バレンタイン 2006 (景時編) 「ただい・・・・・・」 いつもの様に玄関を開ける。 開ける予定だったのだが─── 「お帰りなさいっ!待ってたよ。あのね・・・・・・」 によって扉を押し切られてしまった。 「ご飯がいいですか?お風呂がいいですか?」 「オレは、・・・・・・うわぁ!なっ、なっ・・・ご飯!そう、ご飯がいい」 うっかり心情を吐露しそうになった景時。 残念ながら、選択肢に“”はない。 両手をあげて、無実の証明とばかりにから離れる。 「・・・?変な景時さん。ね、お帰りなさいの・・・・・・」 瞳を閉じたの催促の仕種が可愛らしい。 景時は軽く唇を合わせた。 「・・・それで?どうしたの、今日は。いや、いつも・・・いや?その・・・・・・」 結婚こそまだだが、景時とはの世界で一緒に暮らしている。 玄関でのキスも出迎えもいつもの事だ。 だが、が玄関から飛び出してきたのは初めて。 リビングへ歩きながら、質問らしい質問が出来ないでいると、が振り返る。 「・・・ご飯すぐですからね!着替えてきてね」 スキップでキッチンへと逃げられてしまった。 「あ〜〜、はい。・・・ヒミツなんだ・・・・・・」 の機嫌がいいのは一目瞭然だ。 まずは先に食事をと、景時は部屋着に着替えた。 「今日はね〜、居酒屋さん風だけど可愛くしてみましたっ。可愛いよね〜、こういうの」 和食である。ご飯と味噌汁の周囲には、小鉢ならぬプレートに様々なおかず群。 よくもこれだけの種類を準備したものだなと感心するくらいだ。 「うん。・・・大変だったでしょ、こんなにたくさん・・・・・・」 景時の好きなモノばかりが、さり気なく並んでいる。 「ヒミツ!でもね、ご飯は少なめ・・・あのね、デザートがあるからなの」 デザートが重要な部分なのだと悟る景時。 「うわ〜、デザート付!豪華だね。じゃ・・・・・・」 箸を手に取ると、いつもの様に視線を合わせてから、 「いただきますっ!」 少し早いが食事の時間となった。 「景時さんは、コーヒーと紅茶どっちがいいですか?」 がわざわざ尋ねる事も珍しい。 「ちゃんのお勧めはどっち?」 「えっ?えっと・・・私は紅茶だけど・・・景時さんはコーヒーかなって思うし・・・・・・」 聞き返されると思っていなかったが口篭る。 「・・・紅茶がいいかなっ」 の味覚で判断できないデザートらしいとなれば、答えはひとつだ。 「あっ、あの・・・すっごく甘いの。だから・・・そのぅ・・・・・・」 「うん。紅茶。紅茶がいい」 コーヒーではに手間をかけてしまう。きっぱり言い切った。 「うん。待ってて。向こうで・・・食べよ?」 「わかった〜」 言われた通りに景時はリビングで待つことにした。 「お待たせっ。今日はね、バレンタインデーだよ?」 景時の目の前に置かれたのは、ハートの形のチョコレートケーキだ。 そう大きいサイズではないが、ショートケーキにすれば二個弱。 「あ・・・・・・そっか・・・そういえば・・・・・・」 まだ景時の世界にいた時に、が言っていたのだ。 『チョコがないから・・・・・・』 「今日・・・だ!」 チョコレートどころか、チョコレートケーキになってのお目見えだ。 「うわ〜〜、これ・・・もしかして・・・・・・」 紅茶を運んできたを見上げれば、頬を染めて頷いている。 「その・・・手作り。だから・・・コーヒーかなって・・・・・・」 テーブルにティーセットを並べて、景時のカップへ紅茶を注ぐ。 「紅茶で正解!ほら、口の中がスッキリするでしょ?甘いものといい組み合わせだよね〜。 ・・・ありがとう。オレだけのために・・・だよね?」 ソファーを滑り降りてラグへ座ると、の手を取り抱きしめる。 「ちゃんのハート?」 頬を寄せながら、ケーキを指差す景時。 「う、うん。その・・・大好き・・・・・・」 「オレも大好き。・・・ちゃんの分は?」 紅茶のカップは二つだが、ケーキもフォークもひとつきりである。 「・・・今日はバレンタインだもん。だから・・・いいの。味見で食べたし・・・・・・」 景時はフォークを手に取ると、一口食べた。 「美味しい!・・・ちゃんの気持ちがいっぱいだ〜」 続いて一口分をフォークで取ると、の口元へ出す。 「一緒に食べよ?オレね、一緒に食べたい。・・・ただし!オレがするから」 「ええっ?!」 が真っ赤になる。 「バレンタインだもんね〜。ハートを分け合う!いいっ。これだ〜〜〜。あ〜〜ん!」 景時の言葉につられてが口を開けると、チョコレートの味が口に広がる。 「・・・・・・ううっ。チョコ・・・美味しい」 口を動かしながら、呟く。 やはり我慢をしていたのだと、の頭をそっと撫でた。 「お願いしてもいいかな?バレンタインだしぃ・・・・・・」 さり気なくの手にフォークを持たせる。 「・・・何をですか?」 振り返れば、口を開けている景時の顔が目に飛び込む。 「あ〜〜〜〜〜ん!」 口をパクパクと動かして、雛鳥の様に待ち受ける。 「・・・もぉ!バレンタインだから・・・ですよ?」 小さくケーキを取り分けると、景時の口へと運ぶ。 「んっ!・・・・・・バレンタイン、いいっ!毎日でもいいのになぁ〜〜〜」 「毎日・・・チョコ?」 景時が大きく頷く。 「毎日チョコとあ〜ん!」 の首が項垂れた。 「・・・景時さん。それじゃ私、太っちゃうよ」 何かと気になるお年頃である。 そう毎日デザートを豪華にしては、体重計が怖い。 「え〜〜〜。じゃ・あ!・・・あ〜〜〜ん!だけでもいい。毎日」 ここぞとばかりに願望を述べてみた。 「・・・それ、お蕎麦の時とか無茶ですよ?」 さり気なく意地悪してみたい。 「無理なんてない!一気に啜るから。・・・してくれるの?」 何でもいいのだ。 食事も大切だが、誰と食べるかがもっと大切。 「そういう事を言うと〜〜〜、明日、本当にしてもらいますよ?」 が景時の鼻を摘まむが、その目は笑っている。 「もちろん!だってさ、すっごく近くないと出来ないと思わない?」 勝ったとばかりに景時がに頬ずりをした。 「・・・・・・焼きソバなら、お向かいさんでも平気だもん」 ザル蕎麦や掛け蕎麦ならば、確かに隣の距離でないと厳しいものがある。 蕎麦は蕎麦でも焼きソバならば、普段通り向かい合わせの距離でも食べさせることは可能。 今度こその勝ちと、景時の頬をつつく。 「・・・困ったな〜。オレって口が大きいから。すっごくたくさん、あ〜〜〜んってしないと 食べた気がしないな〜〜〜」 食べ物の種類が駄目なら量で攻めてくる景時。 なかなかの頑張り屋である。 「・・・・・・わかりました。時間がある時とか。デザートのお菓子は!にしましょう? ご飯にやたら時間がかかっちゃいますよぅ?」 朝食時にまで言い出されたら敵わない。素早くが折れた。 「御意〜っ!続き、続き〜〜〜」 の手からフォークを取ると、景時がの口元へチョコレートケーキを運ぶ。 何度も二人で繰り返し、ケーキを食べ終わってしまった。 「ざ〜んねん。・・・ホワイトデーには、オレが白いハートのケーキ作るからね!また、 こうして二人で食べようね〜〜〜」 「・・・えっ?景時さん、何か勘違いして・・・・・・」 が景時のティーカップへ紅茶を注ぐ手を止めた。 「ええっ?!お返しするんだよね?黒とくれば白じゃないの?!」 いかにも陰陽師らしい考え方の景時に、が笑い出す。 「うぷぷっ。それも楽しそうだけど・・・いいんですよ?何もなくったって。景時さんが早く 帰って来てくれたら、それだけで嬉しいし。ケーキなんて無理しないで?」 景時がケーキを作るトコロを想像すると楽しいが、そこまでさせるのは余りに気の毒だ。 手作り菓子のお返しなど、聞いた事が無い。 「やるっ。オレは頑張るよ〜〜〜。譲君に弟子入りしてくるから!ハートを食べて!」 「う、うん。ハート・・・食べちゃうんだから!」 チョコ味のキス。来月はきっとホワイトチョコの味。 景時のやる気を削ぐのも悪いなと、勘違いをそのままにしておくことにした。 とりあえず、明日の夕食はお蕎麦に決定。 景時の願いを叶えてみたい。 食べさせるには難易度が高いが、失敗してもそれがまた楽しい。 特別な日じゃない毎日だって、楽しくしようと思えば楽しい日々になる─── |
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素直に甘える景時さんだと嬉しい!そして、勘違いしてくれてると、もっと嬉しい。対極思想ですからね! (2006.02.13サイト掲載)