんで口へ運ぶ様子を凝視する。 不躾ではあるが、一瞬でも表情が変わったら止めなくてはならない。 重衡の性格からして、無理してでも食べきりそうだからだ。 (・・・あげるの止めればよかった。普通に買えばこんな心配しなくてよかったのに) とはいえ、初めて渡したい人物が現れたのだ。 義理ではない、本命チョコ。 世の乙女たちに倣って、とて“手作り”をしてみたかった。 「これは・・・不思議な味ですね。そう・・・少しだけ苦くて・・・甘い・・・・・・」 焦げているから黒いのではなく、苦いのはチョコレートに塗してある粉とわかる。 さらにもう一粒摘まむと、にその手を止められた。 「も、もういいよ。無理しなくて・・・そのぅ・・・してみたかっただけで。銀に無理 させるために作ったんじゃないの」 俯くの後頭部が痛々しい。 決して手放しで美味いと言える味ではないが、食べられないモノではないのだ。 「神子様・・・お顔を上げていただけますか?」 が顔を上げると、重衡はチョコレートを箱へ戻していた。 「・・・ごめんなさい」 「そのようなお言葉、もったいない事です。・・・・・・神子様・・・・・・」 重衡の手がの顎へ添えられ、深く口づけられる。 (・・・チョコ味だ・・・・・・少し苦い・・・・・・) 「神子様。これはとても美味でしたよ?私が神子様にお礼を申し上げなければならないのに、 謝られては・・・困りましたね?」 先ほど箱へ戻したチョコレートを頬張る重衡。 「・・・そんなに言うほど美味しくないよ、それ」 最初の失敗作よりは格段にいい味なのだが、まろやかさに欠ける気がする。 「いいえ?これのおかげで、神子様の唇も頂けました。これは私のとっておきの薬ですね」 「へ?そんなに苦かった?」 薬に例えられるほどの苦味はなかったと思う。いや、思いたい。 の無表情ぶりが可笑しかったのだろう。 重衡の表情がやや笑いを堪えている。 「・・・なあに?」 「いえ?これがあると、叱られないのだなと・・・・・・」 軽く目を見開くと、口元に笑みを浮かべる重衡。 、溜息ものの重衡スマイルである。 重衡の手には、残り四個の小さなチョコレートが入った小箱がある。 嬉しそうに手元の小箱へ視線を移す重衡。 「これがあれば神子様にお叱りを受けない、魔法のお菓子ですね。ありがとうございます」 仰々しく頭を下げる重衡に、の方が戸惑う。 「えっ?そ、そんな・・・来年こそは美味しいの作るから・・・・・・」 この出来栄えでここまでされては、の方が恐縮だ。 重衡がまたも首を傾げた。 「・・・来年まで・・・もう、頂けないのですか?」 「は?来年って・・・そういうものなんだよ?」 今度は悲しそうな瞳で重衡は小箱を見つめる。 「そう・・・ですか。ならば、もっと大切に頂くのでした。残りが少なくなってしまいました」 「え〜っと?あの・・・そんなに残念がる程の美味しさじゃなかったような?」 重衡の落胆の理由がわからない。 にとっては、また食べたいという味ではなかったからだ。 精々特売チョコレートよりは上くらいの部類。 「これがあれば・・・外で口づけても叱られない・・・魔法のお菓子でしたのに・・・・・・」 重衡の一言で、はテーブルに両手をついて立ち上がり周囲を見回す。 ようやく自分たちがどこに居たのかを思い出した。 「ちょっ・・・なっ・・・やっ、やだぁ〜。ここって銀の会社の傍のカフェだよ〜〜〜」 頬に手を当てて、真っ赤になる。 そうそうジロジロ観察される事はないが、重衡の同僚に見つからない保証も無い。 まして、いつもここで待ち合わせをしているのだ。 それなりにいつものバイトの人々とは挨拶を交わす仲になっていた。 「・・・神子様?」 困り顔の重衡。 そんな顔をさせたくてチョコレートをわざわざ平日渡しに来たわけではない。 「あ、あのね・・・そのお菓子に魔法があるんじゃなくって。今日はバレンタインデーっていって。 そのぅ・・・・・・耳。耳貸して!」 重衡を手招きすると、テーブルに肘をついて片耳をの方へ寄せてきた。 『今日は、バレンタインデーって言って。女の子が大好きな人に告白する日なんだよ?チョコは おまけなの。・・・・・・大スキです』 みるみる重衡の表情が明るくなる。 「これは・・・やはり魔法のお菓子です」 「もぉ〜。違うんだってば」 後で説明し直さねばとが考えていると、 「いいえ。神子様から素敵な言葉を賜れる・・・私にとっての魔法のお菓子です。またお聞かせ下さい」 微笑みながら、しっかり小箱に蓋をして元に戻す重衡。 いつ、どこで残りのチョコレートを使われるのか、わかったものではない。 「ええっ?!どうしてそういう事になっちゃったの?」 「・・・そういうものなのですよね?バレンタインデーというのは。また私をお導き下さい」 こちらの世界へ来て、それなりに日々を過ごしている重衡。 バレンタインデーが何たるかを知らないわけではない。 本日は丁重に会社の女性社員からのチョコレートを拒否してきたのだ。 には知らないフリをしてみただけ。 そうすれば、が重衡に言葉の説明をしてくれる。 それだけ長く声が聞けるという、重衡なりの策略。 時々、不謹慎とは思いながらもを試したいのだ。 ここまで追いかけてきた、最愛の人の言葉が欲しい時があるから。 私を、変わらず“銀”とお呼び下さるのは、貴女だけなのですから─── |
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隠れ狼さんのシロさんっぽく。記憶が戻れば・・・な人ですよ、彼は。でも、望美ちゃんには見せないのv (2006.02.11サイト掲載)