きつねのしっぽ 「はぁ〜〜〜っ。まだ白くはないケド。寒くなってきたかも」 色づきかけた庭の木々を眺めつつ、遠くの山を眺めつつ、庭の掃除をする。 空気が冷やりと気持ちよく、試しに息を吐いてみた。 庭掃除はしなくてもいいのだが、ある一角だけは専用の花壇にしてもらったため、 なんとなくその周辺だけはが掃除をしている。 毎朝目を楽しませてくれた朝顔もすっかり枯れてしまい、来年のために丁寧に種を集めたのが昨日。 「何だかすっかり寂しげかな〜〜〜。ね?」 右肩のモモに問いかけるが、首を傾げられる。 「・・・考えてみたら、観賞用じゃなくて、お役に立ちそうなのにしたらよかったかな。 ・・・今度、弁慶さんにきいてみようっと!」 薬草、いわゆるハーブの類ならば、もう少し花壇に彩が残るだろうかと考える。 「今の時間なら・・・いるかも!守護邸へ行こうか?」 肩にいるモモを手のひらへ導くと、頷いてから飛び立たれる。 「あ!ずる〜い!!!・・・朔に言わなきゃ」 箒を片手に庭を駆け出した。 「おや?今日は随分と・・・多いですね」 早馬で届けられた文は最優先事項だが、その他の文は順次処理している。 崩れそうな文箱の山に囲まれている景時に、弁慶が声をかけた。 「だよね〜〜〜。まあさ、この時期は実りの報告もあるから、見た目ほどじゃないと思うよ」 冬の積雪量の予想もあれば、収穫高の報告もあり、様々な種類の文が偶然にもまとめて今日 届いてしまったといった感じだ。 しかしながら、すべて景時の仕事に関するものなので、景時だけが忙しい。 景時だけが執務をしており、九郎は庭で剣を振るっていた昼前の刻限、が守護邸の門を潜った。 「弁慶さん!」 「おや?何かありましたか?」 弁慶に与えられている部屋にが訪れるのは初めてだ。 「えっと・・・何でもないんですけど、後でちょこっとだけお話してもいいですか?」 「ええ、かまいません。今でも大丈夫ですよ。少し待って・・・・・・」 広げていた薬草の束を片付けようとすると、 「あの!譲くんのお昼ご飯作りの手伝いをしちゃおうって思ったので。だから後がよくって。 それで・・・用事はですね、私の花壇が寂しくなっちゃったので、何か役に立つもので可愛い 薬草とかあれば教えて欲しいなって・・・・・・」 即座にに遮られたものの、まだ何か言い切れていない様子。 この辺りを察して促がすのは弁慶と景時、わからないで終ってしまうのは九郎。 用件だけは先に告げたが、弁慶が所有しているのは貴重な薬草ばかりだ。 その種が欲しいとまでは言い難い。 部屋から出るに出られず俯いていると、 「ちょうどいいモノがありますよ。簡単に手に入るし、女性には嬉しい効果がある薬草が。 お昼をいただいてからとりに行きましょう」 「はい!ありがとうございます、弁慶さん。じゃ、頑張ってお昼の手伝いをしてきますね」 まさか今日手に入るとは考えていなかったは、スキップをしながら弁慶の部屋を出て行く。 その後ろ姿を見送る弁慶は、いつもの笑いを零す。 「お昼にさんがいたら、景時が驚きますね。・・・少しあの仕事を手伝わないと、午後に 出かけられないかな」 薬草の束はそのままで、庭で鍛錬をしている九郎へ声をかけるために、こちらも部屋を後にした。 「ど〜したの?二人とも」 突然景時の部屋を訪れ、文の返事書きの手伝いを申し出る者が二名。 「うるさい!口ではなく、手を動かせ。早くしないと、昼になってしまうだろう!!!」 景時がすでに返事の種類ごとに分け終えた山の前で九郎が怒鳴る。 とりあえず、文を受け取ったと返事するだけでいいのだから、誰が書こうが問題ない分の山。 そこにある文の束を手に取り、九郎が返事を書き始める。 「そうですねぇ・・・お昼ご飯は、ゆっくりと食べたいですしね」 こちらは先ほどよりはやや複雑な文の山。 もっとも、景時の走り書きが挟んであるので、その質問を書いて送ればよい程度。 こちらの文の束を手に取ると、九郎の隣で弁慶も返事を書き始める。 「う・・・ん。有り難いけど・・・この後で、どかんと仕事があるっていうのは・・・無いよね?」 恐る恐る九郎の表情を窺えば、チラリと一瞥されてそれきりだ。 「ははっ・・・あるんだ。そうね、そういう事か」 納得したのか、ややこみいった用件、文箱の蓋に載せたままの文を、順に手に取っては返事を 書く作業を始めた。 常の昼よりはやや遅い時間に、譲が九郎たちを呼びに来た。 「遅くなりました。お昼の用意が出来たので、向こうの部屋へお願いします」 「ああ。すぐに行く」 もう作業が終っていた九郎は、即座に立ち上がり譲に着いて行く。 弁慶は景時が書いた返事を順番に文箱へ入れている手を止め、 「景時。限が良いところで」 「うん。後これだけ書いたら行く〜。ついでに、その山さ〜」 「わかってます。文遣いをお願いしておきますよ」 紐を結び終えると、その他の文箱とまとめて手に取り、景時の執務室を出て行った。 「助かっちゃったな〜。チョビ〜〜〜!・・・あれ?・・・・・・しっかりしてるな」 はじめはの神気が好きで、が作った料理を食べているのかと思っていたが、馴染んでしまったのか、 食べるという行為を普通にするようになってきた景時の式神。 呼んでも姿は見えないが、景時が呼ぶまでもなく、譲の声に釣られて食事の部屋へ向かったとも考えられる。 「ま、いっか。みんなチョビには慣れてるから」 チョビが食いしん坊なのも悪戯好きなのも知っている。 適度に誰もが構ってくれるので、チョビはいつもご機嫌だ。 「・・・オレもさっさとこれを書き終えて、ご飯ですよ〜〜ってね」 今日は事務的な仕事だけで終わると考えていたが、どうやらそうもいかなさそうな九郎の態度。 (早馬が来た気配はなかったんだけどなぁ・・・なんだろ) さらさらと筆で書き付けていると、戸口で音がする。 「・・・弁慶?いいよ、入って。もうこれ頼みに行くだけだし」 まだ墨が乾ききっていない文に、手団扇で風を送りながら振り返ると、そこにいたのは国房だった。 「・・・あれ?なんで・・・・・・ちゃんに何かあった!?」 チョビがいないのは、景時のところへ来られない状況にあったのかと慌てて立ち上がると、 「いえ・・・こちらまで供を仰せつかりました。弁慶様より京邸へ帰ってよいと言われましたが、主に ご挨拶なしというのも・・・・・・」 膝をついたままの姿勢で国房がここにいる理由と用件を告げた。 「・・・てことは〜。ちゃんが来てるんだ!国房。悪いけど、この文を頼んでいい?さっき来た 使者が待ってるから、すぐにわかるよ。じゃ!」 文箱を国房へ渡すと、仲間たちが集っているだろう広間を目指して駆け出した。 「・・・畏まりました。朔様には、帰りは景時様とご一緒だとお伝えいたします」 既にその場にいない主に几帳面にも返事をし、しっかりと文箱を手に使者が待っているだろう控えの間に 向かう。いつもながら梶原邸の主は奥方様に弱い。そして、妹君に頭が上がらない。 本人は隠しているつもりだろうが、邸で仕えているからには景時の鼻血の件とて知らない者はない。 その辺りの配慮を忘れないのは、梶原邸の使用人における暗黙の掟。 まずは景時の仕事をするため控えの間へ向かった。 「ちゃ〜ん!!!」 スパーンと勢いよく戸を引くと、景時が目掛けて室内へ飛び込む。 「景時、先に食べ・・・・・・」 九郎の気遣いの言葉もなんのその。 まずはを抱え上げ、しっかりと自らの膝上へと座らせる。 「景時さんだ。お疲れ様です。待ってたんですよ」 「うん。どうしたの?何かあった?こんなむさ苦しい所へさ。用事ならモモに頼んでもいいのに」 景時の特殊な目には、周囲の視線は入らないらしい。 職場を“むさ苦しい”と評価しているのだと、上司の前で告げたも同然にも気づいていない。 「えっと・・・弁慶さんにお願いがあって、九郎さんにもお願いしてたんです。それで、お昼の 手伝いをして、一緒にご飯もしたくて。だから・・・・・・」 「弁慶と九郎?!オレは〜〜〜?」 景時の特殊な耳は、時に器用に言葉の解釈を誤る。 の世界の言葉の意味が解らない事による誤りもあるが、大抵はの説明下手による。 景時はそこをついて次の動作に移る戦術にも長けていた。 案外、軍奉行の職は向いているかもしれない。 悲しげに頬ずりされたらはひとたまりもない。 必死に言葉を訂正するのだが、それこそが景時の思うつぼともいう。 「えっと、用事は弁慶さんになの。昨日、朝顔の種を集めてから花壇を均しちゃったトコが寂しいなって、 今朝お掃除していたら急に思い立って、そのまま来たんです。出来れば、役に立って可愛い薬草を教えて もらいたいな〜とか。でね、午後に弁慶さんが一緒に薬草を採りに行ってくれるって決まって。 弁慶さんに案内してもらって、景時さんと一緒がよくて。・・・九郎さんに弁慶さんと景時さんの 早退もお願いしなきゃで。お昼ご飯は景時さんと食べたかったんです・・・よ?」 真っ赤になりながら、なりに順を追って説明をする。 景時は面白いほど首を縦に振りまくった。 「うん、うん、うん。それならよかった。じゃあね、オレもご飯食べないと!あ〜ん」 ついと思いつきで口を開いて待ってみる。 「これだけですからね?」 玉子焼きを箸で景時の口へと運ぶ。 「ん!」 いつになく素直にを円座へ下ろすと、景時も自分の箸を手に取る。 「ちゃんもご飯まだだったんだね〜。後はオレも自分で食べるから。時間がもったいないしね!」 ずるずると汁物をすすり、ようやく眼前に座る上司の顔を見る景時。 「・・・そういうわけで、オレは午後お出かけします。・・・いいんだよね?」 弁慶の名が上がっているからには決定だろうと、九郎の返事も聞かずに食事を進める。 九郎は目の前でのイチャイチャの衝撃により赤面し、口と目を見開いたまま、まだ固まっていた。 「・・・景時」 弁慶が溜息を吐くと、素早く譲が立ち上がり、九郎が手にしたままの茶碗を取り上げ、ご飯を盛る。 「さ、九郎さん!今日は先輩が来てくれたから、おかずが一品多いんですよ。しかもデザート付。 たくさん食べて下さい!」 軽く背中を叩いて促がすと、真っ赤になって俯きつつも食事を再開する九郎。 「先輩。さっきの続き、見てきます。お出かけはおやつ付がいいでしょう?それと、九郎さんにも 留守番用に豪華に何か作りますから。こっちは心配しないで下さい」 守護邸を弁慶と景時が空けるとなれば、九郎は留守居役決定だ。 譲もこちらへ残るつもりではいる。 しかし、は気にして昼食の支度とおやつ作りを平行して行っていた。 その仕上げの確認のため、譲は台所へ様子見に席を立った。 「ありがと、譲くん」 「いいえ。デザートもついでに持ってきます」 昼のデザートは、はちみつプリンである。 茶碗蒸しと大差ない簡単さでありながら、評判のいいデザート。 そろそろ程よく冷えているだろう。 譲は歩きながら九郎のための追加のおやつを考えていた。 昼食を済ませ、守護邸を後にする三人。 弁慶を先頭に徒歩である。 「・・・そんなに近所にあるの?」 「ええ。とても近所ですね」 何気に景時の邸の方角である。 「家の近く〜〜〜?」 「ああ。言ってませんでしたか?景時の家の部屋と庭です」 途端に声を上げたのが景時と。 「はい?」 「家!?」 わざわざ出向いてきたのに、家といわれては脱力してしまうのも道理。 驚きのまま立ちすくんでしまったの腰を支え、どうせならと片腕で抱きかかえてしまった景時。 「景時の家にひと部屋借りているでしょう?」 「ま、そうだね」 すっかり呆けてしまったは景時の首に回した腕を伸ばし、空へと逃げた式神を呼び戻している。 「そこにありますよ。カミツレの種が。もっとも、まだ花も残っていますけれど。花壇にというならば 種でも、そのものでもいいと思いますし」 「ああ。そっか〜。カミツレね。な〜るほど」 花を思い浮かべながら空を見上げれば、冷たい風が吹き抜ける。 いつもならば首を竦めたいところ、が景時に抱きついている姿勢のため、僅かに感じる程度。 ところが、は違ったのだろう。 「ひゃっ!寒い〜〜〜。・・・そうだ!」 軽くではあるが景時の背を叩いて下ろすように促がしている。 「寒かった?」 「ちょびっとだけ」 両足がつくように静かに下ろしてやると、はチョビを右肩、モモを左肩へと導く。 「やっぱりちょっとチガウかも〜。フェイクファーが流行ったんです。でね、あれって首が暖かくて。 このモコモコでフコフコな感じがいいんですけど。ないかなぁ〜、ああいうの」 さすがにチョビとモモが離れているのは可哀想なので、腕に二匹を抱えるようにして歩き出す。 「もこもこでふこふこ〜?」 「えっと・・・きつねのしっぽみたいのをくるって首に巻くみたいな。暖かそうでしょ?」 景時を見上げる。そのの襟元を見つめる景時。 そこまで首が寒いとは考えたことがなかったが、言われてみればは寒そうにしている。 「しっぽかぁ・・・ふこふこ・・・・・・」 「ダメですよ?本物じゃないんです。ニセモノで似た感じのがあって。えっと・・・別にマフラーでも 同じなの。だから、キツネさんとかのしっぽ、むしったりしたらダメなんですからね?」 迂闊に言うと、景時の事だ。 のために手に入れようと奔走してしまう。 慌ててできるだけ正確に、かつ、不要である旨を伝えた。 「う〜んと。とりあえずは・・・オレで我慢して?」 風上側にまわりの肩を抱く。 風除けくらいにはなるだろう。 「えへへ。我慢じゃなくて、嬉しいです。・・・着いちゃいましたね」 景時が毎日潜る門に主の帰宅を告げる声が響く。 家の一角にある弁慶の部屋へと入れば、魔女でも住んでいそうな異様な気配に、は半歩で踵を返した。 「女性には少し無理があったかな」 「少しっていうか・・・ここも何か落ちてきそうだよ〜〜〜?」 崩れかかった荷を整えたりしながら、弁慶が種を探し出すのを待つ。 「これですね。あの花壇なら、これぐらいあれば十分でしょう。庭の場所は知っていますよね?」 「もちろん。少し移植してもいいってコト?」 埃を払いながら弁慶が部屋の奥からようやく姿を見せた。 「ええ。もう終わりの時期ですから、そう多くは残っていませんしね。それと、譲君に頼まれたこれをどうぞ。 彼と話をしたら、これをみせるとさんにもわかると言っていましたよ」 おやつが入った風呂敷を一式手渡される。 「あ、どうも。・・・おやつでわかるの?」 「いえ。おやつの他に入ってる方で。申し訳ないですが、僕は少しばかり情報収集に行きたいので、このまま 失礼させてもらいますね。もちろん、景時も今日の仕事は終わりですから」 部屋を出ると、とひと言、二言、言葉を交わし行ってしまった様だ。 景時もすぐに部屋を出ると、がその場で立っていた。 「お待たせ!庭に残っている分はくれるってさ。移植しようか」 「えっと・・・後で場所を教えて下さい。明日、自分でします。景時さんがこんなに早く家にいるの久しぶり だもん。二人で日向ぼっこして、おしゃべりしませんか?チョビとモモはね、あっちに行っちゃいました」 が指差すのは、遙か彼方の木の上。 「・・・あはは。確かにそれがイイね。そうしよう。これが種ね。で、こっちのおやつの風呂敷にね、この 種の謎が解けるモノが入ってるんだって。オレたちはそのタネの薬草をね、“カミツレ”って呼んでる。 熱病とか胃の薬かな。肌にいいっていう話も聞くけど、それは試したことがないんだよね」 風呂敷包みと種が入った袋をに手渡す。 「ふ〜ん。カミツレって知らないです。謎が解けるって・・・・・・」 弁慶に風呂敷包みを手渡したのは譲だ。 譲はカミツレを知っていたということだろう。 包みを開ければ、カボチャのロールケーキと茶葉のみ。 茶葉の包みに鼻を寄せると─── 「カモミール!おやすみなさいに効果アリのお茶だ〜〜〜。これでおやつにしましょう!」 確かにカモミールならば、花壇にあって可愛らしく、景時の言うような効果があるならば便利ものだ。 「それ、お茶なの?」 「ハーブティーっていって、薬草を紅茶とかのお茶にまぜまぜする飲み物があるんです」 「へ〜〜〜。興味あるなぁ」 の真似をして、茶葉の香りを嗅いでみると、すっきりと清涼感のある香りがした。 「薬じゃなくて、飲み物なんだ〜」 「すぐに用意しますね!」 風呂敷に包んで戻すと、簀子を駆け出して行く。 その後ろ姿を目を細めて、対の角を曲がるまで見送る景時。 だけは簀子を小走りしても、朔に叱られはしないだろう。 軽く伸びをすると、頭上で手を組み鼻歌まじりで庭を眺めながら歩き出す。 「もしかして、ご褒美かな〜。オレって働き者だから」 仲間の気遣いが嬉しい。 それに、朔の事だ。 上手くと二人きりにしてくれるに違いない。 新たなる問題があるにはあるが、また別の日に確認すればいい。 君が寒くないように。 キツネも可哀想じゃないように。 ニセモノで暖かい“きつねのしっぽ”、考えちゃうから待っててね?─── 青い空に色づく紅葉の山々が映える、ある日の出来事。 |
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ファー付が流行ると嬉しい。しかも、取り外し可能なタイプは重宝します! (2008.10.28サイト掲載)