バレンタイン 2006 (将臣編) 「・・・あ゛・・・さんきゅっ!」 手渡されたブルーの小箱を見つめる将臣。 「う、うん。そのぅ・・・・・・普通に出来てると思う」 「何だよ、それ」 箱を耳近くへ持ち上げ、軽く揺する。 「だ、だめ〜!崩れちゃうよ、そんな事したら!」 が背伸びして箱へ手を伸ばす。 「・・・ば〜か!崩れる様なもの、人に食わせる気か?」 軽くの頭を叩くと、チョコレートの箱を高々と持ち上げる。 「とっ、届かないっ。・・・あ〜〜〜!せっかく手作りのチョコなのにぃ」 片手を上げたまま、の顔を覗き込む。 「へえ?それで?わざわざお届けいただくとは、有難き幸せ〜ってか?」 高校卒業後、さっさとひとり暮らしを始めてしまった将臣。 大学の傍にあるこの部屋へ、はよく遊びに来ている。 二人の両親公認の間柄ではあるのだが、将臣はバイトに忙しい。 「だって・・・稼ぎ時とか言って。テストの後からちっとも学校来ないし」 「そりゃあ・・・学校無いんだから。バイト入れるだろう、普通」 もバイトをしていないわけではない。 塾講師やテストの採点のバイトなど、日中だけというものばかり。 将臣は、朝から晩まで空き時間無くバイトばかり。 すれ違いの日々が続いていた。 「働きすぎだよ。今日だってさ・・・・・・」 「いいから、入れ。ここで話してても始まらない。夕飯、久しぶりだし?」 「う、うん。お邪魔します・・・・・・」 はスーパーの買い物袋を片手に、将臣の家へ上がった。 「リクエスト通りだよ〜?将臣くんが言うから・・・・・・」 どうしてバレンタインに豚肉の生姜焼きになってしまうのか? 少しばかり悲しいが、狭いキッチンで手際よく夕飯の支度をする。 「あ〜?ん〜、メシはなぁ・・・食う暇ないから、コンビニメシばっかだし?」 ソファーにもたれて雑誌を読んでいたのだが、の方を向く。 「・・・今日だってさ・・・メールで済ませて・・・・・・」 「はい、はい、はい。悪かったって。で?これ・・・開けていいの?」 のバッグの隣にある紙袋を指差す将臣。 「なっ!駄目だよ、それは違うの!」 がガスの前を離れようとすると、将臣が手で払う仕種で応酬する。 「何だよ、食いもんじゃねぇのか。だったらいい」 将臣の興味がそれたのを確認し、が胸を撫で下ろした。 「はぁ〜〜〜。いいから、もう少し待ってて。・・・チョコあるじゃん」 テーブルにぽつんと置かれたチョコレートの箱。 食べるつもりはないらしい将臣。 「んあ?ああ、これな。これは後で」 指でつつくと、箱を見て微笑む。 (不器用なが頑張ったんだよな〜、俺のために・・・・・・) そう簡単に食べるわけにはいかない。 腹が空いている時に、バリバリ食べてオシマイでは申し訳ないから我慢している。 再び雑誌に目を落とした。 が先にほうれん草の胡麻和えをテーブルに出した。 「はい。もう出来たから。本はあっち」 「へ〜、へ〜。・・・美味そう。野菜食ってないな〜」 指で摘まんで頬張ると、手を叩かれた。 「お箸持ってくる・・・っていうか、手伝って」 二人で料理を運んでテーブルに向かい合って座る。 「いただきますっ」 普段通りの食事を始めた。 「別に・・・高望みするわけじゃないけどさ。メールしなかったら、今日だってバイト 入れたでしょ?」 食べ終えた食器を運びながら、がようやく不満を口にした。 「・・・まぁ・・・時給いいしな。考えてはいた・・・・・・」 バイトのシフトを決める前の週にメールがなかったら、今頃は確実に働いていただろう。 「そりゃあ・・・もう、何年もお隣さんで幼馴染で、今更〜とかなんだろうケド・・・・・・」 コーヒーを淹れて戻って来た。その手にはおそろいのマグカップが二つある。 「さんきゅ!・・・そういうつもりじゃねぇけど・・・さ・・・・・・」 起き上がり、コーヒーを口にする。 「その・・・なんだ。そうイベントに振り回されても仕方ないだろ?」 イベントは稼ぎ時だ。将臣はどうしても夏までにある程度の資金を貯めたかった。 「はぁ〜〜〜。全部すっとばしで?・・・いいけど。食べたくないなら、それもいいよ? これ以上無理してもらわなくていいから。じゃ、学校始まったらね」 コーヒーへ口もつけずにが立ち上がる。 慌てて将臣も立ち上がった。 「ちょっ・・・何だよ?言わなきゃわかんねぇだろ?」 の手首を掴めば、またも溜息を吐かれてしまった。 「言った。・・・言ってる。将臣くんが聞いてないだけだよ。私は・・・・・・今日は一緒に いたかったの。最後に会ったの、いつだと思ってるの?それなのに、午前中はバイトって何?」 将臣の顔が引き攣る。 「い、いや。先輩の代打っていうか・・・今朝急に携帯がっていうか・・・最後ね。最後は・・・ 三週間前のテスト・・・だな?」 乾いた笑いを零しながら、頭を掻いて誤魔化す将臣。 「私はここへ来てたけどね。一回も!会わなかったね。・・・またね」 「だから!」 帰ろうとするの腕を引いた勢いで、を抱えたままソファーへ倒れこんだ。 「・・・いてぇ・・・・・・」 「大丈夫?!」 将臣の上から起き上がろうとすると、将臣に抱きしめられた。 「ちょっと!怪我してたら・・・・・・」 「してない。だから・・・・・・あーーーーもーーーカッコワリィ」 再びを抱きしめると、ぽそぽそと話し出す。 「悪かったよ・・・今日のバイトもさ、後の奴が来なくて延長になっちまって。その・・・飯も 外へ食べにいけなくて。チョコは・・・大事に食いたいから除けて置いたんだ。が作ったから 信用してねぇとか、そういうんじゃない・・・・・・」 と行くために昼に予約しておいた店は、時間に行けそうもなくなった時点でキャンセルした。 これはには内緒だった。 午後にはあがれる予定が交代が来なくなり、何時に終わるかわからないとへメールをすれば、 からは無理しなくていいという返事。 バイトが終わって夕方に電話をすれば、夕食のリクエストを聞かれる始末だ。 将臣、ひとつもいいところ無しの状態。 が身体の力を抜いて、将臣に身を預けた。 「・・・もう、いいよ。そういうのが将臣くんなんだから・・・忘れてた。お洗濯くらいしてから帰るよ」 「いいから、このままいろよ」 の髪を梳き始める将臣。 動かないのはいいという意味だと解釈して、しばらくそのままで抱き合っていた。 「・・・俺さ、夏に沖縄行きたいんだ」 閉じていた目を開く将臣。 いつもの天井ではなく、瞳に映るのは。 「・・・うん。知ってる」 少しだけ動いて、将臣の頭へ手を伸ばす。 将臣のはね気味の髪を撫でるのが好きだ。 「・・・・・・と行きたいんだ。だから・・・もう少しだけ・・・我慢しろよ」 将臣、最大の秘密をに話したのだ。 バイト代が必要なのは、生活費の他に二人分の旅費を貯めたかったから─── 「・・・将臣くんだなぁ。それで?一緒に行っても、将臣くんはダイビングで、私は?」 「あ゛・・・・・・」 決まり悪そうに将臣が笑う。何も考えていなかったのだ。 『と沖縄へ行けたら───』 沖縄で『二人で何をするのか?』が、抜け落ちていた。 「あ〜、その・・・泳ぐ。そう、一緒に泳ぐ!」 「普通に嘘言ってるよ、この人。・・・朝から潜ってて帰って来ないんだ、きっと」 将臣の額を軽く叩く。 目と目が合うと、二人は笑い出した。 「俺・・・駄目、駄目じゃね?」 「そうだね。ダメ、ダメ男だね?でも・・・・・・」 持ってきた紙袋へ手を伸ばす。可愛らしい袋が出てきた。 「開けて?将臣くんのだよ」 「俺に?」 を抱えたままで、袋のリボンを解く。 「・・・手袋?」 「うん。バイク用。寒いでしょ?それに・・・新しいの欲しい頃かなって」 微笑むに手を伸ばしてキスをする。 「・・・チョコ、食わして?」 「自分で食べなよ。取ってあげるから」 手を伸ばしてチョコの箱を取り、将臣へ手渡す。 を抱えたまま起き上がると、包みを開け始める将臣。 「で〜〜?はビキニ?」 「スケベッ!」 いつものじゃれ合いで終わるバレンタイン。 長い間一緒だからこそ、言わなきゃいけない言葉もある─── |
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将臣くんは、自分の中で『こうあるべき』という信念があるようで。でも!望美ちゃんを優先して欲しいな〜。 (2006.02.11サイト掲載)