聖誕祭の準備 「ちゃん!昼に帰って来るから、デートしようね」 朝、突然何を言い出すのかと思えば、予定を告げると、鼻歌まじりに出勤されてしまった。 「・・・いつでも言えるのに、今なの?」 取り残される格好になってしまった。 思わず首を傾げると、倣う様にモモもの肩の上で首を傾げる。 何れにしても、今日も無事に送り出せた。 「うふふ。奥さんっぽ〜いよね?いってらっしゃいって旦那さまを見送るのって」 ちょんとモモの頭を撫でると頷いてくれる。 「デートってことは、お家でお昼を食べてからだよね。着物、決めておかなきゃ」 何も今から悩む必要もないのだが、慌てるのは嫌だ。 それに、せっかく景時が誘ってくれたのだから、どこか行き先が決まっていると思う。 「・・・どこだと思う?紅葉には遅すぎだよね?」 今年は景時の仕事が立て込んでいたため、遠出の紅葉狩りは出来なかった。 庭先でのおやつとお茶で、お手軽に済ませたのだが、そんな寛ぎデートも楽しいし、外出に拘って いない。 いないつもりだが、“デート”という単語を景時が使う時は外出になる。 最初に将臣から教えてもらった内容が、恋人同士で出かける、外での逢引きとかなんとか。 間違ってはいないが、もっと近所を歩くのもデートの定義にいれていい気がしないでもない。 がモモを手のひらへのせると、モモが口を両前足で隠して見せてから飛び立った。 「・・・知ってるのね、モモは。どうりでチョビも景時さんの懐の中だったよ」 出かけると聞けば好奇心旺盛な式神の事。 ひょいと景時の頭の上にでも乗りそうなもの。 それが、ちゃっかり景時の懐に納まったままで大人しく見送られていたのだから、あやしむべきだ ったのだ。 「もう!また二匹で変な演技して景時さんに見せてなかったでしょうね!!!」 既に木の上にいるモモに小言を言うが、どこ吹く風。 モモはひらりと屋根の方へと飛んでみせる。 「うぅ。無視されてるよ。・・・景時さんが帰ってくればわかるからいいもん」 もともと切り替えが早いのが。 再び着物をどれにするかに思考をとられ、こちらも鼻歌まじりで台所へ戻った。 景時が帰って来ると、すぐに昼食。 だが、あまり焦っている様子はなく普段通り。 「市が立つ日だったよね〜。買い物に行こう!色々買わないといけないから」 「???年越しの準備なら、ちゃんと・・・・・・」 景時の母や朔に教わりながら、掃除に始まり、徐々に年越しの準備を始めている。 「あ、そうだね。そっちはオレ、何もしなくていいんだ。九郎が年明けに鎌倉に行くから、留守番。 こっちで頼朝様の代理で年末や新年の行事に参加するんだって。だから、ず〜っと留守番」 年越しについてはまったく気にしていなかったらしく、即座に軽い返答をされる。 「えっと・・・景時さんがいてくれるのは嬉しいんですけど・・・・・・おつかい、ないですよ?」 入用な物は商人が届けてくれたし、あとがすべき最重要課題は、景時の新年用の直垂を仕立 てるくらい。 「うん。全部お任せでごめんね〜?そっちの用意は心配していないし、それとは関係ない買い物で デート」 「な〜んだ。お買い物ふらふらデートですね!」 の疑問は上手く流され、二人で買い物らしきデートに出かけるという結論だけが残る。 「そ!手を繋いでデート」 「わ〜〜〜、楽しみ」 何も知らないのはだけ。 景時に与えられた役割は、を邸から連れ出し、必要な物を買いそろえて戻ること。 (騙してるみたいだけど・・・喜んで欲しいんだ) せっかく仕入れた新しい情報。 どうにかして実現したかった。 「よしっ!お日様があるうちじゃないと寒くなっちゃうからね。行こうか」 「はい!」 いつもなら肩にのってついてくる式神たちも、今日ばかりはいなかった。 「何がいいかな〜。可愛いのがいいよね〜」 景時が眺めているのは小物。 正真正銘、リーズナブルな小物で、高級品ではない。 「朔に?」 「違うよ〜。でもさ、こういう明るい色が沢山だと可愛いよね〜」 「可愛いですけど・・・・・・」 ここでに買おうとしているのか尋ねられるほど図々しくは無い。 少し変化をつけて朔にと尋ねたが、それも違うらしい。 たしかに小物がたくさん並んでいるのは可愛いが、この辺りに並ぶ物は、どちらかといえば、も う少し幼い年齢の女の子に似合いそうだ。 それなのに─── 「この辺りにあるの、全部くれるかな?出来れば・・・帰りにまとめて取りに来るから、預かって いてもらえる?」 何人分だという量をまとめ買いしていた。 「景時さん?」 「あ、ごめん、ごめん。ちゃんには違うものを一緒に選んで欲しくて。でも、これも買わない といけないからさ」 「あ!だから、買い物だったんですね?」 用事があっての買い物。そして、と何かを選びたい。 デートの方がついでだったらしい。 (なんだ。ふらふらデートかと思っちゃった。何かあるんだ〜) 景時が意味無く買い込むとは思えない。次にまとめ買いしたのは、おもちゃの類。 (もしかして・・・・・・) 梶原邸の庭には、近所の子供たちが遊びにくる。 白龍と遊んでくれるのもそうだが、おやつを食べにも。 おかげでは家にいても寂しくない。 覚えなくてはならないことがたくさんあるし、何より、子供たちが元気いっぱいで遊びにくると おやつ作りという嬉しい仕事が増える。 「何だかわかっちゃいました。お買い物」 「そ、そう〜?そうだよな〜、いかにもだもんな〜。でもさ、何かしたくて」 「うふふ。いいと思います。きっと、明日も来てくれるもの。寒いのに、子供たちは元気なの」 にはバレてしまったらしいが、肝心のところはバレていない。 (ただ配るんじゃないんだな〜) 将臣が九郎を訪ねて来た時にふともらした言葉。 『マジでホワイトクリスマスになりそうだな〜。寒すぎだぜ』 窓から曇り空を見上げ、景時の知らない何かについて呟いたのを聞き逃しはしない。 その後、“クリスマス”というものについて教えてもらい、そのまま譲を巻き込み、朔に話をし と、段取りよく準備を進めてきた。 「君が楽しいならいいんだ。毎日一緒にいられなくて、ごめんね?」 「景時さんは仕事をしてるんだから。毎朝、いってらっしゃいって言えて、毎晩、おかえりなさい を言えるのが嬉しいからいいの」 仕事もしないで一緒にいて欲しいわけじゃない。 たちの世界なら、夫婦がそれぞれ仕事を持っていてすれ違いもありえる。 景時に養ってもらえるからの今であり、その立場がの気分を落ち着かせてくれる。 「景時さんのお嫁さんだもの!」 「違う、違う。オレのすっごく可愛くて、しっかり者の嫁さん。そこ重要!」 「長すぎです、そんなの」 朔のようにすばらしいツッコミをしたいが、にはこれで精一杯。 「だってさ、間違ってるのは訂正しないと。オレの中では、嫁さんだけじゃないんだ」 「もう!景時さんは、私のコト良く言い過ぎです」 「いいの、いいの。あっ!それでさ、皆に贈り物・・・プレゼントっていうんだっけ。一緒に何か 決めようよ。今日の夕餉に誘っておいたから、その時にあげたいな〜って。どうかな?」 と決めたかったのだが、あまりに早いとクリスマスの事がバレてしまう。 だったら当日、適当に理由をつけて外出すればいいという弁慶の助言に従い、それとなく言い出 してみる。 「わぁ!そうですね。そうだ〜。それ、とってもいいです」 こちらの世界へ飛ばされて以来、何かと世話になった仲間たちへの贈り物。 それを、景時と二人で決めて贈れる。 「私も何かしたいな〜って思っていたんですけど、みんな忙しそうだし」 「あはは。一日くらい大丈夫だよ。さすがに晦日は無理だけどね〜。九郎なんて、今から心配して るんだから。歌なんて、なんだっていいのにね。気分で詠んでおけば」 相変わらずの九郎。 こればかりは修行でどうなるものでもないらしい。 韻を踏むのが王道だが、意味も重要なところ。 裏の意味までこめられれば上級者なのだが。 「あ〜、そういうイベント系があるんですね〜」 「あるんだな〜、これが。将臣君は上手いよね〜、ほどよく真似て詠んじゃう」 古い歌の触り程度は盗作にならない。 覚えているものでの組み合わせでありながら、さらりと返歌が出来るのは大したもの。 「昔からちゃっかりさんでしたからね〜。だけど、イタズラした時は叱られてくれるの。内緒で花 火大会に子供三人だけで行ったのがバレちゃった時とか」 「そうだね。彼は・・・そういう所があるよね」 の幼馴染二人は、景時にとっても大切な友人。 本当に頼りにしている。 『あ〜ん?クリスマスをしたいって?景時がコスプレしてに何か贈ればいいじゃん』 『兄さん!そういう事を言ってるんじゃないってわかってるんだろう?』 『もみの木は敦盛に用意させる。ケーキと料理は譲と朔。残りは飾り付けと。あとはアイツに』 振り返るとヒノエが立っている。 『姫君への贈り物なら、何でも手に入れてくるぜ?ご要望は?』 (君への贈り物は用意してあるし) 将臣いわく、ベタらしいのだが、にとっては初めてだろうと言っていた。 (楽しいのが好きだろうし・・・・・・) 説明を受けたクリスマスは二種類。 二人きりでか、仲間でわいわいか。 この選択は景時に一任されてしまったが、これは大勢の方がいい。 「景時さん!白龍はこれがいいかなって」 が指差す先は、子供が食べる駄菓子の類。 「そうだね〜。日持ちもするし、種類もあるし、喜ぶね」 「でしょう?何がいいかな〜」 あれもこれもと悩んでいる背中を眺めるのは楽しい。 (やっぱり皆でがいいよな。うん) 弁慶には薬を分けて入れておける小さな入れ物を数種類だったりと、各自に相応しい贈り物を 次々と決めてゆく。 「たくさんお買い物しちゃいましたね」 「そう?荷物持ちに国房が来てくれたから、ほとんど手ぶらだよ」 事前に頼んでいた刻限に家の者が買った荷物を受け取りに来てくれた。 おかげでと手を繋いだままで歩いている。 「手に持っていないだけで、たくさん買いました〜!みんな喜んでくれるといいですね!」 「大丈夫。君が選んでくれたんだから、間違いないって」 実際、は仲間たちのことをよく観察しているなと感心させられる。 「それで〜だ。デートにお茶はつきもの。神泉苑に寄り道しよう。そこで何か買ってさ」 温かそうな店先に並べられたいるのは、出来たてのお饅頭。 「わ〜。そうですね。ちょっとだけ・・・陽が落ちちゃう前に帰らないと、朔が心配するから」 「御意〜〜〜。行こう」 ほんの少しでいい。二人きりの時間を引き延ばしたくて口にした提案。 チョビとモモが呼びに来るまで、水面を眺めながら過ごした。 「これって・・・・・・」 庭にあるのはより大きなもみの木。 飾り付けが微妙に和風なのはご愛嬌。 折り鶴がぶら下がっていたりするのは、それはそれで彩り鮮やか。 思わず口を開けたままで、てっぺんの星を見上げてしまう。 「クリスマス・・・をしたくってさ。その・・・サンタはオレ?」 頬を指で掻きながら空を見上げれば、宵と共に星が瞬き始めている。 もみの木のてっぺんより、さらに遠くに輝く星。 手が届かないと思っていた存在が傍にいることを確かめたい。 を包み込むように抱きしめると、景時の腕に手が添えられた。 「すごいです、景時さん。私、忘れてました」 「ちょ〜っと違ってるかもしれないけれど、趣旨はあってるよね?」 「プレゼントがたくさんで、ご馳走で、みんな笑顔で。すっごくあってます」 景時はこうして気遣ってくれるが、言い出せなかったとか、そのような事は全くない。 クリスマスなど思い出す暇もないくらい、日々楽しかっただけ。 「私ね、毎日楽しくて、覚える事がたくさんで忙しくって。だから、クリスマスなんて忘れてい たっていうか。今日が二十四日だってわかってるのに、思い出しもしなかったんです。忙しいっ ていうのも、辛いとかそういう忙しいじゃないですからね?今ね、景時さんの着物を仕立ててる の。まだ下手だから時間がすっごくかかっちゃって。だけど、縫い終わったところを広げる度に 嬉しくて。・・・モモがまた先に伝えちゃってると思うんですケド」 気のいい式神たちは、頼まれなくてもそれぞれが何をしているのか伝えてくれる。 がここ数日は針仕事にかかりきりだったのなど、とっくに知られているだろう。 「う・・・ん。新年のだろうな〜とか・・・わかっちゃってた。でもさ、今時、本当に奥さんが 仕立ててくれるの珍しいっていうか。ほら、政子様を見てれば・・・さ」 とてもじゃないが、彼の人物が頼朝のためにせっせと針仕事をするとは思えず。 いかにも正室は用意の命令だけすればいいという威圧感すら感じる。 「いいの!梶原家は妻が夫のために準備するの。そういうのを続けたいんです」 「うん。働き者の嫁さんで。それで・・・ちょっと早いけど」 の指に光る石のついた指輪をはめた。 「そのぅ・・・金剛石・・・じゃなかった。ダイヤモンドっていうんだよね?」 「こ、これ・・・・・・」 「来年もクリスマスをしようねっと!!!」 勢いをつけてを横抱きに抱きあげる。 「サンタさんは、ご褒美もらえる?例えば・・・一緒にお風呂とか」 「もちろん、いいですよ。温泉の用意、してあるもの。寒い時は二人で入ろうって」 「約束。・・・ご馳走とケーキが待ってるから行こう」 ちゃっかりの唇を頂くと、迎えに来たチョビとモモが肩に乗るのを待ってから歩き出す。 「チョビとモモは知ってたの?」 景時の肩へ手を伸ばせば、二匹が頷く。 「私にだけ内緒?」 「叱らないでやってね。おやつで買収したのオレだから。指輪を選んでいるトコロを見つかっち ゃってさ。慌てて頼みこんだんだ」 景時の式神なのだから命令すればいいものを、お願いしたらしい。 「モモちゃんたら。着物のこと、言っちゃったでしょ〜」 「それも叱らないでやって。君の指を夜中に測っていた時に、指先が・・・さ。で、モモに質問 したんだ」 確かに指輪というものはサイズが必要。 が寝ている時に、糸でも使って指回りを測ったのだろう。 指先の小さな怪我に気づくほど慎重に、丁寧に。 「怒ってないですよ。私が景時さんを驚かせるには、どうすればいいかな〜って思っただけです」 「ええっ!?そ、そんな〜〜〜」 とてつもなく情けない景時の声が庭先に響くクリスマス・イヴ。 サンタにはご褒美があったのか、なかったのか。 知っているのはだけの聖なる夜。 梶原邸は暖かな明かりと笑い声に溢れていた。 Happy Christmas! |
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イベントの存在を知ったらしたい男・景時。幼馴染二人は、こういう時には友情厚く真面目に手伝ってくれそうです。 (2009.12.27サイト掲載)