しっぽはしっぽ





「譲君・・・ちょっと」
 柱の陰からこそこそと手招きをする声の方へ振り返る。
 何のことはない。景時だ。
 声だけでもわかる。が───

(この感じは・・・先輩絡みか・・・・・・)
 汗を拭うと、人差し指で景時の執務室の方角を指差す。
 意味が通じたのか、柱の陰の人物は大きく頷き姿を消した。



 異世界よりこちらの世界へ飛ばされ、気のいい邸の主の許可を後に取り付けて
居候の身分となった譲。
 いくら主の妹が許可をしたからといって、そう簡単に源氏の奉行職格の武家の邸に
おいてもらえるものかと訝しんでいたが、今ならそれも納得だ。

(表の主が景時さんで、裏の主が朔殿だもんな)
 梶原邸で暮らしてみると、いかに景時がとぼけているのかがわかる。
 そして、本当はとても頼られていて、世話好きである事も。

 弓の弦を緩めると、所定の場所へと立てかけた。
 午前中は必ず守護邸で弓の稽古をしている譲。
 その終わりの頃合を見計らって声をかけてくるのが、いかにも景時らしく、今まで
待っていたのだとわかる。
 井戸で水を汲み、顔を洗い、軽く頭を振るって眼鏡をかけ直す。

(今度は・・・何だろうな。先輩も景時さんも、サプライズ好きっていうか)
 景時とは互いに相手を喜ばせたくて、こっそり行動する傾向にある。
 どちらの場合も相談役は八葉の誰かになるのだが、景時の場合は、の“言葉”と、
それに関する“詳細”を必要とするため、譲か将臣に助けを求めてくる事が多い。

(まあ・・・代用できるものさえ見つかるなら、問題はないけれど)
 景時の執務室の前に立ち、入室の許可を小声で確認する。
 すぐに部屋の主の気配がし、静かに中へ引き入れられた。


「いつもごめんね〜?あの・・・ちょっと相談にのって欲しいんだ」
「今度は何て言ったんですか?先輩は」
 相談どうこうなどの前置きは無意味だ。
 譲は二人のためなら、どんなことでも協力すると決めているのだから。
 気配り過ぎの兄貴分が言い出しやすいよう、朔直伝ではないが、まずは核心を突く。

「うわっ!ど〜してちゃんってわかっちゃったのかな〜。あは、あはは・・・・・・」
 思い切り反り返り、慌てふためく景時を見るにつけ、将臣の気持ちもわからないではない。
 かつて“無駄に可愛い”とまで陰で言われていた。
 まさに、この姿が見たくてツッコミたいやら、構いたいやらなのだろう。

「ま、何となくですけど。イベント系ですか?食べ物系ですか?」
 過去の事例から、どちらかだろうとあたりをつける。
「それが・・・違うみたいなんだ。ふかふかで、もこもこで、しっぽ。こんな感じ」
 肩にいたチョビを手のひらへのせると、譲へと差し出す。
 流れでつい受け取ってしまった譲。
 譲の手のひらで譲を見上げ、くるくると瞳を動かしては、後ろ足二本だけで立ち上がったり、
愛嬌を振りまきまくりのチョビ。

「こんな感じのマスコット・・・じゃないですよね?」
「うんとね、首にくるって巻くと暖かくて・・・もこもこ、ふこふこで、ふぁ〜〜〜?」
 チョビの首根っこをつまみ上げ、再び肩へ乗せる景時。
 チョビも景時を応援しようと、その時のの動作を真似して譲に披露している。


 知らないモノに関する知らない言葉を、一度限で覚えられるのは奇跡に近い。
 景時は常にほぼ完璧に言葉を聞き取っているが、知らないモノであるところが玉に瑕で、
抑揚などの違いが譲への伝達時に支障をきたす。
 眉間に皺をよせ、顎に手をあて考え込む譲。
「俺がその場にいたらよかったんですけど・・・・・・」
「弁慶なんだよね〜、いたの。聞いてもいいけど、覚えてるかなぁ」
 知られる人数は最小限にしたいが、弁慶ならば何かと協力してもらえる。

「景時さん。しっぽをもう少し詳しくお願いします」
「あ、そうだね。キツネのしっぽみたいので偽物でふぁ〜で、首にくるっと。風が冷たくて
首が寒いねって話からだったな。その時、ソレがあると暖かいって・・・・・・」
 最初にあった“しっぽ”が、会話のどの時点で出たのか確認したかっただけなのだが、
チョビの動作と今の言葉をつなぎ合わせると、景時が知りたいモノについてひらめいた。

「マフラーかフェイクファー付のコート・・・かな。どっちですか?」
「それ!でも、最初はその“ふぁ〜”って言ってて、しっぽ。無ければマフラーって」
 譲に尋ねたいモノさえ伝われば、話は早い。

「オレさ、きつねが出産の時とかに毛を使うじゃない?ああいう抜けたのを集めようかと
思ったんだけど・・・ダメそう?」
「ちょっと厳しいですね。俺たちがいた世界では、本物じゃない模造品を作る技術が発達
していたんですよ。実際に毛皮を使ったものもあるんですけれど、色々とありまして、
一般には出回っていないんですよね。先輩もそういうのは持ってなかったし」
 動物愛護団体や値段の話は思いっきり省略したい部分だ。
 とにかく、本物ではなくていいが、大変難しい事を解って欲しい。

「う〜ん。・・・無理かぁ。これだって思ったんだけどなぁ・・・・・・」
 眉毛が八の字になり、わかり易い落ち込みぶり。
 しかし、寒がりのの事を思えば、簡単に諦めたくはない。

「ヒノエに頼んだら、本物が手に入らないですか?キツネじゃなくても、やわらかな毛皮で
作れれば・・・同じですよね?」
「毛皮・・・しっぽじゃなくて?」
 しっぽをむしってはいけないと言われていたが、表皮ならゆるされるのだろうか?
 譲に縋るしかないが、に禁止されたモノではマズイのだ。

「ええ。マタギ・・・であってるのかな。猟師さんたちが獲物の皮で服を作っていないですか?
あれを細く長くして首に巻けば、マフラーみたいなファーというか・・・・・・」
 景時たちの時代の言葉で表現しないといけないとは思うが、譲もそうそう的確な語彙をすぐに
思いつくものでもない。
「・・・随分と北の方に詳しいんだね。確か・・・そう呼ばれる集団が山に住んでいるのは
知ってるけど・・・・・・毛皮かぁ」
 彼らは生活のために狩猟をする。
 毛皮は副産物であって、売り物用は都でもそうそう目にしない。
「このあたりで無理なら、やはりヒノエに頼んで大陸からの交易品に頼るとか。少なくとも、
遙か遠くの国では、防寒のために昔から人々の暮らしの中にあるモノなんです」
 ロシアや樺太あたりなら確実だが、ここは異世界な上に時代が違う。
 断言し切れないが、ありったけの知識を総動員するしかない。
「そうかぁ・・・とりあえず、お願いの文でも書こうかな。まずは来てもらわないと、オレじゃ
説明できないよ〜」
 思い切り首を項垂れさせながらも、右手はしっかり小筆へと伸びている景時。
 譲としてもあまり他の仲間に知られずに解決してあげたいが、こればかりは無理だ。
 その時、景時の執務室に人の気配がし、譲が一気に戸を引いた。

「うわっ!・・・と、言いたいところだけど。そろそろ気づいてくれるかなってね。俺に用事?」
 口笛を吹くと、軽い調子でヒノエが譲の肩を叩く。

「・・・いるなら居るって、さっさと声かけろよ。どこまで聞いてたんだ?」
「どこって・・・俺様をお呼びの少し前からかな?毛皮がどうたらってあたり。ちなみに、毛皮は
少しばかりニオイがね。手に入らなくもないんだけど、神子姫様には厳しくないかい?」
 さっさと景時の前に座り込み、書きかけの文を逆さから覗く。
 そのヒノエの後頭部を素早く譲が叩いた。

「あのな、先輩に贈りたいって知ってるんだから、最初から聞いてたって言え!」
「いってぇ・・・案外するどいな、譲は。二人でこそこそしてるから、後を着けてきたんだよ。
京へは着いたばかり。まだ九郎や弁慶にも挨拶してないってのに。つれないなぁ」
 片目を閉じて返されたため、そのような余分な愛想はしっかり無視し、ヒノエの頭へ手を添えると、
景時の方へ強引に向き直させた。

「うわ〜、助かっちゃったな〜。ね?譲君」
 景時はまったく気にしていない。
 それどころか得したぐらいの感覚らしい。
 譲もこれ以上の文句は言えず、そのまま本題へと入った。





「少し待っててくれるかい?ウサギの毛を織り込んだ毛織物なら持って来てるよ。ただ、毛足が
ないから、譲が言うファーではないなぁ。マフラーの方かもな。ついでに手元にある毛皮も直に
届けさせるよ。ニオイ、確認してみくれ。最高級品でも獣臭さは多少あるもんなんだぜ?」
 格子戸を上げてヒノエが口笛を吹くと、すぐにヒノエの部下が景時の執務室へと馳せ参じた。

「例の毛織物、持ってきてくれ。それと、今回手に入れたテンの毛皮」
「へい」
 そのまま部下は部屋を辞したが、ヒノエが動く気配はない。

「譲。お客さんに茶の一杯もないの?」
「お前が客だなんて、今知ったよ。待ってろ。・・・景時さんは何がいいですか?」
 友人にはぞんざいな、目上の者には礼儀正しい譲の態度が面白いが、景時は笑いを堪える。
「嬉しいな。じゃあ、今日のお勧めでお願いするよ。いつもお料理でもお茶でも最高に美味しいから」
「わかりました。少し待っててください」
 譲が部屋を出るのを確認してからヒノエが大きな溜息を吐く。

「ふ〜〜〜〜っ。譲は冷たいな。それにしても、色々詳しいもんだ。なぁ?軍奉行さん」
「またまた〜。ホントは嬉しいくせに。ヒノエ君と同じ年頃で対等に話せるなんて、貴重でしょ。
後は敦盛君ぐらいじゃない?ヒノエ君と対等な友だちって。熊野ではどうか知らないけどね〜。
それよりも!出来るだけ内緒にしてくれないかな?ちゃんを驚かせたいんだ」
 手を合わせて頼み込む。
 どこからか先に知られると、は不要だと言い出すに違いない。
 けれど、用意してしまえば、きっと受け取ってくれる。

「わかってるって。姫君は妙なところで頑固だからな。・・・おっと!旦那様の前で言う事じゃ
ないかな?」
「ははっ・・・真面目なんだ、すっごく。そこがもう可愛くて、可愛くて。こう・・・ダメですって
言われるのもさ、その場ではわかった風な返事をしておくけど、実は嬉しくて。だからこそ、内緒で
用意して驚かせると、すっごく喜んでくれるのがもっと嬉しいんだよね。枕の時もそうだったんだ」
 景時の気持ちや、他の人の手間を先に考えてしまう
 相手に無理させまいと何でもない風を装うのだが、己の気持ちに正直すぎてぎこちなくなるため、
わかる相手にはわかってしまう。
 不自由と感じた事や欲しいモノを言葉にせずに、どれだけ飲み込んできているのか。
 景時はが知る“便利さ”を知らない故に、見落としてばかりだろうと考えている。
 せめて出来る事を精一杯してあげたい。
 知られないように贈り物を考えて用意しておくのもその為だ。
 それは、景時に限ったことではない。
 を理解しているからこそ、仲間たちも先手を打つのだ。
 そんなだからこそ、喜ぶ時も素直に全身で喜びを表してくれる。
 贈られたモノが、本物とは似ても似つかないモノだったとしても。
 景時お手製の枕は、手厚い待遇を今でも受けていたりする成功品のひとつ。

「毛皮の件だけどさ、最高級のキテンの毛皮なんだ。後は譲の判断に任せるしかない」
「へぇ・・・貴族の間で一時流行したって記述があったヤツかぁ。現物は初めて」
 国史に大陸から持ち込まれた記述があったが、物の方は残されていなかったため、絵でのみ
知っている程度だ。
「だろうなぁ。俺様もそうそうお目にかかれない。あ、来た」
 戸を叩く音にヒノエが返事をすると、大小の葛篭を置いてヒノエの部下が退出する。
 入れ替わるように譲がお茶と菓子を盆に乗せて戻って来た。


「はい、景時さん。・・・で、ヒノエも。本日は、マフィンと紅茶です」
「へえ?これは確か前にも食べたな。譲。その葛篭の中に入ってるから、確認してくれないか?俺様も
姫君ご要望の品の現物は知らないからね」
 お茶よりも先に菓子を食べながら、葛篭を指差すヒノエ。
 置かれていた葛篭の大きな方を開けると、ショールのような毛織物が入っていた。

「あ〜〜〜、染色できるなら、これもいいかもしれないですね」
 手触りはいい。裁断して形を整えれば、マフラーにはなるだろう。
 次いでもう一つの小さな葛篭を開ける。

「・・・うっ。・・・・・・獣どうこうじゃなくて、まんまじゃないか・・・・・・」
 上手く剥いだ物だと感心せざる得ない、見事な小動物の形のままの毛皮。
 このようなファー状のマフラーが流行した記憶があるが、本物はどこか生々しい。

「残念ですが、これは無理です。先輩、泣き出しますね、これじゃ。・・・マフラーにしませんか?」
 前足部分を掴んで持ち上げて景時に見せると、
「・・・確かに。これじゃ、チョビとモモもドキドキしちゃって大変だろうし」
 手仕事の上手さが裏目に出ており、つい二人揃って溜息が零れてしまう。
 夜中に歩き出さんばかりの一品は、景時でもご遠慮申し上げたい気分だ。

「・・・俺も変だと思ったんだよ」
 動物好きのは、やたらと犬でも猫でも触りたがる。
 毛皮の手触りはいいとしても、生命が奪われた後の、“生なきモノの抜け殻”を受け入れられるのか
危惧していた。
「脚だの頭だのはなくて、この胴部分だけが襟についているんだよ。しかも、ニセモノなんだから、こんなに
リアルじゃない。気持ち悪いモノじゃないんだよ、本物のファーは。・・・やっぱり難しいな。糸を集めて
作ったとしても、この手触りは出せないから。・・・どうしますか?景時さん」
 毛皮を元に戻して葛篭の蓋をする。
 残るはもう一つのマフラーしかないが、決めるのは景時だ。

「う・・・ん。こっちでマフラーを作ろうかな。桃色があればいいんだけど・・・・・・」
 葛篭の中を物色するが、桃色が無い。

「ヒノエ。毛織物の糸はないのか?糸から桃色に染色して、一部を捩ってフリンジをつければ出来る」
「桃色はすぐに手に入れてくる。それと同じ色の糸もだな?」
 ヒノエが指を鳴らす。
「今日手に入れば上出来!なんだけど・・・・・・」
 ふと、それだけでいいのか、譲の頭の片隅に引っ掛かりがある。
 その時、走馬灯のように、学校での昼休みの風景が流れ込んできた。

「景時さん!ヒノエがすぐに用意してくれると思うので、今夜作りましょう。それと、ヒノエ。別件で
用事が出来た。ちょっと来てくれ」
 景時には今夜決行の予約をし、ヒノエの腕を引いて執務室を飛び出した。





「何だよ、譲。桃色なら、すぐに拓海に届けさせるから。少し時間をくれよ」
「ち〜が〜う!違うんだ。景時さんが先輩にアレを贈ると、先輩も景時さんに贈りたいと言い出すに
決まってるんだよ!だから・・・先に用意してもらいたいんだ。若草色系統の色違いを」
 守護邸の中庭の陰で、譲が小声で依頼をする。
「・・・最初からおそろいにすりゃいいじゃん。そういう事だろ?」
「残念ながら・・・俺たちがいたところでは、女性から男性へマフラーを贈るのが定番なんだよ。しかも、
もっとふわふわの太い糸で編む手作りのものを。景時さんは先輩のためを思ってマフラーをあげたくても、
受け取った先輩にしたら・・・・・・」
 譲が手編みのマフラーをあげても、は素直に礼を述べて終るだろう。
 悲しいかな、器用な幼馴染のお隣さんというポジションは、家族間の無償の愛に同じ。
 ところが、相手が好きな男性からとなれば、意味合いが変わってくる。
 元々は手芸の類をする方ではなかったが、それにしても妙な気持ちにはなるだろう。
 しかも、景時と恋仲になって以来、何かとイベントを持ち出し、実行している。
 夫婦になってからは、それが加速している気がしなくもない。
 こちらの世界では、どうしたものか家事を頑張ってこなしているのだから───

(手編みは無理でも、手作りしたい・・・よなぁ。膝枕に、ハートのクッキー、耳かき、誕生日ときたら)
 過去の事例を紐解くと、刷り込みされているかのようなヒット率。
 が抱いている乙女の夢は、少女漫画そのもの。
 譲の“の夢感知センサー”に、思いっきり反応があった。

「贈るモノの選択を誤ってるワケね。そんな事、景時も知らないだろうしな」
「そこはもう仕方ないとして。次の予防線を張っておけば、複雑な事態を回避できるだろ?」
「あ〜〜〜〜〜・・・かもな」
 気を回しすぎる譲を憐れに思うが、それが無駄にならない事も知っている。

「そっちも任せてくれ。すぐに・・・って、もう来た。拓海、悪いがさっきの中にあったやつの糸も追加だ」
 若草色なら先ほどの葛篭にすでにある。
 譲が言うところの糸の用意だけで済みそうだ。
 拓海が葛篭を開けた中から一枚を指定し、届けられた別の毛織物と糸を譲へ手渡す。

「これでどう?」
「ああ。これならイメージ通りだ・・・・・・」
 桜より濃く、桃よりは薄くといった春色。これなら景時も納得の品だろう。

「だろ?それと・・・景時ならこれでいいよな?」
「そっちもOK。ヒノエは勘がいいから助かるよ」
 余分な事は尋ねないし、依頼に対しては迅速、丁寧、確実。
 商いをしにきたといわれれば、それがヒノエの仕事と信じるだろう。
 初対面でヒノエを熊野別当と看破できる人がいるなら、お目にかかりたい。

「ふう。・・・苦労人だね」
「お互いにな。・・・いや、あの二人に巻き込まれている全員が・・・かな」
 目を合わせると、笑みが零れてしまう。
 八葉の仲間や龍神のみならず、普段は冷静な朔をも慌てさせる。

「さぁ〜て!夕飯は梶原邸で食べるだろ?リクエスト、今ならアリだ」
 大きく空へ向かって伸びをする。今夜は遅くまで景時に付き合わなければならないだろう。
 ヒノエは一所にあまり留まらないため、その前に礼をしないと帰られてしまう。
「やりぃ!いつかのあれにしてくれよ。すっげ〜辛いごった煮」
「・・・カレーだよ。料理の名前は覚えろよな」
 指を鳴らして飛び跳ねたヒノエに向かって手を振る。
 そのまま一足先に梶原邸への帰路についた。







 明けて翌朝。
 昨夜は発明部屋へ引き篭もり、譲と仕上げた苦心作のマフラー。
 どちらかといえば、ストールと呼ばれる幅広のもの。
 畳めばマフラー、広げれば肩掛けという応用が利くもので決着がついた。
 裁断後、丁寧に端の処理をし、さらに両端にはフリンジをつけた豪華な一品。

「これを・・・渡すぞ!」
 朝から右手を握り拳にし、気合を入れる景時。
 何もそんなに力まなくともよいのにと、譲がいたら言ったことだろう。
 幸いにも譲はたちと朝食の支度をしていたため、独り言は誰にも聞かれることはなかった。





「景時さん。大丈夫ですか?昨夜、遅かったし・・・・・・」
 いつもの見送りをしようとすると、景時の目があまりに赤いので、そろりと景時の額へ手を当てる。
「だ、だ、だ、大丈夫!ホントに。まったく。うん。・・・ところで、ちゃんはさ。どこかへ行く
予定ある?その・・・散歩とかさ」
「無いですけど・・・・・・。わかった!おやつ、届けに行きましょうか?何か食べたかったりします?
ヒノエくんも京へ来ているから・・・・・・」
「い、いいよ!・・・家にしようよ。いつもみたいに家に集まろう!うん。何でもない。午後になったら
おやつに帰るからね!じゃ、行ってくる!!!」
 かなり不自然、かつ、逃げ出すように仕事へ向かう景時。

「・・・いって・・・らっしゃい?」
 肩に気配を感じて視線を向けると、モモがいかにも知っているという瞳でを見上げている。
「モモ〜?・・・チョビから何か聞いてるの?」
 大きく頭をふるモモ。
「それって・・・昨夜の景時さんに関係ある?」
 今度は二度頷く。
「何よぅ、モモだけ。私がどこかへ出かければいいのかなぁ?」
 景時が残した言葉から推理をするならば、行き先を尋ねられたのだから、の外出がキーワード。
 ところが、モモは小さな前足での首にしがみ付くばかり。

「・・・わかんないよ、モモ。モモがしゃべれたらよかったのにね。何だろう?」
 手のひらへのせると、説明しようとしてくれているのはわかる。
 モモは必至に後ろ足で立ち上がり、前足を揃えて動かしては、の親指へしがみ付く。

「う〜ん。転ばないように掴まるの?杖とか?発明っていうか、それって木でも削ったのかなぁ?」
 モモは風が吹くと寒いから首にくっつくという動作をしているつもりなのだが、にはよろけて
何かに掴まっているようにしか見えていない。
 チョビは景時に着いて行ってしまっているため、モモは一匹であの時の一連の出来事を説明しなければ
ならず、それは大変難しいのだ。

「朔にも見てもらおうかなぁ・・・・・・」
 モモが何かを訴えたいのだけはわかるので、そのまま朔がいるだろう部屋へと向かった。



「残念だけれど・・・・・・」
「だよね〜。モモが何か知っているみたいなんだけどな」
 がとても残念そうで、ある事を思いついた朔としては申し訳ない。
 けれど、景時を差し置いて言うわけにもいかない。

(兄上が・・・のためにこっそり何か用意したのでしょうけれど・・・・・・)
 景時がとった不審な行動の理由はわかるが、贈り物が何かまでは解らない。

。今日はヒノエ殿もいらっしゃるのでしょう?おやつを何にするか早く決めなくては、間に合わない
のではなくて?」
「あ、そうだ!何がいいかな〜。・・・譲くん、もう行っちゃってるよね」
 譲は守護邸で朝稽古をするのが日課。
 朔と話し込んでいたため、譲はとっくに守護邸へ出かけてしまった時刻。

「今日はお団子にしようかな。三色で〜、可愛く、楽しく」
「そうね。それはいい考えだわ」
 どうにか話をそらせて、ほっと胸を撫で下ろす朔。
 景時の鼻血を隠さずに済むようになったのも束の間、今度は隠し事の手伝いをしなければならない。
 何れにしても、面倒さ加減で大差はない。
 景時に対する苛立ちを隠し、とおやつ作りをした。







「いらっしゃい、みんな。寒いから、上がって下さいね」
 今日は少しばかり風が強いため、いつもの簀子では寒い。
 は仲間たちを南の客間へと案内する。
「何やらご機嫌ですね?」
「そうですか?お団子が可愛く出来たからかな〜。三色なんですけど・・・・・・」
 弁慶をさらりとかわし、は手を休めずにおやつを各自の前へと並べる。
 白龍と将臣の分だけ山盛りなのは、いつもの事。
 だが───

「・・・景時さんは待っててね?」
 一人分だけ足りなかったのか、わざとなのか、景時の前にだけ何もない。

「あ、うん。待ってる・・・・・・」
 は鼻歌まじりで部屋を出て行く。
 の姿が消えた途端に景時の首が落ちた。


「オレ、何かしたっけ?・・・・・・」
 じっとりと、それでいて、おどおどした視線を朔へ向ける。
 朔も慣れたもので、
「あら。単純に重くて運べなかっただけでしょう」
 白龍の膝へ布巾を広げてやりながら、あっさりと受け流す。

「・・・身に覚えがあるのか?」
 九郎は真面目ゆえに景時の相手をしてしまう。
「・・・無い・・・・・・こともナイ・・・・・・」
「ならば・・・素直に詫びればいいだけだろう。それで?何をしたんだ?」
 あまりに真っ直ぐすぎる九郎に、贈り物の件を言ったら最後だ。
 隠すのに何より向かない人物に秘密をバラした時点で、秘密は消滅してしまう。

「今朝・・・ちょっとね。ちゃんと話をしなかったから・・・・・・」

(いいや。皆がいるけど・・・・・・渡そう)
 何もしていないのに詫びようがない。
 ここは件の贈り物を渡すしかないと決心した。



「じゃーん!景時さんのお団子だけ二色なの!でもね、手抜きじゃないんだよ。またハートにしちゃった」
 何も団子をハート形にしなくてもいいのだが、せっせと形を作ったらしい。
 今朝方の事を怒っていたのではと危惧していた景時にすれば、予想外の展開に、ぼんやりと皿を
受け取るだけで精一杯。

「ふうん?白がなくて・・・緑と桃色・・・・・・」
 景時の皿を覗き込めば、串に仲良く二個ずつ並んでいるハートの団子。
 何かを思わせるそれらに、ヒノエが溜息を吐く。

「仲良きことは・・・かな」
「だからあんなに楽しそうだったんですね?」
 ヒノエや弁慶には、意図がすぐにわかった。

「景時さん!あ〜んってします?これね、大好きのシルシだから」
ちゃん・・・・・・朝はごめんねっ!オレも大好きだよ!!!」
 に飛びつき抱きしめると、謝る予定のない人物は、真っ先に侘びを口にしていた。



 その後はお決まり、周囲をまったく気にせず二人の世界。
「はい、今度は桃色の方ですよ」
「うん。オレのだけ特別だもんね。オレとちゃんみたい」
「やだ、景時さんたら」
 仲間たちにすれば、どうしてくれようという空気の中、突如景時が立ち上がる。
「そうだ!あのね、ちょっと待ってて!!!」
 今度は景時がを残して部屋を飛び出す。
 待つというほどの時間もかからずに戻ってきた。

「こ、これ。ちゃんに!あのさ、出かける時に使うといいと思うな」
 くるりとの首へとマフラーを巻きつける。
「わぁ・・・これって・・・・・・」
「うん。この前、寒いって言ってたでしょ?だから!大丈夫。しっぽはむしってないよ。ほんとに」
 勢いつけて正当性も主張した。

「うふふ。・・・嬉しい。ありがとう、景時さん。これ、すっごく暖かい。昨夜寝るのが遅かったのって、
これを作っていたんですか?ここもフサフサで可愛いし、ちゃんとステッチみたいになってるし」
 縫い目が揃っていない箇所が愛おしく感じる。
 フリンジ部分を手に取ると、ひとつ、ひとつ結んであり、苦労のあとが見て取れた。
「そ、そうなんだ。だって、オレの針仕事なんてみてたら、心臓に悪いでしょ?」
「見たことないから、わからないです。・・・・・・あ!わかったかも」
 モモがしていたジェスチャーは、が首をすくめた、あの時の仕種そのもの。
 突如すべての謎がとけ、が声を上げて笑い出した。

「手元、モモとチョビは見ていたみたいですよ?」
「ええっ?!・・・・・・そういえば・・・・・・」
 振り返れば、仲間たちの輪の中で、昨夜の景時と譲を熱演中のチョビとモモ。
 大袈裟な動きで落ち着きがないのが景時、溜息を吐きながら見守っているのが譲と思われる。

「うわぁ!すっごく格好悪いよ、オレ!!!」
「そんな事ないです。とっても、格好イイです!」
 景時の手を取ると、指先に口づける。

「私の事、すっごく心配してくれたんですよね。・・・もうお使いに行っても寒くないです」
「そ、そう?それなら・・・よかった。ふぁ〜ってヤツは作れなくて、ごめんね?」
 を膝へと抱え上げ、心残りを打ち明ける。
「いいんですよ。だって、ファーもマフラーも、首を暖かくするものなんですから。景時さんの手作りで、
私が大好きな色のマフラーに敵うものはありません」
「そう言ってもらえると・・・オレの方が嬉しくて困るかも」
 ふわりと軽く唇を合わせる。
 仲間たちは既に隣室へ移動していたと知るのは、景時が団子を食べ終えた後だった。










 〜 エピローグ  しっぽはマフラー 〜



 譲の予想に違わず、も景時のマフラーを作った。
 景時の身長に合わせた長めのもので、今では景時の目印になっている。
 見回りの時でもそれを身に着け、聞かれるたびに言いふらすものだから、京ではちょっとした流行にまで
発展してしまった。宣伝者が軍奉行とチョビなのだから、目立つこと請け合い。

「はいよ〜、チョビ。次へ行くよ〜〜〜」
 川岸で水量確認を終えた景時がチョビを呼ぶと、ひらりと空から舞い降りてきた。
 チョビの首にも景時と同じ色のマフラーが蝶結びで巻かれている。
 が作ったもので、モモにはと同じ色のマフラーが巻かれていた。

「チョビも暖かい?」
 コクリと一度頷かれる。
「だ〜よね〜。オレも暖かいよ。・・・・・・今度はもう少し上流へ行くよ〜」
 数人の部下たちへ声掛けする。
 彼らの首にもマフラーがある。ただし、色は全員白。

「この色はオレとチョビだけの特別だもんね〜」
 誰もが欲しがるマフラー。
 弁慶の意見により、源氏の兵士たちへ風邪予防のために支給された。
 ただし、色は白限定でフリンジなし。
 生地が毛織物なだけで、手拭と変わらないデザイン。それでも、暖かさにかけては折り紙つきだ。
 守護邸の中で景時と同じ色の者はいないし、と同じ色の者もいない。

 『九郎は青で、景時は緑。・・・別の色ならば、わかりやすいでしょう?』

 役職の区別にも便利だが、有事の際には囮にも使えると考えている。
 九郎は知らなくていい事だ。
 そこがいかにも弁慶らしいともいえる。

(まあね。オレのは本当の特別だからさ)
 誰にもお手製のマフラーを貸すつもりはないし、囮という、自分の盾になる者も必要ない。
 何があろうとを守るし、の元へ帰ると決めている。

「今頃何してるかな〜。ね?」
 肩にいる相棒へ問いかける。もちろん、考えているのは同じ事。
 その頃のとモモは───





「こんにちは!」
「神子様、今日は何をお探しで?」
 白龍を連れて市へと来た
 白龍のマフラーは、が景時のマフラーを作っている時に、朔が作ってくれたもの。
 淡い紫は、朔が自分用に作ったマフラーと同じ色。

「今日はね〜、温泉グッズを見に来たの」
 この寒い中、景時は仕事で飛び回っている事だろう。
 温泉を久しぶりにしたいと考え、重曹を買いに来た。
「それ下さい。えっと、あれは・・・・・・」
「神子様!見て、見て〜!」
 外出すると、すぐに子供たちがの周囲に群がる。

「わ!赤いマフラーだ。赤もいいね」
「私のは?これは?」
 次々とマフラーを見せに集まってくる。
 景時がに作ってもらったと言いふらしたのが流行の始まりだから、に見てもらいたいのだ。
「それも可愛いね。刺繍もしてあるんだ〜」
 誰もが高級な毛織物を買えるわけではない。
 適当な布で作ってあるマフラーもあるが、首に何かを巻きつければ暖かいのは確かだ。
 一通りおしゃべりをすると、潮が引くように子供たちはいなくなる。


「みんな・・・暖かく過ごせるといいよね・・・・・・」
 枯葉が風に吹かれて舞う風景は、より寒さを感じさせる。
 そんな中、カラフルなマフラーの流行は、街中で思わぬ暖か味を感じられる。
「神子!あれは何?あれ、食べたい!」
「もう。白龍の食いしん坊〜。・・・見に行こうか!」
 白龍の手を引いて、湯気がある店先へ近づく。
 たちの数歩後ろには、国房が控えており、彼の首にも白いマフラーがある。


「景時さんって・・・優しいよね」
 マフラーを目にする度に、景時を思い出す。



 みんなの事も暖かくしちゃうなんて。
 格好良すぎ!
 今夜は温泉ですからね───



 遠く、北の方では、景時が盛大にくしゃみをしていた。



 あれれ〜?また噂されちゃってるとか〜?
 オレの可愛いちゃんの話題かも知れない。
 もうオレの奥さんなんだからね〜。諦めるように!
 ・・・ふむ。マフラーの可能性もあるな。
 何れにしても、オレのために作ってくれたって、もっと街中に教えてあげないと。



 こうしてマフラーの噂は、遙か彼方の東国にまで及ぶ。
 誰の所為でもないが、ひとり名を上げるならば景時の所為。
 頼朝の耳にまで届いていると知るのは、後の話。










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ファーは無理。でも何とかしたくて、最後は・・・(笑)頼朝さんもしているといいな。九郎とお揃いの色☆     (2009.01.08サイト掲載)




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