芸術の秋 (知盛編) にはナマケモノと評されているこの男、平知盛。 まったくもって仕事も頑張っている風は無い。 けれど、自分の寛ぎの時間を優先しているだけで、無駄を嫌う性分である。 今日も仕事中に思いつきで準備を始める。 (さて・・・の帰り時間に合わせればいいな) の事だ。行事という行事をしたがる。そして、今宵は十五夜。 知盛としてはと睦み合いの時間を長く取りたいが、機嫌を損ねては意味がない。 相手の楽しみに付き合う時間を計算しながら、本日分の仕事を早々と片付けていた。 「今日はお月見、お月見〜!ママと買い物、待ち合わせ〜」 知盛の為に日本酒を用意したいが、制服では買えない。そして、時間がもったいない。 はショッピングモールで学校の帰りに母と待ち合わせをし、月見団子とお酒を購入。 ついでにススキも用意して、知盛のマンション目指して早足で帰る。 鍵を開けて荷物を置いたと同時にチャイムが鳴らされた。 「へ?知盛?」 それにしては早いなとドアの外を覗けば、何かを届けに来たらしい業者の者が内容を外で述べ上げる。 「デリバリーサービスの鈴木です。平知盛様のご依頼の品、お届けに参りました!」 「知盛が?何だろ」 ドアを開けると、依頼内容の商品が運び込まれてた。 あまりに大きな箱にの目が丸くなる。 「あっ・・・あのぅ・・・・・・」 「出来たての料理ですから、注意して下さい。それと、サインを・・・・・・」 どうやら食べ物が届けられたらしい。 「ピザ屋さんじゃ・・・ないですよね?」 「ええ。ホテルのレストラン料理専門に扱ってますから」 でさえ知っているホテルの名称が入った配送伝票にサインをしていると、注文した部屋の主が帰宅した。 「ほう・・・時間通りだな」 「知盛、お帰り〜。こんなに何を注文したの?」 サインはいいとして、料金が心配になっていたにとっての救世主である。 「今夜のディナーだ。ご苦労」 の手から伝票を取り業者へ手渡すと直ぐに扉を閉める知盛。 「もぉ〜。その態度、失礼だよ」 玄関から飛び出すと、お礼を叫んで手を振った。 が部屋へ戻ると、どういったわけか知盛が荷物を運び込んで姿を消していた。 着替えに行ったのだろうが、後は並べろといわんばかりにテーブルの脇に箱が積まれている。 「・・・・・・ま、いっか。今から作るとすぐに食べられないもんね」 それはそれで箱の中身に興味があるのだ。 発泡スチロールの蓋を開けると、中華の料理が豪華な使い捨ての容器に入れられ並んでいた。 「な・・・どうして中華?」 蓋を持ったまま首を傾げているの背後から、その蓋を取り上げる知盛。 「さて・・・何故だと思う?」 「知盛ったら〜。今日はね、お月見なんだよ?和食にして、お月見しようと思ってホラ!」 先にリビングのテーブルに置きっぱなしであったススキと団子を指差す。 「ほう・・・同じ事を考えていたわけだな。あれは・・・明日、楽しませていただくか」 酒が入った瓶を手に取ると、早々と冷蔵庫へ冷やしに行く知盛。 ついでに薬缶に火をかける。 「ね、同じって?何が同じなの〜?」 テーブルに料理を並べ終えたが、飲み物の準備の為にキッチンへやって来た。 「・・・クッ・・・着替えて来い。制服・・・汚れると困るんだろう?」 「あ、そうだった。知盛。ヒマしてるなら、ススキを活けておいて」 ちゃっかり知盛に命令をしてが姿を消す。 その隙にが開け忘れている菓子の箱を取り、冷蔵庫へしまい、ススキも花器へ活けた知盛。 続いて烏龍茶を用意してを待った。 「わっ!知盛ってば、そんなにお腹が空いてたの?」 いつもはソファーでぐうたらしているだけで、何が食べたいとも言わない男なのだ。 どうにも食事に無関心としか思えないのだが、今日のように自ら用意する事も無くはない。 「・・・・・・いや・・・餓えている」 「栄養失調じゃないんだから・・・食べよう?いただきま〜す!」 目の前に料理が並んでいては、の思考回路は詳細に知盛の言葉を分析する事はない。 何が楽しいといって、中華はすべて並んでいるのだ。好きなモノから順に食べればいい。 の箸は休む事無く動き続けていた。 「満腹〜!中華って、たくさん作るのは面倒なんだよね。少しずつたくさんって嬉しかった〜。アリガト」 団子の件は忘れ去られたのか、が満足そうに胃の辺りを撫でながら知盛に謝意を示す。 「・・・クッ・・・いいさ。俺も・・・を見ていると食が進む・・・・・・」 「知盛って、ご飯、不味そうに食べるよね〜」 すべて容器は元通りひとつの箱に戻して外へ出しておけばいい今夜の夕食。 片付けの手間もそうかからず、早々とリビングで寛ぐことになる。 「あ!お月見・・・知盛。お月見しようよ」 「そう・・・だな。月見には・・・菓子を用意いたしましょうか、神子殿」 キッチンへ向かい、冷やしておいた月餅と茶葉を取り出す知盛。 茶器は透明のモノを取り出し、お湯で温める。 「それ・・・中華のお菓子」 「そうだ。は菓子を準備してくれ」 「は〜い!」 中華風の小皿に菓子を用意してリビングで知盛を待つ。 知盛が盆にのせて持ってきたお茶は、透明な容器の中で花開いていた。 「わ!何?それ・・・わかった。前に中華街で飲んだお茶でしょ?」 知盛と出かけた時に飲んだ覚えがある。 「・・・クッ・・・覚えておいでだったか。錦上添花だ。そして、そちらの菓子は月餅というんだ」 「きんじょうてんか?げっぺい?」 「ああ。月見のもとは大陸・・・中国だからな」 カーテンを開けての隣に座る知盛。 窓には仲秋の名月が姿を見せている夜空。 「月見は・・・中秋節に起源がある。月餅を食べながら月を愛でたそうだ。月の餅と書く」 「へ〜〜〜。知盛って、何気に物知りだよね。中国風のお月見って事かぁ・・・・・・」 パクリと大きな口で月餅を頬張る。 種類は様々なのだが、一般に餡と実が入っていればといったところだろう。 「これ・・・餡が重い・・・それとも、皮?」 ずしりと重いそれは、日本の饅頭とは少しばかり手ごたえが違う。 「どちらも・・・だな。そう急くこともない・・・・・・こちらへ」 ソファーに背を預けてラグに座っていた知盛が、を呼び寄せ抱え込む。 「今宵・・・月の姫は帰らなくてもいいのか?」 「ん。いいの。明日はお団子で一日遅れで和風のお月見しなきゃだから。ね?」 知盛がリモコンを取り、音楽をかける。 静かなピアノの音が流れる中で、だけが菓子を食べている。 振り返れば知盛の目蓋は閉じられていた。 「・・・食べないの?」 「ああ。・・・・・・俺が食べるのは月の姫だ」 体を起こした知盛がの項に口づけた。 「・・・芸術の秋かと思えば・・・そっち?知盛の頭の中って・・・・・・何がつまってるんだろうね〜」 やたら雅かと思えば、の隙をついて襲ってくる。 なんとも行動が不可解なのだ。 「俺が欲しいのはだけだ。芸術の秋というならば・・・・・・姫君を愛でましょう。生まれたままの お姿の姫君を・・・この目で・・・・・・」 さらりととんでもない事を言われ、が瞬時に赤くなる。 「知盛の頭の中なんて、聞くだけ不毛だったよ。もお〜〜〜」 知盛を無視してお茶を飲むの腕を撫で上げ、その髪をさらりと手に取り口づけてみせる知盛。 「十六夜を・・・ご存知か?」 突然の問いかけに、が振り返って知盛を正面から見据える。 「なあに?いざよい・・・・・・いざなう?いざ・・・何かする?」 「クッ・・・十六の夜と書いて十六夜・・・・・・」 言葉を書き付けない現代っ子のにとって、漢字や言葉を並べられただけでは、何も思い浮かばない。 ますます首を傾げる愛しい存在を引き寄せ、唇を合わせる。 「明日の夜をそう呼ぶんだ・・・・・・」 すっかり力が抜けているは、膝立ちで知盛に身を預けて返事をする。 「うん。十五の次は十六だもんね」 「そう。明日の月は今日よりも姿を見せるのが遅い・・・十六夜の月・・・・・・」 の部屋着の背中のファスナーを下げながら、その唇を啄ばみ続ける。 「わかった。・・・待ち遠しいって意味だ・・・・・・」 知盛との言葉遊びは楽しい。学校のように、この言葉の意味はとはならない。 ひとつ、ひとつ、謎解きのように仕掛けられるそれは、の記憶に残る大切なモノに変わる。 「クッ・・・そうだ。十六夜姫・・・・・・何をためらっておいでか?」 の滑らかな背に指を這わせながら、その返事を待つ知盛。 「ためらいなんてないよ。知盛が欲しいって言ったでしょ?」 からのキスが返事だ。 「そうだったな・・・姫は話が早くていい・・・・・・」 月がためらうのならばと、そう真意を探ったのだが真っ直ぐに返される。 強い意志の光りを放つ瞳に射抜かれるのが心地よいのだ。 さあ、覚悟しろよ?待たなくていいのなら・・・答えはひとつだけだ。 十六夜の月になるまで・・・その姿を愛でさせていただく─── |
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知盛くんは、望美ちゃんに何を言われてもなんのその。まったく堪えちゃいね〜と思わせつつ。大切にしてくれるといいなぁ。 (2006.09.23サイト掲載)