スポーツの秋     (銀編)





 私の愛しいあの方は、とにかく笑顔を周囲に振りまく。
 時にそれは、私の黒い気持ちを呼び起こす。


 十六夜の君───


 初めて貴女の涼やかなお声を、姿を拝したのは十六夜の月の宴。
 もうすぐ、同じ十六夜の月が姿を見せる。
 あの時は光と共に失ってしまった。


 恐怖は束縛を生むのですよ?
 貴女はご存じない。
 この想いを気づかれ、小さな男とも思われたくはない。
 貴女を惹きつける努力を惜しまない。それだけが私に出来る事。
 貴女は・・・貴女の知らない私までをも・・・受け入れて下さるのでしょうか───







 神子様の楽しみを奪うのは申し訳ないですが、今日ばかりは私が一人ですべて整える。
 二人で用意する夕食の時間は心地よい。けれど、時間が惜しい事情がある。
 丁寧に煮た里芋や栗ご飯など、和食の夕餉を整える。
 今宵は十五夜。月見の予定なのだから。
 傍らには月見団子にススキ。そして、走り回って買い求めたウサギ饅頭。
 団子は私の手作りの定番モノを三方へ飾り付け済み。
 これは十五個を並べるだけで、神子様に食べていただくものではない。

「そろそろお帰りの時間・・・・・・」
 神子様には学校という、行かねばならぬ場所がある。
 こちらの常識を知るにつけ、なんとも二人の間を邪魔するモノばかり。
 この苛立ちをも覚られるわけにはいかない。
 毎日共にいられた、異世界を懐かしんでいるなど───


「ただいま〜!銀、今日はお休みなんだよねっ。これでも走って・・・わわわっ!」
「お帰りなさいませ、神子様。今宵は十五夜ですよ?」
 神子様はお帰りになると、真っ先にリビングに私がいるだろうと駆け込む。
 リビングに用意してあるお月見のための準備に気づかないわけが無いのだ。
「お団子だ〜!これ、食べてもいいの?」
 活発でいて素直な神子様らしい反応に、つい微笑んでしまう。
「食べられなくはないですが・・・それは飾りと思って作りましたので」
「な〜んだ。でも、お月見の時に食べてもいいんだよね。きなこでもつけたら美味しいよ」
 諦めきれないご様子がより一層愛おしく、神子様が食べるべきモノを取り出した。

「神子様。神子様にはこちらをご用意いたしましたので。先に召し上がりますか?」
 これぞこの世界だからこその一品なのだろう。
 月見だというのに団子ではなく、ウサギの形をした饅頭である。
 それは実際に雫形をしたものもあれば、丸いものに焼印で顔をつけたものまで様々。
 そう。様々なウサギ饅頭を評判の店を巡りに巡って買ってきたのだ。
「・・・銀?これはちょっと・・・多いね?あははは!銀らし〜」
 皿に並べておいたウサギ饅頭を喜んでいただけたようだ。
 密かに胸を撫で下ろしながら、テーブルへ皿を置いた。
「今、お飲み物をご用意・・・・・・」
「後にする!ご飯は食べないで、おかずも少しで・・・お月見しよう?着替えてくる」
 これも計算通りの流れ。神子様はやたらと食べ物の量を気になさる。



 以前、神子様の大変お気に召した菓子があった時だ。
「今度はもっとたくさん買って参りますね」
「ダメっ。今度はひとつでいいんだよ。だって・・・あると食べちゃうもん。太っちゃう」
 そのケーキと呼ばれる菓子は限定で、神子様が買いに行く頃には無いとおっしゃっていた。
 朝も早くから並んで二つほど買い求めたのだ。
 丸いケーキを切り分け、神子様の皿へ追加とばかりに置いた途端にお叱りを受けてしまった。
「・・・神子様はほっそりと、手足もすんなり伸びていらっしゃいますよ?」
「ダメなの。銀に抱っこしてもらえなくなるもん。ソファーで寝ちゃって運んでもらうのがいいの」
 ああ、それで。神子様はすぐに寝てしまうのにソファーで読書をなさる。
 風邪をひいてはと、ベッドへ運ぶ時に嬉しそうに頬を緩ませるのは知っていた。
 転寝なのだから、起こせば起きなくもない浅い眠りが心地よいのだろうと思っていたけれど。
「大丈夫ですよ。私が腕を鍛えれば済むことでございましょう?」
「そうじゃないの!銀の隣でお似合い〜ってなってなきゃ嫌なの。銀は・・・ガンガン鍛えそうだもん。
お相撲さんだって持ち上げられるよ、きっと。そんなのはダメなのっ」
 なかなかによく私をご存知でいらっしゃる。
 どの様な神子様でも、私の神子様だ。
 たとえあの力士と呼ばれる体格になられてしまっても、持ち上げる自信はあるし、持ち上げたい。
「神子様は神子様です。それは変わりないことかと・・・・・・」
「嫌。そんな私になったら、引き篭もって出てこないよ」
 そうまで言われては、神子様の体調管理のお手伝いをしないわけが無く。今日に至る。





 回想しつつ、食事の用意を整えつつ。
 密かに明日の弁当になるであろう本日の夕餉の一部を除けつつ。
 楽しい夕餉のひとときを過ごし、リビングにてお月見のためのお茶を用意した。
「わ〜!お月見に日本茶ってイイね?この濃いグリーンが・・・・・・」
 カーテンと窓を開け放ち、ソファーではなくラグに座ると夜空が見える。
 神子様の向かいに腰を下ろせば、にこりと柔らかな微笑みを見せて下さった。
「あのね〜?このウサギ、二匹ずつ買ったでしょ?」
「・・・はい。すべてどの店のものか覚えております」

 神子様のためならば、ひとつでもよかったのだ。
 ただ、最初の店にあったウサギ饅頭が紅白の二個セットだった。
 二匹を番に見立てたのかと思ったら、その後も二個ずつ買ってしまった。

「あはは!お店はね、いいの。銀の事だから、すっごく調べて美味しいお店を選んで買ってきてくれたと
思うし。あのね、必ず一匹ずつ食べよう?どっちか一匹だけ残ったら可哀想だから。銀が食べるペースに
合わせるし・・・・・・ね?」
 これは・・・神子様にしてやられてしまった。
 私の密かな想いにお気づきなのだ。さらに、食べ過ぎないための注意でもあるのだろう。
 ウサギに見立てて数えているのがなんとも愛らしい。
 ただ・・・ウサギの数え方は、慣習的には“羽”でございますとは、細かい事なので言わないでおいた。

「それでは・・・私から・・・・・・」
 白いウサギ饅頭を手に取り、さっさと食べる。
 そうしないと神子様が食べられないと思っての配慮のつもりが───
「ああっ!そんなぁ・・・すぐに齧っちゃった。可愛いのにぃ・・・・・・銀ったら」
 桃色のウサギを手に取った神子様は、その顔を眺めながら項垂れておいでだ。
「・・・食べちゃいます!」
 決心して食べる神子様を見て、胸の奥がチクリと痛んだ。
 食べ物でも何でも、神子様にとっては慈しみの対象なのだと思い知らされた。
 それでも明日の計画は実行に移さなければならない。私の、この・・・黒い気持ちを祓うために。







 まだ日も昇らぬうちに弁当を整え、神子様を無理矢理に起こし駅へ向かう。
 新幹線に乗ってしまえば、後は到着を待つだけだ。
 この日の為にグリーン車というものにしておいたのだ。このような時間に乗り込む者は殆どいない。
「・・・んっ・・・・・・あれ?ここって・・・・・・」
 ようやくお目覚めの神子様の瞳が私を見つめている。
「新幹線の中でございますよ。朝ご飯は・・・お弁当を用意してあります。召し上がりますか?」
「ん。・・・どこへ行くの?」
 神子様の前に、昨日の栗ご飯を詰め込んだ豪華幕の内を広げる。
「わわっ!いつのまにこんな・・・・・・」
 誤魔化すまでも無く、食べ物に夢中の神子様の様子を眺めながら、目的地である京都までの時間を過ごした。



「京都・・・・・・どうしたの?突然」
「紅葉には少し早いのですが・・・神子様とこの地を訪れたかったのです」
 十六夜の月が眺められる今夜、京都にいる必要があるのだ。
「ふうん?行き先とか決まってるの?」
「ええ。東福寺が紅葉の名所らしいのです」
 そう、まだすべてを言うわけにはいかない。だからこそ、あの場所を避ける必要がある。
「京都観光かぁ〜。中学校の修学旅行の時以来だよ〜。楽しみ!」
 私の思惑にお気づきでない神子様には申し訳なくも、洛中を離れて東福寺からは伏見へとお連れした。





「銀〜。いつ帰るの?」
 観光客で混んでいる道を歩きながら私を見上げる神子様の視線を感じる。
「そろそろ・・・市内へ戻りましょうか」
 京都駅の地下に到着し、そのまま思いつきのようにカフェへ誘う。

「銀・・・変だよ?何か・・・・・・」
「神子様。本日は・・・こちらへ泊まりましょう。せっかく京都まで来たのですから」
 最初から日帰りなど予定していないのに、さも日帰りを止めたようなもの言いをする私の口。
 誠実を装う私にとって、嘘を吐くことに罪の意識はない。
「服・・・買いに行かなきゃだね」
「はい。この辺りで早めにそろえないと・・・宿も手配いたしますね」
 百貨店内のよくある量販店の店で手早く服をそろえて宿を目指す。
 その宿は、かつて一門が住まっていた土地に近い東山七条にあるホテル。
 六波羅の地が見える部屋を指定してあった。





「ここ知ってる〜。三十三間堂だよね。明日・・・行こうね?」
 私を疑う様子もなく、チェックインしたホテルの近くの寺院の別名を仰る。
 その名を正しくは蓮華王院といい、後白河法皇に父上が献上したものだ。
 もっとも、こちらの清盛は私とは関係のない人物なのだが。
 歴史が重なっている部分もあるのだから混乱する。だからこそ、それを利用しているのだ。
「そうでございますね。部屋へ・・・参りましょう」
 案内されながら部屋へ入ると、予想通りの光景がカーテンの向こうにあった。

(ここだ・・・ここからやり直さねば・・・・・・)
 この通りには叔父上の邸があった。門脇殿と呼ばれたのは、門の脇に邸を構えていたからだ。
 それぐらい広い敷地内に一門の邸が密集していた。遠い・・・栄華を誇った日々。

「神子様・・・こちらからの風景が・・・・・・」
「うん。博物館も見えるし。あの通りのカフェにも行ってみたいよね〜」
 タクシーの窓から見えた通り沿いの店々に感嘆の声を上げていらっしゃったのだ。
 明日はその願いを叶えますから・・・今宵は私の願いを───


「銀。私は消えないよ?ここに来て確認しなくても、消えないから」


 思わず、隣で窓の外を眺めるその姿を凝視してしまった。
「うふふ。ここに来た時に気づいてたよ?私だって異世界の京にいたんだから、土地勘あるし。それに、十五の
次は十六だもんね?十六夜の月、ここから一緒に見よう?方角・・・こっちでいいのかわかんないケド」
 私の腕をとってそう告げる姿は、まさしく凛々しく揺ぎ無い龍神の神子様そのものだ。

「それとね?そろそろ神子様も卒業してね?だって・・・ここで私の名前、銀に教えたよ?」
 何もかもお見通しなのは、神子様だからだろうか?

「でもぉ〜。私は普段は銀って呼ぶからね。夜半は・・・違うけどねっ!」
 軽く私の頬へ口づけてから、背中に抱きつかれ。

「神子様・・・私は・・・・・・」
「うん。いいよ?あの時の続きからしよう?お風呂の準備してくるね!ここ、広そうだから、一緒に入れるよ」





 愛らしい後姿を眺めながら、魅入られたのは私の方だったのだとようやく覚る。
 今宵は十六夜の月。
 月が沈んでも、貴女を離しはいたしません。お覚悟はよろしいですね?







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銀くんはですね、初の出会いはブラックモード、記憶がない時はホワイトモードで、どちらの自分が?と思ってるかな〜と。     (2006.09.24サイト掲載)




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