椛が舞う季節





ちゃ〜ん!ただいま〜。今からデートしようよ〜〜〜」



 突然の主の帰宅に誰もが身構える。
 が、大抵が主の発する言葉に脱力を覚え、また、微笑んでもしまう。
 慣れたもので、どちらの場合にも対処できる優れた警備や下働きの者ばかりだ。



「景時さん?!こんなに早くどうしたんですか〜〜〜」
 奥から小さな足音を立てて景時を迎える
「うん。なんだか色々予定が予定でなくなったからさ〜。デートしようよ!」
 靴も脱がずに腕を伸ばし、を抱き締めた。

「ん〜〜〜、いいニオイ。何をしていたの?」
「お台所でおやつ作ってたんですよ〜。だからかなぁ?」
 景時にしがみ付く
 足が地についていないのだから、自然とそのような姿勢になる。

「ふうん?もしかして・・・・・・」
 作りかけならば、最後まで作りたいだろうかと思われる。
 出来ているのならば───

「焼きたてマドレーヌですよ!もう最初のは出来てるの」
 の唇が景時の耳に触れた。

「じゃ!おやつを持ってデートだね!」
「はい。支度してきますね?」
 景時が下ろしてくれるかと思ったのだが、
「やだ〜〜〜。このままがイイ。チョビ。朔を呼んできて〜〜〜」
 景時の腕は離されることなく、チョビだけがひらりと飛んでいった。


「・・・景時さん?」
「やだ。台所は朔が出て行け〜って睨むし。だからこのまま」
 以前休日にについて廻っていた時に叱られたのだ。
 それ以来、出来るだけ近づかないよう気をつけてはいるが、景時の妻としてがせっせと
料理を覚えたりと確実にいる場所も台所だったりするのが悩みの種。

「もぉ〜〜〜。でも、草履がないとデートに行けないですよ?」
「う〜ん。なくてもいいんじゃ・・・・・・」
 いっそこのまま抱き上げて出かけようかとまで真剣に考えていたのだが、
「それじゃ手を繋いで歩けないです。つまんない」
「そっか〜。じゃあ草履を・・・・・・」
 景時の手が好きだという
 あまりに無茶な事でなければ、出来るだけの願いは叶えたい。
 手を繋ぐことに否はない。
 の草履を探そうと見回すと、右近がの足元へと揃えて置いた。

「どうぞ」
「ありがとうございます!」
 草履に片足をついて降り立ち、そのまま履く。
 恒例のお出迎えを忘れてはならないので、背伸びして景時の頬へキスをした。

「おかえりなさい。でね、ちょっとだけ待ってて下さいね。このままだと寒いから」
 くるりと景時に背を向け、庭へと走っていってしまった。


「・・・行っちゃった。待ってよ〜〜〜」
 離れてしまった温もりを、すぐさま追いかける梶原邸の主。
 ある意味いつも通りの風景。
 右近は俯いて小さな笑いを漏らしていた。



「れれ?届かな・・・・・・」
「ん〜、これかな?」
 洗濯物ではなくとも、外に干しておくと温かくて気持ちがいいのが衣である。
 は布団干しのようによく衾や衣を干し、日の温もりを楽しむのが好きだ。
 景時が風にひらめく衣を取り、に手渡す。

「ありがとう、景時さん。このね、ふわんってお日様の匂いが好きなの〜〜〜」
 に抱き締められる衣に一瞬ヤキモチを焼きそうになったが、夜、二人を温めてくれるモノだ。
 今日はおやつを食べるときにひざ掛け代わりに活躍してくれる事だろう。
「そうだよね〜〜〜。じゃあ、そろそろ・・・・・・」
 簀子を見れば、しっかり者の妹が包みを手に手招きをしていた。



「朔!ありがと。あのね、景時さんとデートしてくる」
「はい、はい。まったく兄上ったら・・・仕事はサボっていないでしょうね?」
 親友には微笑みを、兄には厳しい視線を。
「ない!まったくもってサボってません!たまたま予定がなくなったからだよ!!!」
 なにやら無理があるほど背筋を伸ばして妹に報告をする景時。
 朔こそが景時の上司のようだ。

「大丈夫だよ、朔。景時さんは真面目だから。チョビ〜!モモ〜!一緒に行く〜〜?」
 が声をかけると、木の上からひらりと二匹が舞い降りる。

「行こう?景時さん」
「う、うん。朔、これ・・・ありがとう」
 景時には敷物を手渡したのだ。
 それはの為なのだが、景時としてはこちらから言わなくてもすべて揃えてくれる気遣いに感謝しての言葉。

「いってらっしゃい。皆様がおいでになったら、こちらでいつも通りにおやつにしますから」
「うん!マドレーヌ上手くできたから。きっと美味しいよ」
 景時と手を繋ぐと、互いの肩へそれぞれの式神を乗せて出かけてゆく二人。
 後姿を見送りながら朔が呟く。


「よかった・・・・・・が嬉しそう」
 何にでも楽しみを見い出すを眩しく思う。
 こちらでの生活は大変だろうに、景時と暮らしたいとただそれだけのために、何にでも興味を示し頑張っている。
 だからこそ、出来るだけ二人にさせてあげたいし、が言うところの本当の二人きりにしてあげたい。

「さ!皆様を迎える用意をしなくては・・・・・・」
 ふと吹き抜ける風に不吉なモノを覚えて空を見上げる。

「気のせい・・・よね?」
 気にしないようにしようと思うが、それこそが余計に予感が当たりそうでじっとはしていられなくなる。
 簀子で庭木を見ながら考えていると、先触れの急使を告げる者が庭先へと現れた。



「朔様。内裏より景時様へ使いが参ってございます」
 片膝をついた警備の者から庭先で知らせを受けるが、
「兄上ならば、たった今、と出かけたばかりで・・・・・・」
 景時がいないとなれば、報告を勝手に受けていいものか躊躇われる。
 朔へ急使を告げた者も困っているようだ。
 そうこうしているうちに、庭先へ馬が駆け込んできた。

「朔!景時はどこだ?行き先言ってなかったか?」
「将臣殿?!兄はと出かけたばかりで・・・その・・・デートだと・・・・・・」
 馬上の人物を見上げながら、知っている事を伝える。
「チッ。遅かったか。よりにもよって出かけた・・・はぁ〜〜〜。まあ、アイツなら出かけるわな」
 守護邸に行けば景時の仕事は終わったので帰ったという。
 時間からして、いかにもと出かけそうで慌ててそのまま馬で来たのだが、間に合わなかったようだ。

「将臣殿!何かありましたの?」
「いや。これからあるかも知れない。すぐに譲もこっちに来るから。おい、そこの。それまでしっかり
ここの警護を頼む。朔は部屋にいるといいぜ。内裏の使いは俺か敦盛以外は無視していい。じゃあな」
 それだけ言い置くと、将臣は馬を走らせて出て行ってしまう。
 何も事情がわからないままの朔は不安が増すばかり。
 一方で還内府である将臣に頼まれた警備の者は素早く走り去り、本日の警備の隊長へと報告に上がっていた。





「ね〜、ちゃん。ちょっとだけ時期を外してるけどさ、椛を見に行こうよ」
「いいですね。赤くて可愛いんですよね。春の緑色も可愛いんですけど」
 何も知らない二人は、椛が残っていそうな場所を考えながら散歩をしている。

「そぉ〜だ。あそこがイイ。少し遠いけど、いいよね?」
「遠いんですか?」
「馬で行けばすぐ!嵯峨野の野宮神社に行こうね〜」
 丁度知り合いの家の前だ。馬を借り受け、そのまま嵯峨野を目指した。





 よりにもよって嵯峨野の野宮である。
 何が困るといって、将臣が掴んだ情報によれば、を伊勢の奉幣使に立てようとしているらしい。
 帝の使いともなれば、殿上正五位の身分を賜ることだろう。
 そして、幣帛を奉げるだけで済むのかあやしいものだ。

「チッ。まったく・・・なんで野宮なんだよ。こっちの気も知らないで」
 景時たちの後を追い、景時が馬を借りた家までたどり着いた将臣。
 行き先を聞けば嵯峨野だという。
 嵯峨野の野宮神社といえば、斎宮に選ばれた女性が潔斎に篭る場所で有名だ。

「ありがとな!俺の後から源氏の奴が来たら、行き先伝えて・・・・・・」
 伝言を頼むまでもなく、馬の蹄の音がする。

「将臣君!」
「おっ、早いな。さすが・・・・・・」
 登場したのは弁慶だ。

「このまま行きながら話しましょう!まずは後を追わないと」
「だな。んじゃ、行きますか!」
 礼もそこそこに、将臣たちも嵯峨野を目指して馬を奔らせた。



「九郎は?」
「ええ。景時の家に敦盛君と向かわせました。九郎がいると話が大きくなってしまう」
 将臣も気になっていた。
 朝廷の問題に九郎が入ると、政治の問題に発展しかねない。
 九郎ではなく、弁慶が来てくれたことが有り難かった。

「・・・それで?どこからそんな話が?」
 敦盛を伝言役に守護邸に置いて来たのだ。
 誰かに託せる内容ではないため、将臣がしたことだ。

「ああ。誰ともなく・・・だな。今年は冬が遅いから。もともと伊勢で来月に月次祭があるだろう?」
「そういえば、そうですね。突然の事でしたので、どうしてと思いましたが。確かに暖かくて」
 もう霜月だというのに、暖かい日が続いている。
 暦の名称からして霜が降りてもおかしくない季節。

「よく情報がつかめましたね」
「まあな。蛇の道は・・・だろ。色々苦労しているわけよ、こうみえても」
 将臣の腹心の部下を要所、要所に配置している。
 朝廷にいたお気楽貴族たちとはわけが違う。
 まだ幼い帝を守るため、表面上、とはいえ、元来の性格が大雑把のだが、そう細かくないよう見せている。
 実際は用意周到に不穏な芽を摘みまくっているのが将臣の日常だ。

「向こうは野宮へ・・・・・・」
「ああ。偶然にもな。景時の知り合いも行ってるだろう」
 陰陽寮も加担しているらしい。
「ふう。さんが返事をしていない事を祈るとしましょう」
「違いない!」
 景時との姿を求めて辺りを見回しながら馬を進めた。





「景時さん!あっちの方が紅いですよ〜〜〜」
「ほんとだ〜〜〜。あの木の下とかいいね」
 野宮神社へ行くといいながら、途中で寄り道をしている二人。
 二人がいるのは法輪寺である。
 もともとの目的が椛を見ながらおやつなのだから、どこへ行こうとも勝手である。
 内裏の貴族たちの企みをしらないとなれば、こんなものだろう。

「でも!景時さんのお勧めなんですよね?野宮神社」
「う〜ん。竹林が綺麗なんだよね」
 そして、は知らないかもしれないが、清き水で有名である。
 それをに飲ませたいのが景時の本音。

「どうして竹って紅葉しないんだろ〜。あ。紅いのは不気味だからかな?真っ赤な竹。きゃはは!」
 ひとり想像して笑っている
 その屈託のない笑顔がとても好きだ。
「真っ赤かぁ・・・かぐや姫も赤くちゃ隠れにくいだろうねぇ」
「そっか〜。桃太郎もかなり無理があるお話とは思っていたんですけど・・・・・・」
 昔話を景時に聞かせながら、こちらは馬を歩ませる程度で野宮神社を目指していた。





 どうやら景時たちを見逃してしまったらしい。
 野宮神社に着いてしまった将臣と弁慶。
 境内を散策していると、先に着いていた会いたくない人物たちに会ってしまった。

「これは、これは。還内府殿と・・・そちらは確か・・・源氏の・・・・・・」
「武蔵坊弁慶でございます。お見知りおきを」
 すかさず挨拶をする弁慶。

「で?藤原の治部少輔はここで何をしている」
「いえ、私は・・・此度見たままを書き記すのがお役目で・・・その後の支度がございますので」
 内大臣である将臣に声をかけてもらえるのは名誉ではある。
 が、大納言たちに頼まれてこちらへ出向いているのだ。
 目的を知られるわけにはいかない故に、不自然な動きになってしまう。

「へえ?陰陽寮の・・・あんたもか?」
「私は文献を調べに参ったのです」
 さらりと言い訳が出来るだけ、こちらの方が度胸がある。
「それよりも・・・還内府殿におかれましては、野宮に何か御用事がおありなのでしょうか」
「俺か?まあな」
 陰陽寮の使いである清朗よりも度胸がある将臣。
 こちらはいつも通りの態度で堂々としたものだ。

「僕がこちらの清水をいただきたいとお願いしたのです。薬だけではなく、水も清い方がと思いまして」
 弁慶に至っては、ことも無げに言い切る。
 しかも、相手を納得させるだけの理由つきで。
 ここまで来ればかなりの上級者だ。
 大納言たちに任されて来ている程度の小者では、まったく相手にならない。
 
 元々がに術をかけてでも伊勢への勅使として仕立てようとしていたのだ。
 よって治部省と陰陽寮からこの二人が選出された。
 事前にをこの野宮のどこへ誘き寄せようかと下見のつもりで来たのに、よりにもよって一番
知られたくない将臣と会うとは想定外。
 互いに目を見合わせて、ここをどう切り抜けるか思案していたところに景時とがやって来た。





「あれ〜?将臣君に弁慶も。それに・・・清朗もどうしたの?」
 と手を繋いで歩いてきた景時が首を傾げている。
「弁慶さん!何か珍しい薬草でもあるの?」
 弁慶がよく薬草を採りにあちこち出歩いているのを知っている
 上手い具合に先ほどの弁慶の言い分と一致している。

「こんにちは。さん、景時。こちらには清水がありましてね。少し分けていただこうかと」
「うわあ!それ言っちゃ・・・・・・」
 景時が慌てて手を伸ばすが、弁慶の口から清水という言葉は発せられてしまった。

「景時・・・さん?」
「いっ、いや・・・その・・・・・・清水でお茶にしたら美味しい・・・かな〜って思っていたから」
 のために野宮に来たかったらしい。
「なんだ!ありがとう、景時さん。美味しいお水なんですか?」
「味もだけど・・・清らかなって事なんだ。ちゃんにピッタリだと思って」
 頬を掻きながら空を見上げて照れ隠しをしている景時。

「景時さんたら〜〜〜。じゃあ!チョビとモモにも飲ませなきゃ。朔にもお土産に」
「うん、竹筒持ってきたから。もちろん」
 


 将臣と弁慶、その他二名の存在を無視していちゃつく二人。
 場所はどこだろうと、変わることのない景時と
 呆れつつも、話しかけられないでいる哀れな内裏の使い二名の心情を思うと笑いが出てしまう。



「・・・心配して損したってヤツ?」
「いえ、いえ。どうにか持ち直したようですよ?ほら」
 将臣と弁慶がいる前で、構わずにに近づく治部少輔。



「龍神の神子様とお見受けいたします。私は治部省にて治部少輔のお役目をいただいている藤原広嗣と
申します。本日ここでお目にかかれたのも神仏のご加護かと。神子様にお願いの儀がございます」
 儀礼全般を管轄する治部省に務めているだけあり、礼をわきまえた挨拶にも一応は振り返る。
「私に何か・・・・・・」
「ええ。来月伊勢の月次祭がございます。奉幣使を選任中なのですが、今年は天候も不順でございます。
ぜひとも龍神の神子様にお引き受けいただきたく、こちらで清めてからご挨拶にと」
 あまりに聞き慣れない言葉の羅列に、の首が相当傾く。
 モモに耳の辺りを叩かれて、ようやく首の角度を元に戻し、今度は景時を見上げた。

「景時さん」
「なあに?」
 いつも通りに微笑んで返事をする景時。
 内心穏やかではないが、将臣と弁慶がいる理由もなんとなく察しがついた。

(もう少し早く・・・って、オレが寄り道しちゃったからか。たはは・・・・・・)
 運がいいのか、悪いのか。
 もう賽は投げられた状態だ。


「ほーへー・・・って何ですか?伊勢ってエビ〜な、伊勢?」


 何が困るといって、はこの世界の住人ではなかった。
 時代も違うとなれば、知らない事は数多ある。


「奉幣使。帝のお使いで、神様への幣帛を奉げるんだよ。伊勢は・・・えびって、何?」
 今度は景時が将臣を見る番だ。
 の世界の事は知らないから、このような場合は将臣か譲を頼るしかない。

「俺たちのトコじゃ、こぉ〜んなでっかい海老がとれるんで有名なんだ。海老グラタンの海老」
 手で大きさを示してから、今までに譲が作った料理名を言う。
 事細かに説明するよりも互いに知っているモノを言った方が早い。

「ああ。海の海老ね。どうかな?そんなに大きいのいるのかな?それはわからないな〜」
「なんだ。でっかい海老をお土産にしたら、譲くんが美味しいお料理何か作ってくれたかもなのに」
 は残念そうに口を尖らせた。



 一方では脱線している話をもとに戻さねばならない。
 今度は清朗がの傍へとやってくるが、これには景時が間に割ってはいる。
「何?ちゃんに近づかないでよ」
「・・・神子様、ご返答を・・・・・・」
 景時を無視してへ向かうと、恭しく足元へ膝をついて礼をとる。



「・・・私、伊勢へは行かないですよ?遠いし、海老ないって言うし」



 あっさり拒否する
 その理由があまりに子供じみているので、またも将臣は腹を抱えて後ろを向いてから笑う。
 弁慶はどう治まるのか興味があり、口出しせずに眺めていた。



「神子様。帝の使いで神への供物を届けるお役目ですよ。今年の天候はおかしいと思いませんか。
まだ冬の気配が届かない京。神が時を止めているとしか・・・・・・」
「・・・はぁ〜〜〜っ。私、気象庁の人じゃないからお天気予報できないし。それに、毎年同じ日に
晴れたり、雨が降ったりなんて決まっていないでしょう?陰陽師さんなら、普通に知っていること
ですよね?そんなの。だから占いをするんだし、どうしたら豊作になるのか考えるんでしょう?」
 まさに自分の役目を言われて言葉がでない清朗。
 そもそも天候を占うのは陰陽寮の仕事。
 もっともな意見に、へ呪いをかける強硬手段に出ようとしたのだが───



「この聖地でそういうの止めてくれるかな。オレの・・・大切な妻を巻き込まないでよ」
 さらりと相手の術の発動を封じ、逆に周囲に結界を張る景時。
 これで被害が辺りの人に及ぶことはない。

「景時さん!今、奥さんって紹介した?しました?!」
「うわぁ!ちゃん」
 に突然飛びつかれ、どうにか抱きとめた景時。

「嬉しい〜〜〜。今、妻って言ってくれた〜〜〜。うふふ〜〜。デートの続きしなきゃ。
早くおやつして帰らないと、暗くなっちゃう」
 日暮れには時間があるが、確かに小腹が空いてきた。
「そうだね〜。あ・・・将臣君と弁慶も一緒にどう?」
 ここまで心配で来てくれたであろう仲間を誘う景時。



「お待ち下さい!神子様ともあろう方が、京を放っておかれるのですか!」
 広嗣がを引き止める。



「あろう方って・・・だから!私が天気を決めているんじゃないんですっ!だいたい、そうやって
何かあった時にだけ、誰かにどうにかって、甘えてないですか?寒くないなら、今のうちに何か
違うことをすればいいでしょう?じゃあ、夏が暑くなかったら、また誰かに縋るの?そうやって、
いつも誰かになんとかしてもらおうって繰り返すだけ?寒くないうちにたくさん薪を拾っておこうとか、
夏の旱魃に備えて貯水池を作ろうとか。何か始めないで待っているだけ?それって・・・・・・
頭使ってないですよね」
 仁王立ちで二人を睨みつける
 貴重な景時とデートの時間を邪魔され、よりにもよっておやつを阻まれたのだ。
 機嫌は最高潮に悪くなっている。



「確かに。そうだな・・・薪拾いね、いいなそれ。帰ったら奏上しとく」
 将臣が片手を拳にしてもう片方の手のひらを叩く。
 まさに何かをしたかった、その何かを示されたのだ。
 実行しない手はない。

「そ〜してね。将臣くんなら何か出来るよ。行こう?景時さん。マドレーヌとお茶ってあうかな?」
「きっと合うよ。チョビも食べたくてウズウズしてるみたいだし。それじゃ、失礼させていただきマス」
 軽く片手を上げると、の手を握り景時は手近な木陰へと歩き出す。



「いいかげん、学んで欲しいですよね。さんが嫌がる事をしないように。僕もおやつを
いただきたいので失礼しますよ」
 弁慶は社の奥へと歩いていく。竹林の奥に泉があり、社へ行けば湯が手に入るかもしれない。
 手ぶらではなく、噂の清水を用意していけばおやつに参加しやすい。

「・・・っとに。あのなぁ、怒る気も失せたわ。なんつうか・・・あいつ等はマジ放っておけ。
景時の奥さんだからって、は頼朝公の部下じゃねぇし。だからといって、俺の幼馴染だからと
いって、内裏を贔屓してくれるもんでもねぇ。あるがままにがアイツの信条なんだし。
実際、手に負えないほどの異常気象なら、真っ先にが動くだろうしよ。罠に嵌めて斎宮させようとか、
そういうのナシで頼むわ。神様どうこうより、アイツが怒る方が数百倍怖い」
 この件はここまでとばかりに、将臣も走り去ってしまう。
 残された二名は、のもっともな意見に心を打たれていた。





さん。僕も仲間に入れて下さいね」
「もちろんです!はい、マドレーヌですよ。すっごく上手にできて・・・しっとりさんでしょう?」
 弁慶は景時の隣に座ると、マドレーヌを受け取る。
 交換ではないが、準備してきた暖かいお茶を四人と二匹分並べた。
「わあ・・・嬉しい。何だか暖かい秋ですけど、やっぱり、じぃ〜っとしてると冷えますもんね」
 両手で碗を持ち、が茶を口へ含む。
 結果として景時の願いは叶ったのだ。
 の笑顔を堂々と眺められる自分に喜びを感じている。

(清らかな君に・・・オレが相応しくないとか言ってた時もあったけど)
 まさに清らかでない想像をして鼻血を噴出したりもしたものだ。

「おう!俺にも食わして〜」
 将臣が弁慶の隣にどかりと座った。

「もぉ!静かに座ってよ。チョビとモモが跳ねたよ〜」
 揺れたために驚いて跳ねた二匹。
 手にしているマドレーヌを放さなかったのは天晴れである。

「椛も驚いちゃったみたいだね〜〜〜」
 ハラリ、ハラリと椛が舞い降りる。

「綺麗・・・椛・・・・・・」
 真っ直ぐに落ちはしない。
 舞うが如く、周囲の空気を揺らしながら地面へ降りてゆく。





「さて、僕はそろそろお暇しますね。清水をいただいて帰らないと」
 弁慶が静かに立ち上がる。
「あれなら・・・勝手に敦盛が手配してると思うぞ?」
 小声で弁慶の注意を引き、将臣が親指で先ほどの二人がいる辺りを示す。
「ええ。それは心配していないですよ。寧ろ・・・お邪魔かなと思いまして」
 弁慶に言われてみれば、確かに結果として他人のデートに割り込んでいる。


「・・・景時。わりぃ、用事思い出した。俺も早いトコ戻らないとヤバイ」
 ついでとばかりにもうひとつマドレーヌを掴んで立ち上がる将臣。


「え?どうしたの、急に。弁慶さんも・・・・・・」
 きょとんと二人を見上げる
 普段の将臣ならば、図々しいまでに食べ尽くすのにと。
「申し訳ないです。もともと用事があってこちらへ参ったので」
 物腰柔らかに弁慶がに対して侘びる。


「あ、そっか。そうでしたよね。ごめんさない。引き止めちゃいましたね」
「いいえ。それでは」
 は敷物の上で立ち上がり、手を振って見送った。




「・・・ちゃん。少し寒くなってきたよね。こっち、こっち」
 景時が手招きしたのは、景時の膝の間。
 大きく頷くと、指定席とばかりにが座り、ひざ掛け代わりに衣を足へとかける。
「えへへ。あ〜〜〜。残り二つになっちゃいましたね。半分こしましょう?」
 ひとつはチョビとモモへ半分ずつ分けてやる。
 待ちうけていた二匹は、後ろ足で立ち上がると、精一杯に前足を伸ばしておやつを受け取る。
「こっちは景時さんと半分こ!ね?」
「うん。食べさせて〜〜〜」
 こちらも待っていたといわんばかりに、の肩へ顎を乗せて口を開けている。
「はい!帰りに椛と清水・・・お土産にしましょうね」
「・・・ん・・・だね・・・・・・マドレーヌ・・・美味しかった・・・・・・」
 と二人きりのデート。
 いつもながらは何やら信念を持っているのだと思わされる。

(何にもしないで何かを望もうなんていうのは・・・君に言わせるとナマケモノってことだよね?)
 ふとまた何か新しい発明をしようと心に留め置く。
 それが成功でも失敗でも、発明したものをみてくれる人がいる。



「あの・・・景時さん。さっきね・・・えっと・・・・・・」
 またも景時の前で勇ましい姿を披露してしまったのだ。
 
(嫌われちゃったらどうしよぅ・・・・・・)
 何が怖いといって、清らかとまで言ってくれる景時の前での失態。
 怒りを撒き散らすのは出来るだけ控えようとしているのに、我を忘れて怒鳴ってしまった。



「さっき?さっきかぁ・・・オレもようやくちゃんを妻ですって叫べるようになったね。
わざわざ言って回ってもイイような?」
 慣れると調子に乗る景時。
 何やら悪戯な視線を感じたが振り返ると、偶然にも唇が重なり合う。

「・・・景時さん?!」
「う〜ん。イイコトしちゃった。楽しいな〜。デートって、つまりはこういう事なんだよね?」
 この手の入れ知恵をするのは将臣と相場が決まっている。

「・・・将臣くんってば、まったくもう!」
 素直に帰らせてしまって失敗したなと思う。
「いや、いや、いや〜。イイコトたくさん増えて、嬉しい限り〜ってね」
 の温もりが景時に幸せを伝える。

「・・・私も嬉しいかも・・・・・・さ!そろそろ綺麗な椛を集めて帰りましょう!」
 始めの方は小声で。最後の方は掛け声のようにが口にする。
「御意〜〜〜!手ぶらじゃなんだもんね。椛、もみじ〜〜〜」
 




 久しぶりの仲良しデート。
 イイコトが少しだけ増えた二人───










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遅くなりましたが20万打記念です。「椛(もみじ)」の方の漢字を使いたかっただけともいいます。ありがち(笑)     (2007.12.13サイト掲載)




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