読書の秋 (景時編) 「梶原君。すまんが、来週、技術研究所の方へ出張を・・・・・・」 はい、はい。お出かけね〜。週末じゃなければいいんだ。 ちゃんが一日中一緒という貴重な週末の時間さえ邪魔されなければ。 返事をしながらデスクの卓上カレンダーに目をやると、明日は仲秋の名月。 出張よりも、明日も早く帰るための算段を整えた。 少しばかりの情報を集めながら─── 食べ物、それも菓子類ともなれば会社の女性陣を頼るのが一番。 仕事も定時で終わらせ、お勧めのお店に寄り道をしてから急いで帰る。 お土産を内緒にしたいのと、遅くなって君に心配をかけたくないから。 「たっだいま〜!ちゃん、あのさ・・・・・・」 靴なんてどうでもよくて脱ぎ捨てると、台所へ駆け込む。 「おかえりなさ〜い。お疲れ様でした」 食事の支度の手を止めて、オレの方を振り返ってくれるのが嬉しい。 すべてが嬉しい週末なんだ。・・・・・・おおっ!? 「あっ、あれは・・・・・・」 「えへへ〜。今朝ね、ママに十五夜って言われたの。だから、学校の帰りに公園によってちょっとだけ」 指でちょっとだけをする君が可愛い。 そして、問題のブツはリビングのテーブルにあるススキと─── 「熊野の帰り道にお月見しましたよね〜。だから、お団子も買ってきたんですよ?」 月見といえば王道の月見団子が!!! 「カゴ付で十五粒でね、たくさんの種類の味があるんだって!ね?可愛いですよね!!!」 確かに小さい。一粒が十円玉程度だ。 「う、うん。そっか、知ってたのかぁ・・・・・・」 「えっと・・・嫌でした?あ・・・・・・」 オレの手にある包みに気づいてしまったらしい。 「景時さんもお団子買ってきてくれたの?」 「そうだけど・・・種類は違う。その・・・お土産です」 後から渡すのがなんともマヌケだけれど仕方ない。 キッチンから見えてしまった物は見えちゃったんだから。 「わ〜!開けてもいいですか?」 「どうぞ、どうぞ。ちゃんに驚いてもらおうと思ったんだけど、お月見知ってたのかぁ」 軽くウインクしながら、包みを開ける君の反応を待つ。 月見に関してはバレちゃってたけどさ。 「うわ〜〜〜!うさぎさんだ!可愛い〜。お饅頭?え〜っと・・・箱になるの?」 せっせと中身を出して箱を組み立て始めるのが、喜んでる証拠。 オレもね、買いに行ってから知ったんだけどね。 「お月見!お月見のアレになった!!!」 「そ!三方っていうんだ」 団子をのせる容器というか、膳の名前。 「三方って言うんですね〜?こっちの方が本格的・・・・・・でも、可愛くてもったいない!」 ウサギ饅頭を三方に並べながら考え込むちゃんはかなり真剣。 「食べないと・・・硬くなっちゃうよ?明日もお月見すればいいよね」 「あ、そっか。じゃ・・・明日に取っておきましょうね?こっちは包装されてるから」 ウサギは食べられないらしい。 けれど、飾られているソレは明日の予約も兼ねている。 「十六夜の月もまた一興ってね。着替えてくるね」 「は〜い。今日は秋の定番ですからね!」 その晩の夕食は、まさに定番の秋刀魚だった。 「ここ!ここに座って眺めましょ」 ベランダは広くないので、室内で窓を開け放って窓辺に座り込む。 並んで座るのも悪くはないんだけどね。このクッションの位置は却下! 「ちゃん。こっち。こちらへどうぞ!」 オレの足の間へ誘い込んだのは、温もりの共有を狙ってのことで。 「えっと・・・あのぅ・・・パパにこれもらってきたから・・・・・・」 そういってちゃんが手に持ってきたお盆の上にあるのはお酒。 「あらら。そんなに気を使わせちゃったか」 「ちっ、違うの!・・・お隣でお酌して・・・寛いでもらおうって」 ちゃんなりに考えがあったらしい。 「嬉しいな〜。じゃ、お願い・・・・・・」 手に取った盃は見事に無視され、ちゃんはオレの前に座ってくれた。 「・・・前だとなくなったの見えないから、アピールして下さいね?」 「あはは!大丈夫。そんなにゴクゴク飲むものじゃないよ」 月見のはずが、月よりも君がお団子を食べながら月を見上げる様子を見てばかりいた。 翌日は真面目にも図書館デート。 「景時さぁ〜ん。せっかくのお天気だよ?遊びに・・・・・・」 「だ〜め。ちゃんは宿題あるでしょ?オレは調べたい事があるし。ね?これぞ一石二鳥!」 いつもオレを気遣って、必死に日曜日の晩に宿題をしていたのを知ってるんだ。 君を送った後に、帰ったフリをして将臣君の部屋にお邪魔して、窓を眺めていたから。 この世界でのオレの実家だったりする有川家。 オレの部屋も残してくれているんだけど、そこからじゃ見えないからね。 いつまでも消えない君の部屋の明かりが心配で、寝ないでゲームをしている将臣君に聞いた。 「日曜日ってさ・・・いつもこんなに遅くまで起きてた?」 「さあな。そんなに遅いことばかりじゃねぇと思うけど。時々、金曜日に激しい宿題が出るからな」 出るからなって・・・・・・。 「将臣君はしないの?宿題」 「は?宿題なんてさ、生徒に覚えさせるためのもんだろ。いいんだ、俺は覚えてるからしなくても」 そういう事ね。将臣君は、かなり大局で物事を見ている。 よって、目先の宿題などはしなくても平気なのだろう。 だけど・・・ちゃんにはそれは出来ないだろうな・・・・・・真面目すぎるっていうか。 「あのさ・・じゃあ・・・たくさん宿題が出た時はオレにメールしてくれる?無理させたくないんだ」 「・・・あっそ。じゃあ交換条件。時々こっちへメシ食いに帰って来いよ。親父も酒飲む相手がいないと ウルセ〜んだ。面倒」 夢中でテレビの画面を見ている将臣君は、一度もこっちを見てくけないけど。 何となく兄貴分な彼らしさが、じんわりくる。 「もちろん!ただし、平日ね。週末はダメ〜〜〜」 軽く請け負うと、ちゃんの部屋の明かりが消えたのを確認して、静かに自分の部屋へ戻った。 「どぉ〜して景時さんが宿題あるの知ってるの?」 「へ?学校って、宿題とか課題がバンバンでるとこじゃないの?そういうもんだと思ってた」 いかにも出ない方が意外だという演技をしてみた。 「・・・お天気いいのに?」 「ごめんね〜。オレさ、来週出張なんだ。事前にレポート準備しなくちゃでさ」 ちゃんの目が見開かれる。 「会社って、そんなのするの?」 「さあ・・・他は知らないけど。オレの仕事ではするよ。新しい技術は開発と確認の繰り返しだし」 何とか納得してもらったようだ。 「じゃあ、お家経由でいいですか?学校の鞄、あっちなの」 「もちろん!午後は公園デートしようね」 そういって図書館へ行き、程よく調べモノをしながらちゃんの宿題の進み具合を横目で確認。 頃合かな〜ってところでお昼の提案をした。 「そろそろお腹空かない?」 「空いたっ。あっ!景時さんは終わったの?」 ノートに突っ伏していたちゃんが起き上がる。もう限界だね〜。頑張ってたしね! 「ん〜、この本を借りていこうかなってね」 まったく仕事に関係ない本なんだけど、気になっちゃって。 「・・・私もお料理の本、借りてく〜〜〜」 それこそ宿題に関係ない本を手に取るちゃん。 一緒に借りたという事は! 「一緒に本を返しに来ないとね?」 「うん。図書館デートも楽しいってわかったから!」 何が楽しかったのか、ちゃんの機嫌がイイ。 「よかった。それじゃあね、近くに美味しいお店があるって聞いたんだ。行ってみよう!」 「誰に?」 おやや?明らかに不審の目だね。 「将臣君のお母さんに。図書館の場所を聞いた時に、近所の美味しい焼きたてパン屋さんとうどん屋さんを」 「あっ、そっか!趣味の講座で来てるから」 なにやら誤解が生じそうだったけど、大丈夫だったみたい。 うどんっていうのが渋くて嫌がられるかな〜と思ったんだけど。 「何でもね、京風なんだって。珍しいでしょ?」 「楽しみ!」 仲良く手を繋いで、うどん屋さんへ。お昼は普通にうどん。 ついでにパン屋さんへも寄り道をし、焼き立ての食パンも購入。これは明日の朝ご飯用。 「公園でデートって、何するんですか?」 「座ってぼ〜っとする。まだ紅葉には早いけど、気持ちいいでしょ」 若い子には退屈かな〜?オレってオジサンくさいのかな? ちゃんと二人だけでのんびりしたいっていうのは─── 「コンビニ!コンビニでお茶とお菓子を買ってから!!!」 突然ちゃんが張り切りだしたぞ〜。何だ? よくわからないけれど、手を引かれるままにコンビニ経由で公園へたどり着いた。 空いているベンチをようやく見つけ、二人で並んで座る。 意外な事に、昼間の公園は混んでいたりする。 「景時さん!私ね、ここで本を読もうかな〜って。夕飯に食べたいものがあったら・・・・・・」 食べたいものという質問はかなり危険である。 言ったら怒られるから、言ったことはないんだけど。 一応オトコの願望としては、“食べたいモノ”を聞かれたら答えはひとつなんじゃないのかなぁ。 不埒な事を考えながら、夕飯のメニューについては適当に誤魔化した。 オレもつられて本を読み始めると、あっという間に陽は傾き、風が冷たくなってきた。 「ちゃん?」 つい夢中になってしまい、ちゃんが転寝しているのに気づかなかった。 肩に預けられた体重が心地よくてわからないなんてなぁ。頼りないこと、この上ない。 「風邪ひくよ?」 頬に触れると、目蓋がゆっくり開かれる。 「・・・・・・あれ?寝ちゃってた・・・景時さん!夕飯ねシチューは?涼しくなってきたし」 「いいね!買い物して帰ろうか」 シチューなら、二人で台所だ。 何から何まで一緒に出来るメニューは好きだったりする。 「お月見のウサギ、まだ大丈夫ですよね?」 「あはは。お早めにってあるけど、一日や二日は大丈夫」 シチューだけど、デザートはウサギ。 この何でもアリなところが、また楽しい。 今日のお月見は、昨日のススキでミミズクでも作ろうかな。 そうすれば・・・また君の驚いた顔と笑顔が見られそうだ。 今夜は、月見に読書に・・・・・・まだまだする事があるからね?ちゃん! |
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景時くんだと健全かな〜。二人で並んで読書なイメージだけが先に思い浮かんだので、こんな感じ。 (2006.09.23サイト掲載)